第四章 78話 キングチャールズ君
仁義なき晩餐会はセシリアが撃沈したことで解散するかと思っていたカズマだが、そうはメイドが卸さなかった。
か弱き女の身ではセシリア様を寝室まで運ぶことが出来ないから運んでくれとのたまったからである。
それでも断ろうとするカズマにメイドは聞えよがしに「お可哀想なセシリア様。甲斐性なしの旦那様のお陰で風邪をひくに違いありません。あぁ、それがもとで死んでしまい、名門カストール家が断絶。哀れ、か弱きメイドは解雇され、生活に困った私は夜な夜な王都の片隅で体を売ることに。それもこれも甲斐性なしの旦那様のお陰で。でも心優しきメイドは誰も恨まず、ひっそりと健気に……」といった調子で聞かされ続ければ、鉄の意思を持っていたとしても断れまい。
仕方なく、眠り込んでいるセシリアをお姫様抱っこして、彼女の寝室まで運ぶことになったカズマだった。
――思ったよりも軽いな。これならなんとかなりそうだ。
セシリアが聞いたら、お仕置き間違いなしの思いを抱きながらカズマは一歩一歩寝室へと向かっていった。
軽いジョギングが出来そうな長い廊下を歩き、目的の部屋へと到着した。
カズマは手が塞がっていた為、黙っていれば有能なメイドに扉を開けて貰い、中へと入った。
「へぇ、女の子の部屋ってこんな感じなのか。思っていたのと違うな」
部屋の中をキョロキョロと見回しながら、カズマは言った。
「セシリア様はあまり華美な装飾は好まれませんので。それでは私は失礼いたします、夜は狼になる旦那様」
ペコリと頭を下げると、レナはそのまま出て行こうとしたが、カズマが慌てて彼女を引き止めた。
「待て待て、お前の考えは読めているんだ。そのまま、扉に鍵を掛けて、俺を閉じ込めるつもりだろ? その手には乗らないぞ。ほら、入った入った」
この無表情メイドのことだから扉に鍵をかけ、カズマとセシリアを一晩中一緒にすることを考えていても不思議ではない。
いや、これまでの流れからしたら絶対にやる。
念には念を入れて、メイドを先に行かせ、あとからカズマは天蓋付きのベッドへと近づくことにした。
すやすやと寝ているセシリアを起こさないように慎重に『ワレモノ注意』と貼られたダンボールを床に下ろすが如く、彼女をベッドへとカズマは寝かせた。
あとはセシリアの膝下と脇の下に入れていた手を抜くだけである。
カズマが慎重に手を抜こうとした時、それまで黙っていた腹黒メイドが口を開いた。
「それにしても旦那様は甘いですね。確かに戦場に関してなら負け知らずかもしれません。しかし、男女間に関しては残念ながら私のほうに軍配があがったようですね」
やれやれと腹黒メイドは経験不足で未熟な主人を嘆くように首を横に振った。
「どういうことだ?」
思わず聞き返したカズマを無視し、腹黒メイドは話しを続けた。
「セシリア様には108個の秘密があります。その一つに毎日、クマのヌイグルミのキングチャールズ君を抱きながら寝るというものがあります」
――それは想像がつかないな。
腹黒メイドから明かされた秘密に普段の凛々しいセシリアを思い浮かべたカズマは毎晩キングスチャールズ君を抱いている姿とのギャップに戸惑った。
とはいえ、それが先程の話とどう繋がるのかが読めなかった。
「ちなみにですが、旦那様。セシリア様はキングスチャールズ君を毎晩抱いて寝ておりますが、今日のようにキングチャールズ君を抱かずに寝た場合は無意識に体が代替品を求めてしまうのです。まぁ、普段は枕といったものなのですが、今日の場合はちょうど手元にありますし」
「……!!」
慌ててカズマがセシリアの手元を見てみると、いつのまにかセシリアは幸せそうな顔でカズマの右腕を自分のもにゅもにゅと柔らかい胸が当たるのも構わずに両手でしっかりとホールドしていた。
