10 試食会
後日。
まずアミナ達は、シアラの護衛用に王宮の兵士を正式に派遣して貰った。
そして護衛はシアラとエリスに同行する。アミナはケンファーソンの手伝いで冒険者ギルド。ベルダとダイナは店になる屋敷の改造指示と言う配置だ。
アミナ自身は全員で行動したかったが、ギルドは自分たちも原因の一端であったし、構造も理解していない貴族の手に冒険者ギルドを委ねるわけにも行かない事を理解している数少ない人材だ。ケンファーソンとその従者だけでは手に余る事も理解していたので、他の四人の勧めでケンファーソンの手伝いをしている。
店の方は、ダイナの作った魔道具で、とにかくデカい風呂を設置する事が五人全員の要求になった。
井戸からの自動給水、湯船の水抜きや洗浄、溜めた水を効率良く沸かし、適時適量を湯船に注ぎ続ける仕組みを、ダイナは聖域でしっかり学んできた。正直言うと、それ以外がかなりお粗末で、次点で魔道コンロ、その次がトイレだったりする。
魔道具の仕組みに関するネタは聖域で確保済みなので、実験できる場所と時間があれば再現できるモノも多い。が、テイムストーンの事もあるし、それは少し先になるとダイナ自身も理解している。
店の客を入れるスペースに関しては未だ何も手を出していない。ベルダはまず厨房と第二調理室の取り回しに関して、作業員に注文を出していた。厨房では魔道コンロを八器並べ、大きな鍋でも余裕を持って取り回しが出来る様にしてある。真ん中に島のように作業台を配置し、コンロとは反対側の壁に井戸から自動給水された水が流れる仕組みを置いた。
そして第二調理室では、パン焼き用の石窯を三基、長時間煮込むための薪の竈を三基置いた。他にも作業台を置いて、油絞りなどが出来る様にしておく。さらに、作業員には棚を置くだけしか指示していないが、ダイナの作った魔道コンロを改造した魔道冷却器を設置した冷蔵室もある。
後は接客や配膳などの取り回しなのだが、それを経験している者はいない。なのでベルダはどこかの店でウェイトレスの短期バイトでもしようかと真剣に悩み中だったりする。
五人がそれぞれ別の案件で忙しくなっているので、外に出るアミナとシアラが神獣を持つ事になった。アミナがトリトリで、シアラがウルウルだ。従魔石は腰の巾着ポーチに入れてあるが、それを出さずに召喚する事も出来る。基本は財布などは別口で持ったバッグから取り出して使う方式で、冒険者であれば小型ナイフを入れておく袋にしか見えない様にしてある。
そんなシアラとエリスが護衛たちと共に神殿に向かう。既に訪問は書面で三日前に伝えてある。内容は神殿の統一。いや、それは全てを造りし全ての父である創造神の神殿と、魔力を統べる魔法神の神殿のみの仕組みの統一だった。
元々神殿は神の社と言う名目で、神に最も近い場所であるが故、神に祈りが届く場所として建立されている。
しかし実体は祈る場所を勝手に作った、管理している者の集金装置でしかない。故に儀式の形式などに統一は無く。それぞれが勝手な思惑で勝手な事をしている。
そこで、シアラは創造神の巫女としての責任で、創造神の神殿を名乗る営利業者の摘発に乗り出した。
一番初めはシアラの馴染みのある神殿。
王都の隣の街になるが、ゆっくりとした乗合馬車で一日の距離だ。護衛の兵士もいるので、今回は兵士の移動に使う馬車だ。なので約半日で到着した。
「神殿長、お久しぶりです」
シアラが挨拶するのは、孤児院も兼業している創造神の神殿長だ。既に老齢の域に入っていたが、その歩き方には力がある。逆に言えば、年を理由に楽をしていない生活とも言える。着ている服も神殿でのお勤め用の服ではあるが、シアラが幼少の頃から違う服を着ているのを見た事が無い。
その懐かしさから思わず微笑みを浮かべそうになるシアラだが、今回は神殿長の横に見知らぬ男がいた。
「この私がこの神殿の新しき神殿長であるスラフェズだ。国王陛下の使いと言うが、なにゆえにそれに従わねばならぬのかご説明頂きたい」
「あ、あの、どう言う事でしょうか?」
