第四章 66話 Drクーダ王都診療所開店準備中
どんな困難な状況でも活路を見出す千里眼を持つ賢者と大陸中で評判のカズマは絶望の眼差しで机の上にうず高く積み上がった書類を眺めていた。
コーラルでの華々しい勝利から一か月が経とうとしていた。
その間にも王国軍は休むことなく働き続けていた。
まずは最大の激戦区だったローランド城周辺でいまだに転がっている戦死者達の扱いである。
王国軍、帝国軍、聖堂騎士団の戦死者達は数万とも十数万とも言われている。
その死者達から持物を奪う追剥が近隣から集まりつつあるという。
それ以外にもこのまま死体が腐敗すれば、様々な疫病が発生する問題も不安視された。
そこでフローレンス騎士団長は近隣の農民達に手間賃を払い死者達を懇ろにローランドの地で葬った。
さらに葬られた場所には石碑も建てられた。
その石碑は後世でも現存し、フローレンスが書かせたとされる一文が残っている。
それは「勇敢なる騎士達が眠る安息の地」という簡単な言葉であった。
また、コーウェン将軍の遺体は上質な布に包まれ、棺桶に入れられた状態で王都へと運ばれた。
そして、盛大な国葬が執り行われた。
王族が死去した場合か、大きな功労のあった家臣が死去した場合にしか国葬は執り行われない。
ましてや自領土に侵攻してきた敵軍の総大将に行うのは異例の対応であった。
これはカズマの入れ知恵であった。
カズマとしては束の間とはいえ、帝国軍と和睦できる切っ掛けを作っておきたかった。
シャナ王国の国力を増大する時間が欲しかったのである。
そこで帝国では軍神とも崇められているコーウェン将軍の遺体を丁寧に扱うことで和睦しやすくすることにしたのである。
さて、そうしたことがこの一カ月の間に行われていた。
現在フローレンス騎士団長は周辺の地元住民なども総動員していくつかの砦の建設に当たっていた。
旧ゼノン教と和睦したとはいえ、いつランスから敵軍が再度の侵攻に出るとも限らない。
そこで王国軍はランス周辺に新規の砦を建設し、ランスから敵軍が侵攻するのを牽制することにしたのである。
勿論、住民達には働きに応じた手間賃を与えられていた。
住民達はちょうど作物の収穫時期も終わり、手が空いていたことも後押しした。
砦の建設を手伝えば、相応の手間賃が貰えるとあって喜んで手伝った。
こうしたこともあって、砦の建設は順調に進んでいたという。
◆
さて、カズマやセシリアなどは築城している王国軍よりも一足先に王都へと戻っていた。
帝国軍との戦が一段落したこともあって久しぶりに王都へとカズマは戻ることにしたのである。
その頃、ちょうど王都では王国軍勝利の報が駆け巡るとお祭り騒ぎとなっていた。
カズマもしばらく忙しかったことだし、久々に骨を休めようと思っていたのだが……。
そうはセシリア屋が卸さなかった。
カズマは周りがお祭り騒ぎにも関わらず、コーラル遠征中に溜まりに溜まった仕事を泣く泣く処理する破目になったのである。
それから、セシリア監視の下カズマは仕事をしていたのだが……。
ボギッ!
ついにカズマの忍耐がきれてしまった。
カズマは持っていた羽ペンを片手で真っ二つに破壊すると、勢いよく机を引っくり返した。
それはそれは星〇徹から免許皆伝を授かるほどの見事な卓袱台返しであった。
それにあわせて、積み上がった書類が雪崩のように崩れ落ちる。
「やってられるかっー! 何で皆が遊んでいる時に働かないといけないんじゃ! どこのブラック国家だ、コラッ! これなら民間企業に就職したほうがましじゃ! 公務員なら公務員らしい待遇を寄こせや! 夕方5時にはきっちりと帰らせろ! 1秒たりともサービス残業反対! 今こそプロレタリアートの力を見せる時が来た! 我らは週休7日制をブルジョワジー共に要求する!」
頭をガリガリと猛烈に掻き毟るとカズマは絶叫した。
その光景を見ていたセシリアは溜息を一つつくと、置いてあった特製のハリセンを手に持った。
それをセシリアは天高く振りかぶると、容赦なくカズマの頭に振り下ろした。
ボッゴン!
