第四章 74話 天下三分の計
天下三分の計
三国志で有名な背高のっぽの軍師諸葛孔明さん(192.8㎝)が、自分の耳が見えちゃう特技を持つダンボ劉備に献策した計略である。
その内容は中国を大きく三分にすることで均衡を保ち、時機を見て天下を取るというものである。
◆
「天下三分の計とな?」
これからバーネット皇国の取るべき方策を聞いたショーナ皇女は可愛らしく首を傾げた。
その姿にやべっ、ちょっと可愛いかもと思いながらカズマは解説を続けた。
「現在、天下はセントレイズ帝国、バーネット皇国、シャナ王国の三ヶ国で分割されております。私が考えるにこの均衡状態を恒久的なものにすることでバーネット皇国とシャナ王国の命脈を保つ方法であると考えます」
「それは帝国と和議を結べということか?」
「御明察恐れ入ります。まだ両国が力のあるうちにでなければ、帝国は和議の話に耳も貸さないでしょう」
皇国と王国に力があれば、帝国は侮り難しと思い、和議を結ぶ可能性が出てくるのである。
これが逆に両国の力が無いとなれば、どうなるであろうか。
帝国は無理に和議を結ぶ必要がなくなる。
何故なら、滅ぼせる時に滅ぼすのが弱肉強食の戦国の習いである。
帝国にとっては無理に両国を残す理由がないのである。
だから、カズマとしては力を持っている今のうちに和議を結んでしまいたかった。
「だが、仮に今和議の話を持ち出したところで帝国は首を縦に振るまい。当たり前だ。我らは永らく帝国と争っていた。両国を滅ぼすことは帝国の悲願なのだよ。その状態でどうやって和議を結ぶ?」
「なに方法自体はいたって簡単です」
「どうするのだ?」
ショーナが身を乗り出すかのように麗しき顔をカズマに近付けた。
「例えばの話ですが、取引先と商談をしていたとしましょう。しかもこの商談が成立しないと商会が潰れてしまいます。しかし、相手は頑として首を横にしか振りません。さて、そこで問題です。ショーナ皇女ならどうしますか?」
「そうだね……? その人のメリットになることを順序良く話すのはどうだ?」
「それも一つの方法ですが、100%上手くいくという方法ではないですね」
「ならどうすべきなのだ?」
「私ならこうします。まず相手を頷くまで殴り、爪を一枚ずつ剥ぎます。それでも駄目なら、家族を人質に取ります。そして、今したことを家族にすると脅します。ここまですれば、100%ではないかもしれませんが、十中八九は頷いてくれるでしょう」
「……つまり、帝国が和議に応じらざるを得ない状況にするということか?」
「御明察恐れ入ります。帝国がこのまま黙っているとは思いません。必ずや再び我が国か皇国へと侵攻をするでしょう。その時には空前絶後の兵力を動員することでしょう」
その侵攻軍を完膚なきまでに打ち破ることが出来れば……。
それは帝国に大きな打撃を与えることだろう。
「そうなれば、天下三分の計が成ります」
重々しくカズマは頷いた。
「しかし、それは大変ではないか? 帝国が総力を挙げれば、七十万は少なくとも動員出来るだろう。それをどうするのだ?」
「策はいくつか考えてはありますが……。帝国軍を我が国の奥深くに引き込み、後方を遮断。後に帝国軍を包囲するというのが策の根幹となります」
「ふむ……」
カズマの策が実現可能かどうか、また、それが皇国の利益になるかをショーナは素早く考え結論を出した。
「よかろう。父上には私から話をしよう。皇国も天下三分の計を念頭に動くのが得策だな」
即断即決のショーナ皇女らしい判断の早さだった。
「皇女の判断有り難く思います」
すんなりと策が通ったことにカズマは驚きつつも皇女に感謝の意を伝えた。
ただし、これでバーネット皇国がシャナ王国と共同歩調を取るかどうかは分からない。
あくまでも決定権があるのは王のみである。
皇女は王に献策するだけの権限しかないからだ。
長年帝国と争っているバーネット皇国からすれば、講和などもっての外だろう。