面食らったシアラが事情をシアラが知っている方の神殿長に聞いた。
判ったのは、創造神の神殿の連合的な組織が出来て、そこから新しい神殿長と名乗る者が勝手に乗り込んできたそうだ。そして、神殿での拝観料などの取り決めや、木札の購買も始めると言い出した。しかし、この神殿では孤児院も運営しているので、その運営費を賄えると言われると逆らうに逆らえない状態だった。
「神は国が作ったモノか? 否! 神が作ったのはこの世の全てだ。人も国も神が作りし奇跡。ならば神が国に従う謂われなど無い!」
神殿は勝手に金儲けするから、国の命令などには従わない、とはっきり宣言していた。
こういう事態は、普通に予想されていた。と言うか、一部では既に国と神殿とで衝突が始まっているとテイエン伯爵の元に情報が伝わっている。
完全では無いが人々の心のよりどころになっている神殿と神だから、下手な煽りは民衆の反発を受けると予想され、とりあえずは様子見という名の解決の延期を施行していた。
一応他国とは友好な関係を築いているが、それでも内部に侵入してくる工作員の隠れ蓑に神殿が利用されるのは拙いと考え、テイエン伯爵は手を打とうとはして来た。しかしあのアナローグ・ギーアが何かと横やりを入れてきて計画は頓挫していた。
それが、アナローグ・ギーアと一部の神殿が繋がっていたのか、それとも単にテイエン伯爵に対する嫌がらせだったのかの判別が着かないうちにアナローグ・ギーアの事変があったので有耶無耶になっていた。
そこでテイエン伯爵はシアラに一つの方策を授けていた。
「確かに神に意見する事は人の身に余り有る、愚かで乱暴で傲慢なる行いと考えます」
「判っているでは無いか。そもそも国さえ神殿の威光の元に管理されるべきだろう」
「いえ。それは違います」
「何?」
「ここは創造神の神殿です。創造神ジワンを奉る場所でも在ります」
「当然だ。全てを造りし全ての父であり母である唯一の神だ。だからこそ人は従わねばならんのだ」
「貴方が何を言っているのかが判りません。なぜ従わねばならないのですか?」
「貴様こそ何を言っている? 全てを造りし創造神に従わずに、どうしてこの世に生きられようか」
「何故ですか?」
「な、なぜって、貴様、馬鹿か? さっきから何度も言っていよう。全てを造りし創造神に逆らうのは愚の骨頂であると」
「おかしいですね。アタシの知っている創造神は、大地も山も、川も、海も、それらを覆う緑も、そこで暮らす生き物たち全てをお造りになられました」
「その通りだ。判っているでは無いか」
「人族もその全てに含まれております」
「ん? 当然だ」
「ですが人族だけは特別扱いとは言っていません。創造神様においては、人族も、人族を喰らう魔獣も、全て等しく創造神様の子たちなのです」
「なっ、き、貴様! それでは創造神は人族に死ねと言っている、とでも言うのか!」
「何故、死ねと言っているとお思いなのですか? 創造神様はそのような事を言ったとなどとは聞いた事がありません」
「我ら人族だけが、神殿を作り、創造神を崇める事が出来る唯一の種族なのだぞ! 創造神の創造の目的が人族で無くてなんとするか!」
「ならば、何故人族は魔獣に喰われるのでしょう? 創造神様の目的が人族であるのなら、創造神様の造られた魔獣は創造神様の目的を壊し、喰らっている事になりますね?」
「そ、それは、人族がより強くなるための修行なのだ。創造神の目的にかなう人族にならねばならぬのだ」
「では、人族は未だ創造神様の目的には至っていないのですね? これからも人族は魔獣に喰われ続ける、と」
「だからこそだ! だから人族は創造神を崇め、その恩恵を受けねばならぬのだ!」
「修行では無かったのですか? 修行をして、修行を成したモノだけが創造神様の目的にかなう人族になれるとおっしゃいましたよね?」
「ええい! 煩い! さっきからなんだお前は! いちいち屁理屈をこねるんじゃ無い。貴様ら凡夫は我らが神殿を治める者に従っていれば良いのだ!」