何かありえない音を立て、カズマは床に倒れ伏した。
プロレタリアートによる反乱はブルジョワジーの殺傷兵器により、呆気なく鎮圧されたのであった。
「さすがはレスターね。良い仕事をするわ」
そういって、セシリアは対サボリ上司お仕置道具(好評発売中)13号を愛おしそうに撫でた。
対サボリ上司お仕置道具とはセシリアがマッドサイエンティストであるレスターに度々注文しているベストセラーシリーズである。
今回の13号は通常のハリセンが紙で出来ているに対し、薄い鉄を何回も折り上げて仕上げた特別製であった。
「……ぐぅ、ひどいやひどいや。たった1年365日ぐらい休ませてくれたっていいじゃないか!」
「それじゃ、毎日休日じゃない! そんなことしていたら、国が潰れるでしょ! 陛下を見てみなさい。年中無休で働いているでしょ!」
「俺は年中有休だかボグゥッ」
詰まらないことを言ったカズマは再びセシリアの持つ殺傷兵器により、床と海よりも深い本日二度目のディープキスをする破目になった。
「ちょっと、私のカズマ様をあまり苛めないで下さらない。私との夜の営みに支障が出たらどうするのよ?」
ちょうど部屋に入ってきたヴァレンティナが声をかけた。
「ティナが何の用よ?」
「私もカズマ様の副官だもの。カズマ様の近くにいて、何の問題もありませんでしょ?」
「カズマにはちゃんと私と言う副官がいるから大丈夫よ」
「えぇ、そうね。セシーは仕事上の副官で私は私生活での副官だもの。だから、問題はないわ」
「大有りよ! もう、カズマに用が無いなら……」
「あぁ、そうそうクーダがカズマを呼んでいたわよ」
「そういうことなら、早めに言ってよ! ほら、カズマ! 何寝ているの! 早く起きなさい!」
部屋からは何かを起こそうとするかのようにビンタの音が響いていたという。
◆
「なぁ、顔が当社比2倍大きくなっている気がするんだが?」
「気のせいよ。うん、気のせい」
「本当に本当か?」
「本当に、本当に、本当よ」
カズマは少し赤くなった頬を撫でながら首を傾げた。
カズマは起き上がった時から頬に原因不明のヒリヒリとした痛みを感じていた。
「……女は怖いでやんす」
扉の外から全てを見ていたバルカンとダグラスはそう呟くにとどめた。
さて、カズマが訪れたのは王都の中腹に建設中の診療所であった。
ラングレーの戦いやコーラルの戦いで延び延びとなっていたが、やっとクーダの念願叶った診療所を建設することになったのである。
カズマはクーダの医療技術には一目置いており、ラファエルに新しい診療所を作ることを進言していた。
建設中の診療所の隣にはすでに仮設診療所が作られ、貧しい者でも利用できるように低料金で運営されていた。
診療所が完成してもこの料金は維持される見通しとなっている。
これはシャナ王国は領主を取り潰したり、不正な蓄財をしていた貴族の屋敷などを差し押さえたりした結果、財政にも余裕が出て来ていた為に出来たことだった。
ちなみにそのほかにもレスターを所長とする研究所の設立などにもこの資金が活用されることになっていた。
さて、この診療所には外科手術も行えるようにクーダが自ら診療所の間取りなどを設計し、それを基に建設されていた。
その他にも医者を育てる為の学校なども診療所の横に順調に建設中であった。
カズマ達が建設中の診療所に着くとクーダが生き生きと働いていた。
「いよ、クーダ先生。診療所の建設はどうだい?」
「おぅ、カズマか! 順調だよ」
クーダはカズマ達に気付くと上機嫌な顔で近付いてきた。
「やっぱり、外傷よりも病気を治すほうが私には向いているね」
クーダは軍医として、カズマ達と共に数々の戦いに参加していた。
その戦いは戦場とは別の地獄である。
野戦病院に引っ切り無しに運ばれてくる負傷兵をクーダは次から次へと鬼神の働きで応急処置を施していっていた。
そのお陰で命を取り留めた兵は多かったが、手の施しようがなく死んでいく兵も多かった。
そんな地獄のような戦場で戦っていたクーダの言葉には重みがあった。
「……そうだな。しばらくは平和が続くと思うし、クーダ先生はシャナ王国の病人達を頼むな」
