第四章 69話 独占スクープ! あの賢者様に!? 詳しくは本紙で!
この日もカズマは休日だと言うのに、いそいそと城の外へ出かけて行った。
御丁寧にも以前アイザックに作らせた変装用の金髪カツラをカズマは被っていた。
そのカズマの後を付けていくのは若い男だった。
その彼の更に後ろには人目を引く美女三人が若い男を付けていく。
「ダグラスに頼んでおいて良かったわ。私達だと目立ってしまうし」
いつもの軍服や社交界用のドレスから野暮ったい服装に着替えたセシリアとヴァレンティナだったが、類稀な美貌を隠すまでには至らない。
もう一人の自動製氷製造機メイドは「メイドの魂を脱ぐことは出来ません」と断固拒否し、普段通りのメイド服であった。
彼女達が一歩進むごとに、綺麗な花に魅せられたアブラムシ(害虫)の如く、ナンパ男が湧きだしたが、情け容赦なく撃沈していく。
ある者は対サボリ上司お仕置道具13号君改め、対軽薄男死の鉄槌道具1号君の破壊力の前に文字通りの撃沈。
そして、ある者はメイド服の美女に己の全てを否定される毒舌に人格崩壊の一歩手前まで追い込まれていた。
そんな状態ではカズマに気付かれる可能性もあったが、あらかじめジャスティンを先行させていたのでかなり後方の騒ぎに気付く事は無かった。
そのカズマは追跡者の存在に気付くことなく大通りをドンドン下っていき、一般の国民が住まう最下層まで下りた。
最下層まで下りると、カズマは迷わず脇道へと入った。
住宅街が続く道を迷いなく歩く様子は通い慣れていることを想像させた。
それからしばらく突き進むとカズマはある建物の前で立ち止まった。
一般の家屋に比べれば多少大きい建物だが、度重なる雨と風でかつては白かったであろう外壁が灰色に薄汚れてしまっている。
その建物の入口のドアをカズマが叩くと、若い女性が出て来た。
若い女は際立って優れた容姿ではないが、温和な顔立ちで人を和ませる家庭的な女性だ。
その女性はカズマの襟元が乱れているのを見つけると優しい手つきで直してやっていた。
それから若い女性は軽くカズマと談笑しながら、一緒に建物の中へと消えていった。
その様子は新婚夫婦のようで甘々の雰囲気を漂わせていた。
追跡していた4人はその様子を建物の蔭から見ていた。
……いや、正確には人間は一人だけと言ったほうがいいのだろうか?
かつて、セシリアと名乗っていた人間は夜叉な面を被り、暗黒フォースに魅入られていた。
「……カズマ。……ウフフ。どんな死に方がいいかしら? 迷うわ…ね……?」
虚ろな目で剣を抜き始めた姿は、何か人として越えてはいけない一線を越えてしまった者特有の雰囲気を漂わせていた。
ヴァレンティナはヴァレンティナで……
「カズマは本当にしょうがないわね。でも浮気は男の甲斐性だしね。許してあげる。でも、本気は駄目よ、本気はね。いつだって、私が一番ではないと、ね? 帰ったら、女性用の棺を一つ用意しないと……」
クスクスと笑ってはいるが、よく見るとヴァレンティナの目が笑っていない。
太股に72個の黒子がある不真面目中年親父皇帝の側室を眺めている奥様みたいな怖い笑みを浮かべていた。
悪鬼羅刹という単語がこれほどピッタリな表情はないだろう。
余程、平民にカズマを誑かされたことが彼女のプライドの気に障ったようだ。
メイド服美女のレナは何か面白そうなことが起きそうだという予感にどことなくワクワクしていた。
その様子は不幸な人間を心の底から楽しむ悪魔のようである。
「……それでどうする?」
この場にいる唯一の人間代表(?) ダグラスは二人に問いかけた。
「勿論、強行突破よ。天意は我にあるわ」
「カズマを惑わす魔女に死の鉄槌を下さなければ」
二人の美女はいかなる男達でも蕩けさせずにはいられない素敵を浮かべていた。
ただし、その笑みを見た人間は遠からず心的外傷後ストレス障害で医者通いになることは請け合いだったが。
ちなみにこの時カズマは原因不明の悪寒に襲われたとか、襲われなかったとか。
◆
「裏切り者はどこかしら、どこかしら?」
「ケタケタケタ、私のカズマ様を誘惑する、いけない女はどこ?」
「……カズマに合掌」
ダグラスが手際よく扉の鍵穴に針金を差し込み(いつか夜這いする時ように身に付けた特技 未使用)、カチャカチャとしばらく音を立てていた。
ほどなくガチャッという軽い金属音と共に扉が開いた。
4人は素早く侵入するやカズマの浮気現場を押さえるべく、静かに移動をしていた。
そして、奥にある一室からカズマの声が聞こえてくることに、ジャスティンが気付いた。
「……ターゲットはあそこの部屋だ」
4人は扉の前で立ち止まると、耳をそばだてた。
「……パパ! 見てみて絵を描いたの!」
中から小さい子供の楽しそうな声が聞こえてきた。
……パパって、まさか?
