第四章 79話 手を出さない理由
翌日、セシリアを起こしに来た悪辣メイドが鍵を開けた為、やっと監禁から解放されたカズマは七面鳥の丸焼きの朝御飯を食べると、迎えに来たバルカンと一緒に登城することとなった。
ちなみにレナに起こされたセシリアは瞬時に状況を把握すると、顔を真っ赤にさせて、カズマが七面鳥を食べている間中、部屋から出てくることは無かった。
カズマとしてもどんな顔をしていいのか分からないので助かったというのが正直なところだった。
「それで兄貴、昨夜はお楽しみだったんでやんすか?」
下卑た笑顔でバルカンがカズマに昨日のことを聞いた。
――どうでもいいが、バルカン。その笑顔は職質されても文句は言えないぞ。
バルカンの笑顔を見た、たまたま歩いていた少女が急いで回れ右をすると、泣きながら走り去っていく様子を見ながらカズマは思った。
「でどうだったでやんすか? やることはやったんでやんすか?」
「指一本……いや、右腕一本しか出していねぇよ。残念だったな」
「この、この!」と肘で突っ突いてくる悪人顔の裏切り者に辟易しながらカズマは答えた。
「なんだ、進展なしでやんすか。賭けは持ち越しでやんすね」
「……お前、賭けていたのかよ?」
「レナ殿が主催となって、城中で賭けているでやんす。セシリアの姐御と結ばれるが本命。対抗でヴァレンティナ。大穴が二人でやんす。ちなみにおいらは大穴でやんす。ギャンブラーの血が騒ぐでやんす」
「…お前ら」
カズマは心の中であらん限りの呪詛をあの邪悪なメイドに向かって吐いた。
「それにしても兄貴は何で姐御に手を出さないんでやんすか? 美人で仕事も出来るし、拒否する理由がないと思うでやんす」
だんまりを決め込もうとしたが、いつまでも答えを待つバルカンに仕方なくカズマは答えた。
「いつの日か消えるかもしれないのに待ってくれとは口が裂けても言えないね」
そう言われてバルカンはカズマが異世界人であることを思い出した。
あまりに自然と周囲に溶け込んでいるのですっかり忘れていたのだ。
それにしても器用な男なら女を待たせることぐらいは朝飯前だろうに、カズマがどこまでも不器用であることにバルカンは苦笑した。
「兄貴ほどの不器用は見たことがないでやんすね」
「うるさいぞ、それにだ。俺は根本的にセシリアに相応しくないかもしれないしな」
そういうカズマの横顔はどこか寂しげであった。
「どういうことでやんすか? 身分違いのことなら、大丈夫でやんす。兄貴はシャナ王国の賢者でやんすよ。周りも納得するでやんす」
カズマの弱気な発言に、バルカンはよくある身分違いの差を気にしているのかと解釈した。
だが、その考えは見当違いであった。
「俺が素性なんぞ気にするようなタマかよ。いや、結局気にしていることになるのか」
「なんでやんすか?」
食い下がるバルカンにカズマは冷めた目つきで見返した。
「前に初代国王ヨシトゥーネ王が俺と同じ世界の人間であることはお前に話したな。それじゃ、シャナ王国初代国王ヨシトゥーネの後継ぎを知っているか?」
「ヨシトゥーネ王の後継ぎでやんすか? 知らないでやんす」
長年山賊稼業で生きてきたバルカンは歴史などを学ぶ機会もなく過ごしてきた為にカズマの質問に答えられなかった。
「2代国王はフィラルドだ。特段の功績を挙げた国王ではないが、可もなく不可も無くシャナ王国を安定的に導いた。まぁ、地味な王様だから知らなくても不思議ではない。さて、この国王にはな、二人の父がいる」
「二人の父でやんすか?」
「彼はヨシトゥーネ王の養子だよ」
「……養子でやんすか?」
「フィラルドはヨシトゥーネ王の親友だった時の宰相ボルグの二男だ。ヨシトゥーネ王が子供の出来ない体だったとか、昔の愛人…おそらく静御前のことだと思うが、彼女を忘れられなかったと色々な説があるが、まぁ大事なことはヨシトゥーネに子供が生まれなかったことだ。さて、俺はここである新説を考えている」
そこで一旦、言葉を切ったカズマはたまたま親に連れられて仲良く歩いている子供に視線を移し、話を続けた。
「ヨシトゥーネ王は物理的に子供が出来なかったのではないかとな」
「物理的にでやんすか?」
「そうだ、子供の出来ない女のことを石女と蔑むが、ヨシトゥーネ王は石男とでも表現すればいいか。子供の出来ない体質だったのではないかと思う」
とはいえ、もしヨシトゥーネ王がカズマの考える源義経であるとするならば、大きな疑問が残ることになる。
義経は日本に何人かの子供を作っていたのは確からしい。
『吾妻鏡』という歴史書には義経の子供を海に沈めたという記述があったことから義経が日本では子供の出来る体質であることは明白である。
しかし、この疑問にカズマはある仮説を立てていた。
「分かりやすく言うとだな、人間と猿との間に子供は出来るか?」
カズマの話が理解できずに首を捻るバルカンに出来の悪い生徒に教えるように分かりやすい例を出した。
