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シャナ王国戦記譚  作者: 越前屋
第三章
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第三章 62話 騎士の鑑

この世には間違いなく自分が何をしようとしても敵わない人間がいる。

何千、何万、何億という人がいるのだ。

自分よりも優れている人間がいてもおかしくないのだろう。

そのことを最初に知ったのはギルバート陛下と出会ったからだった。

陛下は文武ともに優れ、武しか持たない自分には眩しい存在だった。

それでも必死に武を磨き、ついには大陸一の猛将とまで呼ばれるようになった。

武に関しては陛下と肩を並べるまでにはなったと思っていた。

陛下が軍略を考え、儂がその手足となって敵を倒す。

もはや、グランバニア大陸には自分と陛下に敵うものはいない。

そう自然と考えていた。

だが、忘れていた……。

陛下にも敵わない人間のいる可能性があるということを……。



「帝国軍が瓦解しましたっ!」


帝国軍が軍勢としての統率を失い、続々と戦場を離脱しようとする光景を見た王国軍内から歓声が上がった。


「近衛軍第二軍団第3大隊は敵を掃討しろ! 降伏勧告も忘れるなよ!」


勝敗が決したとはいえ、フローレンス騎士団長の仕事は終わらない。

それでも先程、合流したカズマと会話が出来るぐらいの余裕はあった。


「それにしても、あぁも上手くいくものですな。最初、大量の松明を持っていくと聞かされた時は火計に使うのかと思ったが」

「まぁ、事前の準備をしていたからな。それに雨を想定するとなると水に濡れても大丈夫な松明を作らんといけないし。それと戦場で作るとコーウェン将軍に悟られる危険性もあったからな」


小雨とはいえ、雨が降っているなかでも松明が燃えていたのは特製の松明を使用したからである。

実は松明の火をつける部分に硫黄と石灰を混ぜたものを使うと水の中に入れても消えない松明が出来上がる。

それを20万本以上も持っていくとなるとかなりの重労働であったが、その甲斐はあった。


「帝国軍に流言を広がせるのも想定していたとは。いやはや、これで職を失わずに済むし、妻に怒られずに済む。良いこと尽くめだな。……それで、御褒美はどうするんだ? 天幕なら一つぐらい貸せるぞ?」

「……そのネタはもういいよ」


カズマはゲッソリとした顔で応じた。

王国軍本陣には束の間の和やかな空気が流れた。

しかし、その空気を纏めて吹き飛ばす一報が本陣に入った。


「申し上げます!! 敵騎馬隊が先鋒のガーウィ千騎将の部隊と交戦開始っ! ガーウィ千騎将は奮戦するも敵の猛攻の前に負傷しましたっ! 現在、敵騎馬隊は更に我が本陣に向け、突撃をしておりますっ!!」


息を切らせて、前線の情報を本陣に届けた伝令兵が駆け込んできた。


「なにっ! その騎馬隊の規模は?」

「約3千人の騎馬隊と思われます! また、先頭には朱槍を携えた敵将がおりましたっ! 武具の作りからかなり高位の武将だと思われます!」

「朱槍だとっ!!」


フローレンス騎士団長は驚きのあまり目を大きく見開いた。


「朱槍というと、まさか……?」

「恐らく、コーウェン将軍だ……! となると、その騎馬隊はコーウェン将軍が手塩にかけて作り上げた精鋭だろう。全軍に伝達しろ! 歩兵は槍衾を作り、騎馬の動きを封じろ! いいか、敵を甘く見るなっ! 敵は死兵と化している! その上、率いるはあのコーウェン将軍だ! 全軍で押し包んで倒せっ!」


