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シャナ王国戦記譚  作者: 越前屋
第三章
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第三章 52話 石頭祭り

幼いころのナシアスにはお気に入りの場所があった。

それは父親の膝の上だった。

ドーバー伯爵はガッチリとした体格であり、クッションやベッドのような柔らかさを感じるような要素は一つも無く、お世辞にも乗っていて気持ちの良い場所とは言い難かった。

だが、ナシアスは筋肉で堅くなった膝の上を気に入っていた。

例えて言うなら、堅い樫の木で作られたイスの上だろうか。

樫の木の温もりや不思議な温かみを感じることが出来、座れば座るほどに味が出てくる。

その上で話を聞いたり、父親の下手糞な歌などを聞くのが楽しみだった。

この日もナシアスはお気に入りの場所で父親の話を聞いていた。


「よいか、ナシアス?決闘と(いくさ)は違う。決闘は最後のその瞬間まで勝敗が分からん。だが、戦は戦う前から勝敗が分かる。何故だか、分かるか? 」


まだ幼いナシアスを膝に乗せ、ドーバー伯爵は無骨な手で優しく頭を撫でていた。


「う~ん、分かんない」


ナシアスはフルフルと首を横に振った。


「そうか、お前にはまだ難しかったか。そうだな……。簡単にいえば、決闘は自分一人でやるものであり、戦は大勢の人間でやるからだ。一人であれば、些細なミスでも負けに繋がる。だから、最後の瞬間まで勝敗は分からん。だが、戦には大勢の味方がいる。自分の犯したミスを味方がカバーしてくれることもある」


ドーバー伯爵の言葉にナシアスは疑問に思った。


「それじゃ、戦も最後まで勝敗は分からないんじゃないの?味方次第で戦況は変わるんでしょ? 」


ナシアスは父親の髭を剃った後の青々とした顎を見上げながら疑問に思ったことを聞いた。

息子の疑問にドーバー伯爵は嬉しそうに頷いた。


「その通りだ。味方次第でいくらでも戦況は変わるものだ。最後の瞬間に味方が戦況を引っ繰り返すこともある。だが、それではこうも考えられないか?戦の前にどれだけ素晴らしい味方を集められるかで勝敗が決まると。いいか、ナシアス?素晴らしい味方を増やせ。一兵卒を愛せ。一兵卒にも尊敬される当主になれ。それが後々に素晴らしい味方となって戦でもお前を助けてくれるだろう。いいか、忘れるなよ」


何故かその時の父の言葉はナシアスの脳裏にいつまでも残っていた。

それから月日が流れ、ナシアスはマーシャル家の当主となり、帝国軍と戦うことになった。

2千の素晴らしき味方に囲まれ……



25万を数える帝国軍と聖堂騎士団の連合軍は一部の隙もなくコーラル城を囲んでいた。

その様子を例えて言うなら、四面帝歌……いや四面王歌と言うべきだろうか?

今にも帝国軍からシャナ王国の歌が聞こえてきそうである。

しかし、帝国軍からシャナ王国の歌が聞こえてくることは無かった。

彼らはコーウェン将軍の攻撃命令を今か今かと待っていた。

そして、太陽がコーラル城上空に差し掛かる頃、彼らにコーラル城攻撃の命令が下った。


「コーラル城を四方から攻撃する!雲梯や破城槌の攻城兵器を中心に攻め立てるが、隙を見れば、梯子を掛けて城内に雪崩れ込め!一か所でも雪崩れ込めれば、数の差で我々が勝つ!総員攻撃開始!!」


