13 宇宙からの来訪者
ルイナルたちが皇都へと出発し、その数日後にアミナたちが王都へと向かって出発した。
その翌日。
聖域で一人だけになったケーゴは、久しぶりにのんびりしていた。
「ケーゴ! ケーゴ! これ! これ買って!」
いや、一人だけというのは語弊があった。
聖域にはケーゴの他に、魔法の神の分身、と言うかアバターの様な白いフクロウ型の神獣と、聖域の守護獣である角を持ったシロクマの様な神獣や、他の神々が送り込んできた従魔になった神獣などがいる。
従魔石に入った神獣は、偶に外に出す以外は従魔石に入ったままなので、平時はいないモノとして考えても良いが、シロクマ型の神獣であるクマクマやフクロウ型の神獣であるフクフクは常に出たままで過ごしている。
クマクマは聖域に侵入する不埒者を退治するのが役目なので、周囲の森のパトロールをする以外は聖域で寝て過ごしている。偶に聖域の芝生の上でヘソ天という、お腹を上にしたあられも無い格好で寝ている事もあるが、静かな平和の象徴としてケーゴは和やかに眺めている。
だがフクフクは違った。元々が魔法の神であり、新たな魔法形式の構築を任されているので、知識欲が凄まじい。
ケーゴの持つ他の次元にある世界の知識や道具に興味津々で、この世界の神からケーゴが与えられた世界通販をほぼ独占している状態だ。
今回は、その中でも3Dプリンターに注目したようだ。既にフクフク用のパソコンやプリンターは導入済みで、電子工作用の道具類も揃い始めている。
最大の問題は電力供給だと思っていたが、フクフクは電気自動車用のモーターを取り寄せ、魔石利用の発電機を実用化していた。
シアラとエリスに魔法を教える傍らで作っていたようで、そのバイタリティに舌を巻くケーゴであった。
「3Dプリンターって言っても、出来るのはこれぐらいの大きさだぞ」
ケーゴは十歳児相当の両手で四角い枠を作ってみせる。
「あれ? そんなモン? ならいくつにも小分けしないとならないなぁ」
ケーゴの通販スキルで取り寄せられる金額の上限は、創造神の気分次第で追加されるのでケーゴ個人が使う分には使い放題になっている。だがやたらに取り寄せるのは良くないとするケーゴの信念により、必要最低限を心に刻んでいる。
まぁ、その必要最低限と言うヤツも曲者で、欲しいと思ったモノは必要最低限の枠の中に入ってしまったりする。
しかも創造神も甘々で、魔法の神がこんなのを欲しがってるんだけど、と相談すれば、色々言葉を重ねてケーゴを説得する方向に持っていく。
このままでは通販に依存する生活になってしまうと考え、ケーゴ個人として使う物は十日で三万以下と取り決めた。
主に食費だが、服や消耗品などを考えればこれでおつりが来ると言う試算だったが、フクフクはこれを軽く超える物を欲しがった。なので、フクフクにも十日で三万までは自由に買って良いが、それ以上の物はケーゴに相談、と言う取り決めにした。
と言う事で、3Dプリンターを買う許可をケーゴに求めている状況だった。
「で、3Dプリンターで何作るの?」
「基本は小物かなぁ。魔石とか固定しておくマウントとか、スペーサーとか」
「うん、まぁ、一般個人向けの3Dプリンターの使い方としては間違っては無いか」
「重要パーツとかの鋳型用の原型も作りたいけど、そういうのは木工で作った方が後々便利だしねぇ」
「鋳鉄とかまでやる気か?」
「考え中。教えて欲しいって言う生徒が来るまではテストもしないよぉ」
「それで頼むよ」
「で? 買って良い?」
「後でアレが良かった、とか言わないようにしっかり吟味して、一番良い物を一つだけにしろよ」
「判ったー」
ケーゴの許可が出たと同時に羽を広げて飛んで行ってしまった。呆れながらも、ケーゴは自分用のパソコンに向き直り、調べ物を再開する。
始め、聖域では物を売る事だけを考えていた。しかし、世界のバックアップとしての役割を担うには売るだけでは無く、教えると言う作業も必要になった。
教える相手が少人数であれば、店の商談室で教えればいい。だが人数が多くなると道具の用意だけでも面倒な事になってしまう。なので、教える事に特化した『教室』を用意しようと考えていた。
その教室のための建物を、古物商ツブツブ屋のサイトで検索している。
ケーゴとしては鉄筋コンクリートの四角い学校では無く、山の奥や離島などにある様な分校のような学校を探していた。教室は二つぐらいで、あとは職員室と用務員室だけがあるような、平屋の木造学校を想像している。
しかしケーゴが想像した山の分校のような建物は無く、用途に合う物はかつて滅んだ魔法大国で使われていた魔道具工房の一つだけだった。
石造りの建物で、屋根はアーチ型をしている。教室に使えそうな部屋は三カ所あり、教材を仕舞っておける部屋もある。工房の職員用と思われる宿泊施設もあり、一応トイレの場所もあった。
色々なギミックが使えるようになった現在、トイレは別口で作った方が快適なので、建物付随のトイレは非常用とした。一応用は足せるが、ちょっと狭いし、排泄物は地下のタンクに溜めるタイプだった。もしかしたら何らかの魔道具を使って処理していた可能性もあるが、その手の道具類は建物には装備されていなかった。
基本は使用禁止で、何らかの理由で現在使っているトイレが使用出来なくなった時に利用すれば良い。それがケーゴの結論。
後は実際に設置してから細かい事を考えるか、と、今度は設置場所について悩み始めた時、スマホが侵入者警告を発した。
