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シャナ王国戦記譚  作者: 越前屋
第二章
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第二章 45話 弾劾審問会

「・・・・まさか、弾劾審問会か!」


教皇になる方法を探していたバロモンド枢機卿は当然、弾劾審問会のことも知っていた。


弾劾審問会・・・。それは唯一、教皇を罷免する事の出来る規定である。これは教皇に相応しくないと枢機卿が判断し、弾劾した場合に開かれる審問会の名称だ。

ちなみに、この規定は枢機卿が一人でも弾劾審問会を開きたいと言えば、即日開かれる。

そこで教皇の行状を3人の枢機卿全員で詳細に審査を行う。その結果、教皇に相応しくないと全員一致で判断すれば、教皇を罷免することが出来る。元々、教皇の権力濫用を防ぐことを目的に初代教皇シモンにより作られた。


このシモンはゼノン神から「聖道の指輪」を授かり、ゼノン神の代理となることを許されたという、かなりウソ臭い伝説が残っている人物だ。シモンはその後に初代教皇となり、ゼノン教をグランバニア大陸最大の宗教に育て上げることになる。


これにより、グランバニア大陸ではシモン教皇に逆らえる存在は居なくなったと言ってもいいだろう。教皇の権力をもってすれば、王の首をすげ替えることなど造作もなかったからだ。しかし、逆にシモン教皇はあまりにもゼノン教が大きくなったことで、自分の権力が飛躍的に増大したことを不安に思った。何故なら、王の権力をも凌ぐ、教皇の権力を俗悪な者が濫用すれば、一瞬で混沌とした世にすることが可能であったからだ。


そこで、シモン教皇は教皇を罷免できる規定を作り、もしもの時の安全弁とすることにした。それが弾劾審問会だった。


「だが、弾劾審問会を開くのは簡単だが、教皇を罷免するにはあと2人の枢機卿が賛成しなければならんはずだ。」


バロモンド枢機卿が弾劾審問会の存在を知りながら、今まで考慮しなかった理由はそこにある。バロモンド枢機卿以外の枢機卿はスペンサー教皇の子飼いと言っても良い。現在、枢機卿職は教皇が任命権を持っており、スペンサーが教皇就任と同時に己の子飼いを枢機卿職に就けていた。


バロモンドはスペンサー教皇の子飼いではなかったが、甘いマスクと分厚い猫を被っていた為、信徒達から絶大な人気を誇っていた。そこで、バロモンドを枢機卿に据えることで、スペンサー教皇の支持力を上げようとする思惑があった。とはいえ、バロモンドが任されたシャナ管区は3つある管区の中で最も小さい管区であったが。


それはともかく、バロモンド以外の枢機卿がスペンサー教皇に反旗を翻すことは万に一つ考えられなかった。


「いや、弾劾審問会を開く目的はスペンサー教皇を罷免することじゃない。バロモンド卿が弾劾審問会にスペンサー教皇をかけたという事実が欲しいわけだ。」


カズマの表情にはそれは、それは良い笑顔を浮かべながら、話しを続けた。


「今のゼノン教は堕落しきっている。司教や神父などは神聖な教会に娼婦を連れ込み、孤児院とは表向きの看板で裏では人身売買を行って、私腹を肥やしている奴ばかり。上層部も派閥争いと信徒達から如何に多額のお布施を巻き上げるかに夢中になっている始末。この現状にバロモンド卿が教皇を弾劾すれば、信徒達はどう思うだろうな?」

「・・・拍手喝采で私を迎えられることだろうな。」


シャナ管区の責任者として、バロモンド枢機卿が処罰した聖職者は数えきれなかった。それでも、俗悪な聖職者の数は後を絶たなかった。その状況で清廉潔白で勇気のある聖職者が現れたらどうなるかを考えたら、一目瞭然だった。


「それこそが、弾劾審問会を開く最大の目的だ。」

「・・・・確かに絶大な支持を取り付ける事は出来るだろう。だが、弾劾審問会を開かせた私をスペンサー教皇が許すはずがない。すぐにでも私は枢機卿の職を失うだろう。それでは意味が無い。」