フローレンスの命令は通常ならば、的確な対応であった。

相手が精鋭の騎馬隊とはいえ、こちらは圧倒的多数の大軍である。

負ける要素は一つたりとも無かったはずであった。

だが、コーウェン将軍とその麾下の騎馬隊は万人の予想を裏切る奮闘ぶりを見せつけた。

そして、そのことが後世では大陸一の猛将と千里眼と称される賢者を戦場に引き合わせることになる。



王国軍に突撃したコーウェン将軍麾下の騎馬隊は当たるを幸いと暴れまくっていた。

彼らの戦いぶりは『鎧袖一触』という言葉以外に相応しいものはないだろう。

立ち塞がる敵を彼らは持ち前の打撃力で粉砕していく。


「その程度でこのコーウェンの首が獲れると思うなよっ!」


コーウェン将軍の自慢の槍が唸るごとに王国兵の体はいとも簡単に吹き飛ばされていく。

その戦いぶりは悪鬼羅刹の類であった。

大軍であるはずの王国軍10万が帝国軍3千の騎馬隊に押されているのである。

王国軍は何度も騎馬隊を包囲し、槍衾でもって圧殺しようと努力を繰り返した。

だが、その努力をコーウェン将軍は嘲笑うかのように王国軍の小さな綻びを見つけ出し、蹴散らしていく。

まさしく、大陸一の猛将という評価は伊達ではない。

さらに王国軍を苦しめたのはコーウェン将軍だけではない。

将軍麾下の騎馬隊は、一人一人が一騎当千の強さを王国軍に見せつけた。


「あいつらは悪魔の軍勢か……!」


王国軍の将兵は戦慄ともに騎馬隊の戦いぶりに瞠目した。

それは『コーラルの戦いで勝ったのはカズマのお陰であり、決して帝国軍が王国軍よりも弱かったからではない』という事実を王国軍の将兵に見せつけたのである。


「目指すはシャナの千里眼の首、ただ一つだっ! それ以外の首は敵総大将でもいらん!」 


コーウェン将軍は騎馬隊に命令しつつ、血走った目で黒髪黒目の青年の姿を戦場で探し続けた。

すでにその全身には王国兵から受けた矢が何本も突き刺さっていた。

それでも将軍は動くことを止めようとはしなかった。

何故なら、将軍の主目的は王国軍の追撃を防ぐことでもあったが、もう一つの目的があった。

それはシャナの千里眼の首を獲ること。

例え、この戦で帝国軍が敗れようともカズマの首を獲ることが出来れば、大局的には帝国軍が勝利することになる。

この先、ギルバート陛下の覇道に立ち塞がるのはラファエル王でもグローサ王でもない。

シャナの千里眼と呼ばれし、カズマがただ一人のみ。

時に彼の者はシャナの千里眼と呼ばれ、時に大いなる災厄者と呼ばれ、大陸にその名を轟かしつつある賢者。

カズマ……。

コーウェン将軍は心の底から、その名前に畏怖を覚えていた。

長い戦歴の中でも初めて将軍が感じる感情であった。

どのような豪傑や名将を将軍は相手にしても感じたことのない感情をカズマに味あわされた。

その者を殺すことこそがセントレイズ帝国の勝利と同義なのだと、コーウェン将軍は本能的に悟らざるを得なかった。

何よりも優先すべきはカズマを殺すこと。

その為には、自分の命を喜んで将軍は神に差し出すつもりだった。


「邪魔をするなっ、下郎!」


コーウェン将軍が剛槍を一振りすると、哀れな王国兵の体は二つに裂かれた。

その執念は凄まじく、悪鬼がコーウェン将軍に乗り移ったかのような戦いぶりであった。

だが、すでに彼の周りには数騎程度の騎兵しかいなかった。

その他の者は激しい戦闘で見失しなったか、命を落としていったのである。

それでも将軍を遮ろうとする王国兵は一つの例外なく、朱槍の餌食となっていた。

こうした将軍の戦いぶりのお陰もあり、帝国軍騎兵隊はその数を大幅に減らしながらも王国軍の奥深くまで突撃することに成功した。

そこで、将軍の執念は神様に聞き届けられることになる。


「そこにいたか……! シャナの千里眼!!」


コーウェン将軍が呪詛のように呟いた。

その鋭き視線の先には黒髪黒目をした若者が馬に跨っていた。



カズマは強烈な殺気を前方から浴びせられた。

そこには巨大な朱槍を携えた壮年の武人が馬に跨っていた。

多少の雨では流しきれないほどの返り血を浴びた鎧を身に纏った武人はカズマを紅く爛々とした両目で見据えていた。


「くっ……早くコーウェン将軍を打ち取れっ!」


その武人を見たフローレンス騎士団長は配下に素早く命令した。

しかし、帝国軍騎兵はそれに先んじて動き、助けに向かおうとする近衛騎士達の動きを牽制した。


「将軍、ここは我らにお任せを!」

「すまぬ、ここは任せたぞ」


部下の献身的な働きに感謝し、コーウェン将軍は馬を走らせ始めた。


それはちょうど戦場に出来たエアポケットであった。