そこに突然帝国と講和しろと言われても「はい、そうですか」と言えるはずもない。
仮に王が講和に前向きだとしても他の家臣達がどう思うかでも変わるだろう。
王とは一見、独裁政治をしているように見えるが、内実はかなり違う。
王がいくら命令しても従う家臣がいなければ、絵に描いた餅で終わる。
家臣達の気持を汲んだ命令をするのが王の仕事とも言える。
その家臣達が長年の宿敵と講和するのを嫌がれば、王もその気持ちを汲まざるを得ないのである。
とはいえ、皇女が賛成の意を示してくれたのは大きな収穫と言っていい。
すぐには無理かもしれないが、将来的にはカズマの策に従って動く可能性が出てきたからだ。
あとは外交努力で何とかしていくしかないだろうとカズマは判断した。
「さて、そういえば大事な話を忘れていたの」
そう言うと、突然、皇女はポンッと手を叩いた。
いかんいかんここに来た大事なもう一つの要件を忘れていたわとショーナ王女は小声で言った。
「お主、私の配下になる気はないかな?」
「ハイッ?」
すっかりと敬語を忘れて、素の声が出てしまうあたりカズマの驚き具合が分かることだろう。
◆
バルコニーで皇女からの話しを聞いていたジョセフはぶふっと間抜けな音をたてながら息を吐き出すと同時に激しく咳き込んでしまった。
「皇ッ女ぉッ――――――!」
咳が止るまると同時にジョセフは胃の痛みを感じながらも叫んでしまった。
お陰で警護をしていた兵が慌てて馬車の中に飛び込んでくるほどであった。
「むぅ。煩いぞ、ジョセフ。別に私は難聴ではないのだから普通に話してくれ」
飛び込んだ兵士には何でもないと伝えつつ、ショーナ皇女はジョセフに苦言を呈した。
「煩いではないですぞ、皇女! 下手したら外交問題になりますっ! どこの世界に他国の王が寵愛している家臣を引き抜こうとする同盟国がおりますかっ! やっぱり、皇女は私を殺す気ですなっ! 過労死と言う名の殺人を犯そうと考えているに違いないっ!」
ジョセフはさめざめと泣きつつ、部屋に戻ったら遺言書を書こうと決心した。
「断られたからいいではないか。大体、才があるものを引き抜くのは為政者の務めであろう。それにだ」
皇女はそこで言葉を止めた。
「それになんですか?」
「あやつの才はシャナ王国を味方につけるよりも価値がある」
「そうですか?」
一国よりも一人の人間のほうが、価値があると断言する皇女にジョセフは疑問を呈した。
「ジョセフは見る目がないな。だから、最近視力が落ちているのだ」
「ほっといて下さい。これはただの老眼です」
「そんなことを言っているからあやつの才が分からないのだ。とはいえ、あやつの才は欲しいの。何とか手に入らぬものか」
う~むと唸りつつ皇女はしばらく考えていたが、不意に手を叩いた。
「おぉそうだ。良い手があるではないか。外交問題にもならないで合法的にあの者が手に入る手段が! なんで気付かなかったかの! はっはっはっ、皇女と言う身分に初めてありがとうと言いたい! ありがとう父上!! 母上と子作りしてくれて!」
ふんふんふんと機嫌良く鼻歌を歌う皇女にジョセフは更なる胃の痛みを感じた。
(はっ、この痛みの大きさはっ……! なにかとんでもないことを皇女がする時の痛みっ!! なんだ、何が起きるのだ! おぉ神よ! 天罰を与えるのは皇女だけにして下さい! 私は巻き込まれただけです!)
胃の痛みスカウターで何かとんでもないことを仕出かそうとする皇女の企みを探知したジョセフは必死に神に祈りを捧げるのであった。
◆
それから皇女は何日かシャナ王国に滞在した後、バーネット皇国へと帰って行った。
そのことにラファエル王は安堵していたが、それは嵐の前の静けさに過ぎなかった。
お待たせいたしました。
74話を更新しました。
で、ここから話を佳境に持っていくことになると思います。
といってもあと最終話までに二十話か三十話くらいになるでしょうかね?
次回の更新は目標10月中。
現実路線11月中を予定しております。