同時に微かな地震を感じた。珍しいな、と思いながらもあまり気にしなかった。座っていたから感じられた程度の、地震速報でも無視されるレベルの地震だ。これが元日本人の感覚だった。
「やれやれ、今度はどんな神獣なんだか」
地震の事は直ぐに忘れ、だるそうに立ち上がって、江戸時代の武家屋敷風の家から出て聖域の中央へと向かう。しかし侵入者らしき者は見当たらなく、クマクマが空を眺めていた。
つられてケーゴも上空を見上げてみるが、特に見える物は何も無かった。
ケーゴの持つスマホのアプリである侵入者警告は、敵性の何かが聖域の結界の中に侵入して、初めて反応すると考えていた。もしもその通りなら、見えない何かが侵入して来たと言う事になる。
見えないと言うのは厄介だ。気付かないうちに倒されてしまう可能性がある。
「確か、トラトラが風になれたけど、それと似たような能力か?」
ケーゴは警戒して、見えない空中に向かって『鑑定』を掛けて見る。その結果はスマホに瞬時に表示された。
【ゴメン! 侵入者は結界に入ってない 今 高度百キロぐらいの所をゆっくり降下中 聖域に来るかどうかは不明】
相変わらず鑑定なんだか、創造神とのチャットなのか、区別が付かない返答だった。仕方なくチャットを立ち上げて直接聞いてみる事にした。
「えっと、つまり、宇宙から何かが落っこちて来るって事か?」
【そうなんだけど ボクが作った世界のモノじゃないんだ しかもまだこの世界に馴染んでないから 今のボクじゃ詳しい事も判らないんだ 気をつけて】
「とりあえず現状は判った。引き続き分析と状況報告を頼む」
【ウン でも 予想だと 聖域に降りる可能性が高いんだ 神獣を出して警戒してて】
「え? なぜ、ここなんだ?」
【あまりにも小さな点でしか無いけど 上から見ると聖域は森の中に開けた唯一の広場だからね】
「あ、なるほど」
聖域は直径二百メートル程の円形の広場だ。その周りは審判の森で、ほぼ密林状態。密林の木々の間に無理矢理降りるより、少しだけでも開けた聖域に降りようとするのは当然の事だ。
ケーゴは従魔石からドラドラとカバカバを出す。クマクマと合わせて三頭の神獣がケーゴを守護する。
念のためという事ではあるが、基本はドラゴン型のドラドラがケーゴを背中に乗せて守護する。カバ型のカバカバとクマ型のクマクマが不明の物体に対応すると言う布陣だ。もしもの場合はドラドラがケーゴを連れて逃げる、と言う事は創造神から密かに指示されている。最悪の場合、ケーゴさえ無事ならば良い、と言う判断だ。
ケーゴも何らかの武器を持つ事を考えたが、十歳児相当の身体では重い武器は取り扱えなく、所持するだけでもマイナスに働く可能性が高い。ご婦人用の護身武器がケーゴの限界だった。なのでピストル型のスタンガンを取り出して、いつでも使えるように懐に挟み込む。
そして空から振ってくる正体不明の物体を待つ。
「なに? なに? なーに? 何があったのー?」
遅ればせながらフクロウ型の神獣であるフクフクが飛んできてケーゴの頭に乗る。
フクフクとしてはケーゴの肩に乗りたいと思っているが、十歳児相当のケーゴの肩ではフクフクは乗り切らない。なので頭の上に乗っているが、爪は立てないで魔法で固定されたような力を掛けてある。ケーゴの頭に掛かる重さも実際の十分の一程度なので、二百グラム程度の重さを感じてはいるが大きな負担にはなっていない。
「ジワンにも判らない何かが空から落ちてくるらしい」
「えっ? それってヤバイんじゃない?」
「もしも爆弾だったら、この辺り一帯が消滅するかもね」
「うわぁお。で、爆弾なの?」
「爆弾落とすだけなら、こんな手間は掛けないと思うから、他の何かだとは思うんだけどねぇ」
宇宙レベルの高度から爆弾を落とすとか、ある意味無駄な話だ。爆発させる規模に合わせた岩塊を速度と角度を合わせて落っことせば良いだけだからだ。
「ジワンはなんて?」
「まだ解析中らしい。ソレがこの世界に馴染むまでは判らないらしいね」
「そんな事、僕の記憶にも無い、初めての事だよ」
ピロリン。
空を見上げながらフクフクと話していた時に、スマホから電子音が鳴った。見るとチャットが立ち上がっている。
【少しだけ判ったよ どうやら 別次元から次元転移して来たらしい しかも結構大きめのモノがいくつかと ここに落ちてきているような 小さめのモノがいくつかある 大きなヤツはかなり遠くに落ちて、周辺は大惨事になってるよ 今 さらに解析してるよ】
「次元転移? 高度な科学力系の何かか? それとも超能力的な何かか?」
【生物的な感触だから 超能力系かなぁ でも金属的な感触もあるから まだはっきりしないんだ】
「大惨事の方はどんな感じなんだ?」
【聖域からは大体一万キロぐらいだね 山と森が直径二キロの円状に消えてクレーターになってる】
「人的被害は?」
【北極に近い場所だから 少数部族の村が一つ消し飛んだだけで済んだみたい 大きな火山が突然噴火した というレベルだね】
「神様にとっては隕石よりも、異次元からの侵入ってのが一番の厄介事なんだなぁ」
【隕石は稀にだけど普通に落ちてるからそれだけなら普通の事なんだよ 次元に関しては複数次元を管理している神様もいるけど 僕はこの世界だけしか管理してないしね それに本来なら 送り込んでくる元の世界の神が 事前に情報を送ってくるはずなんだよねぇ たぶんなんだけど その神にもどこに次元転移するか判らないような不安定な転移だったんじゃ無いかな】
「神様の付き合いにも色々あるんだねぇ」
結局判らないまま、落ちてくるのを待つだけだった。
そしてケーゴの目でも落ちてくるモノが点として見えるようになるぐらいになった。