コーウェン将軍の怒声を合図にコーラル城を囲んでいた帝国軍は動き出した。

その帝国軍のコーラル城攻略部隊には攻城兵器と呼ばれる兵器が多数配備されていた。

この攻城兵器は王都ランパール攻略用に分解して、帝国から持ち込んだものだったが、コーウェン将軍の命により組み立てられた。

コーウェン将軍はコーラル城を一目見て、ただならぬ相手だと分かっていた。

その為、コーラル城攻略に惜しげもなく攻城兵器を使うことにした。


とはいえ、攻城兵器を配備したとしても良将が籠る城を攻め落とすのは容易ではない。

そのことはコーウェン将軍にも分かってはいた。

通常、城に籠った敵を破るには3倍の兵力が必要と言われているが、それは凡将が籠る城の場合である。

良将であれば、良将であるほど必要な兵力は増えていく。

場合によっては10倍以上の兵力でも陥落しないこともある。

そういった城を攻め落とすには力攻めは愚策であり、兵糧攻めが最も有効である。

だが、コーウェン将軍はその策を取ることは無かった。

……いや、取れなかったというべきであろう。

コーウェンの将軍の役割は王都ランパールを陥落させること。

それが出来ぬ場合にはギルバート率いる帝国軍の後詰めの為にランスから王都ランパールまでの進軍路を確保することになっていた。

コーラル城で悠長に包囲している訳にもいかなかったのである。


「一番槍には報奨も思いのままだ!進め、進め!」

「敵は少数だ!恐れる事は無い!」


前線の指揮官達は思い思いの言葉で兵達の士気を高めながら、攻城兵器を先頭にコーラル城へと迫った。

その様子を見ていたマーシャル軍も黙って見ている事は無く、コーラル城から次々と弓矢を帝国軍に浴びせかけた。

だが、聖堂騎士団の軍勢と合わせて、25万もの兵数を抱える帝国軍には小雨ほどにも感じることはなかった。

一人が弓矢に倒れる間に100人以上が前へと進むのである。

とても帝国軍の歩みを止める事は出来なかった。

ほとんどの帝国兵は無傷のままコーラル城に到達しようとしていた。

だが、雲梯や破城槌といった攻城兵器がコーラル城にあと少しと近付いた時、思わぬ出来事が起きた。


「何事だ!」


それまで順調に突き進んでいた帝国軍に初めて、動揺が走った。

いくつかの攻城兵器の前輪が地中の中に吸い込まれたのである。

それはマーシャル軍が3日間死に物狂いで掘った落とし穴であった。

それらは城の門前や外壁近くに作られ、その隠蔽された穴に攻城兵器の前輪が落ちたのである。

巧妙にも落とし穴の上には景色と違和感が生じないように木を渡し、その上に草や葉を置く徹底ぶりである。

さすがに全ての攻城兵器が落とし穴に引っ掛かるほどの落とし穴はないようだが、それでもいくつかの攻城兵器は立ち往生を余儀なくされていた。



「どうやら、落とし穴に引っ掛かったようだな」


その様子を見ていたナシアスが城壁の上で言った。


「そのようです。3日間、死の物狂いで掘った甲斐がありました。いやいや、子供時代を思い出しますな。途中から童心に帰ったようで楽しかったです」


傍らにいたブラッドも昔を思い出しながら頷いた。


「そういえば、子供時代によくやったな。友達を5人も落としたお陰で撃墜王(エース)の称号も貰ったこともあったな。ブラッドもやっていたのか?」

「ナシアス様もまだまだですな。私の世代は10人以上撃墜しなければ、撃墜王(エース)の称号を貰えません。私は通算64人を撃墜し『土竜のブラちゃん』と友達から恐れられたものです」


