第三章 58話 虎と子豚
帝国軍と王国軍がコーラルで激突していた頃、王の執務室ではラファエルが落ち着きなく歩きまわっていた。
「むぅ、カズマ達は大丈夫かな」
帝国軍と王国軍の戦いが気になって、ラファエルは仕事をする気になれなかった。
既に同じところをグルグルと100周は回っている。
世が世なら競歩でオリンピックを狙えるほどの練習量である。
そんな落ち着きのない王にグローブ宰相が諌める。
「陛下、そないに歩き回っても戦の結果は変わりまへんよ。どーんとしてみぃ。どーんと」
「そんなことを言われても……。気になってしょうがないんだもん。やっぱり、僕も一緒に行けば良かったかな」
「陛下が行っても邪魔になるだけですのぉ。勝てる戦も勝てなくなりますわい」
一緒にいたガンドロフ将軍も主君を諌めた。
「そこまで言わなくても……」
「なら聞きまっけど、陛下は10万の将兵を己の手足の如く使えまっしゃろか? 自軍の2倍以上の敵を己の知略で追い払えまっしゃろか? この二つのうちのな、どっちか一つでもええから自信あるんやったら、わては止めはしまへん」
「……この世に生まれてきてゴメンナサイ」
そんな才能は母親のお腹の中に置き忘れてきたと自覚しているラファエルに口が破裂しても自信があるとは言えない。
執務室の隅で体育座りをするとラファエルはいじけてしまった。
「どうせ、僕は無能ですよ。典型的な愚兄賢弟ですよ」
更には床にのの字を書き始める主君にグローブは一つ溜息をついた。
「そうそう陛下、バーネット皇国から使者が戻ってきたで。援軍の件は了解だそうや」
「本当!! 良かった、良かった!」
グローブから報告を聞いたラファエルは満面の笑みを浮かべて、立ち上がった。
「これで帝国軍は何とかなりそうだね!」
いじけていたのが一転、小躍りをしながら喜ぶ子供のような主君をグローブはやれやれ手のかかる上司だと言いたげに苦笑していた。
「そういえばさ、ガンドロフは領地から離れても大丈夫だったの? コーラルとは結構近いんでしょ?」
帝国軍侵攻時に領地にいたガンドロフ将軍は王国軍が編成されるのと同時に戻ってきていた。
「大丈夫ですわい。ワシがいなくても頼りになる部下がおります。それよりも、王国軍がもしもの時の為に王都にいたほうが都合いいじゃろ」
カズマ達が帝国軍に敗れた時のことを考えたガンドロフは留守居役を買って出ていたのである。
「それなら、もう息子を許してやったら?」
ガンドロフ将軍の息子は十数年前に農民の娘と恋に落ちて駆け落ちしていた。
現在のガンドロフ将軍には世継ぎがおらず、武門で名を轟かせているゲノーム家をどうするのかは貴族の社交界でも噂されている話題であった。
そこでラファエルは何度か将軍に息子を許してはどうかと提案していた。
世継ぎがいれば、ガンドロフ将軍は安心して領地を任せられるだろうと思ってのことだ。
「陛下、ワシには息子などおりませんわい。ゲノーム家の名を捨てたやつなど……」
「頑固だね、将軍も」
そんなことを言いながら、世継ぎを一向に決めようとしないガンドロフ将軍は本心では息子に戻って
来て欲しいと思っていることはラファエルにはお見通しであった。
◆
同時刻コーラル帝国軍陣地
前哨戦で王国軍が勝利した後は完全に膠着状態へと陥っていた。
何度か小競り合いは起きたものの勝敗に直結するような戦ではなかった。
王国軍は聖堂騎士団を撃破したとはいえ、帝国軍はほぼ無傷で残っており、2倍以上の兵力差は変わっていない。
必然的に王国軍は積極的な攻めに転じることが出来ずにいた。
一方の帝国軍もカズマの知略を警戒しながらの戦闘であった。
その為、どちらも決定打にかける戦いに終始していた。
だが、それもコーウェン将軍にある報告が来たことで事態はゆっくりと動き始めていた。