【今 判るだけの情報を伝えるよ 落ちてくるのは 人型をしてる 大きさは身長五メートルぐらい 金属で出来ているから ロボットか オートマトンか 機械生命体か って予想 重力制御しているようで パラシュートも無いし バーニア噴射しているわけでもないのに ゆっくり降りてきてる】
「重力制御? 下手したら、神獣の攻撃が一切効かない可能性もあるな」
「え? どうして?」
ケーゴの感想にフクフクが聞き返す。
「宇宙仕様のロボットなら、高温や低温、そして電撃系にはある程度耐性があるはず。そして重力制御が慣性制御の応用だとしたら、物理的な運動エネルギーはコントロールされてしまう可能性があるって事」
「ああ、噛みつきだとか殴るとかいう力を吸収されたり相殺されたりするって事だね」
「まぁ、完璧な慣性制御なら、って話だけどな。アレがソレを持っているかは不明だな」
「うん。それにしても、これが判らないって事に対する恐怖ってヤツなんだねぇ」
【あっ 聖域に進路を取ったようだよ ケーゴはドラドラに乗っておいて】
「いや、どうやら乱暴に攻撃して殲滅とかは考えて無い様だから、先ずは礼儀を持って対処しよう」
【危険だよ お願いだからドラドラに乗って!】
「もう、殺す気なら余裕で出来る範囲に入ってるだろう。もう手遅れ、って言うか怯えすぎだよ」
人の身のケーゴと違って、創造神や創造神から知識を貰って存在している魔法の神は、正体不明の存在に対する恐怖が強い。人であれば、例え同じ人同士であっても、相手が何を考えているか判らないと言うのは当たり前な状況だが、神にとっては今まであり得ない状況だったのだろうな、と考えて納得するケーゴだった。
そのケーゴは臆する事も無く降りてくる物体に向かって歩を進める。
そしてついに、人型の金属製の物体が聖域に足を着けた。
「確かにロボットだよなぁ。いや、戦国時代の鎧兜を着た巨人という可能性もあるかな」
降りてきた巨体の見た目は、ケーゴの言うとおりだった。あくまで見た目であり、実際に漆塗りの竹細工の鎧というわけでは無い。
そしてケーゴの目の前、約十メートルという所に降りたロボットらしき巨体は、倒れるように膝をつき、両腕を前について四つん這い状態になってしまった。
まるで力尽きた様な姿だ。
そして細かいギミックが動いたと思ったら、胸が大きく開いた。その奥は暗くてよく見えなかったが、何かが動いていると見えた次の瞬間、人型な何かが地面にこぼれ落ちた。
「ロボットのパイロットか?」
一メートル程度の高さから、柔らかい地面の芝生の上に転がり落ちたので、追加ダメージは多くないだろうと考えながら頭の上にフクフクを乗せたケーゴが近寄る。
近くで見ると、やはり宇宙服っぽいモノを着た人に見えた。顔は見えない。
「さて、どうしよう? まだ解析は出来ない?」
【一応 中身は人と言うのは判ったよ 性別は男 ロボットは軍の装備で 個人を識別登録して他人には使えないようにしてあるみたい 呼吸器系は気圧や大気成分的には問題無く適応できるね 抗ウィルスに関してはまだ解析中 現在は気絶状態だね】
「じゃあ問題になりそうなのはウィルス系だけって感じかな? こういうのはよく判らないけど、呼吸しているボンベって有限なのかな? ヘルメットを脱がした方が良いのか?」
「この状況で、何時までもボンベの酸素だけが頼り、ってワケにもいかないんじゃ無い?」
「ボンベの中身が酸素だけってワケじゃないだろうけど、やっぱ外した方が良いのかな? 外し方って解析できた?」
【生きている人が着ていれば それだけで長時間稼働する与圧服だね 基本は電力で通常は外から電力供給するタイプで 呼吸用のボンベもあと十日ぐらいは保つみたい 触媒になる物は今のこの世界では合成不可能だから 今後の事を考えるなら稼働を止めて保存しておいた方がいいかな じゃ 解除手順を言っていくよ】
ケーゴは言われる手順通りに作業をこなして行った。
時は少し戻る。
ここは別の次元。別の宇宙。
GN・SSE・C10・227。つまり銀河系の北半系、南南東方面、第十層、二二七番星系にあたる宇宙空間で隠密作戦を行う部隊が二つあった。
一つは敵軍。一つは自軍。単にその区別で良いだろう。
その男。トア・バーニーは隠密行動中の強襲型空母に機甲突撃兵として乗っていた。
機甲突撃兵とは、簡単に言えば人が乗り込むロボットだ。正確に言えば人が乗り込むオートマタと言う事になる。
オートマタとは自動人形と訳される。機甲突撃兵は約五メートルの身長を持つ人型の機械で、人工知能により人間のように動ける。一般的な平時ならそれだけでも成り立つ人工知能を持つが、戦争という何でも有りの欺した者勝ちの状況になれば、通り一辺倒の決まった行動しか出来ない物は餌食にしかならない。
さらに一時的に電子機器に損害を与える攻撃やコンピューターウイルス、偽情報など、人工知能にとっては致命的なる攻撃方法も当たり前に存在する。
そこで、基本は人工知能が目的を遂行するために自動で動き、偶に人が不規則な動きを追加したり、人工知能が機能不全に陥った時に、再起動するまでの間肩代わりする目的で人が乗り込む形式がとられた。
そう言った補佐的に人が乗り込む物は人型兵器だけでは無く、高機動戦闘機や高速巡洋艦、作業用機器から個人用の自家用車にまで普及している。
トア・バーニーの乗り込む機甲突撃兵も、高度な人工知能を持ち、宇宙空間において自由に動き回り、敵陣地や敵艦に乗り込んで殲滅する事を目的に投入される最新兵器だ。
