第四章 63話 バーネット皇国の陰謀?
グランバニア大陸は現在のところセントレイズ帝国、バーネット皇国、シャナ王国の三つ巴で争そっていた。
と聞くと三ヶ国の国力が同じように思われるが、実際のところセントレイズ帝国の国力は他の二ヶ国を大きく引き離していた。
特にシャナ王国は、国全体が山がちな地形の為、三ヶ国で最も国力が低い。
本当であれば、とっくの昔に滅びていたことだろう。
滅びなかったのはひとえに豊かな水源のお陰で肥沃な大地に恵まれているバーネット皇国と同盟を結んでいるからに他ならない。
その両国は非常に良好な関係を保っている。
何故ならバーネット皇国の国王グローサは当時シャナ王国の王太子であったラファエルが友好の使者として訪れた際、彼を自分の子供同然のように可愛がっていたからである。
その結果、すでに当時親からは疎まれていたラファエルにとってはグローサ国王を実の父親のように慕うことになるのは必然だった。
その後、ラファエルも王の位に就くと、今まで以上に両国の関係は良好になっていたのである。
この2カ国が手を結んでいる限り、圧倒的な国力を持つセントレイズ帝国といえどもおいそれと手を出せるものでもなかった。
◆
さて、コーラルで行われた王国軍対帝国軍の戦いは当事国ではないバーネット皇国も注視していた。
この戦の結果によってはグランバニア大陸の情勢が大きく変わるのだから当然と言えよう。
その為、多数の間者をバーネット皇国はコーラルの地に放っていた。
彼等はコーラルの地で起きているありとあらゆる情報を本国へと送っていた。
それは王国軍対帝国軍の決戦の模様も例外ではなかった。
……王国軍が帝国軍に勝利した。
その一報はグローサ王を歓喜させた。
「痛快、痛快だな! これでギルバートの奴も懲りただろう! それにしても、さすがはラファエル王子……おっと、今はラファエル王だったな。それにしても、あの子が立派に国を治めているとは……。やれやれ、年を取るはずだな」
そこらの騎士にも負けない大きな身体を玉座の上で喜びを表現しているのはバーネット皇国のグローサ王その人である。
彼が動く度に頑丈なはずの玉座がギシギシと断末魔の音を立てていた。
「王都ランパールは以前よりも更に活気を取り戻しつつあるように感じました。ラファエル王は身分に関係なく臣下を登用しており、その中にはかつて敵対していた者も含まれております。その者には宰相や近衛騎士団長といった重要な役職を授けており、なかなかの名君ぶりと思われます。また、今回の帝国軍を撃退したことでラファエル王体制は盤石なものとなるでしょう」
何度もシャナ王国にバーネット皇国の使者として訪れていたジョセフはその様子をグローサに語った。
「ふむ、それにしても。本当に帝国軍を撃退してのけるとは。最初、使者が援軍を出すフリをして欲しいと言ってきた時には驚いたものだが」
コーラルで帝国軍と王国軍が激突するよりも前にシャナ王国から使者がやってきていた。
てっきり援軍要請を伝えに来たのだとグローサはその時まで思っていた。
すでにバーネット皇国軍はこの時点で出陣準備を終えており、使者の援軍要請があれば、即座に派遣するつもりであった。
ここでシャナ王国が滅びることになれば、次はバーネット皇国が標的となるのは火を見るよりも明らかである。
そういった判断の他にも自分の子供同然に思っているラファエルが頼ってくるのは何となく嬉しく感じるグローサであった。
だが、シャナ王国の使者はただ援軍を出すフリをして欲しいという要望だけであった。
この要望には大きな身体で子供のようにグローサ王は拗ねた。
そんなに自分は頼りないと思われているのかと。
もう、周りの側近達が必死に宥めたほどである。
グローサは次の日になれば、カラッとする性質であったが、逆にいえばその日はずっと不機嫌なのである。
そうなると、仕事は捗らないこと、捗らないこと。
カズマのサボリが可愛く見えるほどである。
最終的には愛娘からの強烈なド突きを喰らって、慌てて仕事をやることになるのだが。
それはともかく、最終的に使者が帝国軍を撃退するにはどうしてもグローサ国王の力が必要だというラファエルの言葉を聞かされ、グローサはやっと機嫌を直すことにした。
そして、皇国軍は盛んにコーラルへと援軍に赴くフリを全軍で演技したのである。
