第四章 68話 呉越同舟
シャナ王国ではランパール城から貴族の屋敷の距離が王からの信頼を表しているパラメーターだった。
ランパール城に近ければ、近いほど王に信頼されている証ということになる。
なので、大貴族の屋敷は例外なくランパール城の近くに居を構えていた。
カストール家の屋敷もこの例に洩れず、城の近くに構えていた。
さて、その屋敷の主である金髪碧眼の美女が何かを思い悩んでいた。
時折、出す溜息が彼女の悩みの度合を示していた。
その美女は西洋刀の一種、サーベルみたいな細見で優雅な外見をしていた。
また、出る所は出て引込む所は引込んでいる抜群のスタイルはシャナ王国軍の上級軍人の制服からでも分かった。
恐らく本人は気付いていないが、悩みごとがあると自然に腕を組む癖があった。
その為、腕の間から強調されている丸く白い月みたいな胸は男を狼人間に変身させる威力を秘めていた。
さて、そんなセシリアは最近あることで悩んでいた。
彼女直属の上司カズマが仮設収容所でオフィーリアに襲われてから、誰にも行き先を告げずにどこかへと出かけるようになっていたのである。
仕事がある日に仕事が嫌で逃亡することはこれまでも何度かあったが、普段なら寝て過ごす休日にどこかへ出かける事は無かった。
しかもカズマは気付いていないようだが、必ず帰ってくると服に仄かな甘い女の匂いを付けているのである。
セシリアにとっては憂慮すべき事態であった。
彼女の表面心理では「女性関係で仕事に身が入らなかったらどうするのか!」と怒っているフリをしていたが、深層心理では「浮気者をどう処刑するか?」で怒り狂っていた。
ちなみにカズマとセシリアは結婚してはいない。
二人とも気があるようだが、今一歩踏み出しきれていない。
カズマは基本的に女性の扱いは苦手だし、セシリアはクールビューティー科ツンデレ目で自分からは素直になれない希少種である。
バルカンなどはカズマのそばで二人を見ていると何度となくじれったく感じるほどである。
そんなセシリアが何百回目かの溜息をついた時、「コンコン」という控えめなノックとともに彼女が最も信頼する使用人が主の許可で部屋に入室を許された。
入室した彼女は正真正銘のメイドだった。
現代の日本の一部地域にいる人に見せる用のメイド服ではなく、紺のロングスカートで機能を追求した簡素な作り、カチューシャもオシャレではなくあくまでも髪が仕事の邪魔をしないように留める物であった。
その仕事着を見事に着こなしているメイドは彼女の主に輪をかけて、クールビューティーだった。
目は刺すようにするどく、彼女と接している空気は冷気が宿っているように見えるほどである。
そんな天然エアコンメイドは小さい頃からセシリア付の使用人として働いていた。
彼女の両親もカストール家に代々仕えている使用人だったが、セシリアと年代が近い女の子を傍に仕えさせることになり、彼女が選ばれたのである。
しかし、ケイフォードの反乱が勃発し、セシリアが危険だからと彼女をレイナール城へ戻していた。
そして、コーラルの戦いでカストール家が勝利したことでレナは再びセシリア付きのメイドとして仕えていた。
「どうしたの、レナ?」
「私よりもセシリア様こそ、いかがなさいましたか? 恋煩いに悩んでいる乙女のようですが?」
一見、怜悧メイドが何も感情が籠っていない平坦な声で告げているように聞こえる。
だが、小さい頃から一緒に過ごしているセシリアから見れば、レナが鉄仮面の中にからかっている表情が透けて見える。
セシリアもかなり分厚い仮面を社交界などで着けるが、本家本元はレナである。
元々は鉄仮面を標準装備している無表情怜悧毒舌メイドを参考に社交界で仮面のかぶり方を覚えたセシリアであった。
「何を言っているのよ! 私はカズマが仕事を真面目に取り組んでくれないのを心配しているのよ!」
誰とは言っていないのに、カズマの名前をセシリアが出すあたり特大級の墓穴を掘っていることに気付いているのはレナだけであった。
「…それはともかくお嬢様のご友人が当家に訪ねて参りました」
本来の用件を切り出しながら、レナは無表情の顔を微妙に北叟笑んでいた。
「私の友人って?」
「レヴァン・ヴァレンティナ様です」
「……ティナが何の用なの?」
ひどく嫌そうな顔でセシリアは己の忠臣に聞く。
二人は数少ない同じ侯爵家の為、少なからず年少の頃から出会っていた。
