第1話
「看護大学の合格通知を手にしたのが、つい昨日のようなのに」
今朝、私を見るなり母が声をかけてきた。
「あの小さかった麻由がもう二十歳か。早いな」
今朝は父までこんなことを呟いていた。
「なぁに? 二人ともしみじみとしちゃって。お陰でこんなに成長出来ました」
そんな私の言葉に、父は目頭を押さえた。
「これじゃあ、麻由がお嫁に行くとき大変ね」
「えっ? 麻由、彼氏がいるのか? どんなやつだ? けっ……結婚はまだ早いんじゃないかな? そうだっ! 今日はいっぱいご馳走食べような」
ひとりで賑やかな父を、私と母は面白く見ていた。
「どこに連れてってくれるんだろう?」
母に声をかける。
「楽しみにしておきなさい。麻由のために色々考えてるみたいだから」
母はそう言って私の肩をポンと叩いた。
今日は二十歳の特別な誕生日──
そして、特別で忘れることのない誕生日──
◇◆◇◆◇◆◇
二十歳の誕生日ということで、父と母の思い出の場所であるというホテルのレストランの予約を入れてくれていた。
そして父と母の昔話を少し聞いて、私が生まれた時の話になり、ふたりに大切に育ててもらっていたんだと改めて感じることが出来た二十歳の誕生日だった。
父は手をスッと挙げると、お店の方が一本のワインを持ってやって来た。
目の前のワイングラスに、赤く透き通った液体が注がれていく。
「お誕生日おめでとうございます」
ワインの軽やかな香りと共に、ウェイターさんがお祝いの一言を添えてくれた。
「ありがとうございます。はじめてのお酒が家族揃っての乾杯なんて幸せだね私」
そう伝えると、父と母が顔を見合わせて微笑んだのをみてこのふたりの娘で良かったと思えた。
「帰りは私が運転するから、あなたが乾杯してあげて。夢だったんでしょ? 麻由とお酒飲むの」
「ありがとう。帰ったら3人で改めて乾杯しよう」
お酒の飲み方を知らない私は、ジュースのような飲み方をしてしまっていた。
「あらぁ、麻由ったらそんな飲み方したらすぐに酔ってしまうわよ」
母に言われたけど楽しさが勝って、父と料理とワインを堪能した。
「じゃあそろそろ帰ろうか」
父は先に席を立ち、ひとりお会計を済ませに行った。
「今日からここは、私にとっても特別な場所になったね」
「いつか麻由も子供が出来たら、今私がどれだけ幸せかわかるでしょうね。さぁ帰りましょう。帰ったら私と乾杯よ」
「はぁい」
母の腕に抱きつくように歩く私は、素敵な時間にただただ感謝した。
◇◆◇◆◇◆◇
レストランの帰りの車内では、母が運転をし助手席に上機嫌の父。後部座席から2人の会話を聞いているのが心地良かった。
「3人でまた来ようね」
ルームミラー越しに母と目が合い、その眼差しに胸の内が温かくなった。
お腹も満たされ、お酒でふわふわした気持ちで、両親の会話が子守歌に聞こえていつのまにか眠っていた。
「────あぶないっ!」
「ハンドル────」
大きな声は、差し迫った危機を告げるものだった。
「麻由! 起きて!」
「麻由っ、つかまれっ!」
直後、私は上も下も前も後ろも分からなくなっていた。