第三章 55話 JASマーク
王都ランパールで編成された王国軍10万はコーラル城のすぐそこまで進軍していたことで帝国軍は退却を余儀なくされた。
お陰でコーラル城はつかの間の平穏を手に入れていた。
「重傷者の治療を最優先だ」
ナシアスは負傷者で溢れ返っている城内をブラッドと歩きながら指示を出していた。
「ナシアス様も治療をして下され」
そんなナシアスにブラッドは治療を勧める。
ナシアスは比較的負傷の程度は軽かったが、無傷というわけではない。
本当なら領主ということで最初に治療することが出来るだろうが、ナシアスは頑なに最後でいいと言って治療を拒否していた。
「私よりも重傷者がたくさんいるのに私が先に治療を受けるわけにはいかないよ」
「……本当は医者が嫌いなだけでは?」
「……まぁ、ここだけの話ちょっとだけな。どうも医者は苦手だ。なっ?頼む。ここは見栄を張らせてくれよ」
そう言って、ナシアスはブラッドにウィンクして見せた。
ブラッドは大きくため息を吐いた。
「それよりも帝国軍の様子はどうだ?」
「王都からの援軍がコーラル城に入ることを阻むように帝国軍本隊はコーラル城に5千の軍勢を残して近くの山の上に陣を移したようです。コーラル城を包囲する帝国軍5千の軍勢は遠巻きに包囲するだけで攻撃する様子はありません。どうやら、王都からの援軍を撃破することに集中するようです」
「それなら大丈夫そうだね。あとは父上が信じたシャナの千里眼に期待するとしようか」
ナシアスは遠くに見える王国軍をいつまでも眺めていた。
◆
「ふぅ、なんとか間に合いそうだな」
その頃、カズマは帝国軍を見据えながら呟いた。
帝国軍の後方にはコーラル城が無事であることを顕示するかのようにマーシャル家の家紋の描かれた旗が翻っていた。
「しかし、ここからが大変ですぞ」
こちらは難しい顔をしながらフローレンス将軍が言った。
援軍に間に合ったとはいえ、兵力差は2倍以上。
軽く号泣したくなる戦力差である。
しかも王都周辺であれば、たとえ野戦で負けたとしても王都に逃げ込むことが出来る。
だが、王都から遠く離れたこの地ではそれもままならない。
「まぁ、何とかするしかないでしょ」
肩を竦めてカズマは言ってのけた。
「本当に何とかして下さい。シャナ王国にとっても負けることは許されませんが、私にとっても負けることは許されないのですぞ? 3人目の子供が生まれて、養育費も馬鹿になりませんし。この年で失業したら妻になんと言えばいいか……」
頭を抱えて、妻にどう言い訳をしようかとフローレンス騎士団長は考え始めた。
◆
マーシャル軍が帝国軍と戦う為に準備をしていた頃、王都でも帝国軍を迎え撃つために準備をしている真っ最中であった。
ラファエルもカズマも各地の領主に避難命令を出しており、まさか帝国軍と戦う気概のある領主がいるとは思っていなかった。
だが、マーシャル軍がコーラル城に籠り帝国軍と死闘を繰り広げ、その情報は王都に即日届けられた。
「それでマーシャル家が単独で帝国軍と戦っているらしいけど……。どうしたらいいかな?」
マーシャル家が帝国軍と戦っていると聞いたラファエルはすぐにカズマを執務室に呼ぶことにした。
そして、カズマが執務室に来ると上記の質問をした。
「マーシャル家ですか? 先代のドーバー伯は王室に忠誠を誓う硬骨漢でしたから不思議はありませんね」
「頑固親父で有名な方でしたわね」
カズマと一緒に来たセシリアとヴァレンティナはマーシャル家と聞いて、すぐに思い浮かべたのはドーバー伯爵のことだった。
「うん、本当に頑固な人だったよ……。本当なら死んで僕を支えるよりも生きて僕を支えて欲しかった人だよ」
しみじみとラファエルは語った。