「はい。言質頂きました。貴方方は神殿を管理するという名目で他者を支配しようとする侵略者として確定しました」
そこで、シアラとエリスの後ろに控えていた兵士たちが二人の神殿長を取り囲む。
「ジュチマール神殿長はこちらにお願いします」
シアラが兵士にそう言い、兵士は素直に従う。その兵士の行動に迷いが無い事にジュチマール神殿長が驚くが、シアラたちの視線はスラフェズ神殿長に向かって行った。
ほぼ簀巻き状態で縛られているスラフェズ。
「貴方方には神殿を隠れ蓑に、他国の工作員を王国に引き入れる手引きをしている集団との嫌疑が掛かっています。国家反逆罪の嫌疑なので、取り調べはかなり激しいと聞いています。おそらく素直に全て話しても、嘘を吐いたとしても受ける苦しみは変わらないでしょう」
「な、何を言う! 放せ! こんな事をされる謂われは無い! ええい! 放さんか!」
「既にリナリの街の創造神様の神殿がその拠点である事は判っております。判っておりますが、その事に関しても貴方には拷問を持って確認しなければなりません。残念ですが、気がおかしくなった方が幸せだそうですが、人は狂おうと思っても狂う事が出来ないそうですので、そんな傷みを受け続けるそうです。ですが、国を乱そうとしたのですから、国から痛めつけられるのは仕方の無い事ですね」
「我は神の僕ぞ! このような事をして神が許すと思っているのか!」
その言葉で、シアラの心に火が灯ってしまったようだ。
「創造神様は他の神様たちをも造りし全ての父であり母です。その創造神様が、森の木陰の根の下にいるネズミと、貴方を区別していると思うのですか? ネズミが飢えて死んでいくのを創造神が助けてくれるのですか? あるワケが無いでしょう。貴方とて砂漠の砂の一粒でしか無いのですから。ましてや貴方は創造神の名を持って他人を支配しようとした。ならば創造神にとっても貴方はゴミでしか無いのですよ」
それから暫く、シアラによる、スラフェズという存在はゴミの一辺でしか無いと言うご高説が続く事になった。最後の方は『貴方』と呼んでいた呼び名が『ゴミ』になっていたが、誰もその変化に気付かなかった。
シアラと一緒に来ていたエリスは、シアラの前で創造神を貶めるような事は、例え冗談でも言わないようにしようと自らの心と魔法の神に誓った。
呆然と放心しているゴミ、いや、スラフェズを馬車の後ろに繋いでいるのを見ながら、シアラはこの神殿の本来の神殿長であるジュチマール神殿長に向かい合った。
「ご無沙汰しております、ジュチマール神殿長」
一瞬だけ、ごぶさた、の、ごぶ、の部分にゴミの雰囲気を感じたが、気を取り直してシアラに相対する神殿長。
「貴方はいつも、熱心に創造神様に祈りを捧げていましたからね。ようこそシアラ。ここ最近は孤児院から出て行く子供たちの名前を覚えるのも辛くなってきました。その辛い名の中で、最近の一番辛い名がシアラでした。ですが良く生き延び、顔を見せてくださりました。創造神に感謝を」
年を取って記憶力が衰えたから子供たちの名前を覚えにくくなった、と言うのでは無く、孤児院を出て行った子供たちが結局は冒険者になり、魔獣との戦いで死んでいく事にしかならない、と言う現実が辛いと言う意味だ。
その事はシアラも孤児院にいる時に、神殿長が本音を漏らした時などに何度か聞いている。
「創造神様に感謝を。孤児院の維持はどうでしょう? 苦しくはありませんか?」
元々はこの神殿に孤児院は無かった。このジュチマール神殿長が個人的に孤児に対して施しを行っていたのが始まりだ。他の神殿には孤児院を持っている所と持っていない所があり、神殿だから孤児院があると言うワケでは無い。
そして孤児院は決して豊かにはなれない、と言うジレンマがあった。少しでも余裕があるのなら孤児が増える、と言う図式が当然のようにある。孤児院に入れなかった孤児は干からびて死ぬしか無いのが現実だ。
それだけ、この世界では人が簡単に死ぬ。