しかし、元々カストール家とレヴァン家は仲が良くなかった。
むしろ、二つの家は犬猿の仲だと言っていい。
シャナ王国建国当時から両家は仲が良くなかったようで、今となっては何が原因で仲が悪いのか分からない程である。
その為、互いにライバル視しており、間違っても友人として互いの屋敷に来る事は無い。
「それがカズマ様のことで話があるそうです」
「……分かったわ。応接間に通しておいて貰える?」
悩みの種のカズマの事だったので、断る訳にもいかず、会う事にした。
しかし、もしカズマが休日にヴァレンティナと会っているという話だとしたら……
……タダではおかない
と愛剣の柄をセシリアは強く握り締めた。
カズマの命運は人知れずヴァレンティナの話次第で尽きる事になりそうだった。
「……畏まりました」
主のそんな心理を見透かしながらも表面上は恭しくレナはお辞儀をした。
心の中では何か面白そうなことが起きそうだと思いながら。
◆
かつて、王も迎えた事もあると言われた上品な作りの応接室に3人の美女が顔を揃えていた。
それぞれ、タイプの違う美女である。
金髪碧眼の優雅な美女。
無表情クールメイド毒舌美女。
お色気ムンムンのお姉様系美女の3人である。
万国美女博覧会があれば、3人とも選ばれそうな極上の美女達であった。
「それでカズマの話らしいけど」
まず、優雅な美女のセシリアがお色気ムンムン美女のヴァレンティナに探りを入れる。
そんなセシリアに余裕を見せる為かヴァレンティナは「クスッ」と妖艶に笑うと
「セシリアも知っているとは思うけど、最近カズマに女が出来たようなのよね?」
「もしかして、あなたじゃないわよね?」
セシリアはヴァレンティナを最有力容疑者を見るような眼差しで探りを入れた。
「もし、そうだったら、今頃あなたを結婚式に招待するわよ」
「それじゃ、カズマの相手は誰なのよ?」
「それはまだ分からないけど、下町の庶民の女だと思うわ。一回、カズマの後を付けたら、王都の最下層まで行ったところで見失ったのよね」
肩を竦めながら、カズマのストーキングの成果をヴァレンティナは述べた。
「それで私の所に話を持ってきた理由は?」
セシリアはヴァレンティナに疑惑の眼差しを浮かべている。
間違っても、敵に塩や金銀財宝を送るような殊勝な女ではないことは、セシリアは身を持って知っている。
何か裏があるのではないか?という警戒心が彼女にその質問をさせた。
「本当なら、私だけで相手を突き止めようと思ったけど、敵の敵は味方だしね。恋のライバルは一人でも多く潰す主義なの。あなたは最後に潰すことにしているから感謝してね?」
この提案にセシリアはどうすべきかしばし迷ったが、状況は予断を許さない。
即断即決が求められていることを経験で知っていた。
「……わかったわ。でも、最後に潰すのは私よ?」
結局、セシリアは問題解決のために妥協を受け入れた。
「それじゃ、一時休戦と言う事で……」
ヴァレンティナが休戦の証しとして右手を差し出すと、セシリアも右手を差し出して固い握手をした。
そう、二人の握手している手には幾筋もの青筋が走るほど、強く強く握りしめていた。
カストール家の人間とレヴァン家の人間が同盟を結ぶという前代未聞の出来事であった。
ここにカズマの恋をめぐる戦いに強力な同盟が成立したのである。
大分お待たせいたしました。
無事に68話をお届けいたします。
今回は前篇後篇みたいな感じですかね。
短編で出そうかと思って書き上げた代物でしたけど、ちょうど本編と話が繋がりそうだったので本編として更新しました。
さて、皆様に非常に残念な話があります。
以前から仕事が多忙であり、本編をしばらく休載することになりました。
大変、申し訳ございません。
時期としては………
来週の日曜日まで。
なははははのは~~~~!
嘘は言ってませんよ、嘘は?
上の分に詳しい日時は書いてませんもん。
ゴキブリよりもしぶとい私を舐めないでもらいたい。
何故なら明日から私は夏季休暇なのですよ!
10日以上も休みなんて夢じゃないかしら?
久々に仕事を忘れて執筆に勤しめそうなんですよ。
とうわけで来週まで休載しますので宜しく。
by 富樫 越前屋より
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また、更新予定日を当方の活動報告にて随時、予告します。
良かったら活用して下さい。