御丁寧にも最後に両足を絡ませる徹底ぶりである。
もはや、二度と放さないと言うかのように。
脱獄不可能と言われたアルカトラズ刑務所の看守でもここまで厳重な監視態勢は取らないだろう。
バニーガールのアシスタントに両手足に南京錠で拘束され、水の入った透明な箱に突き落とされても脱出出来るマジシャンでもないカズマには脱出は不可能であった。
「さてここで問題です、旦那様。私がこの部屋の鍵をかけるのと、旦那様がセシリア様の手を振り解いて部屋を出る。どちらが速いでしょうね? キングチャールズ君?」
そこで無表情だったメイドの顔が、花が咲くようににっこりと今までカズマが見たことのない極上の笑顔を浮かべた。
そして、それは勝者の笑みでもあることをカズマは悟らざるを得なかった。
「謀ったな、この腹黒メイド!」
「謀ったとは人聞きが悪うございます。これは戦略というものです。勉強になりましたか、シャナの千里眼様?」
しっかりと掴んで放さないセシリアに悪戦苦闘するカズマを尻目に優雅に天敵メイドは扉の前まで行くと一礼した。
「それでは旦那様、楽しい夜をお過ごし下さい。このレナ、七面鳥を丸焼きにして朝をお待ちしております」
「七面鳥の丸焼き?」
一瞬疑問符を浮かべたカズマだったが、その意味に気付くと顔を紅くさせた。
七面鳥の丸焼きはお祝い行事などで出される伝統の料理である。
例えば、誕生日やゼノン神の誕生日などといったお祝いごとの行事などである。
そして、そのお祝いごとのなかに新しい生命誕生のお祝いも含まれる。
ガチャ
カズマが抗議の声を上げようとした時には千里眼のメイドは扉に鍵をかけて出て行った後だった。
後には掴んで放さない美女と途方に暮れる男の姿だけであった。
◆
腹黒メイドの計略にまんまと乗せられてしまったカズマは近くにあった椅子をベッドの横に置くと腰を下ろした。
相も変わらず、人質の解放を渋る銀行強盗のように、掴んで放さない美女を見ていたらカズマの気持ちも収まってきた。
普段のセシリアとは違い、全てを相手に預けきったかのように安心した表情を浮かべている。
「こうして黙っていれば、本当に美人だな」
聞いている者もいない部屋で嘘をついても仕方が無い。
素直な心情をカズマは吐露した。
月の明かりが幼女のような無防備な寝顔を照らしている光景はどこか幻想的ですらある。
「全く……。こんな根なし草に好意を向けているんだから、損な人生だね」
拘束されている右腕の代わりに左腕でセシリアの髪を撫でてみるとサラサラとしていて気持ちいい。
女性用シャンプーのコーマーシャルに出てくるモデルの髪並みのサラサラ具合である。
さらに同じ人間の顔と思えないぐらいに整っており、間違ってもフツメンのカズマに好意を寄せるとは思えない。
「現実は小説より奇なりとはよくいったものだ」
もし、セシリアが地球にいれば、エジプトでローマの英雄を誑かすか、古代中国で乱の原因となるか、日本で和歌を詠んでいたかもしれず、いまごろ世界四大美女という呼称に変わっていたかもしれない。
そんな美女が特に優れた容姿でもないカズマに好意を寄せているなど、軽い小説だけの出来事かと思っていたが、現実は違うらしい。
しばらく、サラサラしたセシリアの髪の感触をカズマが楽しんでいると、
「カズ…マ。…好き」
いったいどんな夢を見ているのかセシリアの唐突の告白にカズマは思わず苦笑した。
「せめて起きている時に告白しろよ。返事が出来ないじゃないか」
やれやれと呟きながらもカズマは幸せそうに眠るセシリアの顔をその目に焼き付けるかのように飽きもせずに一晩中眺めていた。
どうも、79話をお届けいたしました。
次回、カズマが鈍感な理由をお届けしたいと思います。
まぁ、多分今週か来週中ですかね。