「ここ最近は孤児になる子供が多くなって来ました。私が子供の頃であれば、冒険者になりさえすれば、と言う夢がありましたが、ここ最近は冒険者は死ぬ予定の者という扱われ方…、と言うのは語る必要はありませんな。そのせいか、刹那的に子を成し、そして帰らないと言う者が増えております。置いて行かれる子供の数が、この世界の終わりを示しているかのようで、悲しい毎日を過ごしております」
シアラ自身、それは冒険者になってから数え切れない程見てきた現実だった。年端もいかない子供が冒険者登録もせずに街の外に出て、薬草摘みの小遣い稼ぎをしているのを見ている。
仲介する冒険者もそう言った子供たちには比較的に真摯に向き合い、適正価格で薬草を買い取って冒険者ギルドに流している。しかし、そう言った子供たちは、いつの間にか顔ぶれが変わり、その事を聞くとその子供は死んだという返事が返ってくるのが当たり前だ。
冒険者の仕事で街の外に出る時、比較的街に近い場所で、子供の人骨を見るのも頻繁では無いが良くある事だった。
「ジュチマール神殿長。先ほどゴミが…、えっと、その、あー、とにかくアレが、創造神様の目的が人族である、と言う話をしていましたが、アレはあながち間違いでは無いのです」
「と言いますと?」
「創造神様の目的は、賢く、強く、そして優しい、大いなる心を育てる事を目的の一つにしていた、と言う話を聞きました。ですので、目的は人族では無いのですが、人族が一番可能性のある存在と言う事になります。ジュチマール神殿長はその目的に即している立派な方だと存じています」
「そのような話、始めて耳にしますが」
「はい。あたし、シアラは、審判の森の奥にある聖域で、創造神ジワン様の巫女としての役目を仰せつかりました」
そう言って、シアラは服の下になっていた首飾りを引き出し、見えるようにする。
その首飾りを見て、ジュチマール神殿長はシアラの前に膝をついた。
「その紋は確かに創造神様の認めし紋。浅学な私ではありますが、神殿に伝わります文にしかと記されておるのを確認しております」
「え? そうなのですか? あたしはそれを見た事が無いのですが」
「見えますか? あの創造神様のシンボル」
そう言って手を挙げてその方向を向けた先には、創造神の神殿ならば必ずある石造りのシンボルがある。
大きな台座があり、それよりも少しだけ小さな台座が乗り、その上にもう少しだけ小さな台座が乗り、と、十二段の台座の上に丸い石が置かれている。本来は光り輝く石なのだそうだが、その石に、シアラが首に掛けた木片に描かれた紋と同じ紋が掘られている、と言う事だった。
「それは、シンボルを直接お清めする神殿長のみが知る紋であり、誰もが常に見ている紋でもあります。しかし神殿長はそれを口にする事ははばかれ、後を継ぐ時のみ語る事を許されていると聞き及んでおります」
ぱっと見では丸い石があるのが判るだけで、知らなければ紋が刻まれているとは判らないだろう。そう言った隠し要素もあったのかと、改めてシンボルを見上げる。
聖域の神殿のシンボルはどうだったかと、思い出そうとしたが、なぜかその部分が曖昧になっていた。
聖域の神殿で倒れた事があるが、その後も神殿に行って感謝の祈りを捧げていた。しかし、シンボルの頂上の記憶ははっきりしない。もう一度聖域の神殿に行く事があれば、必ず確かめなければ、と思うシアラであった。
五人の中でシアラだけが再度聖域を訪れる決意を持つが、他の四人とは具体的な話は何もしていない。シアラ自身、きっときっかけがあると思っている。現在はとりあえず、街ですべき事をする、と言う決意で行動している。
「シンボルの事は後で。今回は、神殿に創造神様と魔法の神、そして王国の国王陛下の意思を伝えに来ました」
ジュチマール神殿長はその言葉を聞き、跪いたままの姿勢で、さらに頭を下げた。
シアラは楽な姿勢で聞く事をお願いし、さらに兵士たちにも聞くようにと促す。