いや、正確には演技していたのは皇国軍上層部の一握りの人間だけであった。
その他の人間にはシャナ王国に援軍に行くと伝えられていた。
その為、皇国軍の大多数の兵達は援軍に行くと信じ切っていたのである。
そうなると、バーネット皇国では援軍に赴くという情報が広がるのは必至であった。
こうした偽装工作は帝国軍情報部を大いに惑わせることに成功した。
そして、それがコーラルの戦いに大きく影響することになったのである。
「どうやら、カズマという軍師の発案のようです。結果的に見事に撃退しましたが」
「おぉ、聞いたぞ。コーウェン将軍を見事に欺いたそうだな。とんでもない知恵者を登用したもんだ」
グローサ国王は我がことのように喜んだ。
「それにしても陛下は何故ラファエル王を見込まれたのですか?」
ジョセフは常々疑問に思っていたことをグローサに聞いてみた。
今でこそ押すに押されぬシャナ王国の君主として君臨しているラファエルだが、小さい頃に何度か会ったジョセフにはとても名君の器とは思えなかった。
剣を持たせても同年代の子供にボコボコにされる腕前だし、かといって学問も優れているとは言い難い。
だが、グローサ国王はそんなラファエルを我が子同然のように可愛がっていた。
それをジョセフは不思議に思っていた。
「ん、何でかって? そんなことは知らん。可愛がっていたら、いつの間にか君主らしくなっちまっていたんだから」
玉座の上でグローサ国王は踏ん反り返った。
「……はっ?」
「何を驚いているんだ? 当たり前だろ。人間ってやつは成長するもんだ。将来、どうなるかなんて占い師でもない俺に分かる訳ないだろ」
「ですが、見込まれたからこそ可愛がったのでしょ?」
「別に見込んだわけじゃないぞ。うちのじゃじゃ馬と仲良く出来る存在なんて、バーネット王家に伝わる国宝よりも貴重だったからな」
「はぁ、それだけですか……」
「まぁ、見込んだ訳じゃないが、俺はあいつを気に入っているのは事実だ。あるいはそれこそがあいつの最大の武器かもしれんな。どうも、見ていると力を貸してやりたくなる雰囲気を持っているからなアイツは」
「そういうものですか」
「まぁな、君主としては得難い能力だ。うちの馬鹿息子にも見習って欲しいものだが」
グローサはそこで初めて溜息をついた。
この時、グローサにはショーナ皇女とランディ皇子の二人の子供がいた。
そのランディ皇子がグローサの悩みの種だった。
「しかし、皇子はバーネット皇国一の武勇の士ですし」
「だから、アイツは馬鹿なんだ。個人の武勇で何とかなるなら、今頃、俺が大陸を統一しているわ!」
ジョセフが一生懸命に取り成そうとしたものの、グローサはますます不機嫌になった。
「まぁいい、それはそうとだ。今回、お前を呼んだのはうちのじゃじゃ馬の結婚相手の件だ」
「ショーナ様の結婚相手ですか? ラファエル王に断られた後は皇国内の有力貴族の若者から探していたのでは?」
「すでに全員に断られた。なかには色よい返事をしていた者もいたんだが……。ショーナに決闘を申し込まれて、残らず医者送りになっちまったよ。だが、じゃじゃ馬もそろそろ結婚適齢期……。婿を見つけてくれないと俺が困る。まったく、これはという男を見つけて来ても、相手を残らず背中から振り落としちまう。自分より弱い相手には嫁がないとか言いやがって……。誰に似たのやら」
「それは……」
陛下以外にいないのでは? という言葉をジョセフは青汁よりも苦労して飲み込んだ。
「だが、もう待てん。そこで俺は考えたわけだ。じゃじゃ馬を乗りこなせる相手を探すから駄目なのだと。やはり、当初の目的通りじゃじゃ馬の世話が出来る飼育係を探すべきだったのだよ。そこで俺はジョセフに重大な任務を与えることにする」
それは良い笑顔をグローサは浮かべた。
その笑顔を見た瞬間、ジョセフは一刻も早く逃走したくなる衝動に駆られた。
「いや、私は体の調子がわる……」
「ショーナを近々シャナ王国に友好大使(主にラファエルの)として送る。名分はそうだな、セントレイズ帝国を撃退したお祝いで良いだろう。ジョセフはその補佐役を任せる。ラファエル王がショーナを是非嫁にくれと申し出るように仕向けろ。くれぐれも断らないよな? 私としても有能な家臣が一生トイレ掃除の仕事で人生を終える未来は見たくないのだが……」