もっとも、ここ三十年は、モデルチェンジとアップデートしか行われていない。技術的な停滞が長く続いていた。
トアは機甲突撃兵三機をまとめる小隊長で、今回は中隊の中の一小隊として作戦に参加する事になった。従える部下は女性のキノ・マッシュと同じく女性のティカ・パーカー。三人とも少尉で、実戦経験が二回だけ多いトアが成り行きで小隊長をしている。三人とも一年近く作戦行動を共にしているので、互いの信頼関係は厚い。
だが今回の作戦の中隊長への信頼は薄い。
キノが拾ってきた噂では部隊を食い潰して作戦をごり押しし、ギリギリの成果を上げているらしい。作戦を遂行して生き延びるのが兵士の力量とすれば、中隊長は優秀な兵士なのだろう。だが損失も多いために今ひとつ昇級に結びついていない。
そんな悪評を持つ中隊長はロンゴ・タイナーと言い、階級は大尉。四機の機甲突撃兵を率いる小隊長でもある。小隊の管理は副隊長に任せきりではあるが。
他に三機の小隊が一つで、三小隊、十機での中隊という構成になっている。
ちなみに、彼らのような戦艦などから出撃して戦艦に戻ると言う形式では機甲突撃兵三機で一小隊という扱いだが、小隊のみで長期作戦行動を行う場合は補給物資を搭載した小型艦などを小隊の一員として加える形式もある。
人が乗り込むため、人用の設備が必要になるのは仕方の無い事だが、物資や手間が倍以上になると言う負担には運用部門が頭を抱える問題でもある。
そこで、今回は小隊の一つに完全無人機としての機甲突撃兵が試験採用されている。
つまり今回のロンゴ中隊の内の一小隊は三機の無人機甲突撃兵となる。
これは、今回の作戦内容が敵軍が極秘開発した新兵器の実用実験を行うので、それを強奪するか、データを取って破壊せよ、と言う命令だったからだ。
おそらく惑星破壊という規模では無く、惑星表面の生物種か機械を動作不能に陥れる類いと想定されるため、そのデータ取りに観測システムが多く張り巡されていると考えられている。ならば観測機器を破壊するような電子系兵器はあまり使われないだろう、と言う判断から、人工知能兵器の実用性を上げる研究の一環としての参加だった。
ちなみに、惑星破壊兵器の類いは既に多数存在しているが、資源その物を破壊してしまうので持っているだけの威嚇兵器になっている。
今回、特別に調整された無人機が参加する事になったが、トアから見たらロンゴの指揮能力で使い捨てにされる可能性があるため、無人機というのは都合の良い盾になるかも、と言うだけの認識だった。
「トアー。トアたいちょー」
どこか姉御肌のあるキノが与圧服を着る前のアンダーウェアーの状態で小隊用格納庫を漂いながら声を掛けてくる。
トアは出撃前のチェックで機甲突撃兵の各部を外から目視チェックしていた。
「隊長は止せって言ったろ」
「じゃ、小隊長殿~」
「悪くなってるぞ」
巫山戯ながら漂って、トアの首に腕を回す。そして親しげに頭を寄せながら慣性を相殺していく。そしてまるでキスをしているかのように顔を寄せると小声で囁く。
「ロンゴの部下が艦のいろんな所を動き回ってるネ」
「爆弾でも仕込んでるのか?」
「判んないけど、憲兵には知らせておいたネ」
「この艦の憲兵って二人しかいないだろう?」
タイミング的にこれ以上はくっついていられないと判断した二人が離れる。
「お前のとティカの機体も目視チェックはしといたぞ」
「ありがと隊長! 愛してるネー」
情報収集する時の決まりだった。本格的な整備は工兵に任せるが、搭乗者が行う規定の出動前の目視チェックは交互に交代して情報収集するのが通例になっている。今回はトアが二人の機体をチェックして、一人が情報収集、一人が余剰装備をガメて来る役割だ。両方とも成果無しでも構わないと言うのがルールでもある。
ちなみにキノとティカはトアとは恋人関係に見えるように振る舞ってはいるが、実際にはそう言った関係にはなった事は一度も無い。女性隊員が少ない場合が多いため事あるごとに口説かれるので、除隊するまではトアハーレムと言う事にしているのだ。
それを見せつけるためにキスをする事はあるが、家族的なキスに留まっている。まぁ、いざとなったら実際に肉体関係を持っても構わないと三人とも考えてはいるが、長く親密に過ごしているせいで家族的な感覚が大きくなっているのは、良いのか悪いのか悩む状況だったりする。
「だ~り~ん~」
キノをキノの機体の方向に押し出した後、ティカが袋を抱えてトアに向かって突進してきた。
「遅かったな。お前の期待も目視チェックは終わったぞ」
一応身支度のために遅れた、と言う風を装っているので、こんな台詞になる。
「お詫びに良いのを持ってきたよぉ~」
「判った。後で見とく。お前も与圧服着とけ」
「ら~じゃ~」
ティカから袋を受け取り、ティカもティカの機体方向に押し出す。そしてトア自身は袋を抱えて自分の機体に入った。そして一度コクピットを閉じると袋を開けて中身をチェックする。
小隊専用の、機甲突撃兵が四機入るだけの格納庫とは言え、どこに盗聴器があるか判らない。
今回ティカが持ってきたのは携帯食料と拳銃の予備弾倉だった。通常に支給されている物はあるが、予備はいくらあっても構わないと思っている。先ずは自分の分を仕分けして、残りを二つに分けて小袋に入れ直す。コクピットにはエマージェンシーキットが装備されているが、その脇に設置した別の箱を開けて中に新たな予備を押し込む。
コクピットを開けてから、人工知能に動作チェックを命じ、先ずはキノの所に行き小袋を渡し、さらにティカの所を回って自分の機体に戻る。