「かつて、この世界には魔法の技術に富んだ豊かな国が沢山有りました。戦うための魔法や、拡張箱の様な魔道具も沢山作られました。しかし、何時しか多くの国が二つの勢力に別れて争うようになりました。戦いの神や芸術の神、そして学問の神たちはその戦いに肯定的だったそうです。しかし魔法に優れた者たちが争うのです。その被害は大きく、多くの命が失われたそうです。そして魔法や魔道具を使う者たちが、自分たちだけが優位になろうとした結果、世界樹に手を掛けてしまったのです」
そこでシアラは自分の持つアミュレットを握った。
「世界樹はこの世界の魔力を安定させる為に作られた唯一の存在でした。世界樹は世界の魔力を吸い上げ、浄化し、そしてまた世界に送り出す貴重な役割を持っていました。その世界樹の管理をするのが魔法の神だったのです。世界樹が失われ、創造神様と魔法の神はとてもお嘆きになりました。流れが止まった水が腐るように、流れが止まった魔力も濁って行きます。このままでは人族の手から魔法の力が失われるでしょう」
「あ、あの」
そこで兵士の一人が声を上げた。
「それでは魔獣も魔法の力を失うのですか?」
それならば、まだ人族に挽回の機会があるのではと兵士は期待しているようだ。
「実は、人族も、魔獣も、微かな魔力は自ら生み出しています。太古に作られた魔道具が貴族に所有されていたり、遺跡から発掘される事もありますが、その魔道具は人の中に存在する魔力により反応しています。魔獣も自らの中の魔力を持って、魔法を放っています。そして人族の魔法使いは、周りの魔力を集めるために、自らの魔力を使っているのです。魔獣の使う魔法が単純で、大きな力をあまり持っていないのはこのためです」
「あ、え、えっと、人族の魔法使いは、周りの魔力を集めて魔法を使う、って事で、周りの魔力が濁って使えなくなっていったら…」
「はい。現在、人族の魔法使いが減っている原因が、濁った魔力のせいと言うワケです」
「じゃあ、今、王国だけじゃ無く、周り中で魔法使いが魔法を使えなくなっているのは、昔の国の戦争が原因なのか?」
「はい。世界樹の力は偉大でした。ですので、無くなっても暫くは普通に魔法が使えました。最近、ようやく影響が顕著になってきた、と言う事です」
「なんて迷惑な話だ」
「はい。ですが、創造神様にとっては、創造した世界が選んだ結果であり、それについては是非も無しとしていました。しかし、魔法の神の願い出により、一つの救済が行われる事になりました」
「魔法が使えるようになるのか?」
「そのために、神殿には一つの役割を担って頂きます。それは、魔法の神より授かった魔力浄化装置への魔力供給という仕事になります」
「具体的に言いますと、どのような仕事になるのでしょう?」
「この神殿に魔力浄化装置を置きます。その装置は人のわずかな魔力でも稼働しますが、多くの魔力があればそれだけ効率的になります。そして注いだ魔力はその装置により、濁った魔力を浄化して循環の流れに戻す力になります」
「世界の浄化の仕事を神殿が担うのですね」
「はい。その装置を動かすため、出来るだけ長く魔力を注いで頂きたいのです。ですが、一人でこなすのも辛い仕事になりますので、ご褒美があります。まず、魔力を注ぐと言う事ですが、魔法使いの修行をした者でも無い限り、かなり難しい事になります。ですが、装置に触れて、創造神様と魔法の神に感謝の祈りを捧げていると、魔力操作の技を授かりやすくなります」
「必ず授かるワケでは無いのですか?」
「邪な思いで触れると、魔法の神が拒絶するそうです。単純に、この世界があるから自分がある、と言う感謝を創造神様に、そして魔法が有るからこそこの世界が成り立ち続けている事を魔法の神に感謝する、と言うだけで良いのです」
「なるほど。それならば子供たちでも可能ですね」
「子供たちには是非とも参加させてください。ご褒美は魔力操作だけでは有りません。魔力操作を覚えて、さらに装置に魔力を注ぎ続ければ、次に大地浄化の魔法を覚えます。大地に濁り腐ったモノが原因で出来た毒の様な物を、この魔法で浄化してくれます。単純に腐ったの物は大地に戻るための手順なのだそうで、腐ったモノは浄化されませんが、毒になったモノは浄化してくれるそうです」