長時間にわたる戦は数万の味方に囲まれた鉄壁であるはずの本陣の守りを少しずつ歪ませていたのである。

その為、将軍とカズマの間にはまるでモーゼが作りし海の道のように一つの道が現れていた。

そのポッカリと空いた空間を帝国軍騎兵達は必死に守り、そこを将軍は駆け抜けた。



コーウェン将軍の狙いが自分であることをカズマは瞬時に判断していた。

すぐにここを逃げなければ死ぬ。

理性は冷静にこの状況を判断していた。

だが、カズマの体は動き出すことを拒否していた。

生まれて初めて味わう強烈な殺気がカズマの体の自由を奪っていたのだ。

その数瞬後には自分を真っ二つにするであろう朱槍を見つめながら、カズマはただ呆然と立ち尽くしていた。


「兄貴、早く逃げるでやんす!」


そんな状況を動かしたのはバルカンだった。

素早くバルカンはカズマを馬ごと押しのけると、彼にしか扱えない戦斧を馬上で構えた。


「バルカンッ!」


カズマの悲鳴に似た叫びを無視し、バルカンはやって来るコーウェン将軍を待ち構えた。


「そこを退けいっ!」


一瞬後、コーウェン将軍とバルカンは激突した。

将軍の朱槍とバルカンの戦斧は激しい金属音を響かせた。

二人の得物はあまりにも激しい鍔迫り合いで悲鳴に似た軋みをあげた。


「ここは一歩も退けぬでやんす!」


将軍に退けない理由があるようにバルカンにも退けぬ理由があった。

殺されても文句の言えない山賊だった自分を助け、生き甲斐を見つけてくれたカズマは命の恩人といってもまだ言い足りないほどの恩を貰った。

その恩人に害を及ぼす存在をバルカンは許すわけにはいかなかった。

顔を目一杯に赤くさせて、賢者の忠実なる騎士が戦斧へ更に力を込めた。

その両腕には仁王像のような大きい力瘤が盛り上がり、歯をギリギリと噛みしめた。

その力に屈服しない敵はいないだろう。

だが……


「なかなかの馬鹿力だな! 帝国軍でも一位二位を争うほどだ。だがな……惜しいことに技術が伴っておらぬわっ!」


そう言うや、コーウェン将軍は一瞬力を抜いた。

戦斧に力を込めていたバルカンは、いきなり相手の力が消えたことでたたらを踏んでしまった。

そこをすかさずコーウェン将軍は朱槍の柄でバルカンを殴りつけたのである。


「グゥ……!」


象でも昏倒させるような一撃を受けたバルカンは為すすべもなく馬上から投げ出された。

その衝撃でバルカンは二度、三度地面を転がった。

そして、ようやく、バルカンの体が停止した。

恐らく、全身が軋むような痛みを感じているのだろう。

その表情は苦悶に満ちていた。

それでも、バルカンは四肢に力を込めて、必死の形相で立ち上がろうと足掻いていた。


「大人しく寝ていろ。儂が狙う首は只一つだっ!」


そんなバルカンに構うことなくコーウェン将軍は朱槍の穂先をカズマに悠然と向けた。


「クソッ……こんなところで死んでたまるかっ!」


必死に動かない体をカズマは叱咤し、腰に差していた剣を抜くと馬上で構えた。

ここで背を向けて逃げ出しても、その一瞬後には無防備な背中に将軍の朱槍が突き立てられることは間違いなかった。

周りには数多くの味方がいる。

所詮は多勢に無勢。

一秒でも多く将軍の凶刃から逃れれば、形勢は逆転する。

カズマは相手を倒す必要はなく、ただ時間をほんの僅かでも稼げれば、この危機は乗り越えられると判断した。


「陛下の覇道を阻む者は許さぬっ!」


コーウェン将軍の剛槍が唸りをあげて、カズマの心臓を目がけて繰り出された。

とても何本も矢が突き刺さっているとは思えない動きだった。

例え、エクスカリバーを持っていたとしても防ぐことが困難な一撃をカズマは馬上から身を投げ出すことで辛うじてかわした。

一瞬後、カズマのいなくなった空間を剛槍が通り抜け、主のいなくなった哀れなる馬を貫いた。

ヒヒーン!という叫び声を上げ、カズマの乗っていた馬は横倒しになった。

何度かピクピクと馬は動いていたが、すぐに動かなくなった。


「危なかった……ック!」


地面で横になっていたカズマは次なる将軍の攻撃に備えようと立ち上がろうとしたが、脇腹に鋭い痛みを感じた。

慌てて手で触ってみると、ヌルッとした感触と共に鉄が錆びたような匂いを感じた。

将軍の鋭き槍をカズマは完璧にかわすことは出来なかったのだ。


「運のいいやつだ。今の一撃で大抵の騎士は死んだのだがな。さすがはシャナの千里眼と言ったところか。だが、次はない!」


手傷を負ったカズマに息の根を止めようと、将軍が再び槍を構えた。

(……さすがに死んだな、これは)