今回、機甲突撃兵にはブースターパックが追加装備されている。さらにアームズと呼ばれる武装も多めに装着され、かなり着ぶくれた状態に見える。これは作戦が長距離、長時間任務なので、仕方の無い仕様だ。そのためチェック項目も多く、トアは三機分のチェックに振り回されていた。
二人の状態を直接確認した後、トア自身も与圧服を着る。そしてトア個人のデーターが入ったメモリーカードを専用スロットに差し込む。
このメモリーカードにはトアと機甲突撃兵の人工知能とのやり取りが全て記録されており、生体情報から会話、操縦、コクピット形態など、トア個人と機甲突撃兵との相性を合わせるための情報パーツになっている。
このメモリーカードが無くても基本的には問題無いが、シートの高さや操縦桿までの長さ、各ペダルの位置などの微調整から、人工知能との会話の癖などを考慮されなくなるので、一瞬の判断などの差が出る可能性があり、ほとんどのパイロットは自分専用のメモリーカードを持っている。
トアがカードを入れると、機甲突撃兵の人工知能が起動してメモリーを読み込み、最適化を始める。
それまでは人工知能、とか、AIと呼んでいた機械が、トアの専用機になっていく。
「ファイ、認識出来るか?」
トアが自分のメモリーカードを読み取った人工知能に語りかける。
『トア・バーニー確認。機甲突撃兵、タイプセブン、バージョンイレブン、機体番号77854、前回利用と同一機体。累計八十一時間の使用を計測。訂正情報を要求』
「訂正は必要無い。継続記録してくれ」
トアがファイと呼んだのは、トアが使うメモリーカードがこれで五枚目と言う事で、適当にファイと言う呼び名を設定した経緯がある。本来であれば機体が損傷してもメモリーカードだけは持ち出すモノだが、それさえ不可能になった経験が四回あると言う事でも有る。
パイロットシートの直ぐ近くに専用スロットがあるので、カードが壊れる程だとパイロットも無事では済まないはずだが、トアは奇跡的に生き残っている。
『記録を続行。作戦任務を提示要求』
「作戦は敵の試作兵器の強奪、もしくは破壊。キノとティカとの小隊でロンゴ・タイナー大尉が指揮する中隊での行動だ。艦を出たら隠密行動になるからロンゴ隊長を見失うな」
『キノ・マッシュ、ティカ・パーカーとの機体リンク開始。ロンゴ隊とのリンクは?』
「特に言われるまでロンゴ隊とのリンクはしなくて良い。中隊指令はタイプ86のスクランブルパターンのチャンネルを開けておけば良い。俺たち用にはタイプ8のチャンネルを使おう」
今回の作戦では基本はロンゴ隊長の自由裁量になっている。それが一番危ういとは思うが、既に命令は下っているので諦めて従うしかない。
だがせめてもの抵抗で、言われるまでリンクは繋がないで、見た目だけは従順に従っているように見せるつもりだ。リンクが繋がっていると、最悪の場合は機体の操縦まで奪われる事もあり得る。敵に奪われたり、パイロットが気を失った場合用の非常手段だが、階級が上で隊長という位置づけだと、機体の人工知能が逆らえない仕様になっている。
もっとも、トア隊の三機の人工知能はその命令を受けないように、改造ユニットに差し替えてある。
トア隊は決して良い子の兵隊では無い。だからこそ生き残っている。
人工知能が専用機になったので準備が完了した。集合時間までは三十分程あるが、捻くれた指揮官の場合は三十分前でも遅いと文句を言われる場合がある。なのでとっとと集合場所へと移動する事にした。
「ファイ。最終チェックの後、甲板へと移動」
『出撃前、最終チェック。オールグリーン。甲板へ移動開始』
トアの乗り込んだ機甲突撃兵の周囲をせり出した壁が覆う。狭い箱に入れられたような状況で、周囲の空気が抜かれて真空になると、上部の分厚い壁が横にスライドして開いた。そして機甲突撃兵の両足を固定している台座ごと上に移動すると直ぐに外に出る。そこはトアが乗っている強襲型空母の出撃甲板だった。
トアは機甲突撃兵のコクピットの中で、周囲を映し出すモニターを見て状況を確認する。甲板上は各種の識別灯が灯っている以外に灯りは無く、足下の甲板以外は宇宙空間が広がるだけの真っ暗な空間だ。
もっとも、カメラの光感度を上げれば満天の星空が見え、さらに感度を上げると淡い光の中で艦や機甲突撃兵のシルエットが浮かび上がるほどだ。だが平時からその光量に慣れると危険なので戦闘に入るまではモニターに映る光量は抑えてある。
コクピットに備え付けられているモニターは、正面、左右を映す一メートル角の三枚のモニターと、上下、後方を映すサブモニターが四枚ある。
それらのモニターは全て補助的なモノで、戦闘時以外での確認用でしか無い。
トアはヘルメットのバイザー部分を下ろす。それは不透明で通常はそれを下ろすと前が見えなくなりそうな形状をしている。しかし装着者の網膜に映像を投影する仕組みであり、装着したトアの目には全天モニターの中にいるような視界を与えてくれる。
自分の腕や、操縦装置類は擬似的なCGで表現されて実際の位置と同様に見えている。
「識別」
周囲を見回しながらトアがそう呟く。すると、微かな識別灯と星々が散在するだけの暗闇の中だった視界に、キノ・マッシュとティカ・パーカーの機体がはっきりと見えるようになった。
同時にキノとティカの機体のコンディションが付加情報として機体の横に表示される。
さらに強襲型空母のシルエットも見えるようになり、甲板上の集合場所の位置も解説付きで表示された。
全面戦争とはなっていないが、戦時である状況。主な軍関係の機体は隠密性を重要視されて作られている。