「使えなくなった農地や、農地に適さない沼などが浄化されるわけですね」
「はい。実際にそう言った場所があれば、その魔法で浄化出来ます。そして使えば使う程階位が上がり、次の魔法を覚える事が出来る様になります。実際に使わなくとも装置に祈りと魔力を捧げれば階位は上がるそうですが、使った方が効率は良いそうです。そして次の魔法は植物育成魔法です」
「しょくぶついくせい…、あまり効いた事が無い言葉ですな」
「植物とは草木や花などの大地に根を張り育つ葉のあるモノです。それらの育つ力に力を与える魔法になります」
「あ、麦畑とか…」
「はい。その通りです。土地が枯れた場所でも、この魔法で強引に育てる事が出来ます。ですが、土地そのものを豊かにする方が最終的には効率がいいですね。その方法を知るための鑑定魔法もあります。ただし順番はもう少し後になります。魔力操作、大地浄化、植物育成の後に覚えるのは水質浄化で、水を綺麗にしてくれます。次に覚えるのが解毒魔法です。即死されたら意味はありませんが、一見病気に見えるモノでも、毒が原因であればこの魔法で直す事が出来ます。そして次が治療魔法。最後に鑑定となります」
「す、凄いじゃないか。それじゃ、神殿に勤めるモノは最高の魔法使いと言う事になる」
「神殿に勤めなくとも、ホンのわずかな拝観料を払い、感謝の祈りを捧げるだけで可能になります。しかも魔力操作は本来の魔法使いにも大きく有効で、魔法使いを目指していたのに魔力操作で躓いた者にも再挑戦の機会になるかも知れません」
「えっと、装置に祈れば、濁った魔力が浄化されて、さらに治療魔法とかまで覚えるのか。良い事ずくめじゃないか!」
「はい。ですので、国王陛下は神殿の意識統一を求め、他国の意思に利用される状況を嫌いました」
その言葉には、一緒に来た兵士たちも大きく、何度も頷いていた。
「ジュチマール神殿長。ここの神殿はこの提案を受け入れてくださいますか?」
「もちろんです。これで少しは泣き続ける子供たちが減るのなら、喜んで受け入れます」
「拝観料も少し安くして、何度でも訪れ易くしてください。そして、創造神様のシンボルと魔法の神のシンボルですが、子供たちに小さなアミュレットを作らせて、小遣い銭程度で買えるようにして欲しいのです。売れたお金は子供たちに持たせて、お金の価値を教えて欲しいと思います」
「シアラ、苦労を掛けましたね」
孤児院を出るまで一切金に関わらなかったシアラは、知識では知っていたが、実感としては全く知らない世界の事だった。シアラ自身は他の女冒険者と知り合い、冒険者のイロハから金の使い方まで教わったので今のシアラがいるが、それが無かったら今頃は身体を売るしかなく、そのせいでの不調などで死んでいた可能性まであった。
そして、神殿にある創造神のシンボルの斜め前に魔法神の作った魔力浄化装置が置かれる事になった。その配置は魔法神の…、いや、フクロウのフクフクの指示で決まっていた。魔法神と呼ぶと下手なとぼけ方をするので、一応フクロウの前では別物という事に皆で決めていた。
「もしも、この装置を盗み出そうとする邪な者がいると危険ですので、警告文はしっかり出しておいてください」
『邪なる思いで魔力浄化装置を占有、独占しようとする輩には、魔法神の呪いが掛かる、努々邪なる思いで触れるなかれ』
そして、設置した装置に、その場にいた全員で祈りを捧げる事にした。まずシアラとエリス、そして ジュチマール神殿長が触れて祈る。シアラたちに取っては何度も経験した脱力が襲う。身体から魔力が抜かれて、力を出そうとする気力が失われるのだ。
「このように魔力を捧げるとかなり疲れます。なので、日に何度も出来る事ではないと言う事もご注意ください。えっと、祈りを捧げた者たちが座って休めるようなベンチも作った方が良いかも知れませんね」
そして兵士たちが祈りを捧げる。
「うわ、ホントに疲れるな。でも、力は出ないワケじゃない」
「お、これが魔力操作か!」
「俺も覚えた」
「これが第一歩か」
