第四章 67話 蛙の子は蛙。ジャイアンの妹はジャイ子
仮設診療所の一室ではもうあと5年もすれば、美しく大人の女性へと成長するであろう金髪美幼女はバルカンに羽交い絞めにされ、空中で両足をジタバタと動かしていた。
「離せ、離すのじゃ!」
必死に抵抗しているようだが、所詮は子供の力。
鍛え上げられたバルカンの力に敵うはずがない。
とはいえ、強面のバルカンが子供を羽交い絞めにしている光景は誘拐犯と人質の子供に見えなくもない。
仮設診療所から出てきた少女はいきなりカズマに向けて斬りつけたが、あえなくバルカンによって取り押さえられた。
御丁寧にも少女は名乗りを上げてから行動したので、バルカンがカズマを守る態勢に入るには十分な時間だった。
そうなると剣術など習ったことのない少女の襲撃など、荒くれ者達を纏め上げていたバルカンには赤子の手をひねるよりも簡単に取り押さえられた。
バルカンに取り押さえられた少女は暴れまくるので仕方なくカズマ達は仮設診療所の空いている一室に連れて行くことにした。
「それで兄の仇と言うと、フォルランのことか?」
カズマは少女が口走ったザームという名に聞きおぼえがあった。
「そうじゃ、フォルランは妾の兄様じゃ!」
「ふ~む、フォルランのねぇ?」
カズマはまじまじと暴れている少女の顔を見たが、フォルランのDNAの痕跡をミクロ単位でも見つけられなかった。
少し考え込んだカズマはポンと手を叩いた。
「なぁ、実は養子とかだろ?」
「失礼じゃぞ!」
「じゃ、一歩譲って橋の下から拾われてきたとか?」
「そんなことあるわけなかろう!」
「そんなら十歩譲って病院で隣の赤ん坊と取り間違えられたとかは?」
「妾の屋敷で生まれたのに間違える訳なかろう!」
「今度こそ分かったぞ。整形手術だな?」
「清らかな乙女に何たる濡れ衣を着せるのじゃ!」
「ジッチャンの名にかけて分かったぞ! 兄様と呼ばせるプレイとかだろ? なんか変態っぽい顔だったし、実はこの推理に一番自信があるぞ」
「何を申すか! 正真正銘、兄様とは血の繋がった兄妹じゃ! ええい、なんじゃ、その顔は!」
『え~?』という顔を浮かべたカズマにオフィーリアは激しく噛みついた。
「いやいや、どこをどうDNAを弄くったら、そんな美幼女と野獣の組み合わせが生まれるんだよ! 物理法則を捻じ曲げ過ぎだろ! どんな神の悪戯だよ! ってか、悪戯ってレベルじゃねぇし! お茶目で済まないぞ! 自然の摂理に従えや! ジャイアンの妹はジャイ子って、昔から世界の法則で決まっているんだよ! フォルランの妹はフォル子! 異論は認めん!」
「何故ゆえに妾が怒られるのじゃ! 妾の方が怒るべきじゃろ!」
言いたいことを言ったカズマはスッキリとした表情を浮かべていた。
「まぁいい。一京(兆の一万倍の単位)歩譲って、フォルランの妹だと認めよう」
「お主、絶対に認める気ないじゃろ!」
少女の指摘をカズマは当然の如く無視する。
「その妹が何で俺を狙う?」
「決まっておろう! 兄様の仇だからじゃ!」
「フォルランの仇ねぇ?」
フォルランがそこまで妹に思われていたことにカズマは驚いていた。
「まぁ、孤児院とかに断られた理由は分かった」
シャナ王国でも今を時めくカズマを堂々と仇だと言う少女が下手な真似をすれば、類が及ぶことを恐れたのだろう。
他の親戚や貴族達も同様の理由で少女を引き取らなかったのだろうとカズマは推測した。
そうして親戚中から見捨てられ、この王都で幼い子供一人が彷徨っているうちに体が弱ったのだろう。
「仇に囚われの身になるとは無念じゃ! 早く妾の首をはねよ!」
「嫌だ。俺にそんな趣味はないし」
子供の首をはねて喜ぶような鬼畜外道に落ちたつもりはカズマになかった。
「妾の首を刎ねねば、何度でもお主の首を狙うぞ!」
精一杯に少女は自分で出来る厳めしい顔を浮かべようとしたが、子供が大人になろうと背伸びしているようで微笑ましいだけであった。
「何でそこまでフォルランを思う?」
カズマの見るところではフォルランの人格などは最悪である。
血の繋がった家族とはいえ、そこまで慕われているとは予想外であった。
「兄様は妾に優しかったからじゃ。他人がどう考えようが、妾にとっては最高の兄様じゃった!」