バロモンド枢機卿の目的は教皇になることだ。それが本末転倒になっては話にならない。話がこれだけなら、交渉決裂だとバロモンド枢機卿が思った瞬間、カズマが「ククククッ」と悪魔のような不気味な笑い声を上げた。


「その時にはバロモンド卿は教皇を超える影響力を手に入れている。もはや、バロモンド卿のどんな行動も非難されることはない。」

「・・・何?」

「もし、罷免を要求してきたら、ゼノン教からシャナ管区を分離させればいい。名分は堕落したゼノン教を救う為とでも言えばいいだろう。清廉潔白で勇気のあるバロモンド卿がそう言えば、それこそが真実となる。」


カズマが示唆したことは宗教版の下剋上であった。ただ、カズマの巧妙なところは信徒達に下剋上と認識させないことである。

弾劾審問会を開かせたバロモンドには既に清廉潔白のイメージが一般信徒達に根付いていることだろう。もはや、あらゆる行動が清廉潔白なバロモンドと認識されるのである。

例え、バロモンドの本心が教皇になる野心の為にゼノン教からシャナ管区を分離させても・・・。

真実は時として、正義という名で覆い隠されるのだ。


バロモンドはカズマの話に額から次々と冷や汗が流れ落ちていくのを感じていた。

その光景は悪魔から甘い話を聞かされて、動揺している人間そのものであった。


「合法な手順で駄目なら、非合法に頼るしかない。大きなモノを手に入れるなら、それ相応のリスクがあるのは必然だ。だが、手に入れた時の名声は比肩出来ないぞ?バロモンド卿の名声は初代シモン教皇、中興の祖ヨハネス教皇と肩を並べる事になる。さて、バロモンド卿には二つの道が用意された。どちらを選ぶ?」


悪魔(カズマ)の甘い誘惑の内容を必死にバロモンド卿は考えを纏めていた。シャナ管区を完全に掌握している自信があったバロモンド卿は分離させることについては問題がないと判断していた。さらにラファエル王とカズマの関係を見る限り、シャナ王国が後ろ盾となるのは心配がない。反旗を翻したバロモンド卿がカズマの「大いなる災厄者」という肩書を取ってやれば、ラファエル王がゼノン教に配慮する必要がなくなるからだ。


問題はシャナ王国がグランバニア大陸で生き残れるかだ。

シャナ王国と一蓮托生になる、バロモンドはシャナ王国が滅亡した瞬間、破滅するのだ。

現状ではセントレイズ帝国が「戦国の三雄」の中で最も抜き出ている。

シャナ王国がバロモンドと手を結ぶ事になれば、スペンサー教皇は恐らく、セントレイズ帝国と手を結ぶ事は想像に難くない。

果たして、その巨大勢力を相手に対抗することが出来るだろうか?


そこまで思考がいき、バロモンドは目の前に座る人物を眺めた。どう見ても、キレ者という雰囲気は微塵もなく、そこらに掃いて捨てても捨てきれないほどいる普通の男だった。


バロモンドにして見れば、赤子の手を捻るがごとく、簡単に殺すことが存在のはずだった。だが、カズマはバロモンドが仕掛けた罠を次々と掻い潜り、現在、バロモンドの前に堂々と座っていた。そして、バロモンドが思いもよらぬ方法でゼノン教という巨大な組織にとてつもない大きな風穴をぶち抜こうとしている。


・・・彼がいれば、シャナ王国は負けないかも知れない。


自然にバロモンドはそんなことを考えていた。直感よりも理性を優先するバロモンドとしては珍しく、己の直感を信じてみたくなった。


「分かった、契約しよう。私は弾劾審問会を開き、スペンサーを弾劾。また、状況次第でシャナ管区を独立させる。そちらはシャナ王国が私の後ろ盾となること。この条件で良いかな?」