移動用のバーニアなどは非常時を除けば発光しないように調整されている。ゆっくりとした移動であれば、ジャイロリアクターで回転モーメントを利用した移動方法が取れるので、外部からの観測は不可能だ。
現在いる宙域は一つの恒星を中心とする一般的な惑星系の外縁部に近い空間になっている。現在の位置から直接恒星を眺めても、周りの星々よりは少しは明るい、と言う程度の見え方しかしない。しかし惑星を繋ぎ止めている距離であれば微かであっても照らす事は出来る。
微かでも照らされていれば電子的に光量を増幅して観測する事が出来る。なので敵に見つからないために特殊な塗料で光を反射せず、ある程度のレーダー波を吸収して反射しない仕様になっている。
もしもはっきりと姿を見せなければならない時用には、機体の形が判るようなラインの発光装置を装備している。
トアの乗った機甲突撃兵の中から強襲型空母のシルエットが見えるのは、デザインのみのデータを予め所持していて、識別灯で位置合わせをしてCGとして表示しているに過ぎない。
「集合場所へ移動」
そう呟くだけで、人工知能のファイが状況を判断して機甲突撃兵を動かしてくれる。今回は足の裏に装備されている磁力ローラーを使って、甲板上を滑るように移動する方式をとった。
移動を始めるとキノとティカの機体も追従してくる。
集合場所はロンゴ隊の小隊用格納庫の上だ。これは特に異例の状況では無く、狭い空母では良くある通例になっている。
その場所へと到着すると同時に、ロンゴ隊の機甲突撃兵がせり上がってくる。甲板上へ移動しながらトア隊がいるか確認したのだろう。直ぐに無線通信が入る。
『「集合しているな。よろしい!」』
よろしいとは言っているが、声に不満さが含まれている。集合予定の三十分も前に出てきて、後から来たから遅刻だと責めるつもりだったのだろう。そう言う叱責を重ねて、相手が逆らえない状況に持っていくタイプかも知れないとトアは予想していた。
その後、無人機小隊を待つ。無人機小隊は予定時間ぴったりに来たが、ロンゴ隊長は何も言わなかった。
『「では作戦行動を始める。チャンネルは86。ベクトル合わせを行った後は作戦領域に到達するまで慣性航行とレーダー及び無線封鎖だ。しっかり付いて来い!」』
ロンゴ隊長は一方的に言って、そのまま機甲突撃兵の機体を発進させた。その直ぐ後をロンゴの部下とトア隊が続く。少し間があり、無人機隊が続いた。
『「玩具どもトロいぞ! 帰ったら人工知能を交換して貰え!」』
ロンゴの叱責が飛ぶ。
トアは予想通りの性格だと確信するが、人工知能に叱責を積み重ねて判断能力を奪う方法が通用するのだろうかと余計な事を考えていたりもした。
おそらくトア隊が遅れずに反応したため、叱責の機会を失った事による八つ当たりだろう。
トアは作戦の波乱を予想せずにはいられなかった。
そしてロンゴ中隊は目標の近くを通り過ぎるはずの軌道に乗り、中隊全機の速度と方向を合わせた後に慣性航行に移行し受信以外のレーダーと無線を封鎖した。封鎖解除と同時に進路を変更して目標を強襲する予定だ。
これで機甲突撃兵は宇宙を漂う小さな石と同じになった。戦時でも宇宙のゴミと区別が付かないはずで、衝突コースでも無ければ警戒対象にはならない。……という可能性がある。
人工知能に周辺監視を任せているのなら概ね除外されるだろうが、人が補助として付いている場合は、その人物の気まぐれで発見される可能性がある。人の『勘』と言うモノは中々侮れなく、気付くはずも無い予兆を良く見つけたりする。
人は潜在的に持っている能力を全ては使ってはいない、と言うのは良く聞く話だ。死と隣り合わせの宇宙空間で、さらに戦時という何時攻撃をされて理不尽に死ぬか判らない状況が続くと、生存本能から潜在能力が活用されると言う仮説が良く言われている。
主に周囲の状況を見た時、通常ならば必要の無い情報だとして除外してしまうモノの動きを無意識下で認識している場合があると考えられる。
たとえば宇宙空間で星空を見た時、視界の端で一つの星が微かに瞬いても普通であれば気付かない。だが『勘』が鋭くなると、星が瞬いたのは大型の何かが星の光を遮ったからだと無意識下で推論して警鐘を鳴らす。と言う感じだ。社会情勢や、その宇宙空間付近での戦闘の情報でも知っていれば、なお精度が上がるだろう。
そんな『勘』を持ったオペレーターが周辺警戒の人工知能の補佐を行っていたら、トアたちの隠密行動は無駄に終わる可能性もある。
動力を使わずに、慣性の法則に従って一方向に動いているだけの状況だ。狙われたら良い的と言う事になる。さらに長距離レーダーも使っていないので、本当の宇宙ゴミが衝突してきた場合は気付かないうちに砕けている可能性もある。
新米兵士だと、この待ち時間で精神が疲弊仕切ってしまう場合がある。
人工知能のファイに推定時間を計算させた所、二時間と試算された。おそらく最低でも一時間は中隊長からの通信も無いだろう。非常事態は人工知能が対処してくれるので、やる事はほとんど無い。なのでトアは昼寝する事にした。他の隊員たちも似たようなモノだろう。
中には大音量で音楽を聞くと言う者もいる。音楽の種類によっては聞きながらの方がよく眠れるようだ。非常事態や作戦時間が迫った時は、機体の人工知能が音楽を止めて目覚ましアラームを鳴らしたり、軽い電気刺激を掛けたりして起こしてくれる。
トアもゆったりとしていて抑揚の少ない音楽を掛け、人工知能のファイに目覚ましを頼んで目を閉じた。