涙を浮かべた目で少女はカズマお睨みつけた。
「名前はオフィーリアだったな?」
少女が仮設診療所前で名乗っていた名前をカズマは思い出しながら聞いた。
「そうじゃ」
オフィーリアが頷くと、カズマはバルカンに命じた。
「バルカン、放してやれ」
良いでやんすか?と目で聞いてきたバルカンにカズマは頷いた。
バルカンがオフィーリアを離すと、どういうつもりなのかと彼女は警戒心丸出しでカズマを睨みつけたままであった。
カズマはオフィーリアに近付くと彼女の身長に合わせるようにしゃがみ込んだ。
「俺を憎んでいるんだろ? 俺を気の済むまで殴れ」
ほれとオフィーリアにカズマは頬を差し出した。
どういう意味なのか分からなかったオフィーリアだが、事態が飲み込めてくるとカズマの頬を力一杯に殴り始めた。
パシンッ、パシンッと仮設診療所に人が叩かれる音が響いていた。
その様子を見ていたヴァレンティナは止めようとしたが、カズマが身振りで制した。
子供の力とはいえ何度も力一杯に頬を殴られれば、カズマは結構な痛みを感じていただろう。
実際にカズマの頬はオフィーリアが何度も殴った影響で赤く腫れ始めていた。
それでもオフィーリアは何度も殴り続けたが、殴るごとに彼女の大きな目には涙が溜まり始めていた。
そして、叩くことに疲れてしまったのか、オフィーリアはカズマの頬を殴っていた手を止めた。
「気が済んだか?」
カズマの言葉にオフィーリアはキッと睨みつける。
「まぁ、済むはずはないな」
そんなオフィーリアの様子を見ながらカズマは独語した。
「世間では俺がシャナ王国の為にフォルランを殺したと噂しているようだが、それは違う。そんな大義名分などよりもフォルランを殺すべき動機が俺にはあった。それは俺がこの世界で生きる為だ。あの戦いでフォルランを殺さなければ、俺が殺されていた。俺は神の為に喜んで死ぬほど殊勝な性格などしていないからな。俺は俺の為にフォルランを地獄に送り出してやった。そして、そのついでにフォルランに連なる者達を抹殺してやったよ。俺が生き残る為にな?」
「貴様は……!!」
オフィーリアが拳を握り締めたが、再び殴りかかることは出来なかった。
その前にカズマが口を開いたからである。
「バルカン、短剣を返してやれ」
「……しかし、でやんすね?」
「いいから」
バルカンは渋々と取り上げていた短剣をオフィーリアに返した。
「まだ、お前は生かしておいてやる。情け深い俺に感謝しろよ?」
「誰が貴様などっ!!」
激昂するオフィーリアに構うことなくカズマは言葉を続けた。
「そう思うなら俺を殺せるほどの力を付けろ。信頼出来る仲間を増やせ。策を張り巡らせろ。相手を油断させろ」
「……」
「今のお前は殺すほどの価値もない。俺に首を刎ねよと言うのなら、それだけの価値を作り出してこい。分かったらその小賢しい口を閉じな」
憎むべき敵からの言葉にオフィーリアは悔しくて涙を流した。
その涙を一顧だにすることなくカズマは命令した。
「ダグラス、お前がこいつの面倒を見てやれ」
カズマに指名されたダグラスは慌てた。
「なんで俺が! 俺の守備範囲は20歳以上35歳までの綺麗な女性だけだぞ!」
「お前、さっき面倒見るって張り切っていたじゃないか」
「いやいや、それは俺が妙齢の美女だと思っていたからだよ!」
「妙齢の美女じゃないか。8年ぐらい時が経てばだけど」
「今じゃないと意味ないだろ! 10年後の傾国の美女より、今そこら辺にいる美女だよ!」
「ともかく、これは決定事項だから。しっかり、面倒見ろよ。それにお前も仕事をする時に女性のパートナーが欲しいって言っていただろ? ちょうどいい機会だろ」
「俺が欲しかったのはボンキュボンの美女だ! キュキュキュじゃねぇんだよぉぉぉぉーー!!」
仮設診療所に響き渡る魂の叫びは無情にもカズマから即時却下された。
◆
ダグラスが嫌がるオフィーリアを連れて仮設診療所を出て行った。
最後まで文句を言っていたダグラスだが、結局はカズマに押し切られたのである。
そして、バロモンドの初仕事としてセシリアが手配した、オフィーリアが新しく住む家を案内することになったのである。