「まいど!それじゃ、契約成立ということでいいな。俺はもう署名したから、バロモンド卿の署名を頼むな。」


既に必要な書類は準備していた、カズマは懐から二枚の契約書を取り出すと、バロモンドの前に置いた。


「それじゃ、署名を。」

「うむ。」


バロモンドはペンを手に取ると、達筆な字で二枚分に署名した。それをカズマは確認すると、契約書の一枚をバロモンドに渡し、残りの一枚を己の懐にしまった。


「それじゃ、これで正式に契約成立ということで。」

「あぁ、宜しく頼む。」


バロモンドが手を差し出すと、カズマも右手を差し出し、互いに固い握手をした。

ここにバロモンド枢機卿とシャナ王国との間で密約が結ばれることになった。


無論、カズマはシャナ王国の正式な外交官ではないので通常なら、この同盟は無効となっていたことだろう。しかし、この後、バロモンドの予想通り、カズマから話を聞いたラファエルはすぐさま承認した。

カズマのことを信頼していたことも勿論、今回の騒動でゼノン教に嫌気がさしていたことも同盟することを決断させることになる。


「それにしても、折角の準備が無駄になったな。」


カズマはバロモンドの手を離すと、ひどく残念そうに呟いた。

それを聞いたバロモンドは嫌な予感がした。


「・・・そういえば、私が密約を結ばなかった場合、どうしていたのですか?」

「さて、どうしていたかな?そうそう、ところで、俺の欠点の一つに口が軽いというものがあるのだけど。」

「・・・・?」


いきなり、カズマが関係のない話をし始めたので、バロモンドは疑問符を浮かべた。


「ふとした拍子に人に話しちゃうのだよね。そう例えば、イケメン枢機卿と密会していたとか・・・・。そうなると、噂って、あっという間に広まって、困っちゃうよな。噂は千里ぐらいなら、軽く走っちゃうらしいし。もし、ホモ疑惑が広がったら、俺はショックで寝込むかもしれないよ。そういえば、ここから教皇が住むランスって、千里も離れてないって、バロモンド卿は知っていた?」


カズマはあくまでも、にこやかに世間話をしていたが、バロモンドはその内容に戦慄していた。

バロモンドがこの場所に連れて来られた時点でカズマの術中に嵌っていたのである。

もし、カズマとバロモンドが秘密裏にあっているという噂がスペンサーの耳元に入れば、猜疑心の強いスペンサーは必ず、バロモンドのことを調べるだろう。

その結果、バロモンドが一時期、秘密裏にゼノン教シャナ管区支部の教会を抜けだしていたこと(事実はアイザックとダグラスに誘拐されていたのだが)を知ったとしたら?

もはや、スペンサーの猜疑心は膨れ上がるだろう。

もう、その時にはバロモンドがいくら本当のことを言おうと、信じないに違いない。


「・・・・・私は心よりあなたを敵にしなくて、良かったと思いますよ。」


バロモンドはしみじみとカズマに向かって、呟いた。

それと同時に初めて、バロモンドはスペンサー教皇に同情心を覚えた。


これより、一週間後。

バロモンド卿がゼノン教総本山の枢機卿同士の定例会見で突如として、ゼノン教の教義が堕落してしまったことを理由にスペンサー教皇を弾劾した。驚いた他の枢機卿達は必死にバロモンドに翻意を促したが、彼は頑として、受け付け無かった。

そして、三日後には弾劾審問会が開かれたが、スペンサー教皇の罷免は賛成1、反対2で否決された。

だが、このことを聞いた一般信徒達はバロモンドに拍手喝采を送った。


教団の体質に嫌気が差していた一般信徒達にとって、バロモンドは現代に蘇った聖人に見えたのだ。


その後、スペンサー教皇がバロモンドを枢機卿職から罷免しようとすると、大規模な反対運動がそこらかしこで信徒達の中から起きた。

この運動に押されて、バロモンド卿はゼノン教総本山からシャナ管区を分離すると宣言。

この一連の出来事をゼノン教革命と呼ばれることになる。


また、それまでのゼノン教は旧ゼノン教。新しく分離したシャナ管区のゼノン教は新ゼノン教と区別された。


それと同時にラファエルはカズマの処刑命令などの撤回を宣言。

また、シャナ王国は新ゼノン教を支持する事をいち早く、表明した。


グランバニア大陸に大きな歴史のうねりが始まろうとしていた。


大分、お待たせいたしました。

活動報告で述べたとおり、卒論、テストの二重コンボで執筆が遅れました。


さて、今回で45話目になります。

これで、対ゼノン教の策が全て明かされたことになります。

次回から第三章に突入です。

第三章でも宜しくお願いします。


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