第7話
麻由のおばあさんとファミレスで話をしてから、休みの度に麻由と会うようになっていた。お互いの呼び名も、入江さんから麻由。高岡さんから護になっていた。
「今日は麻由が行きたがってた植物園に行こう」
「うれしい。お花は匂いがそれぞれ違って、見えなくても楽しいから」
「ねぇ、私車椅子なんだけど大丈夫? 植物園って結構段差とか色々と困る場所が多いと思うんだけど」
麻由は、護が大変な思いをするんじゃないだろうかと不安からつい言葉にしてしまう。
「気にするなって前にも言ったろ。一緒にいられることが、何よりうれしいんだから。それに、バリアフリー対応の施設だから心配ないよ」
植物園は歩いて行ける範囲にあり、建物の中にある為、快適な環境といえる。
最近は数年に一度しか咲かない花が開花したと、地元のニュースで取り上げられていた。
「楽しみだなぁ。どんなお花かなぁ」
はじめは外に出ることが苦痛で仕方なかったけど、護が根気強く私を外の世界に連れて行ってくれて少しずつ今の生活に慣れてきていた。
「護はどんなお花が好き?」
「えっ? 花かぁ……やっぱり、桜かな。春が来たって感じがして、ワクワクするから。麻由は?」
「私はね、ジャスミン。おばあちゃんのお家の庭に咲いてて、小さい頃、髪飾りにして遊んでたの」
「ジャスミンって、俺、お茶しか知らなかったわ」
「逆にジャスミン茶知ってる方がめずらしくない?」
「そうかぁ? ナースステーション奥の休憩室に置いてあったぞ。ジャスミン茶の茶葉」
「あはは」
何気ない会話も楽しくて護と一緒にいることで前向きに生きてみようと思える事が不思議だった。
◇◆◇◆◇◆◇
入園料は無料でバリアフリーの為、ご年配の夫婦が多く見える。
「うーん。お花の香りだぁ。バラは香りが強いから、すぐ分かるわ」
「すごいな。確かにバラあるけど、まだ距離あるぞ」
護に車椅子を押してもらい植物園の中に入ってすぐに薔薇の香りが漂ってきた。
「なぁ、麻由」
「なぁに?」
「薔薇のソフトクリームだって」
麻由は興味津々といった様子で楽しんでいる。笑顔も日に日に増えていった。
「薔薇ソフト食べようよ!」
「まだ着いてすぐだぞ?」
「外暑かったじゃん」
「そうだな。じゃあ、ふたつ買おう」
護に買ってもらった薔薇のソフトクリームはちょっぴり大人な味だった。でも、周りから見たら食べさせてもらっている私は子供だと思われているのだろうか。ソフトクリームをスプーンで食べさせてもらっているなんて普通じゃないもの。そんなことを思っていると顔に出ていたのか、
「あっ、悪い手元が狂った」
「もうわざとでしょ! 鼻にアイスつくわけないもん」
「ごめんごめん」
そう言いながら、拭いてくれたけど、笑っているのがバレバレだった。
「おいしいね」
「俺、口の中冷たすぎて、もう味しない」
「あはは」
その後、室内を回ったのだが、護はチューリップや薔薇、パンジーなど、ここじゃなくても見れるものしか知らず、麻由にもっと勉強するようにと言われていた。
「麻由。この先が数年ぶりに開花したって花みたいだよ」
そんな珍しい花なら見てみたかったなぁ。護に解説してもらおう。
◇◆◇◆◇◆◇
50年に1度しか開花しない花──
「リュウゼツラン……竜の舌のような蘭か」
「えっ? どんな形? 竜の舌? なになに?」
竜舌蘭は確かに竜の舌のような形をしているが、その花はまるで……。
「花火みたいだ」
「花火かぁ。何色の花火?」
「黄色だよ。それもたくさん咲いてるんだ」
麻由は目を閉じ、想像の中の竜舌蘭を咲かせた。
「ありがとう。護が見せてくれた特別なお花、とっても綺麗」
目に見える物だけが全てではない。同じものを見ていたとしても感じ方は違う。
それは至極当然であり、だからこそ誰も気にすることすらしないのである。
しかしながら麻由と護は、しっかりと目の前の花を共有出来ている。
お互いを理解し合っているからこそ、この当然という名の奇跡を可能としているのだろう。
「50年かぁ。次の開花のときは、もう私はお婆さんになってるね」
「その言い方だと、俺はお爺さんにならないみたいだけど」
「だって私の知ってる護は、お爺さんじゃないから。たぶん」
「たぶんて! あははっ! わかった。じゃあ見にこよう。50年後も……ふたりで」
「うん」
すごく嬉しくて、きっと耳まで真っ赤だったに違いない。
(俺今、何気にとんでもない発言しなかったかな)
「ねぇ、護。帰りにもう1回薔薇のアイス食べていこう」
「了解。それではしっかりお掴まり下さい。発車致します」
指を前方に伸ばすと、それを合図に風を切って進み始めた──
◇◆◇◆◇◆◇
「今日は楽しかった。ありがとう」
「また誘うよ。どこか行きたい所があったら教えて」
「うん。じゃあまた」
護に家まで送ってもらい楽しい植物園デートを楽しんだ。