「それにしてもカズマ。あんなこと言っても大丈夫なの?」
セシリアが心配そうに言った。
「さて、どうなるかはオフィーリア次第だろ」
「そんないい加減な!」
「別にいい加減じゃないさ。オフィーリアが『妾の首を刎ねよ』と言った時の表情を見たか?」
カズマはその時のオフィーリアの表情を思い出していた。
まだ幼いのにオフィーリアはあの時死を覚悟していたのである。
その覚悟をさせたのは紛れもなくカズマの所為である。
「恐らくだが……。もし俺を殺していたら、オフィーリアもその場で死ぬ気だっただろうな。アレが今まで生きていたのは俺への憎しみだけを原動力にしていただけだ。その原動力が無くなれば、死を選びかねない。だから、彼女にとりあえずの生きる目標を与えただけだよ。その間に何か生きる希望を見つけて欲しいし」
「でも、それじゃカズマが……」
「何万人の人間を死に追いやった俺だ。そろそろ偽善の一つや二つ施したい気分になっただけだ」
セシリアが曇った顔を浮かべたことに気付いたカズマは言葉を続けた。
「心配するな。そうやすやすと殺されてやらんよ。その為にダグラスを付けたんだから」
「そういえば、何でダグラスを指名したの? そういう世話とかはセシーとかのほうが良いような気がしていたのに」
事態を見守っていたヴァレンティナが口を出した。
「あいつは、あぁ見えても面倒見がいいからな。それにアイツは俺たちの中で一番子供に好かれるんだよ。多分、下心が無い分、素のままで接することができるからじゃないかな。素のままのアイツはモテるぞ? 男女関係なくな。ただ、下心があるから妙齢の女にだけはモテないけど。俺がラファエルの下に行く前に山賊退治をしたのは知っているだろ?」
「えぇ、聞いているわ。そのあとに山賊達が村人と完全に馴染んでいたからカズマをスカウトしたんだから」
ルークがあの時カズマのことを切り出さなければ、きっといまこうして過ごしていなかっただろうなとセシリアは何だか不思議な感じがした。
「その功績に関しては俺じゃないな。全てダグラスのお陰だ」
「えっ?」
「考えても見ろ? 何ていったって村民と山賊は殺しあった仲だぞ。そう簡単に仲良くなる訳ないだろ?」
確かにとセシリアとヴァレンティナは頷いた。
「その仲を受け持ったのがダグラスだ」
村人と元山賊達はお世辞にも仲が良くなかった。
とりあえず、カズマの呼びかけで村の中に元山賊達を住まわせることについて、消極的に村人達は認めたが、だからといって慣れ合うつもりはなかった。
そのことは元山賊達にも敏感に伝わった。
その為、村は村民と元山賊の二つに分かれてしまっていた。
シャナの千里眼と呼ばれることになるカズマでもどうしたら良いか分からなかった。
このままでは村が真っ二つに割れると思った瞬間、ダグラスが出てきたのである。
彼はまず最初に村人の娘を口説きに口説きまくった。
「……でまぁ、勿論振られまくったわけだが。ダグラスはご覧の通りの憎めない人柄だからな。徐々に娘達と気安く世間話するまでに仲良くなるだろ? そうなるとだな、そこから娘達と関係がある村人ともダグラスは仲良くなっていっていくし。そこからはあっという間だったな。元山賊達も巻き込んで村人と宴会をしたり、祭りをしたり。いつの間にか問題は解決していたよ。本人が狙ってやったのかは分からないけどな」
「「へ~」」
いつものチャランポランなダグラスからは想像がつかなかった。
「で現在のオルデン村があるわけよ。アイツの無条件に人の心に入り込める能力があれば、オフィーリアも何とかしてくれると思ったんだよ。オルデン村の時みたいにな」
カズマはどこか祈るような表情でダグラスとオフィーリアが出て行った扉を見つめていた。
お待たせいたしました。
67話をお届けいたします。
次回はカズマ浮気疑惑?的なドタバタをお送りする予定です。
最近、ボンボンボン体型になりつつある自分に危機感を憶える越前屋より。
感想、誤字、脱字、評価 お待ちしております。
また、更新予定日を当方の活動報告にて随時、予告します。
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