死ぬ間際には走馬灯が頭を駆け巡ると聞いたことはあったが、実際にカズマの頭の中に浮かんだのは両親の顔でも、故郷の光景でも、友人の顔でもなかった。

それはこの異世界に来て知り合った一人の女性の顔だけであった。

最初は苦手に思っていた。

何をやっても突きかかって来るし、サボッているところを見られては何度も痛い目にもあった。

元々女性の扱いは蕎麦アレルギーの人間が蕎麦を食うよりもカズマは苦手であった。

その為、カズマは当たり触りのないようにセシリアと過ごしていたのだが、一緒になって行動してみると、彼女の良さが知らず知らずのうちに目に付いてしまった。

気丈に振る舞って見せるが本当は優しいところ。

何だかんだで心の底では心配をしてくれているところ。

笑えば可愛いところ。

カズマはセシリアに好意の感情以外を持つことは不可能であった。

それでもいずれは元の世界に戻る身。

何とか好意以上の感情を持つことは押さえつけていた。

それがレイナール城の夜に必死に隠していた涙をセシリアに見られてからカズマの心に何重にも縛っていたはずの鉄の鎖と南京錠がいとも簡単に外されてしまっていた。

その日から好意以上の感情をカズマは覚えてしまったのである。

それでも必死に無駄な抵抗と知りつつもカズマは心を押さえつけていた。

だが、死ぬ間際の心は捻くれたカズマのでも正直だったらしい。

セシリアの姿が次々と浮かんでは消えていった。

その姿を思い浮かべる度に心の中では未練、悲しみ、安堵の感情が渦巻いていた。

そんな自分にカズマは自然と苦笑していた。


「死ねいっ!」


コーウェン将軍は槍をカズマの心臓に狙いを定めると、一気に振り下ろした。


―――――――だが、カズマの悪運は尽きていなかったらしい。


「させるものかっ! 放てぃっ!」


そうはさせじとフローレンス騎士団長が弓矢を構えた騎士達に命令を下していたのである。

この時、必死に抵抗していた将軍最後の部下は近衛騎士の手に掛かり戦死した。

将軍と共に突撃した騎馬隊はあえなく全滅していたのである。

騎士団長の合図を機に邪魔する者がいなくなった騎士達は次々と矢の雨をコーウェン将軍に浴びせた。

だが、この一斉射撃にも将軍は怯むことは無かった。

右に左に槍を振り回し、自分の方向に目がけて飛んでくる矢を叩き落としていった。

だが、さしもの将軍でも愛馬に向かう矢を全て叩き落とすことは出来なかった。

何本もの矢が突き刺さると、将軍の愛馬はドウっと横倒しになった。

それでも将軍は受け身を取り、素早く立ち上がった。


「シャナの千里眼の心臓を貫くまで地獄には行けぬっ!」


動けずにいるカズマを血走った目で見つけると一歩一歩近づいていった。


「どんどん放てっ!」


将軍が一歩あるくごとに何本もの矢が突き刺さる。

それでも彼の歩みを止めることは出来なかった。

すでにコーウェン将軍の全身はハリネズミのようであった。

そして、ついにカズマのところまで歩き切った。

もはや、苦痛すらも感じていないようであった。

コーウェン将軍を動かしているのは強烈な使命感であった。


「この大陸の騒乱を終わらせようとする陛下の理想を邪魔するシャナの千里眼よ。ここで儂の手で殺してくれる……」


血まみれの手でコーウェン将軍は槍を天高くに掲げた。

その様子を見ることなくカズマは黙って目を瞑った。

そして、次の瞬間、カズマの胸に衝撃は……永遠に来なかった。

再び目を開けてみるとコーウェン将軍は先程と寸分の狂いもなく立っていた。

おかしく思ったカズマが将軍の体に触れてみると氷のように冷たくなっていた。

グランバニア大陸一の猛将と呼ばれたコーウェン将軍はコーラルの地で壮絶な立ち往生を遂げたのである。

その死に様は全ての騎士に「騎士の鑑」として後世まで語り継がれることになる。