ドーバー伯爵が討伐軍に加えて欲しいと言ってきた時には驚くと同時にラファエルは納得した。
そして、ドーバー伯爵の深意も理解した。
私利私欲ではなく、あくまでもシャナ王国の為に戦いへと赴くということが。
しかし、今でもラファエルはドーバー伯爵を引き留めていればと後悔していた。
「それで今のマーシャル家の当主は?」
「ドーバー伯の一粒種だったナシアスという嫡子だよ」
マーシャル家の領地を引き継ぐことを王に報告するため、ナシアスは王宮に参内したことがあった。
その時のことを思い浮かべながら、ラファエルは言った。
「あぁ、そうじゃない。俺が聞きたいのはどういう奴かということだ」
ラファエルの言葉をカズマは遮った。
「つまり、カズマはナシアスという人が信用出来る人物かって聞きたいのね?」
カズマが何を聞きたいのか察したヴァレンティナが補足した。
「あぁ、罠の可能性も捨てきれないからな。王国軍を釣り出す為の罠かもしれないだろ? 父親が俺との戦いで戦死したことを恨んで帝国軍と通じる……。動機は充分だろ?」
カズマの言葉にラファエルは軽い衝撃を受けた。
だが、深く考えてみれば、最も可能性がある話しだ。
すでにラファエルは領主に避難命令を出していることもあり、わざわざ帝国軍と戦う必要はない。
戦ったとしても敗れることは必定であり、稼げる日数もたかが知れている。
しかし、マーシャル家は帝国軍と戦っているという事実がある。
カズマの言った罠があるとすれば、話しの辻褄が合うのである。
「……いや、罠じゃない」
それでもラファエルは罠の可能性を否定した。
「何故? これほど辻褄の合う話しはないだろ?」
「根拠はないよ。でも、ナシアスとは一度会った時に聞いた。父親を死なせた僕を恨んでいないかって?」
その時のことをラファエルは鮮明に覚えている。
◆
「僕を恨んでいるかい?」
マーシャル家を継ぐために王へ報告に訪れたナシアスにラファエルはそう問いかけた。
ラファエルはフォルランや多数の貴族達がラングレーの戦いで戦死したことについては後悔していなかった。
だが、ただ一つ後悔したことがあるとすれば、ドーバー伯爵を引き留めきれなったことだ。
ラングレーの戦いでドーバー伯爵が戦死したと聞き、ラファエルは悔やんでいた。
そんな気持ちでナシアスと謁見した為、彼がラファエルを罵倒することで少しでも償いをしたかったのかもしれない。
そんなラファエルの深意を見抜いたのか、ナシアスは首を振って否定した。
「恨んでいませんよ。戦場で命を落とすのは武人の誉れ。陛下には感謝しております」
「……」
「陛下、ラングレーの地で父は満足に死んで逝きました。先日、カストール家より丁重に父を返して下さいました。その時、父の顔を拝見しましたがとても満足げな表情を浮かべておりました。私は父に代わり、素晴らしい死に場所を与えて下さったことを陛下に感謝します」
聞き様によっては皮肉とも取れる言葉だったが、ナシアスの様子から本当にそう思っているようであった。
「……でも」
それでも納得できないラファエルにナシアスは諭した。
「陛下、それ以上は父を侮辱することになります。父は陛下に命じられたから戦死したのではありません。自ら望んで戦死したのです。それに相手はシャナの千里眼とも称される智将が相手です。武人として、これほどの智将と戦えたことは父の誉れでありましょう。これほど名誉な死に方はありますまい。だから、陛下が気にすることはありません。むしろ、父の為に喜んで下さい」
そう言うとナシアスはラファエルに微笑んで見せた。
あの微笑みを恨んでいる相手に見せられるとはラファエルにはとても思えなかった。
◆
「だから、ナシアスは恨んでいない」
ラファエルは普段の彼にしては珍しく断言した。