「任せて下さいよ。おぉ、そうそう。それでね、こんだけ大きい診療所が出来ると手が回らないんだよね。そこでバトゥーリ収容所にいるダリウスや他の囚人を呼び寄せたいのだが、何とかならない? ちょっとだけとはいえ、医療の手解きはしたから、戦力になると思うんだよね。責任は私が持つし。診療所が出来るまでで良いし。ねっ、ねっ、頼むよ?」
クーダがカズマに頼みたかったのはダリウス達を釈放して欲しいということだった。
とはいえ、ことはそう簡単ではない。
元々、バトゥーリ収容所に収監されている囚人は重犯罪者ばかりである。
日本の刑法で言えば、彼らは無期懲役や死刑待ちの囚人達である。
そんな犯罪者が釈放されたことを良いことに事件を再び起こすことは十分考えられた。
「それはちょっと無理だな」
「やっぱり、駄目か……」
カズマの言葉を聞くとクーダがガックリと肩を地面に付くぐらいまで落とした。
それを見ていた周辺のマダム達がカズマを強烈な殺意を放った。
どうやら、クーダ親衛隊がいつの間にかマダム達により結成されていたらしい。
そういえば、クーダは誰かに似ているなと思っていたが、林家ぺーの親戚みたいな名前だった『真冬のアナタ』というドラマだったかに出演している俳優に20歳ぐらい歳を取らせたら、似ていることに今更ながらにカズマは気付いた。
どこの世界でもマダム受けする顔は変わらないらしい。
「いやいや、駄目とまで言っていないぞ」
さすがに身の危険を感じ始めたカズマは慌てて弁解した。
「本当!?」
「だって、明日には王都に着く予定だし。すでにダリウス達は条件付きで釈放されているし。『王都でクーダの手伝いをやるのと死刑のどちらがいい?』というアンケートを取ったら満場一致で全員が前者を選んだからな」
「……それはアンケートという名前を借りた死刑宣告書ではないやんすか?」
「ダリウスは婚姻届のように喜んでいたらしいぞ」
その相手が誰かは想像に任せるが。
「よっし、これで人手も増えたし。明日から忙しくなるぞ!」
「頼むぞ。それじゃ、用がこれだけなら行くぞ」
カズマが踵を返そうとすると、クーダは慌てて呼びとめた。
「あぁ、待って、待って。あと一つだけ用事があった。先日、仮設診療所で一人の患者が運ばれてきたんだけどね。幸いにも体は良くなったんだけど、その後の扱いに困ってね。その患者には身寄りが無くてさ。何とかならない?」
「もしや、不幸な身よりの美女ですか! それなら、俺にお任せだよ!」
ダグラスが早速話に喰いついたのだが
「まぁ、美女といえば美女なんだがね。まだ弱冠12歳のレディでね」
「なんだガキか。それなら、俺はパス」
未成年の少女だと聞いたダグラスはすぐに興味を失った。
「孤児院はどうしたんだ?」
「それがどの孤児院にも断られてしまってね」
「断られた? なんでまた?」
「それがね。その子の身元が……」
クーダが何かを言いかけた時、仮設診療所から子供が出てきた。
顔立ちは幾ばくかやつれていたが、幼いながらも顔立ちは整っていた。
何年か後には評判の美女になることだろう。
ただ、もとは綺麗な金髪を左右対称に縦ロールにしていたのだろうが、いまでは金髪はくすみ自慢の縦ロールも萎れていた。
図鑑にザ・落ちぶれた貴族の娘という項目があれば、彼女が載ることだろう。
その少女はカズマに気付くと、目を一瞬で険しくさせた。
「ここであったが百年目じゃ! 我が名はザーム・オフィーリア! 兄の仇を取らせてもらうぞ!」
そう少女は叫ぶと大事そうに持っていた綺麗な装飾を施された鞘から短剣を一気に引き抜くと力一杯に走り始めた。
その剣先には事態が飲み込めずに立ち尽くしているカズマがいた。
お待たせいたしました。
66話を更新します。でまぁ久々のキャラが登場です。
忘れている方は過去の話を目で舐め回すように御覧下さい。
くれぐれもその姿を家族には見られないように。
あらぬ誤解を受け、家族間がギクシャクしても当方は一切関知しませんので悪しからず。
感想、誤字、脱字、評価 お待ちしております。
また、更新予定日を当方の活動報告にて随時、予告します。
良かったら活用して下さい。