第四章 71話 王と軍師のイケない関係 好評発売中
バーネット皇国には一人の戦乙女がいる
彼女の名はショーナ。
グローサ国王が一人娘である。
彼女の名はバーネット皇国内で畏敬と共に囁かれる。
曰く、勝利の女神。
曰く、戦乙女。
曰く、姫将軍と。
彼女がシャナ王国の地に赴き、仁で国を治めようとする王と再会する時。
物語は大きく進み始める。
◆
王都ランパールはセントレイズ帝国の帝都ガルディ、バーネット皇国の皇都オルレアに比べれば小さい首都である。
なにせ帝都ガルディは大陸一の人口を抱えているという評判であるし、皇都オルレアは常に商人や客などで賑わう一大都市である。
それに比べれば、王都ランパールは数ランクほど落ちる。
とはいえ、さすがはシャナ王国の首都に指定されているだけあって、商店が立ち並ぶ一角は賑わいを見せていた。
「いらっしゃい、いらっしゃい!! 安いよ、安いよ!」
「これを食べなきゃ一日が始まらないよ!!」
大通りに面している商店街では少しでも多くの客を呼び込もうと店主や店員が盛んに声を張り上げていた。
一方、店を持っていない商人などが集まる裏路地では行商が大きな布を地面に引き、その上に商品などが乱雑に並べられていた。
ここまでは健全な商売風景である。
……だが、その先はシャナ王国の暗部が存在していた。
そこでは薬から人身売買まで幅広く行われる闇のマーケットである。
少々危ない商品を売買する闇のブローカー達は客を見つけては素早く近くの路地の影で商品の引き渡しを行っていた。
勘の鋭い者がここを訪れれば、闇のマーケットに至る道の全ての入口に見張りが目を光らせていることに気付くことだろう。
彼らの手元には例外なく呼び子が握られている。
彼らが騎士の姿に気付けば、たちまち辺りに呼び子が木霊するのは明白であろう。
そんな常に厳戒態勢のアンダーグラウンドではその日珍客達を迎えていた。
◆
「うむ、さすがは王都ランパールだ。奥が深い」
考え深げに深く頷いたのは絶世の佳人であった。
手足はほっそりと美しく、顔はアンティークドールのように整っていた。
彼女がいるのはアンダーグラウンドの中でも最深部に位置する暗部である。
そこはありふれた作りの建物の地下室に作られた秘密の店であった。
「皇女殿下、供の者を置き去りにして何をしてらっしゃるのですか。早くラファエル王に拝謁すべきでは?」
辺りをしきりに気にしながら、疲れた様子のジョセフが提言した。
シャナ王国に足を踏み入れた最初の1日目は、大人しく馬車の中から自然が織りなす風光明媚な景色を楽しんでいたショーナ王女だったが、2日目に「飽きた」と一言呟くと、馬に跨るやジョセフと数人のお伴のみを連れて一足早く王都を目指したのである。
「まぁ待て、ジョセフ。ここは宝の山だぞ。我が国にはない貴重なモノで溢れているではないか。この禁書など我が国に持ちかえれば、巨万の富に変わるぞ」
ショーナは本棚に置いてある一冊を手に取るとジョセフに向けて放り投げた。
ジョセフは投げられた書物を慌てて受け止めると、チラリと表紙を見ただけでゲンナリとした。
その表紙には……
……美しくイケメンにカスタマイズ(原型を1ミクロンたりとも残してはいない)されたカズマと愛らしいラファエルが仲良くベッドで一緒に運動している様子が描かれていた。
「どうだ? これこそ、まさしく人類の叡智の結晶だとは思わぬか? 聖書よりも売れていると評判の『王と軍師のイケない関係』シリーズの最新作。これほど知的好奇心が擽られる書物はこの世にあるまい」
ジョセフから本を奪うと、ショーナは陶然と頷いた。
その姿は一般人には奇異に映るものだが、ここでは自然な姿である。
何故なら、彼女の周りでも大なり小なり同じような光景が繰り広げられているからである。
「旦那いかがです? 過酷な弾圧を逃れたカズマのいぢ先生直筆の『セシリアの甘い吐息』や『ヴァレンティナ嬢の危険な あ❤そ❤び』の画集ですぜ?」
「これは……なんと素晴らしい!! 分かった。それぞれ観賞用、読書用、自慢用、オカズ用で買うとしよう」
帽子を深くかぶってはいるが、着ているものから上流階級の一員だと思われる中年男性が感極まったように声を出せば、その隣では人身売買(?) が行われていた。
「この子なんてどうでしょう? 夜のお供にはピッタリですよ」
「まさしく生命に命が宿っているかのような造形……。素晴らしい……。はぁはぁはぁ、セシーたん! オジサンと一緒に帰ろうね。僕達二人はいつまでも一緒だよ」
「毎度あり~~!」
ただのフィギュアをあたかも生きている人間を扱うかのように若者は大事に胸に抱えて帰って行った。
そんな光景を目撃したジョセフは『この国の未来は本当に大丈夫なのか?』と真剣に考え込みそうになった。
そんな悩めるジョセフを気にした様子も無く、ショーナ姫は目当ての物の会計を済ませると外に出て行った。
それに気付いたジョセフは慌てて店を後にした。
◆
「皇女殿下……。このような場所に用があるならば、ラファエル王とお会いになられてからでも宜しいでしょうに。私を殺す気なら、ひと思いにお願いします」
すっかりとお馴染になった胃の鈍痛に顔を顰めながら、ジョセフはショーナに愚痴った。
「ふふふふふ、大丈夫。私を誰だと思っておる? 過労死の寸止めなんてお手の物。ちゃんと死にそうになったら労わってあげるぞ。それはともかく別に貴重な書物を手に入れることだけがここに来た目的ではないさ」
そう言いながらも手に入れた本を大事そうに頬ずりしている姿に説得力を見出せないのは最近老眼気味なジョセフの目の所為だろうか?
