第四章 76話 おお勇者よ、捕まってしまうとは情けない
その日、王都ランパールは物々しい雰囲気に包まれていた。
ランパール城の中を殺気だった騎士達が頻繁に行きかっていた。
ある者は天井裏を捜索し、ある者はベッドの下を覗きこみ、ダグラスは侍女のスカートの中を覗きこみ折檻を受けていた。
それは一人の男を探す為だった。
◆
「はぁはぁっ」
知らずに洩れでた荒い息に気付き、ラファエルは慌てて息を殺した。
敵に見つかれば、自分の命はない。
それを知っているがゆえにどんな些細なことでも慎重にならざるをえない。
抜き足差し足忍び足。
気分は腕利きの諜報員のような気分でラファエルは城の中を動いていた。
とはいえ、城の中は誰よりも熟知していると自負していたが、さすがにこれだけの人員で捜索されると見つかるのは時間の問題である。
一刻も早く、抜け道に到達しようと、速足になったラファエルの耳に二人分の足音が聞こえた。
慌てて近くにあった柱に身を隠し、耳をそばだてた。
「いたかっ?」
「いや、こっちにはいなかった」
「出入り口には見張りもいるし、城のどこかにいるはずだ」
「分かった、さっきは西を探したし、今度は東側を重点的に探すか。皆にも連絡しとく」
「おう、頼んだ」
そう言うや、二人は去って行った。
「東か、好都合だね」
二人の会話を耳にしたラファエルはほくそ笑んだ。
ランパール城には王しか知らない抜け道がいくつかある。
それは代々の王が自らの命に危険が迫った時の為に作られたものである。
それゆえにその存在は秘中の秘。
たとえ、近衛騎士であろうともその存在を知る者はいない。
そんな抜け道の一つが城の西側にあった。
ラファエルは騎士達の会話から西が手薄になると思い、西にある抜け道に向かうことにした。
いくうかの廊下を右へ左へと進み、目的の部屋に付いた。
そこは普段は使われない物置なのだが、ラファエルは慣れた様子で部屋に足を踏み込んだ。
念の為、廊下に誰もいないか神経を張り巡らせた。
感覚を研ぎ澄まし、どんな音をも見逃さないようにしたが、特に足音も話し声も聞こえないことに安堵したラファエルは胸を撫で下ろした。
「順調、順調。まさか、ここに抜け道があるなんて知らないだろうし」
ふんふんふんと下手糞な鼻歌を歌いながら、物置に置かれていたガラクタをラファエルはどかし始めた。
それからしばらくして、ガラクタに埋もれていた床が見えるようになった。
しばらく掃除をしていなかったのだろう。
ところどころにホコリが溜まっていたが、ラファエルは気にすることなく床に目立たぬように出来た窪みに手をかけた。
「意外と重いな」
右足を壁にかけて踏ん張りながら、やっとこさ床を持ちあげると下へと続く階段が出現した。
階段の先は暗かったが、準備しておいた松明をつけると、辺りを明るく照らした。
気分は吟遊詩人の話しの中に出てくる冒険者のそれであった。
罠満載の隠し通路を潜りぬけ、行きつく先にはお宝と謎の美女。
当初の目的を忘れ、ワクワク冒険者気分を味わっていた。
「さ~て、ちゃっちゃっと脱出するとしますか」
鬼の居ぬ間になんとやら。
魑魅魍魎が跋扈する地と化したランパール城から脱出すべく冒険者ラファエルは壮大なる冒険への第一歩を踏み出す……はずだった。
「ラファエルく~ん、どこ行くの~?」
ギギギギギギギギギッ
長年風雨に晒された結果、錆びついた遺跡の扉を開けたように首を後ろに振り返ってみれば、だるそうな青年と愉快な仲間達が立っていた。
「カ、カズマぁ? なんでここに」
「ラファエルってキツネ狩りしたことあるか?」
「えっ? 僕、あんまり狩りはしたことないけど」
「そうか、やったほうがいいと思うぞ。勉強になるし、楽しいぞ。勢子にキツネを追いたてさせるんだよ。でも、ただ追いたてるんじゃ駄目だ。きちんと追いたてる方向を考えて、キツネを誘導するんだよ。そうお前のようにな」
近衛兵の警備が緩かったのも全てはここにおびき寄せる為だったことにラファエルはやっと気付いた。
うけけけけけけっ
身の毛もよだつような笑い声を上げるカズマにラファエルは失神寸前になるが、吟遊詩人に出てくるような冒険者は最後まで諦めることは無い。
ラファエルは最後の最後まで諦めることなく脱出すべく、交渉を持ちかけてみた。
「カズマ……。僕と君は親友だよね? だから、見逃してくれないかな」
「……そうだな、ラファエルには随分と良くしてもらったな。天涯孤独の身の俺に親身になってくれて」
「うん、うん分かってくれた。じゃ、僕はこれで」
ラファエルが地下へと続く隠し通路に身を乗り出そうとした時、カズマは話しを続けた。
「そう親身になって、碌でもない役職を押し付けたり、あまつさえ昼寝の時間を削るぐらいの仕事をおしつけてくれやがったりして下さいましたよねぇ、陛下!!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっ!!!」