実際に熟睡できるかどうかは、その個人の胆力に依るという。トアも軍役に付いた頃は軍艦の中でさえ眠る事が難しかった。乗機が大破して死にかけた後は、機甲突撃兵を見るだけで吐きそうになった。軍の更生プログラムにより精神的な力を取り戻しても、偶に恐怖が蘇り挫けそうになる事もあった。だが、機甲突撃兵に乗っていたはずの味方の死体を見ながら、敵兵器のコクピットに銃口を押し当てた時に心の中の何かが変わった。
それは明確に言葉には出来ない、多くの情報を元にした結論の様なモノだった。
開き直りとか覚悟とかに近いモノだとは思うが、その気持ちの裏にある経験量が多すぎて単純な言葉には出来ない。しかし死ぬ事を受け入れて納得出来る気持ちを手に入れて、無駄に怯える事が少なくなった。
死にたくは無い。生きるために必死にはなる。だが死ぬ時は死ぬとしっかりとした線引きが出来ていた。
なので無重量状態のコクピットの中で、静かな曲を聴きながら心穏やかに睡眠に誘われる。
そのトアにとって、一瞬の間。ほとんど次の瞬間と言って良い程のタイミングで電気ショックが腕に走った。
「な、なんだ?」
『起床予定時間。精神及び肉体を活性状態に引き上げる事をお薦めします』
「あ? もうそんな時間か?」
いつの間にか熟睡してしまったようだ。疲労回復には睡眠は効率が良いが、熟睡してしまうと逆に身体的な緊張度が下がってしまい、激しく迅速な対応を行うには良い状態とは言え無くなる場合もある。
レム睡眠やノンレム睡眠とか、睡眠周期などと言われたりする、深い眠りと浅い眠りを繰り返す周期も個人差で変わってくるので、時間で区切るのもアテにはならない。
「まずったな」
これから戦闘に入るのだから、身体と精神の緊張状態は上げておかなければならない。テンションが下がったままの状態では、機甲突撃兵の人工知能による操縦でさえ耐えられずに気絶してしまう事もあり得る。
トアはレーションボックスからカフェイン系の高刺激飲料を取り出して、ストローをヘルメットのアタッチメントに差し込む。さらに押し込むと、ヘルメットの中の口へとストローが伸びて飲めるようになる。
「ぐっ、相変わらず不味い…」
眠気覚まし以外の効果は考えられていない、とまで言われた高刺激飲料。不愉快になる事で興奮状態にするのでは無いか? と真剣に噂される飲料は、しっかりと仕事を果たした。
半分程残ったボトルをレーションボックスに戻し、頭を振ってから深呼吸一つ。これでいつもの戦闘態勢に戻れた。
「状況!」
『作戦宙域まで後五十分と推定。現在までに友軍機の損壊は検知していません』
「ロンゴ大尉がどのタイミングで進路変更するかだよな。しっかりとついて行けよ」
『中隊長機の動きを注視し追従する行動予定を確認』
「中隊長機は見えているか?」
『……画像解析では推定位置に発見できません』
「ジャイロリアクターかなんかで位置を変えたか? 他の機体は、見えているか?」
『キノ機、ティカ機、AI機三機はシルエットを確認』
「ちっ、ロンゴ小隊まるごと裏切ったか?」
『作戦、指揮権共にロンゴ大尉が所有していますので、裏切ったという表現は適切では無いと進言します』
「判ってる!」
つい声が荒くなってしまったと反省しつつ、状況を整理する。
作戦を円滑に遂行するために途中で進路を変えた、などと言う戯れ言も通用する場合がある。ロンゴ小隊が囮になる作戦に急遽変更した、などだ。逆にトアたちが囮であっても作戦としては通用する。無線封鎖中の状況だったので連絡はしなかった、と言うのも異例ではあるが通用する。
表だっては言わないが、味方を犠牲にしてでも作戦を遂行するのが軍隊だ。
「囮にされたとしても、連絡も一切受けていないから、予定通りの行動をするのが規定だ。ファイ! 無線封鎖が解除される最も遅いタイミングの時間は?」
『ロンゴ隊長の指示が無い場合、六十五分後と推定。それより遅いタイミングですと作戦自体が失敗と判断できます』
「つまり六十五分後には無線封鎖をオレが解除して味方機に指示しても良いワケだ」
『作戦上、容認される状況と推測』
「それでも逃げる指示は出せない状況だよな」
『規定では作戦を放棄して母艦への帰投は認められています』
「表向きはな。だがこの場合はオレが隊長を引き継いで作戦を続行する義務も出てくる」
『肯定』
「要は作戦続行不可能になる可能性があるため、オレが無許可で隊長権限を行使すると言うのがスジなワケだ。問題はこれに無人機が適応するかどうかだな」
『特別な命令を受けていなければ容認されると推定』
「あのロンゴだしなぁ。連絡が無ければ敵軍の観測している軍艦に突っ込んで動けなくなるまで暴れろ、なんて命令を入れてる可能性もありそうだ」
『可能性の問題として考慮』
「ったく、頭の痛い問題だ」
『頭痛薬の摂取は推奨されません』
「そう言う意味じゃ無くてな」
『冗談です』
「…………」
『受けなかったので冗談の構築方法を再考します』
「ど、どこまで本気だ?」
『冗談です』
「………」
トアの受難は続くようだ。
トアが頭を抱えている間にも時間は差し迫る。しかし判断基準になる情報が少なすぎた。ほとんどの資料はロンゴ中隊長が持っていて、隊長以外の隊員たちには開示されていない。通常は各小隊の小隊長には共有される場合が多いのだが、今回は何の通達も無い。
判っているのは大凡の位置だけだ。
無線封鎖が解除されると同時に暗号圧縮されたデータを送られてくる場合もあるが、送り主がいないのであれば意味が無い。
「目標宙域の状況は画像で確認出来るか?」
『ディセプション・サテライトにより、欺瞞情報が多く含まれます』
