第四章 73話 飛ぶ鳥を落とす勢い
バルコニーに出てみると、思ったよりも寒さを感じなかった。
むしろ適度なアルコールが肌を火照らせており、夜風が気持ち良かった。
「さて、私に話があるとのことですが?」
ウェイターから受け取ったグラスを左右にゆっくりと回しながらカズマは問うた。
この女神を具現化したかのような美姫が自分にどのような用があるのか、皆目見当がつかなかった。
「そなたが飛ぶ鳥を落とす勢いの天才軍師か? 会うのを楽しみにしていたぞ」
美貌の姫君の真意を図りかねたカズマは、間を持たせるために手に持っていた酒を一口ほど口に含んだ。
その間にどう答えるのが最善かを考えていた。
が結局は相手の出方を探ることにした。
「いやいや、私などせいぜい飛ぶ鳥のフンが落ちる程度の勢いです。それで話というのは?」
とりあえず、無難に日本人は日本人らしくジャパニーズ文化謙遜で相手の出方をカズマは伺うことにした。
「なにただの世間話だよ。それとも、男と女の話がご所望かな?」
世の殿方を無脊椎動物へと変えかねない危険な笑みを浮かべた。
とはいえ、タイプの違いはあれど、二人の極上の美女を毎日目にしているカズマには効果が薄かった。
「いや、もう間に合っているので」
これ以上の心臓への負担は避けたいカズマは右手をヒラヒラと横に振ることで断った。
「ふっふっふっ、残念ね」
ちっとも残念そうな表情を浮かべているようにはとても見えなかったが、カズマは話しを促した。
「それで話しというのは?」
「いろいろ聞いてみたいことがあるが……。そうね、あなたはどこの国が天下を取ると思いかな?」
スフィンクスが旅人に謎を出すが如く、カズマに問いかけた。
「中央の雄、セントレイズ帝国? 水源の覇者バーネット皇国? それとも緑を統べるシャナ王国? いずれの国であろう?」
妖精が歌うかのように麗しき唇から各国の列強の名を次々と挙げていった。
それが興味本位なのか、それともこちらの動向を探るための問いかけなのかカズマには判断がつきかねた。
まさか、追従を期待しているとも思えない。
そもそも世間では天才軍師ともてはやされてはいるが、基本的にカズマは追い込まれてから力を発揮するタイプである。
あらかじめ計画を立てて思い通りにことを動かす戦略家というよりも、危機的な状況で力を発揮する馬鹿力……というよりも馬鹿頭?……タイプである。
一歩、二歩先ぐらいなら読むことが出来るが、十歩先を見通すことは仏でもないカズマには出来ないのである。
だから、不可能を可能に変えることは出来ない。
自分に出来るのは最悪な方向へと突き進む未来をほんの少し良い方向へと変えてやることだけだとカズマは思っている。
だから、いずれかの国が天下を取るかと聞かれれば、カズマの答えは決まっている。
セントレイズ帝国と……。
「さてさて、天下を取ると申されるが、非才の身である私には分かりかねますが」
天下を取るのはどう考えてもセントレイズ帝国で決まっている。
シャナ王国、バーネット皇国の2カ国を合わせても凌駕する国力。
帝国の頭脳と称されるローグウッドを筆頭に名将、智将を綺羅星の如く揃える人材。
何よりもその国力と人材を自由自在に使いこなす器を有するギルバート帝。
この状況を引っくり返せると思うほど、自分の能力を過信する気はカズマには無い。
だが、それを素直に皇女に伝えるのは躊躇われた。
最悪、皇女の機嫌を損ねて、同盟がオジャンになる可能性があるからだ。
それゆえにカズマは逃げの一手を取ることにした。
だが、そんなカズマの浅はかな考えは皇女には見抜かれたらしい。
荒くれの海賊達をも震え上がらせた皇女は目を細めてカズマを見据えた。
「ハッハッハッ、そなたが非才か? 王都を制圧し、勢いに乗る反乱軍をその策で叩きのめし、つい最近も帝国の侵略を撥ね退けたそなたが? ならば、この世は愚か者しかいなくなるであろう。私が同盟国の皇女であることを気にするな。どのような返答でも両国の同盟は揺らがん。私は詰まらんプライドで国を滅ぼした馬鹿な皇女と歴史書に書かれるのはまっぴら御免被るのだよ。もう一度訊こう。天下を平定するのはいずこか?」