4人の脳裏にカズマが子供を儲けているという疑惑が急速に湧きあがった。
次の瞬間、辺りに猛烈に膨れ上がった瘴気が立ち込めた。
そのことを感じたダグラスが恐る恐る女性陣を振り返って、すぐに人生で一番の後悔をした。
「……殺す、殺す、コロス、コロス、コロスコロスコロスコロスBukorosu八つ裂き、火炙り、溺死刑、圧殺、生き埋め、磔、十字架刑、斬首、毒殺、車裂、鋸挽き、釜茹、石打ち」
セシリアは何だか非常に近付きたくない邪神にクラスチェンジを果たしているし、隣にいるヴァレンティナはいつのまにか取りだした研ぎ石で剣を研いでいた。
シャッーシャッーという山姥が包丁を研ぐ時の音に似た、不気味な音が微かに廊下を響いていた。
この時ダグラスはいかなる戦場でもアンモニア臭の液体を漏らしたことは無かったが、この日初めて小さなシミをズボンに作ったと後に述懐している
さて、部屋からは『本紙記者独占スクープ!? シャナの千里眼で有名な軍師のカズマ(21)さんに隠し子疑惑? お相手は●△似の美女!』というスポーツ新聞の一面を飾るであろう会話が続いていた。
「おぉ、上手く描けてるじゃん。もしかして、これは俺かな?」
「うん、パパの絵だよ!」
子供の無邪気な声が聞こえた瞬間「バギッ!」「ドスッ」という異なる音が響いた。
セシリアは対軽薄男死の鉄槌道具1号君を叩き折り、ヴァレンティナは研いでいた剣を床に突き立てた。
「……んっ、今の音は何だ?」
どうやら、カズマは廊下で響いた音に気付いたようだった。
その声と同時に二人の堕女神達が部屋へと突入を開始した。
部屋の外で子供のようにガタガタと震えているダグラスに出来ることはただ祈ることだけであった。
◆
カズマは扉の向こうから響く不吉な音を聞き、見ていた絵から顔を上げた。
その瞬間、ドバンっ!という音とともに扉がいきなり開け放たれた。
「カーズーマー! これはどういうことなの!」
「子供が欲しいなら、私に言って下されば!」
「二人の馴れ初めは? 子供の名前は何ですか?」
物騒な凶器を構えた美女達(一人は叩きをマイクのように突き出していた)が強行突入を開始していた。
「げっ、セシリアにヴァレンティアまで!」
麻薬取引現場で警察に踏み込まれたヤクザのような顔でカズマは二人の名前を呼んだ。
「証拠は全て揃ったわ! 素直に白状しなさい!」
「証拠って何のことだ! 俺は知らんぞ!」
「惚けないで! じゃ、その子供はなによ?」
セシリアが指差した先には突然の闖入者に驚いてカズマの後ろに隠れていた小さい女の子がいた。
それと同時にカズマの後ろから続々とたくさんの子供が出てきた。
赤ん坊から物心のついた子供の男の子と女の子が10人以上はいた。
「……もう、私の知らない間にこんなに子供を産ませていたのね。何だか私が馬鹿みたいね」
しばらく打ちひしがされていたセシリアだったが、何かを決意したかのように顔を上げた。
「駄目よ、ちゃんと責任を取らないと。結婚はしたの?」
「……はっ? 結婚? 責任? 何のことだ?」
「何のことだ、じゃないわよ! 子供まで産ませたならキチンと責任を取るのが筋ってもんでしょ!」
「セシリア様、仕方がありません。男性とは子供が出来たら女を紙屑のように捨ててしまうのですから」
レナは芝居がかった様子でヨヨヨと嘘泣きを始め、怒り狂ったセシリアは卍固めでカズマの全身を締め始めた。
「ギブギブギブッ! ロープはどこだ! このままじゃ、二度と寝返りのうてない体になっちまう!」
「あら、ちょうどいい機会じゃない? 寝たきり生活に憧れていたでしょ?」
「確かに……じゃ、ねぇよ! そんな生活は嫌だーー!」
カズマは必死にセシリアの魔の手から逃れようとタップを探したが、無論そんな便利なものはなかった。
「あの~、皆様多分誤解しているのではと思うのですが?」
その様子を見ていたカズマの浮気相手(?) の声がセシリアに届くにはもうしばらくの時間が必要だった。
◆
「……だから、ここは孤児院だよ。で、こっちの人が孤児院で子供達の世話をしているイレーネだよ」
セシリアに絞められた首を痛そうに擦りながらカズマが事情を説明していた。
「私が当孤児院のイレーネです。カズマさんにはいつもお世話になっておりまして。子供に字などを率先してやってくださるんですよ」
イレーネが丁寧に頭を下げた。
「あっ、これは御丁寧に。私はセシリアです。で、こっちがヴァレンティナとジャスティンですよ」
それぞれが頭を下げた。
「全く……。そんなに信用ないかな、俺は?」
「普段の行いを思い出してから言って下さい」
「品行方正、質実剛健、謹厳実直とは俺のことだけど?」
「どの口がいいますか! どの口が!」
