第三章 53話 地獄の頑固鬼
日差しは高く昇り地上に燦々と恵みの光を降り注いでいた。
しかし、その恵みの光を拒絶するかのように黒々とした煙が幾筋もコーラル城上空に昇っていた。
その煙の先には破城槌や雲梯などといった帝国軍の攻城兵器が各坐していた。
そのいずれも黒く炭化し無残な姿を晒していた。
初戦はマーシャル軍の完勝であった。
まんまと帝国軍の攻城兵器を落とし穴に誘い込み前輪が穴に落ち身動きの取れぬ所を火炎瓶と火矢で燃やした。
それを見て、被害の拡大を恐れたコーウェン将軍は帝国軍を退かせたのである。
コーラル城攻防戦の初戦はこうしてマーシャル軍の勝利で終わった。
だが帝国軍将兵の鋭気がいささかも挫けることは無かった。
彼らは今度こそ敵兵に目にものを見せてくれると意気込んでいた。
何よりも敬愛すべきコーウェン将軍がこのまま引き下がるわけないと知っていたからである。
◆
何も遮るもののない城壁の上では常に気持のいい風が吹く。
それはまるで空を飛んでいるかのように錯覚するほどであった。
その為か城壁の上で感慨にふけるのをナシアスは気に入っていた。
今も手を天に向け、大きく広げれば大空を自由に羽ばたいていけそうだとナシアスは意味もなく思っていた。
「どうやら次の攻撃が始まるようですな」
そんな感傷に浸っているナシアスに城壁の上から帝国軍の様子を見ていたブラッドが声をかけた。
ナシアスが大空から地上の帝国軍に視線を戻してみるとブラッドの言葉通りに帝国兵が動き出していた。
あと少しも経たぬうちに再び攻め込んでくることは容易に想像できた。
「予行演習は終了だな。今度は先程のように上手くいかないだろうな」
ナシアス達が考えた策は落とし穴で打ち止めであった。
既に手の内を帝国軍に見せてしまった以上、まだ残っている落とし穴に敵が引っ掛かることはないだろう。
そうなると今度こそコーラル城に熾烈な攻撃が加えられることは想像に難くない。
最早、帝国軍に一撃を与えることは不可能であった。
そのことを考えると、ナシアスの顔は曇ってしまった。
「難しく考える事はありませんぞ。どうせ、こんな小城では守りきれぬことは分かりきっていたこと。あとは我々の力の限り戦うだけですぞ。こんな簡単なことはありますまい? どんな将軍もどうやって戦に勝つかで頭を悩ませるというのに、我々はそんなことに煩わされずに戦えるのですからな」
帝国軍がコーラル城に猛攻撃するところを想像して、暗い顔つきになっていた若き主君をブラッド流の表現で励ました。
「それもそうだな。負けて当たり前の戦いだ。あとは全力で戦うだけ。こんな簡単なことはないな。ただ、簡単に負けるのは悔しい。一矢でも二矢でも報いてやるとするか」
ブラッドの気遣いにナシアスは心が軽くなった気がした。
「そうですぞ。一矢でも二矢でも報いてやりましょうぞ! ただ、矢じりにはたっぷりと毒を塗らせていただきますが」
ブラッドの言葉にナシアスは大きく頷いた。
◆
コーウェン将軍の命令で帝国軍の再攻撃が始まった。
今度は歩兵を先頭にコーラル城へと迫った。
歩兵達は敵兵から激しく浴びせられる矢をモノともせずに、さきほど落とし穴があった付近まで前進することに成功した。
すぐそばには城壁があったが、歩兵達はそのまま城攻めすることはなかった。
「落とし穴の前に盾を並べよ! 敵の弓矢を防げ!!」
盾を持った歩兵が落とし穴の前で敵兵から放たれる弓矢を防ぐと他の歩兵達は落とし穴を埋め始めた。
この判断こそがコーウェン将軍を猛将にして、名将と呼ばれる所以である。
性急な城攻めで良い結果が起きない事を経験で知りぬいていた。
敵が小勢とはいえ、コーウェン将軍は侮らない。
多少迂遠だろうが考えられる限りの手を打ち、そのうえで敵を一蹴してきたのである。
25万もの人手はマーシャル軍が3日間必死に掘った落とし穴をたちまち埋めてしまった。
「よしっ! 攻城兵器を前に出せ!!」
落とし穴が完全に埋まったことを確認したコーウェン将軍は頃合よしとみて、攻城兵器を再びコーラル城に差し向けた。
攻城兵器はゆっくりとだが、確実にコーラル城へと迫っていた。
「弓矢を放て、放て! 攻城兵器を近づけさせるな!」
その様子を見ていたマーシャル軍は攻城兵器を引っ張る帝国兵に目掛けて激しく弓矢を降らせた。
たちまち攻城兵器を引っ張る帝国兵が次々と倒れた。
だが、一人が倒れても周りにいた帝国兵がその穴を埋めていく。
攻城兵器はいささかも速度を落とすことなくコーラル城へ向け突き進んだ。
ほどなくコーラル城の城壁まで辿り着くと雲梯は畳んでいた巨大な梯子を立て掛け始めた。
それは現代日本で言うはしご付きの消防車のようであった。
そして、一瞬のうちに城壁に乗り込む進軍路が完成する。
「一番乗りには褒美は思いのままだぞ! どんどん行けっ!!」