「何だ、その顔は? 結婚詐欺師のプロポーズを受けた時の顔をしおって」
「……いえ、その結婚詐欺師があまりにも魅力的だったもので。一瞬、結婚を承諾しようかと迷いました」
「それは残念だな。父上が昇天するほど喜ぶところであったのに。まぁ、冗談はともかくだ。国の内情を知りたいなら隅から隅まで見て回ることだ。表の顔だけではなく裏の顔も、な?」
「見た感想はいかがですか?」
「そうだな……。砂上の楼閣という表現が一番適切だな」
「砂上の楼閣……ですか?」
「意外に思うか? 反王勢力の中心人物だったフォルラン侯爵をコーラルの戦いで倒し、最近ではセントレイズ帝国の侵攻をコーラルの戦いで完膚なきまでに叩き潰した。その勢いに乗っているはずのシャナ王国を砂上の楼閣と称したことが?」
「はい」
「確かにその勢いには目を見張るものがある。だが、内に目を向けてみれば、未だに反王勢力の貴族達は隙あらばと王家打倒を窺っておる。外に目を向けてみれば、セントレイズ帝国ギルバート皇帝は虎視眈々とシャナ王国を狙っておる。その上、戦には勝利したが、新たな領土が手に入った訳ではない。それらがシャナ王国を少なからず疲弊させたのは間違いない。この状況ではいつ崩れてもおかしくない砂上の楼閣という表現は適切ではないか?」
ショーナの美しい目には絶え間ない地震と強い風に晒されている砂の城のような見方をシャナ王国に対して持っていた。
「確かにその通りですが……。しかし、驚きました。皇女殿下がそこまで辛い評価を与えるとは」
「私は常に冷静なのだよ。だからこそ、私がシャナ王国に参ったのだろう。 私が水の役割を果たすべくな。砂に水をかけることで堅い土へと変えるように。違うか?」
「さて……?」
曖昧な言葉でジョセフは誤魔化したが、皇女の鋭い洞察力に舌を巻いた。
恐らく今回の友好大使に選ばれた時から陛下の思惑を正確に読んでいたのだろう。
「隠さずともよい。大方、父上の差し金だろう? 安心しておれ。暴れ馬とて蹴る相手は選ぶさ。私もラファエルと会うのは楽しみだしな」
「だと宜しいのですが……」
再び痛み始めた胃を擦りながら、ジョセフは相槌をうった。
ジョセフの目には皇女が何かまだ企んでいる気がしてしょうがなかった。
「まぁ、ラファエルのことも楽しみだが。シャナの千里眼とやらがどういう奴だかも楽しみだな」
ショーナは小さく呟き、持っていた本の表紙に目を向けた。
そこには王と戯れる(?) 軍師の絵が描かれていた。
はい、お待たせいたしました。
過労死の寸止めを現実で味わっている越前屋です。
もうひと思いに殺して~~~!と心の中でなんど叫んだことでしょう。
うん、さすがに13日間連続出勤した時は死ぬかと思いましたね。
先輩の中には一ヶ月間もの間、無遅刻無欠席で皆勤賞(文字通りの皆勤賞です)を達成した猛者がいますが、自分には無理です。
さて、愚痴はこれくらいにして、ショーナ王女がやっとこさ出て参りました。
ラファエルとの絡みは色々と考えておりますので、次回をお楽しみに。
次回の更新は来年でしょうかね?
次回もよろしくお願いします。