「将軍、我が軍の将兵がバーネット皇国から援軍が来ると噂しあっております」
副官が将兵の間に流れる噂をコーウェン将軍に報告した。
「どうせ、敵の間者が流した噂であろう。将兵には敵の流言に惑わされるなと伝えよ」
常に戦場には敵から意図的な流言が入ってくる。
その目的は敵の士気を挫く為である。
その為、戦場では敵味方入り乱れての流言が飛び交う。
ひどいのになると総大将が討ち死にしたとか首都が陥落したなどの荒唐無稽な話しまである。
いちいちそれに振る舞わされるほどコーウェン将軍は暇ではなかった。
「ですが、将軍。あながち根拠のないことではありません。本国からの情報によれば、シャナ王国の使者がバーネット皇国に入り援軍を要請したそうです。これをグローサ国王は承諾したとのことです。現在、我が国との国境近くからもバーネット皇国軍が援軍に赴く兆候を見せているとの報告があります。また、陛下も敵の狙いを見極めるまで援軍に赴けないそうです。どうやら、本国に攻め込まれることを警戒しているのでしょう」
「そうか、それはちと厄介だな。バーネット皇国軍が陛下の留守中に本国に攻め入る可能性は十分ある。ならば、我々だけで何とか王国軍だけでも片づけておきたいが。あそこまでガチガチに陣を固められては破るのも容易ではないな。何かキッカケでもあれば別だが」
顎を手で擦りながら難しい顔を浮かべた将軍は呟いた。
◆
王国軍においてもバーネット皇国の援軍の件は王都とは別経由の情報でもたらされていた。
フローレンスが帝国軍と小競り合いをしている間にも着々と準備をしていたカズマは喜んだ。
「よしよし、これで問題が一つクリアしたぞ。それで明日の天気はどうなりそうだ?」
「近くに住んでいる数人の農民から聞いた話でやんすが、明日の昼過ぎからしばらく雨が降り続けるようでやんすよ」
「ちゃんと今回も十分な褒美は与えただろうな?」
「勿論でやんす。無茶苦茶、喜んでいたでやんすよ。まぁ、農民じゃ、一度も見たことのないような
大金なら当然でやんすけど」
「それぐらいで次の日の天気が分かるなら安いもんだよ」
上機嫌に頷きながらカズマは軍机を指でコツコツと軽く叩いた。
この異世界にカズマが初めて訪れたオルデン村で驚いたことがある。
それはどこにでもいる村民達が次の日の天気などをよく当てていたことである。
本などでカズマも知識として知ってはいたが、実際に遭遇してみると驚いた。
気象衛星がない世界でも明日の天気が分かるというのはカズマには不思議な感じであった。
何百年も同じ土地に住み続け、湿度や雲の動きを敏感に感じ、天候次第でその日の暮らしが天国にも地獄にもなる土地の者だからこそ出来る芸当なのかもしれない。
ともあれ、カズマは戦場につくと必ず近くに住んでいる農民に天気のことについて聞くようにしていた。
さて、そんなカズマの様子を見ながらヴァレンティナは疑問に思っていた。
「ねぇ、作戦ってもう決まっているのでしょ? 何故、すぐにやらないのかしら?」
ヴァレンティナは聖堂騎士団のドレイグを罠にかけた時はすぐに作戦の決行を決めたのに帝国軍と戦う時には慎重にも慎重に罠を張り巡らせるカズマの姿に疑問を持ったからだ。
「ヴァレンティナ様、それほどコーウェン将軍は恐ろしい方なのでしょ」
「カーラの言う通りだ。相手がドレイグみたいな猪だったから引っかかっただけだ。仮にコーウェン将軍が聖堂騎士団を率いていたら、あの程度の策なら今頃俺たちはコーラルで仲良く永遠の眠りについていただろうな」
カズマは戦が起きる前にコーウェン将軍やドレイグ騎士団長についての情報を徹底的に集めていた。
それは過去の戦の資料だけでなく、彼らと実際に戦ったことのあるフローレンスなどからの証言も集めた。