下級指揮官達が声を張り上げて、城壁にはしごを立て掛けた雲梯に歩兵達をけしかける。
◆
雲梯のはしごから続々と帝国兵が城壁に迫っていたが、ブラッドは慌てなかった。
部下に命じて、丸太を用意させていた。
「残念だったな、帝国兵諸君? ここは地獄の一丁目だわい! そらっ、丸太をお見舞いしてやれ!」
帝国兵があと少しで城壁に乗り込もうとした瞬間、数人がかりで持ち上げた丸太を雲梯のはしごへと放り投げた。
たちまち、放り投げられた丸太ははしごを勢いよく転がり落ち始めた。
慌てたのは雲梯のはしごを駆け上がっていた帝国兵達である。
「やばいっ! 下がれ、下がれ!!」
必死に下がろうとするが、次から次へと雲梯のはしごに事情を知らない帝国兵が駆け上がって行く為、丸太が転がり落ちてくるのをただ待ちうけるしか出来なかった。
次の瞬間……
群がる帝国兵達を跳ね飛ばしながら、縦横無尽に丸太は転がり落ちていき、雲梯のはしごにいた帝国兵達は残らず地面へと叩きつけられた。
「35名様地獄へご案内だ!!」
絶好のカモをぼったくりバーへと案内した呼び込み店員のような声を上げ、ブラッドはガッツボーズをした。
さらに火焔瓶を無人となった雲梯へいくつか投げ込み、巨大な松明を作り上げた。
そういった光景がコーラル城のあちらこちらで起きていた。
マーシャル軍は攻城兵器を見ても慌てずに対応していたのである。
「攻城兵器だけに頼るな! 持っているはしごも一斉に立て掛けよ!」
城壁の上まで届くほどの長い2本の材の間に足がかりの横棒を何本もつけただけのはしごを帝国兵は一斉に立て掛けた。
城壁の一か所でも占拠出来れば、数に勝る帝国軍が城兵を圧倒するのは確実であったからだ。
立て掛けたはしごを帝国兵達は一斉に登り始めた。
マーシャル軍もただ指を咥えて見ていない。
城壁の上で用意していた煮えたぎった油をはしごを登る帝国兵に浴びせかけた。
浴びせかけられた帝国兵は堪ったものでない。
全身を鎧で固めているとはいえ、油は容赦なく鎧と体の隙間に入り込み帝国兵の全身を傷つけた。
何人もの帝国兵が絶叫を上げ、はしごから転げ落ちていった。
さらにマーシャル軍は止めを刺すかのように火炎瓶を城壁の外に落としていく。
運の悪かった帝国兵は地面に叩きつけられ、動きが取れなかったところに火炎瓶を当てられたのである。
逃げることもできず、生きたまま焼け死んでいった。
「臆するな! 敵は小勢だぞ!」
「続け、続け! 一気に攻略するぞ!!」
それでも、はしごに帝国兵がよじ登り続けた。
ついには何人かの帝国兵が城壁の上に侵入することに成功した。
だが、彼らはそのことに後悔することになる。
「黄泉のお迎えにはまだ早いわ!!」
「マーシャル家の頑固さを舐めるなよ!」
すでに命を捨てている死兵達である。
各自が鬼気迫る表情で奮戦する。
一人一人が一騎当千の猛者と見紛う程である。
彼らは帝国兵に体を槍で貫かれようと命の灯が燃え続ける限り、槍を振るい続ける。
こうなると精鋭を誇る帝国兵でも押され気味になる。
ある者は槍で貫かれたまま帝国兵に組み付き帝国兵と壮絶な相討ちを遂げ、またある者は片腕を切り落とされても無事な片手で剣を振り続けた。
帝国兵は自分たちが人ではなく地獄の鬼と戦っているような錯覚を覚える程であった。
間違いなく効果をあげているはずなのに敵は平気な顔で戦い続ける。
数々の修羅場を潜ったはずの帝国兵は今までの修羅場がお遊戯であったことを悟らざるをえない奮闘ぶりである。
こうなると帝国兵は大軍が仇となっていた。
コーウェン将軍は慢心をいささかも持っていない。
また、配下にも慢心を戒めていた。
だが、下っ端の帝国兵の心の奥底では慢心があったことを否めなかった。
……これほどの大軍だ。あんな小城すぐにでも落としてやろう。
……どうせ、形だけの抵抗だろう?
……今まで無事に進軍してきた。きっとこれからもそうに違いない。
そういった考えが心の奥底に多少あった。
大小の差はあるが、これはどの大軍にも必ずある慢心である。
帝国軍はコーウェン将軍のお陰でどの軍勢と比べても慢心は少なかった。
だが、ゼロではない。
その為、大軍であるはずの帝国兵達は小勢のマーシャル軍に圧倒され続けた。
結局、日が暮れても帝国軍はコーラル城を落とすことは出来なかった。
コーウェン将軍は退却を命じるしかなかった。
この日、今まで順調にシャナ王国領内を侵攻していた帝国軍は初めて一歩も進軍することが出来なかった。
スミマセン、サブタイトルを変えました。
それはともかく、53話をお届けいたします。
次回はコーラル城攻防戦の話の構成を変えたため、少々長めの話になる予定です。
(どうやってもキリが悪く、話のテンポが悪いように感じたので)
次回も宜しくお願いします。
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