「出来ないでやんすね」
「それと同じことだよ。子供というのは非常に似た種族でないと子供は出来ない。犬と狼となら子供が出来ても、犬とキツネ、もしくは犬と虎とは子供が出来ない。これを当てはめると俺とセシリア。つまり、地球の人類と言う種族とグランバニア大陸にいる種族とでは子供が出来ない可能性がある」
寂しそうにカズマは親子でじゃれ合っているを姿を見ていた。
生物学者でもないカズマにはグランバニア大陸の人類が猿から進化したのか、それとも他の哺乳類から進化したのかは分からない。
仮にグランバニア大陸の人類が猿から進化したとしても地球の猿と同一であるかも分からない。
カズマとセシリアとの間に子供が出来るかを確かめるには夫婦になってみるしか分らないのである。
しかし、ここでセシリアの侯爵であるという地位が問題になってくる。
「セシリアは侯爵家の当主。侯爵家の当主ともなれば、跡取りを残す義務がある。でだ、少しでも子供を作るに不安のある俺と結ばれることはないだろうよ」
「でも、生まれる可能性も……!」
「無論、今言ったのはただの仮説だ。実際には子供が出来る可能性もある」
「だったらでやんす……!」
「だったらで結婚して、子供が出来なかったらどうする?」
「……」
未練を断ち切るようにカズマが親子連れから視線をバルカンに戻した。
「セシリアは名門カストール侯爵家の当主。少しでも子供が出来ない可能性のあるものとは結ばれてはならない人間だ」
この時代、家を残すことは何よりも尊ばれる時代である。
それは身分階級が上であれば上であるほど、その傾向は根強い。
特にセシリアは侯爵家の当主。
上流中の上流階級である。
己の血族を残すことは最大の仕事と言っても過言ではない家柄の出身者だ。
お陰でカズマは何度となくセシリアに手を出せる状況となっても、そのことが脳裏に浮かび指一本出すことが出来なかった。
セシリアがカストール家を大事に思っていることは現代人のカズマでも想像がついたし、実際彼女の言動の端々からもそれは窺えた。
また、子供が出来ぬことで、彼女が親族達に後ろ指を指される状況になることはカズマの性質から言っても看過出来なかった。
だからと言って、他の女性との間に確かめるという理由だけで子供を作るのはクローン人間を作る科学者となんら変わらないように思え、カズマは試す気にはなれなかった。
それに、もし自分には子供の出来ないということが判明したらと思うと、異世界に一人だけでいるという何者にも耐えがたい寂寥感を味わってしまう。
地球に帰れるかは分からない。
この世界には自分と血の繋がった者は誰もいない。
いくら信頼出来る友達がいても拭いきれない孤独感。
そして、最後の心の拠りどころでもある、自分と唯一この異世界で血の繋がった子供。
それが出来ないということが分かってしまえば…。
結局、カズマはどんなアプローチがあっても気付かぬふりをして過ごすことにしたのだ。
もしかしたら、仮説は所詮仮説でしかなく、問題なく自分は子供の出来る体質であるかもしれない。
将来的にはそれが笑い話となり、自分の子供や妻に笑って聞かせる未来となるかもしれない。
そんな未来の可能性を残したくて、女心に疎い鈍感な人間をカズマは演じることにしたのだ。
「難儀な性格でやんすね。もっと、おいらは単純でいいと思うでやんす。好きなら好き、嫌いなら嫌いでいいでやんす」
「世の中、そんなに単純じゃないと言うことだよ。おら、着いたぞ」
すっかり話し込んでいる間に城門に到着していた。
「いいか、このことは誰にも言うなよ」
そうバルカンに口止めすると、カズマは足早に城の中へと消えていった。
「本当に不器用な御仁でやんす。兄貴と結ばれるならセシリアの姐御はなにもいらないと思うでやんすけどね」
そもそも、その日生きるか死ぬかの山賊生活をしていたバルカンにとっては馬鹿らしい考えだった。
好きな者同士が結婚すればいいし、嫌いなら結婚しなければいい。
好きな者との子供はそりゃ出来たらいいが、出来ないなら出来ないなりに幸せに暮らせば良いだけの話である。
実際、子供が出来なくても幸せに暮らしている夫婦はいる。
「兄貴は難しく考え過ぎでやんす」
そう独白し、何としてもカズマに幸せになって貰いたいと思うバルカンはどうやったら二人をくっ付けられるかを考え始めることにした。
「まずは作戦の練り直しでやんすね」
バンッ
そういうや、バルカンは両手で頬を強く叩き自分に気合を入れた。
何としてでもカズマには幸せになって貰う為に。
「命の恩は必ず返すでやんすよ」
それがオルデン村で助けて貰った時にバルカンが誓った、ただ一つのことである。
どうも、どうも越前屋です。
今回はカズマの苦悩という話です。
次回はまた、他国へと視点を移す感じなるんじゃないかなと思います。
乞うご期待。