もう一度背後を振り返ったラファエルは無様な悲鳴を上げてしまった。
そこには数多の遺跡を踏破した百戦錬磨の冒険者が裸足で逃げ出す形相を浮かべた魔王カズマが降臨していたのである。
慌てて秘密の地下通路に逃げようとしたラファエルだったが、ひとあし早くに動き出していたバルカンに取り押さえられた。
「さぁ、さぁ、楽しいお説教タイムのお時間ですよ」
グヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ
暗黒面に囚われたダークカズマはそういうや楽しそうに不気味な声で笑いだした。
その声を聞きながらラファエルは肩を落とすしかなかった。
おぉ冒険者ラファエルよ、捕まってしまうとは情けない。
◆
普段は穏やかな表情をラファエルは強張らせていた。
ラファエル王の執務室はなかなかにエキセントリックな状況となっていた。
部屋の主であるラファエルは逃げ出せぬように山賊印の結び方でキツく縛り上げられて椅子の上に座らされていた。
ボンテージファッションを身に纏った女王様がいれば喜ぶかもしれない光景である。
ついでにムチがあればなお完璧である。
「ですから、陛下。この縁談は両国に利があります。なにがなんでも受けて頂かないと」
「そうですよ、陛下。ショーナ姫さまは才色兼備で有名なお方です。何が不満なんですか?」
「年貢の納め時ですな。仮にも民の模範となるべき王なのですから。きっちり納めて頂かないと」
あの手、この手でラファエルの首を縦に振らせようと家来総出で説得に乗り出していたが、その成果は芳しいとはいえなかった。
むべなるかな。
突然、バーネット皇国からの縁談話が来てからラファエルは子供のように嫌だ嫌だを繰り返していた。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、厭だ、否だ!」
動かない手足をバタつかせ、ラファエルはひたすら喚いていた。
結婚は人生の墓場とどこぞの人は言う。だが、今のラファエルなら結婚は人生の処刑場と言うかもしれない。
ともあれ、このままでは埒があかない。
セシリアのいつまでサボっているんだ、さっさと働けやグズがという視線に快感を覚える前にカズマは腰を上げることにした。
「でラファエル。お前が嫌がっているのは分かった。だが、これをシャナ王国としては断るわけにはいかないのも分かるよな?」
「ぐっ……」
渋々、ラファエルは頷いた。
「ここでバーネット皇国と婚姻関係を結べることが出来れば、同盟の強化に繋がるわけだ。それはお前の悲願であるシャナ王国を平和にすることに繋がるわけだ。それにお前は王だろう。血筋を残すのも仕事だぞ」
「いや分かっているんだよ、本当は。これがシャナ王国の為になるというのも」
溜息を付きながらラファエルは独白した。
「ただね、ショーナ皇女とは幼馴染の関係なんだけどさ。トラウマが出てくるんだよ。あの破天荒な性格とかは我慢できるんだよ」
「ならなんでだ?」
「……僕をモデルに手短な相手と勝手にカップリングするんだよ」
「?????」
「僕とグローサ皇が登場する彼女の自作小説を無理矢理読まされた時は一週間、グローサ皇の顔を見ることが出来なかった」
「Ohhhhhh……」
なんと答えていいのか賢者と称されているカズマでも答えようがなかった。
奥さんがBL好きで更に夫をモデルにしていると聞かされれば、カズマでも嫌である。
「……これ以上は我が儘は言えないね。僕が我慢すればいいことだもんね」
めそめそと泣きながら、ラファエルはついに首を縦に振った。
その姿はまるで殉教者のようである。
ただ、金髪の美少年が涙目でいる姿がBL好きには堪らない姿であることを伝えるか迷うカズマだった。
とはいえ、自分だけが死ぬのは嫌なラファエルは矛先をカズマに向けた。
「そういえば、カズマはセシー姉とはどうなのさ」
げっとカズマは呻いたがもう遅い。
B29から既に爆弾は投下された後だった。
セシリアはそっぽを向いてはいたが頬を赤く染めているのがまる分かりだったし、どこか期待しているように見えるのはカズマの気のせいだろうか。
「そやそや、賢者はんもこれを機に結婚するというのも有りかもしれまへんな」
似非関西弁でグローブ宰相が頷けば、周りも追従する。
「お前も早く結婚しろよ。結婚生活を愚痴に酒を飲むのは旨いぞ」
不幸将軍のフローレンスもすかさず追従する。
もはや、周りには味方がいないことをカズマも悟らざるを得なかった。
やったぜ、目標の3月までに投稿出来たぜ。
と、低い目標を達成したことに喜んでいるバカの越前屋です。
それにしても長かったなラファエルの婚姻話。
当初の予定案ではもう少し早かったけど。
でまぁ、次回はカズマとセシリアとの関係が進んだり進まなかったりの予定。
目標は4月までと大きく、予定は5月の初めを目途に。