ブラッドは遠い昔を思い出しながら自慢げに言った。


「……ブラッドと同じ時代に生まれ無くて良かったと神に感謝するよ。それで祭りの準備は整ったかい?」


少々、引きつった顔でナシアスはブラッドを見ながら聞いた。


「既に整っております。ナシアス様には特大の祭りをご覧にいれましょう」

「そうか、それでは祭りを始めるとしよう。祭りは祭りでも火祭りだけどね」

「畏まりました。盛大な祭りをナシアス様にお見せしましょう」


それは、それは良い笑顔を浮かべながらブラッドは火祭りの準備に向かった。



「すぐに攻城兵器を落とし穴から引っ張り出せ!」


帝国軍は落とし穴に落ちた攻城兵器を引っ張り出そうと奮闘していたがなにしろ戦場である。

攻城兵器を引っ張り出すことに気を取られて、城兵が放った矢を避けきれずに負傷する兵が続出していた。

さらに攻城兵器の前輪は完全に落とし穴に落ちており、引っ張り出すのは容易ではなかった。

それでも数十人の帝国兵が力を合わせて、少しずつ攻城兵器を引っ張り出すことに成功しつつあった。

しかし、近くにいた一人の帝国兵が城壁の上にいる敵兵が何かを振りまわしていることに気付いた。

小さな壺の口に縄を括りつけてあり、その縄の先端を掴んで敵兵は振り回していた。

その姿は西部劇に出てくるカウボーイの投げ縄のようであった。

それも一人だけでない。数十人の敵兵が振り回していた。


「何だ、あれは?」


その異様さに帝国兵は不安な気持ちになった。

そして、この帝国兵の疑問に答えるかのように敵兵は振り回していたものを身動きの取れぬ攻城兵器へと次々と放り投げた。

その謎の物体は綺麗な放物線を描き、攻城兵器に吸い込まれるように当たった。

その瞬間、攻城兵器は勢いよく燃え上がった。

今や動きの取れぬ攻城兵器は火祭りの生贄でしかなかった。

さらに火焔瓶に混じって、火矢も敵兵から放たれ、攻城兵器は今や巨大な松明に変貌していた。



「一旦、退いて態勢を整える。軍勢を退かせろ」


帝国軍本陣で巨大な松明(攻城兵器)を見ていたコーウェン将軍は副官に一旦、退却することを命じた。

将軍の命令は忠実に伝わり、帝国軍はコーラル城から弓矢の届かぬ場所まで引いていく。

その様子を横目で見ながら、コーウェン将軍は独りごちていた。


「なるほど。攻城兵器を落とし穴に落とし、身動きの取れぬところに火攻めか。なかなかやってくれるな」


コーウェン将軍は素直に敵を称賛したが、負けるとは思わなかった。

帝国軍は破壊された攻城兵器以外にも大量の攻城兵器を所持しており、打撃を感じる程の被害ではない。

さらにコーラル城周辺に落とし穴のあることが分かれば、対処は容易いことだった。


「将軍、態勢が整いました。再度の出撃が可能です」


そこに副官が報告に来た。


「そうか。ならば、今度は歩兵を前に出せ。落とし穴を見つけ次第、埋めるように伝えよ。埋め終わり次第、攻城兵器を出撃させよ」

「はっ!」


副官は将軍に敬礼すると、再び帝国軍に指示を出していく。

指示を受けた帝国軍は将軍の言葉を忠実に再現した。

歩兵達を先頭に再びコーラル城へと迫り出した。



「ナシアス様、火計は上手くいきましたぞ。初戦は我々の完勝ですな。攻城兵器をいくつか破壊することに成功しましたし!」


さすがのブラッドも興奮していた。

なにしろ25万の軍勢を敵に回し、撃退したのである。

一度の攻防で落城しても可笑しくない戦力である。

その軍勢を他愛無く撃退してのけたのだ。

興奮するなというほうが無理であった。


「いや、勝ったわけでないよ。正しくは勝たせて貰ったというところかな」


そんな状況でもナシアスは自分でも驚くほど冷静であった。

大抵の城主であれば、有頂天になる状況でも第三者の目で周りを見渡すことが出来た。


「敵将は被害が増える事を嫌っただけだ。どこに落とし穴があるか分からない状況では攻城兵器を少し動かすのに躊躇する。その躊躇する時間が僕らに攻撃する時間を増やす予定であった。でも、敵将はそれを許さなかった。だから、躊躇なく軍勢を退かせた。次からの攻撃が本番だよ」


ナシアスはいまだに鋭気が挫けぬ帝国軍を見ながらブラッドを諭した。

その言葉に冷静になったブラッドは「コホンッ」と一つ咳をした。


「まさか、小さい時にはオネショばかり。『自動布団洗濯板』として、マーシャル家領内にその名を轟かせたナシアス様に諭されるとは……。年を取るはずですな」


感慨げにブラッドは頷いていた。

そんな小さい時の武勇伝(黒歴史)を知る古参の家来にナシアスは頭を抱えるしかなかった。


この日よりコーラル城攻防戦は開始される。

グランバニア大陸史上最も大きな戦力差があったと言われる戦いの幕開けである。

2千対25万。その差は125倍という絶望的というのも愚かしい戦力差。

だが、時として(いくさ)は戦力差以上のものに支配される。

この(いくさ)もそういった類のものであった。


これで52話となります。

コーラル城攻防戦の序章前篇的な位置です。

次回は序章後篇的な位置ですね。

次回もよろしくお願いします。


感想、誤字、脱字、評価 お待ちしております。

また、更新予定日を当方の活動報告にて随時、予告します。

良かったら活用して下さい。



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