その膨大な情報をもとにカズマはコーウェン将軍とドレイグ騎士団長の人柄、趣味、志向に至るまで把握していた。
その情報からドレイグが取るに足りない猪武者であることを知り、安心して罠を仕掛けたのである。
これがコーウェン将軍であれば、そう上手くいかなかったことだろう。
コーウェン将軍が仮に聖堂騎士団を率いていたとするならば、スペンサー教皇の聖画を貼り付けた盾で起きる動揺なんて、一瞬で静めていたことは容易に想像がつくことである。
そうなれば、千人程度の部隊なんぞコーウェン将軍は難なく蹴散らして王国軍中央を壊滅に追い込んだことだろう。
「計略も狩猟と基本的に同じだ。獲物の大きさに応じて罠を作る必要がある。小さい獲物には小さい罠で十分。でかい獲物にはそれ相応の罠が必要なわけだ。で次の獲物は帝国産の巨大な虎だからな。一度罠に掛かったら、とても逃げ出せないぐらいの大きさの罠を作るには時間がかかるんだよ」
「確かにコーウェン将軍ならば、それ相応の罠が必要だな。何度戦っても心臓に悪い御仁だ。コーウェン将軍と戦うたびに俺の心臓が悲鳴をあげて困るぞ」
フローレンス騎士団長もカズマの言葉に納得した。
「オイラも帝国軍と戦ってみて分かったでやんす。あれはガンドロフ将軍と同じ匂いがするでやんす。聖堂騎士団なんて帝国軍に比べれば、赤子にも劣る存在でやんすね」
「……虎と子豚ぐらい違う」
王国軍の中央で帝国兵と戦った経験のあるバルカンとジャスティンも大きく頷いた。
バルカンはコーウェン将軍と剣を交えたわけではないが、その用兵や統率力にガンドロフ将軍に近いものを感じた。
「それでどうするの? そろそろ仕掛ける?」
セシリアが言うとカズマは頷いた。
「あぁ、そろそろ頃合いだからな。これ以上遅くすると帝国本土から敵援軍が現れる可能性もあるし、明日の天気は俺好みだ。帝国軍をシャナ王国から叩きだすぞ」
「あいよ、準備はいつでも整っているぜ!!」
ダグラスがカズマに向かって親指をグッと掲げて見せた。
「それじゃ、作戦前にジャスティンとダグラスは王国軍陣地に近づく帝国の物見の兵を一人残らず殲滅しろ。いいか? 一人もだぞ? 」
「「了解」」
「それでは明日の夜から作戦名……『コーラルの啄木鳥』を発動する」
カズマが作戦名を皆に告げた。
啄木鳥とは嘴で虫の潜む木を叩き、驚いて飛び出した虫を喰らう鳥のことである。
この習性を計略に応用したのが啄木鳥戦法がある。
簡単に言えば、別働隊がセイジュ山に陣取る帝国軍を攻撃させ、帝国軍が勝っても負けても山を下ることになる。
これを平野部に布陣した王国軍本隊が待ち伏せし、別働隊と挟撃して殲滅する作戦である。
かの武田信玄が川中島の戦いで使った有名な戦法である。
カズマはコーラルで帝国軍と対峙している間に周辺の地形を抜かりなく調べていた。
そして、その地形が川中島と似ていることに気付いた。
そこからカズマは啄木鳥戦法で帝国軍を倒すことに決めていたのである。
その前段階として、天気などの条件が揃うのを待っていたのだ。
「ヴァレンティナとセシリアには別働隊を率いてもらう。それぞれ2万ずつだ。やれるか?」
「私を誰だと思っているの? 名門カストール家の当主にして、『シャナの千里眼』の副官よ? 任せなさい」
「任せて下さい。カ・ズ・マ・様❤」
それぞれが己の魅力を最大限に生かした笑みでカズマの期待に応えようとしていた。
「あぁ、二人に任せる。それでは始めようか」
カズマは獲物を前にした不敵な狩人のような顔を浮かべた。
お待たせいたしました。
58話をお届けいたします。
59話ではいよいよ最終決戦が始まりますので次回も宜しくお願いします。
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