こうして、コーラルの戦いは完全に終結した。

この戦いに敗北した帝国軍と聖堂騎士団の被害は甚大であった。

セントレイズ帝国でも有数の名将であったコーウェン将軍の死はギルバートを心底嘆かせた。

さらにシャナ王国領内に侵攻した帝国軍は20万、聖堂騎士団は5万。計25万を数える大軍であった。

だが、本国へと無事に帰還出来たのは半分以下の12万であった。



コーウェン将軍の命を懸けた突撃は王国軍の追撃を鈍らせることには確かに成功した。

そのお陰で帝国軍と聖堂騎士団はコーラルより数里離れた地で17万の軍勢を再集結させることが出来たのは紛れもなく将軍の功績であった。

これは王国軍と再戦することも可能な戦力だったが、コーウェン将軍亡き後に司令官の立場になった副官はシャナ王国からの撤退をすぐに決断した。

それはこの敗戦で大量の軍需物資を放棄せざるをえなくなってしまったことで戦うどころではなくなってしまったのである。

さらに帝国軍に追い打ちをかけたのはコーラルで帝国軍が惨敗したという一報がシャナ王国中を駆け巡ったことであった。

それまで帝国軍に制圧されていたシャナ王国領内の城が次々と反旗を翻したのである。

城に駐留していた帝国軍は領民達に殺されるか逃げ出すしかなかった。

この為、帝国軍の兵站はズタズタになったのである。

もはや、兵糧の入るあての無くなった軍勢を率いる副官が出来ることは一刻も早く撤退することのみであったと言ってもよい。

とはいえ、遠い敵地で食糧を失った軍勢の末路は悲惨であった。

王国軍の追撃に怯えながらの行軍は帝国兵達の体力と共に精神力をも消耗させた。

撤退する帝国軍の軍列からは日が経つにつれ、続々と体力のない兵から順番に落伍していった。

落伍した兵のほとんどはそのまま異国の地で骸となった。

後にこの出来事をセントレイズ帝国では「コーラルの死の行軍」と名付けられたほどであった。

ランスの地に無事に着いた時の帝国軍は11万。

聖堂騎士団にいたってはわずか1万であった。

かつて25万の威容を誇った軍勢の姿はどこにも無かった。

ここにセントレイズ帝国皇帝ギルバートの戦略は猫背気味の一人の若者の手により完膚なきまでに頓挫されられた。


前世でも後世の歴史上を見渡しても類を見ない戦果といっても過言ではない。

この戦でカズマの名が大陸全土に鳴り響いたことは言うまでもない。

補足だが、この時からセントレイズ帝国内では子供を叱るときには「そんな我が儘ばかり言っているとカズマが来ますよ」と言うようになったという。

この言葉に泣いていた子供もピタリと泣き止んだという言い伝えがあったことからもセントレイズ帝国内でカズマをどれほど恐れていたかは想像がつくだろう。


また、ラファエル王体制はこれ以後盤石なものとなった。

帝国軍までもが王国軍の前に惨敗を喫したことで領地を没収されるなどで不満を声高らかに叫んでいた貴族達は完全に鳴りを潜めてしまったのだ。

もはや貴族達は王には逆らえないと悟らざるを得なかったからである。

俗に雨降って地固まるという言葉があるが、シャナ王国を滅ぼす為に侵攻した軍勢が結果的にラファエル王体制の地盤を強固なものに変える手伝いをしてしまったのは何かの皮肉であろうか。

これでラファエルはようやく思い通りにシャナ王国を動かす環境を手に入れたのであった


これで第三章が終了しました。

ここまで長かったぜ……。

思ったよりもコーラルの戦いが長引いてしまいました。

次回から四章に入るか短編を挟むかになりますので宜しくお願いします。


感想、誤字、脱字、評価 お待ちしております。

また、更新予定日を当方の活動報告にて随時、予告します。

良かったら活用して下さい。

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