ディセプション・サテライトは偽装したい空間にばらまく使い捨てのポット型発信器で、可視光から電磁波領域まで欺瞞情報を周囲に発信する機械だ。中にはウィルス入りの暗号化した通信電波も含めたりして、内容を解析しようとすると感染する可能性もあったりする。
主に人が言葉にして言う場合はフェイクポットと言う事が多い。
このフェイクポットの情報を欺瞞情報だと見抜く、トアの乗機の人工知能の解析能力が逸脱しているのだが、トア自身はそれに気付いていない。
「近くまで行って、フェイクポットを落とさないと判別は出来ないか」
フェイクポットは欺瞞情報をまき散らすために、近くで観測すると強い光や電磁波をまき散らしている事が判る。なので時差が生じるような長距離でも無ければ、フェイクポット自体の発見は容易だったりする。
外れても再度攻撃すれば良い、と言う状況なら、長距離から打ち落とす事は可能だが、隠密行動中では目的に反する事になる。
『既にディセプション・サテライト二十二機の推定位置をマーカー。マイクロ・ミサイル・ポットに目標設定を入力しますか?』
「各目標に一発ずつ、目標ポイントで爆発するようにしておけ。追加のマイクロでトドメを刺す形式にする」
『マイクロ・ミサイル・ポット二十二にポイント入力。二十二を同目標にリザーブ。残り二十発』
マイクロ・ミサイル・ポットは四×四の十六発のパックが四層に重ねられて六十四発が装備されている。一発で軽自動車を五メートル程度弾き飛ばすぐらいの爆発力で、有人戦闘機であれば余程当たり所が悪くなければ怯ます程度の効果しか無い。
主な使いどころはディセプション・サテライトや監視用のカメラポットなどを打ち落とすためであり、大抵は作戦開始初期に撃ち尽くしておく装備だ。
トアも、初めのうちに撃ち尽くしていなかったら破棄するつもりの装備として考えていた。
「攻撃目標に関しては、何か聞いていないか?」
『データ無し。今回選択されたB型装備から推察して、大型目標と推定』
「それはオレも思った。ブースターパックを捨てれば、B型は破壊力はそこそこあるが邪魔にならないからな」
『戦艦内を制圧するにはパワードスーツ装備の追加がありません』
「総合すると大型無人機を想定って事か。自爆に巻き込まれないようにしないとならないな」
中に人がいるのなら、制圧するためには機甲突撃兵が入れない通路での戦闘を考慮しなければならない。それが無いというのなら、操作は自動か近くの戦艦から有線かで行っているはずなので、機甲突撃兵から出る必要が無いのだろう。
もっとも、情報部が極秘兵器の内容を調べてから仕様が変わった場合も、可能性としてはある。その場合は『現場の判断で臨機応変に』と言う万能の返答で押し通されるだけの話だ。良い意味でも、悪い意味でも。
機甲突撃兵には追加装備として数種類のパワードスーツも選択的に搭載可能だが、今回は搭載されていない。与圧服自体にもパワーアシスト機能は付いているので、生身の人が持つ事を前提にした武器類なら重さを気にする事も無くたっぷり持てる。しかし戦艦や要塞を攻略するには隔壁や据え付け型の防衛装備、そしてロボットによる移動攻撃ポットや人による銃撃全てには対応しきれない。そこで乗用車並みのパワーを持つパワードスーツの軽戦型や重戦型を選択的に搭載して、状況によって使い分ける戦法をとる。
パワードスーツ装備はかさばり他の装備を削らなければならなくなる。そのため装備に無いのは良くある事だ。
人が居ないのであれば容易に自爆される危険が高まる。自爆では無くとも、施設の破壊を気にせずに敵勢力の排除も行われるので、激しい抵抗が予想される。その場合に適した装備はB型装備で、砲身の短い熱粒子砲やヒート弾を使う機関砲、有線誘導式爆雷、高電圧ネットなど、比較的狭い場所に向けた攻撃が可能で、破壊力にかけては周辺の崩壊を気にしないモノを選択している傾向がある。
これらの装備の選択は作戦司令部からのオーダーで、作戦実行担当として中隊長の意見も入っているが、司令部の立案を覆す程の説得力を示さなければならないので、おそらく司令部の作戦そのままの装備だと思われる。
装備に関しては一応信頼できる。だが、出発時に作戦内容を伝えなかったロンゴ中隊長は途中で進路を変えた事からも、司令部の命令は無視して二つの小隊を使い潰す気だろう。
「ロンゴ隊長は後方に控えて様子見してから突入かな?」
『予想される行動は遅延攻撃、観測のみ、敵勢力と共謀、その他勢力と共謀などです。それぞれ確率計算を行う判断材料が乏しく計算結果に意味がありません』
「単に予想ポイントに居ないだけだからなぁ」
その後もトアは人工知能のファイとの問答を続け、予想される状況での行動を一つ一つ確認していく。そのほとんどは現場で修正しなくてはならないモノで、意味としては無いと言っても過言では無いが、その予想の一つでも合致するのなら予想しておく事は重要だとトアは考える。
人工知能には元々基本となる戦略や現場での状況判断が出来るだけの知識と計算能力は与えられている。
なので状況に合わせて最適解に近いモノは直ぐに提供される仕様にはなっているためトアのように予想を話し合っておく必要は無いと判断されている。
この点に関してはトアは変わり者ではあるのだが、他の兵士の長時間の待機時間の使い方を知る機会はほとんど無いため、トアにとっては通常の行いだと考えていた。
それでも、結局は無線封鎖解除の予定時刻にならないと判断できないと言う結論に達したが、トアに取っては有意義な時間だと感じた。
そしてついに予定時間が迫る。