一度で覚えなくとも、何度か続ければほとんどの人が覚える。もしも覚えられないとしたら、それは邪な考えを持って、魔法神に拒絶されたからだ。
だから神殿で神に祈るには、真摯な気持ちで祈らなければならない。
その結果が魔法経験値だ。
魔力操作を覚えなかった兵士がもう一度試したいと言ったが、実際は体力的に疲れていてそれは叶わなかった。強引に二回目を行おうとすると、魔力枯渇で倒れるか、なんの効果もないと言う事でこの場はお開きになった。
この後、シアラたちはこの街の町長に挨拶し、事の経緯を話してから、スラフェズを罪人として王都に連行する事になった。そして別の街の創造神の神殿には日を改めて行く事に。その際、神殿での祈りの効果を見るため、今回同行した兵士も同じ人選で同行する事になった。
シアラたちは時間を掛けて各地の神殿を回り、魔力浄化装置の設置を進めていく。しかし、ほとんどの神殿がリナリの街の神殿に巣くう支配欲に駆られた連中に下っており、侵入した他国の工作員との戦闘もあった。王国の兵士の前には何の役にも立たなかったが。
潜入工作員とは言え、まだ初期段階の様子見の部隊だったので、優秀な戦闘部隊上がりの工作員を送り込んではいなかった。その分、ほぼ捨て石の人材で、潜入して何をするか、などの指示は受けていなかったようだ。兵士の一人は、おそらく一般人として生活して近所づきあいなどを繰り返して周りの信用を得るタイプの工作員だろうとシアラたちに言った。
そんな曖昧な状況なので、他国の工作員を引き込んだ神殿関係者にも小金程度しか入っておらず、大きな活動を出来るだけの人員は持っていなかった。
あったのは無駄な選民意識と、下卑た支配欲だけだった。
しかし神殿を浄化装置の一環とする仕組み作りには、こう言った欲望に基づく自己暗示で造られた選民意識はとても邪魔になると判断され、罪状を公表した上での公開処刑を行う事になった。
王都の周りの街は多くあるが、そのうち創造神の神殿を持つのは四カ所。その全てに設置が完了し、比較的まともだった神殿から神殿の運営に経験がある者を強引に呼んで、四つの魔力浄化装置が動き出した。
同行した兵士たちから王都にも置いて欲しいという意見が出たが、王都に神殿は無いのでどこに置くかが問題になった。二世代前の貴族と神殿が揉めた事があって、あらゆる神殿が王都から排除された歴史があるそうだ。そのかつての神殿跡地を、今アミナ達が使っていたりもする。
ならばアミナ達の土地の一部を分割して、簡易神殿の様な物を造るのはどうかと意見が出た。立地的には兵士たちにも冒険者たちにも訪れ易い場所と言う事もあって、アミナ達が寝所にする屋敷の反対側に設置する事が決まった。
配置としては、お食事処としての建屋が中心で、その西にアミナ達の寝所になる屋敷。反対側の東に簡易神殿となる。北側にはちょっと広めの場所を取って、鶏小屋を建てている。養鶏所モドキを造って、卵の採取の効率化の実験をする目的と、鶏糞を使った飼料作りも実験の項目に入っている。
これが成功すれば新鮮卵と飼料が効率良く手に入るようになるので、街に近い農家での副業にも繋がると期待されている。ただ、乾燥させてから発酵させるため、場所と匂いの問題があるので、アミナ達は比較的小規模で行っている。実質店で出す卵が手に入れば良いと言うスタンスで、鶏糞は処理しきれなくなったら廃油と一緒に燃やす事も計画に入れている。
問題は鶏が手に入るかどうか、なのだが、店長から雉で代用して、大きな卵を産むのを選別していく品種改良の方法も聞いているので、鶏が手に入らなかった場合はその手間も増える事になる。
店長は、鶏がいても卵は小さいサイズで毎日は産まない種類の場合もある、と予想もしているので、大きな卵を毎日産む鶏の選別は初めから行う予定だった。
そして鶏の餌だが、油かすや野菜の皮や切れ端など、料理で出たゴミをそのまま利用する。一応普通の豆類や卵の殻などもまとめて乾燥させてから砕いたモノを与えるので、特別に仕入れると言う物は少ない。