「この口だけど?」
「その口を世間では減らず口と言うんですよ!」
二人の遣り取りを見ていたイレーネはクスクスと笑った。
「本当に仲の良い御夫婦ですね」
「ちちち、違いますから! 私はただの副官です!」
「そうよ、カズマ様の奥様は私よ」
「ちなみに私は御主人様と肉奴隷の爛れた関係です」
「……えーと、部下?」
三者三様にカズマとの関係を言う。
「全く……。さて、そんじゃ、そろそろ帰るとしようか。ほら、お前らも帰るぞ」
「「は~い」」
「それじゃ、またいらして下さいね」
◆
「ねぇ、何で急に孤児院なんかに訪れているのよ?」
孤児院の子供達に見送られた帰り道、セシリアはカズマに聞いた。
「……実は俺、子供好きだから」
「嘘ね。それで本当の理由は?」
「実は俺、イレーネさんに恋しているんだ」
「だ・か・ら、本当の理由は?」
「OK、分かった。本当のことを言うよ。だから、その夜の通販番組で紹介されてそうな、どんな物でも簡単に斬れてあら便利!的な剣を仕舞ってくれ。あと少しで通販番組で試し切りされるトマトになっちまうから」
セシリアが剣を仕舞ったのを確認したカズマは理由を話し始めた。
「ここ最近、オフィーリアの件で落ちぶれた貴族や役人の家族がどうなっているか気になっていたからね。でその延長線上で孤児院の状態も調べていた」
「それなら、私に言ってくれれば調べたのに」
「いや、キチンと自分の目で見ておきたかったんだよ。やっぱり、自分の目で見て分かることもあるからね」
「ふ~ん、それで調査はどうだったのカズマ様?」
「やっぱり、当然と言えば当然だが、生活は厳しそうだね。収入は無くなるからね。最悪の場合は娘が身売りしていたよ。あの孤児院にも育てきれなくって捨てられた子供がいたよ」
カズマの言葉にセシリア達の顔は曇った。
不正な方法で蓄財をしていた役人が罷免させられるのは自業自得と言えば自業自得だが、その結果娘達が生活費を稼ぐために身売りするというのは同じ女として思うことがあった。
「そこで身売りした娘達は全て城に身請けしようかと思う。身売りしていなくても生活費に困っている娘達も奉公人として城で雇うことにする」
「確かに同じ女としては有り難い限りだと思います。しかし、罪は当人だけでなく家族にもおよぶことでいざ当人が罪を犯しそうになった時に思い留まるのです。罪を犯しても国が手厚く家族を保護すると聞けば、犯罪が増えるのではないですか?」
この時期のグランバニア大陸では各国で連座制が導入されていた。
これは罪を犯した当人だけでなく親類縁者も罰することで、いざ罪を犯そうと思った時に思い留まらせる効果があると考えられていた。
シャナ王国もこれを導入しているが、ラファエルの代になってからは他の国よりも多少緩くなっていた。
もし、これがセントレイズ帝国で同じ罪を犯していたなら今頃多くの家族が刑場で露と消えていたことだろう。
とはいえ、罪を犯した当人の家族達にはシャバでも冷たい世間の風を浴びることになるので大差ないかもしれない。
「犯した罪を当人が償うのは当然だと思うぞ? だが、家族には関係ない。それに連座制は国にとっても危険だぞ? 邪魔な政敵を根こそぎ排除するのに悪用する佞臣が必ず出てくるんだよ。そういったことを防ぐうえでも廃止にする。明日にはラファエルに進言するよ。それと、ずっと考えていた新しい人事登用の方法もな」
「やっぱり、カズマも根っこではラファエルと同じね? 結局はお人好しなところがそっくりよ」
「……俺は右の頬を殴られて、左の頬を差し出すほどマゾじゃねぇぞ」
「はいはい、そうですね」
「本当に分かっているのか?」
「分かっていますよ。……カズマは優しい天邪鬼だって」
「私もそんなカズマ様は好きよ」
「おい、ヴァレンティナ強く抱きつくな! JAS(J女性であることA愛くるしいことSセクシーであること)規格には合格していても強く抱きしめるのは禁止だ! 前に屈んで歩くことになるだろ!」
「何だか面白そうですね。それなら、私は背中に抱きつかさせて頂きます」
「メイドの癖に面白がるな!」
5人は騒々しく家路についた。
それから数日後にはシャナ王国では連座制が正式に廃止された。
また、娼婦に身を落としていた女達は全員城に身請けされたという。
他にも生活に困っていた女や男達も城の奉公人として雇用されたという。
後世の法律の専門家達はカズマを『現代刑法の先駆け者』として称賛することになる。
69話をお届けいたします。
まぁ、本編と言うよりも番外編ですね。
さて、次回は本編の話が動く予定です。
それにしても自由な時間は素晴らしい~。
今なら右の頬をぶたれても左の頬を差し出すぐらい余裕な越前屋より