「まぁ、ラファエルがそう言うならそうなんだろ」
そんなラファエルの様子を見たカズマは軽く肩を竦めるとあっさり自説を引っ込めた。
「えっ?」
「俺は可能性があるという話をしただけだ。その可能性を考慮しても大丈夫なんだろ? なら問題ない。人物鑑定については俺よりもラファエルのほうが数段上だからな。それじゃ、次の問題は援軍を出すかどうかだな。ラファエルはどうしたい?」
呆気にとられているラファエルを放って、カズマは次の問題を提示した。
「できれば、援軍を出して欲しいけど。……いいの?」
「よくはない。安全策なら見捨てるべきだ。援軍に行ったとしても間に合うとは限らないし。仮に間に合ったとしても王都周辺で戦うよりも負けるリスクが高いぞ」
カズマにそう言われてはラファエルも援軍を出したいとは言えない。
ラファエルは王であり、一人を助けるために国を滅ぼしては意味がないからだ。
悄然とラファエルが俯いた。
「もう天邪鬼なんだから。どうせ援軍に行っても勝つ方法を考えてあるんでしょ? 」
「セシリア、そう簡単にばらすなよ。これからが面白いところだったのに」
ヤレヤレと言いたげにカズマは首を左右に振った。
その動作でやっとカズマが援軍を出すことに賛成していることに気付いたラファエルは喜びのあまり抱きついた。
「援軍を出してもいいの!?」
「えーい、抱きつくな! 暑苦しい! いいか、俺に抱きついていいのはJAS(J女性であることA愛らしいSセクシーである)の三つの規格に合格した美女だけだ! JASマークのない奴は近づくな!!」
ラファエルの体当たり(?) にカズマは堪え切れずに床に倒れた。
何とかラファエルを引きはがそうとカズマは必死に床でもがいていたが思いのほか強い力で抱きつかれていたためにヴァレンティナとセシリアが引き離すまでそのままだった。
「全くえらい目にあった」
「それで援軍はいいの?」
間違って下剤を飲みほし、トイレに駆け込んだ後のようにゲッソリとした顔でカズマは立ち上がった。
「まぁ、何通りか考えておいたからな。それを応用すれば何とかなるだろ。それにラファエルがそこまで言う奴だ。有能な人材なら一人でも多く欲しいからな」
「本音は自分の仕事を押し付けたいだけでしょ」
「…そんなことはないぞ」
「私の目を見て言ってくれる?」
「ニホンジン、ウソツカナイ」
「なんでそこで片言になるのよ!」
セシリアの鋭い指摘もあくまでもカズマはとぼけ続けた。
ともあれ、王国軍はコーラル城に援軍を出すことになった。
フローレンス近衛騎士団長を総大将とし、参謀はカズマが任じられた。
麾下には王都防衛の為に残る第一軍団を除いた近衛騎士団の第二軍団から第五軍団までの4万の兵力を中核とし、大急ぎで集められた各地の騎士団や領主達の私兵6万を含めた、計10万の軍勢が編成された。
その他の援軍に赴く武将にはセシリア、バルカン、ダグラス、ジャスティン、ヴァレンティナ、クーダ、カーラなどの顔ぶれもあった。
そして、彼らは無事、援軍としての役目を果たし、コーラル城近くまで到着。
ここからコーラル城攻防戦は終わり、コーラルの戦いが始まることになる。
王国軍対帝国軍の本格的な戦いが始まろうとしていた。
1日前倒しで更新します。
でまぁ、マーシャル軍が戦っていた頃の王都視点ですね。
ちなみにJASマークというのは日本農林規格制度の略です。
食べ物とかに付いている品質保証のマークですね。
くれぐれもテストとかで出ても間違いないように。
間違えても当方は一切の責任は負いかねますので。
で次回はコーラルの戦い序章?というかそんな感じの話です。
次回も宜しくお願いします。
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