店長が言うには、魚の骨や貝殻などを焼いて砕いて粉にした物を混ぜた方が良い、とも聞いたので、余裕が出てきたら仕入れるつもりだ。
そして、アミナ達が審判の森から帰って三十日あまりで、試食会を開ける所まできた。
招待客たちは国王一派とその護衛たちだ。アミナ達にとっては、普段から食べにくる一般客の反応を見たかったが、一応大事なスポンサーと言う事で優先させた。
そして一般客向けの体裁だと言う事を何度も念押しして、試食会は始まった。
基本はパンと汁物とメイン。汁物はスープになったり、シチューになったりする。メインは基本は肉料理だが、具だくさんのシチューになった時はそれとパンのみになったりするし、ハンバーガーの時はそれとポテトとジュースだったりもする。要は定食形式だ。
この世界。いわゆるコース料理という形式は確立されていない。国王の食事などは多くの皿が並び、好みの物を少しずつ啄むのが習わしだったりする。食に豊かな貴族ならば皿の数では及ばないが、王と似たような感じになり、一般貴族はスープと固いパン、そして、日本で言えば焼き鳥一串ぐらいの肉を焼いた物が付くぐらいだ。
比較的裕福な部類に入る一般人だと、野菜スープと固いパンだけが、一日二回。毎日二回有るのなら結構余裕のある家、と言う感じになる。
とにかく食に対する欲求が抑制されている。皆がいつかは腹一杯、豪華な食事を、と夢見ているが、しょせん夢だと諦めているのが実情だ。
アミナ達の食事は、一日二回は食べられる家の食事の一日分ぐらいの値段設定だ。
アミナが実際に食材を取り寄せ、作業して、減価償却や人件費、予備費なども上乗せした上で一人分を計算すると言う作業を何度もやり直して出した金額だ。
実際に毎日来る客の数の予想などはすっ飛ばして、目の下に隈を造りながらアミナが計算した結果だ。他の四人はそれだけで頭が上がらないと言い、素直に従った。
その料理を、一人前ずつトレーに乗せて並べていく。
「トレー一つが一人前になります。なのでトレー一つで普通は腹が一杯になると思いますので、何人かで分け合う形で食してください」
そして、国王がいる前での貴族や城に勤める兵士ばかりのはずなのに、目の前にいるのは欠食児童の群れだった。
エルード伯爵などはリスのように頬を膨らませている。国王や王子は、さすがに上品だが、それでも周りは見ていなかった。それほど集中している。
追加として鶏肉やトローモ(ジャガイモ)、シン(タマネギ)の唐揚げだけを盛った皿や竜田揚げ、ハムステーキなどを置いていくが、瞬く間に奪い合いになった。
そしてトドの群れが出来上がった。
いや、一応椅子に座ってはいるが、動けないだけのようだ。
アミナ達は重曹水を作り、お猪口サイズのコップに注いで「食べ過ぎ、胃もたれの薬です」と言って配った。
「な、なんて事だ。こんな醜態をさらしてしまうなんて」
エルード伯爵が胃の薬で落ち着いた後でそう呟く。それを聞いていた王子は深く頷きながら、城に招けないか悩んでいた。
結局は城のコック数名とエルード伯爵の屋敷の一つのコック一名を弟子入りさせる事で決まったが、一流の料理人なら一度見れば直ぐに理解するだろう、と言う事で十日限りの限定弟子入りとした。
そしてエルード伯爵とクロード王子は、どうやって日中に抜け出してここに来るかを話し合うが、国王陛下に睨まれ、特別料金を払っての出前サービスをしてもらう事で落ち着いた。
その日から、食に対する欲求が貴族、一般人を隔てず、徐々に拡大していく事になる。
国王が直接擁護している場所だというのに、地方の貴族が取り込もうとして潰され、爵位を二階位も下げられた、と言う話や、似たような料理を出そうとして失敗した業者が食中毒を発生させて、その責任を取れと乗り込んできたとか、初めのうちに予想された出来事を尽く網羅したのは言うまでも無い。
それらの事件は、国としてその経緯を公表し、その対応策をも公表した。
服の洗濯や身綺麗にして、手洗いの徹底。卵は産みたての物のみを使う。器具や容器の煮沸消毒などなど。
初めは小さな意識改革だったが、国を潤す大きな波になり始めていた。