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シャナ王国戦記譚  作者: 越前屋
第三章
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第三章 59話 心頭滅却すれば、痛みもまた快感なり

コーラルの付近では昼過ぎから雨が降り続け、それは夜の帳が落ちても変わらなかった。

辺りに街灯などがあるわけでもなく、頼みの月の明かりも雲に遮られ、王国軍陣地は完全なる闇で包まれていた。

もし、ここに闇夜でも目の利く者が入れば、4万の人間が蠢いていることに気付いたことだろう。


「セシリアとヴァレンティナ準備は出来たか?」


そんな闇夜にも溶け込む黒髪黒目の青年が暗くてもそこだけは輝いて見える美女二人に声をかけていた。


「ええ、大丈夫よ」

「任せて、カズマ様」


それぞれが頼もしい返事を返して寄こす。


「じゃ、気をつけてね。分かっているとは思うけど、くれぐれも敵に見つからないように。この作戦の成否は別働隊が握っているからね」


カズマが何となく不安そうに二人を見た。

本当ならば、カズマはリュージュ万騎将とマーリン万騎将の両名に別働隊を率いさせたかったが、彼らには王国軍本陣の両翼を守るという大役があった。

そうなると、王国軍に万単位の別働隊を率いさせるに相応しい指揮官がいなかった。

そこで白羽の矢が立ったのはセシリアとヴァレンティナである。

セシリアは名門カストール家の当主として、若いながら万単位の軍勢を何度も率いた実戦経験がある。

ヴァレンティナは軍勢を率いたことは少なかったが、彼女には優秀な副官がいた。

彼女の兄であるアルバート候が彼女のお目付け役にと年若い副官を付けていたのである。

それがカーラであった。

彼女の父親はレヴァン家の重臣の家柄であった。

しかし、彼女の父親になかなか男の子の世継ぎが生まれず、一時期カーラが後を継いでも大丈夫なように当主に必要な技能を学ばされていたのである。

幸いにも父親に男の子の後継ぎがその後に生まれ、カーラはお役御免となってしまった。

ただ、その才能に目を付けたアルバートが同年代の同性なら自由奔放なヴァレンティナの目付けに相応しいだろうと抜擢したのである。

その後、カーラはヴァレンティナの副官として、アルバートを満足させる仕事ぶりを見せていた。

その仕事ぶりは当時カストール家に逃走中だったカズマの目にも止まり、ラングレーの戦いでも存分に発揮された。

それ以来、カズマはカーラを非常に高く評価していた。

今回の別働隊にも誰を指揮官にするかでカズマは迷わず、カーラを副官にしているヴァレンティナを推挙していた。

とはいえ、能力を信頼することと安心することは別であるとカズマは思った。

これが筋骨隆々のいかにも歴戦の強者みたいな風貌であれば、カズマも安心できるのだが、彼女達の外見はすぐにも折れてしまいそうなほど細い身体つきをしている美女達である。