そこらの海賊よりもよっぽど怖い皇女に見据えられては正直に答えるほかないとカズマは心を決めるほかなかった。
「……では。私が考えるにセントレイズ帝国でしょう」
「理由を訊こうか」
一旦、息を吐くことで心を落ち着けてからカズマは答えた。
「簡単なことです。帝国には他国を攻める余裕がありますが、我らにはありません」
王国は言わずもがな、度重なる戦役で疲弊している。
とても他国を侵略する余裕は無い。
となると、皇国も帝国に攻め入るのは自動的に不可能になる。
帝国を相手に侵攻するには一カ国では荷が重い。
もし帝国に攻め入るならば、最低でも二ヶ国で攻めなければならないのだ。
「また、仮に二ヶ国で侵攻したとしましょう。間違いなく我々は帝国に負けます。何故なら、帝国の国土のほとんどが陸地だからです。必然的に戦場は陸になるでしょう。そうなれば、皇国が得意とする海戦は出来ません。我々は帝国の得意とする陸で戦うことになるのです」
「だが、コーラルの戦いで2倍以上の帝国軍を破ったカズマ殿なら問題ないのでは?」
「1回や2回なら勝てるかもしれません。ですが、結局はそれまでです。3回や4回も戦って勝てるほどギルバート帝は甘い敵ではございません。帝国にはそれだけの力があります。それに帝国が持久戦を取れば、それだけで我々の軍は瓦解します。帝国の豊かな国土も敵ですが、その広さもまた敵なのです」
かつて、第二次世界大戦で日本軍は中国全土で戦いを繰り広げていた。
結局、その戦いで日本軍は中国軍のゲリラ戦法に苦しめられ、敗戦してしまったのは周知の通りだが、その敗因の一つには国土の広さが挙げられる。
占領した土地を維持するにはあまりにも兵力が足りなかったのである。
また、広範囲の占領地は戦線の広がりを意味する。
守る土地が広範囲であればあるほど、必要な兵力は巨大になってくる。
結局、守りが手薄となった場所を次々と中国軍のゲリラ戦法に襲われ、日本軍は相手を圧倒する戦闘力を擁しながらも敗退を重ねていったのである。
ましてや、相手は帝国軍である。
戦力的には上回る帝国軍が後方でゲリラ戦法を行い、前線では持久戦をされては堪ったものではない。
補給を断たれ疲弊した王国と皇国の連合軍が撤退するところを帝国軍に叩かれれば、為すすべもない。
「では我々は滅亡を待つだけか?」
「何もしなければ、そうなるでしょう。何もしなければ……」
空に輝く何千何万の星を見上げながら、重々しくカズマは言った。
◆
夜も更け、舞踏会は閉幕となった。
貴族達は王宮前に乗り付けてあった自前の馬車に乗り込み、己の屋敷へと帰って行った。
バーネット皇国の面々も宛がわれた客室へと戻って行った。
その客室へと歩いて向かう途中、ジョセフは先程から黙りこんでいた皇女に声を掛けた。
「どうかなさいましたか?」
バルコニーでカズマと別れた後の舞踏会では終始にこやかに過ごしていた。
だが、舞踏会が終わったあたりから、皇女は小難しげな顔を浮かべていた。
「なに、軍師カズマの話しを思い出してな」
「あぁ、確か天下取りの方法をお聞きするんでしたな。良い策は聞けましたか?」
「いや、さすがの天才軍師でも無理らしい。だが、他の策を教えて貰うことが出来た」
「ほぅ、それは良うございました。して、その策とは?」
「あやつめ、面白い策を私に授けおったわ」
さらりとショーナ皇女はその策の名を笑いながら答えた。
天下三分の計也と……
スミマセン、大分お待たせいたしました。
越前屋です。
7月には書きあがったのですが、読み返してみるとどうも気にいらず、何度も書き直していたら、いつの間にやら8月に……。
さて、近況ですが、相変わらず仕事が学級崩壊を起こしているクラスの子供なみに落ち着かない毎日を過ごしております。
まぁ、9月には配置転換があるらしいので、もしかしたら、時間に余裕が出来るかもと期待してはいるんですが。
期待するだけ無駄ですかね。
それでは!
次回は…8月後半か9月には書き上げたいなと思います。