「……謹んで拝命いたします、陛下」
退路を断たれたことを悟ったジョセフはガックリと肩を落とした。
「しかし、体の調子が悪いのだろう。無理はよくないぞ?」
「いえ、たったいまトイレ掃除が出来るぐらいまでに体の調子が良くなりました。補佐の件は私にお任せ下さい」
「そうか、それでは頼む。さて、忙しくなるぞ~!」
グローサは上機嫌に笑うと友好大使を送る手続きを始めた。
その様子をジョセフは全てを諦めきった顔でただ目を閉じていた。
◆
皇都ヴァルシュでグローサが取らぬラファエルの皮算用をしていた頃。
ランスにほど近いセントレイズ帝国の都市スカラでは一人の男がセントレイズ帝国皇帝ギルバートと拝謁をしていた。
都市スカラでは先に侵攻した帝国軍の後詰として、20万の軍勢が編成されていた。
だが、バーネット皇国軍の不穏な動きを聞いたギルバートが情勢を見極める為にスカラで20万の軍勢を待機させていたのである。
さて、皇帝ギルバートと拝謁している一人の男はところどころ敵のと思われる返り血を点々と付けた鎧を纏っていた。
そんな生々しい姿でその男は主君に頭を垂れていた。
「……申し訳ありません。陛下から頂きました将兵をコーラルにて多数失いました。また、コーウェン将軍も討ち死にした模様です。その責任はすべて私にございます。どうぞ、罪は私だけにご命じ下さい……」
コーウェン将軍の元副官は床に足を跪き、頭を俯けていた。
そしてそれを黙ってギルバートは見ていた。
その静けさが逆に周りの家臣達にはギルバートの怒りの凄まじさを感じさせていた。
「……考慮しよう。お前にはしばらく謹慎を命じる」
「畏まりました」
元副官はそれだけを言い残すと主君の前から下がっていった。
「これで評定を終える。解散っ!」
ローグウッド宰相の言葉で評定は解散となった。
家臣達は主君の怒りを思い、急ぎ足で部屋を出て行った。
ローグウッドは軽く辺りを見回し、ギルバートの周りが自分一人となったことを確認すると口を開いた。
「陛下、お怒りですか?」
「一体、誰にだ?」
「推察するに御自身にでしょう」
「……その通りだ。戦の推移を聞いたが、どこにも将兵達に非はない。カズマが相手であれば、どの将でも敗北していたことだろう。むしろ、あの程度の損害で済んだのは僥倖だ。他の者であれば、全滅していたに違いない。今回の敗戦は私の慢心が招いたものだ。そう、カズマを甘く見過ぎていた私の慢心だ。その慢心の代償はあまりにも大きかったがな……!」
ギルバートの拳はイスの柄をあまりにも強く握りしめたためか、幾筋も血が流れ落ちていった。
シャナ王国に侵攻した帝国軍将兵の半数を喪ったことや大量の軍需物資を失ったことも確かに痛かった。
だが、最もギルバートが痛かったと感じたのは股肱の臣であるコーウェン将軍を喪ったことである。
彼は数多くいるギルバートの家臣の中でも最も信頼できる臣下の一人であった。
万卒は得易く一将得難しという言葉がある。
兵卒をたくさん集めることは大して難しくないが、それを統率する優れた将となると簡単には見つけられないことを意味する言葉である。
まさしくコーウェン将軍は飛びっきりの一将であった。
「陛下だけの慢心ではございません。セントレイズの頭脳と呼ばれて慢心していた私の責任もございます。ランスからの奇襲攻撃で王都陥落を成ったものだと勘違いしていた私の慢心さをもカズマは王都から見抜いておりました」
カズマは聖堂騎士団5万を完全に無力化し、バーネット皇国を動かすだけで帝国軍の援軍を千里の彼方から阻み、必勝態勢を築いたと判断するや帝国軍を撃破してのけた。
彼がシャナの千里眼と呼ばれるはずである。
ローグウッドはランスからの奇襲攻撃をする前にカズマをどうにかするべきであったことを今更ながらに痛感していた。
「お前にも私にも良い薬になったな。少々苦すぎる薬だがな……。この味、生涯忘れぬぞ」
ぎりっとギルバートが歯を噛みしめると、歯茎から血が流れているのを感じた。
その錆びた鉄の味をギルバートはいつまでも噛みしめていた。
お待たせいたしました。でまぁ、四章がスタートしました。
新章も宜しくお願いします。
感想、誤字、脱字、評価 お待ちしております。また、更新予定日を当方の活動報告にて随時、予告します。良かったら活用して下さい。