ラングレーの戦いでは相手がフォルランだったのでまだ安心出来たのだが、今度の相手は帝国軍にその名を知られたコーウェン将軍が相手だ。

カズマは本当に二人をこのまま戦場に送りだしても大丈夫かと今更ながら躊躇ってしまっていた。


「私は大丈夫よ。それに私はカズマを信じているわ。だから、私も信じて」


そんなカズマの不安を敏感に感じ取ったセシリアはジッとカズマを見つめると、母親が子供を安心させるかのように微笑んで見せた。


「そうだったな。無用な心配だった。それじゃ、頼むよ? セシリアがいなくなると誰も俺を起こすやつがいなくなるからな」


カズマはセシリアの思いを汲み取ると、やっと気持ちの踏ん切りがついた。

そして、しみじみとカズマはカストールの姫様がただ守られているだけの存在じゃなかったことを思い知った。

彼女は騎士の背中の後ろで守られているのではなく、騎士の背中を守る頼もしい相棒であったことを。


そんな二人の様子を後ろから面白くなさそうに見ていたヴァレンティナが何かを思いついたように手を叩いた。


「何だか、急に心細くなっちゃったわ。ねぇ、カズマ様。また、私にお守りを下さらない?」

「ん? お守り? と言われても、スペンサー印のお守りは今回、役に立たないからなぁ」

「もっとお手軽なお守りがあるじゃない」


そう言うや、ヴァレンティナは下唇を舌で舐め、男を虜にする紅く蠱惑的な唇がカズマの唇と合わさった。

その瞬間、カズマの理性は欲望という名の洪水に決壊寸前となった。

ヴァレンティナの唇を思うままに貪りたいという本能的な考えがカズマの脳裏に浮かんだが、それを実行に移すことは無かった。

それは欲望よりも本能に根ざしている、ある感情が勝ったからだ

人はそれを生存本能という。


「セシリア、待て! これは違う! 違うぞ! 1+1が-2というぐらいに事実は180度違う! だから擦り足で冷静に距離を測るな!」


カズマは甘く全身を蕩けさせているヴァレンティナを慌てて両手で引き離すと、うろたえた声で弁明を始めた。

そんなカズマに先祖伝来の名刀を引き抜いたセシリアがじりじりと擦り足で近づいていた。


「カァズゥマァ~?」

「ヴァレンティナ!」


カズマは藁でも爪楊枝でも縋る思いでヴァレンティナを見たが、当の本人は


「この作戦が成功したらもっと御褒美を下さいね、カズマ様? やっぱり、唇にとびっきり濃厚で甘~い後は……。それでは御褒美を楽しみにしていますからね」


と言うと、カズマの横をヴァレンティナは甘い香りを漂わせて、通り過ぎて行った。

さらにカーラもヴァレンティナに付き従いながら消えていった。

頼みの味方を失ったカズマの瞳は絶望に染まっていた。


「それで最後の言葉は?」

「心頭を滅却すれば、痛みもまた快感なり!」



「ふんっ」


さっきの優しそうな顔とは一変し、非常に不機嫌そうな顔を浮かべたセシリアも自分の指揮する別働隊のもとに向かった。

あとに残されたのは剣で峰打ちを喰らい、ボロボロの濡れ(赤黒い液体で)雑巾となった色男(カズマ)とバルカンだけであった。

その様子を見る限り、カズマは無念無想の境地に辿り着けなかったらしい。

もはや、ピクリとも動かないカズマは虚ろな瞳でバルカンを見上げていた。

その視線にバルカンは


「オイラの御褒美は一晩遊べるぐらいの金でいいでやんすよ。兄貴の貞操はヴァレンティナ姐御とセシリア姐御に丁重に譲るでやんす」


と肩を竦めながら言った。

その言葉にカズマは今度こそモノを言わない骸になった。



ちなみに、痛む体を引きずりながら陣幕の中に戻ってきたカズマには更なる極刑が待ち受けていた。


「おぉ、色男。戻ったか。それで御褒美はどっちにするか決めたのか? もしや、両方か?このスケコマシ野郎め」

「それは事実無根だ! 俺は無罪だ!」


フローレンス騎士団長の言葉で殺気立った将兵達に囲まれたカズマは電車内で痴漢の冤罪をかけられた容疑者のように無罪を訴えた。


「ふん、ざまみろ。妻といちゃつきたいのを我慢しているのに一人だけ良い目を見やがって」

「私怨が混じっているぞ!」

「何を言う。公明正大であるべき近衛騎士団長がそんな訳ないだろ?」

「いやいやいやっ! その近衛騎士団長が公明正大から最も遠い位置にいるぞ!!」

「しかし、他の者は私を公明正大だと思っているようだぞ?」


フローレンスがわざとらしく周りを見渡すと


「「我らはフローレンス騎士団長を支持します。色男には死を!」」

「お前ら全員敵かっ~~~~~~~~~~~~~!!」


近衛騎士達が声を揃えてフローレンスに味方する。

ここでもまた、カズマには味方がいなかった。



「それでだ。リュージュ万騎将とマーリン万騎将はすでに配置に付いた」


ひとしきりカズマを吊るし上げたことで満足したフローレンスは戦の最終確認をしていた。


「……そうですか」


どことなく煤けているカズマはそう返すのが精いっぱいだった。


「おい、しっかりしろよ。作戦はもう始まっているぞ」

「……誰の所為だよ、誰の?」

「少なくとも私の所為ではないな」


しれっとした顔でフローレンス騎士団長は受け流した。


「……もういいよ。それで状況は?」

「さっきも言ったが、リュージュ万騎将とマーリン万騎将にそれぞれ1万5千の兵を与えてある。二人には王国軍の両翼を守らせてある」

「そうか、あとは帝国軍が山からノコノコ出てくるのを待つだけだな」


カズマがふぅと溜息をつき、雨が降り続ける外を何となく眺めた。

だが、外は松明などの明かりで少ししかみえず、とても遠くまでは見えなかった。

そう、千里眼を持つと言われているカズマにも見通せなかったのである。

何者かが王国軍陣地へと迫っていることを。



そのことに最初に気付いたのは王国軍陣地に建てられた櫓にいる二人の王国兵であった

外は雨が降り続けており、視界は非常に悪く陣地から少し離れれば、とても見渡せなかった。

そんな悪条件の中でも己の職責を全うしようと二人の王国兵は目を凝らして、警戒していた。



「何だ、この音は?」

「雨の音じゃないのか」

「いや、違うな」


一人の王国兵が雨にまぎれて、何か途切れ途切れに音が聞こえてくることに気付いた。

さらに耳を澄ませると、王国兵は目を見開き気付いた。


「これは馬蹄の音だぞ! すぐに鐘を鳴らせ!!」

「なっ、何だと!」


相棒の王国兵は慌てて金槌を構えると櫓にぶら下がっていた鐘を勢いよく叩き始めた。

カーン、カーン、カーン!!!

すぐさま、敵襲来たるという鐘の音は王国軍陣地に響き渡った。

だが、すでに帝国軍は王国軍陣地のすぐそばに近寄っていた。



「どうやら、気付かれたようだな」

「そのようですね」


王国軍陣地から響き渡る鐘の音は帝国軍にも聞こえて来ていた。


「だが、ここまで近づけば十分だ! 全軍突撃!! 王国軍陣地を蹂躙しろ!」


コーウェン将軍が吠えるや帝国軍は動きだした。

ギリギリまで足音も抑えていた帝国軍は喊声(かんせい)を上げ、王国軍陣地に迫った。

そこには王国軍の奇襲攻撃で動揺して、山を下りてきた敵の姿はなかった。

彼らは自分の意思で山を下り、カズマの策を逆用し、王国軍陣地に奇襲を掛けたのである。

帝国軍の足音は王国軍には地獄から響いてくる足音のようであった。


お待たせいたしました。59話を更新します。

今回は少々、駆け足のような話で次回は本格的に話が進展する感じですかね。

それでは次回に~~!

休み? それなに? 美味しいの?

2週間連続で休みがない越前屋より


感想、誤字、脱字、評価 お待ちしております。

また、更新予定日を当方の活動報告にて随時、予告します。

良かったら活用して下さい。

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