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シャナ王国戦記譚  作者: 越前屋
第二章
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第二章 43話 ラングレーの戦い後編

討伐軍は左右の森からカストール軍の伏兵にあい、更に総司令官フォルラン侯爵が戦死し、大混乱に陥っていた。

二つの森はちょうど、無防備な横腹をさらしている討伐軍の左右に存在していた。

その左右の森から二つに分かれたカストール軍が現れ、討伐軍の横腹に喰いついたのである。討伐軍にとっては考えられる限り、最悪な想定を更に下回る想定であった。悪夢以外の何物でもないだろう。


ドーバー伯爵が必死に防戦に努めようとしたが、もはや軍の機能が崩壊しては、どうにもならなかった。何せ、指揮すべき、領主達が逃亡する混乱ぶりである。

ドーバー伯爵にとって、不幸な事に討伐軍の編成上の問題がここに来て、噴出してしまった。


軍隊にとって、理想的な指揮系統は図形で表わすと、ピラミッド型になる。

こと軍隊には民主主義は必要ない。

戦争は流動的に事態が変わるので、呑気に多数決をして、物事を決めていては負けてしまうのだ。トップの決断がどのくらいの速さで現場の兵達に伝わるかで、勝敗が左右されてしまう。民主主義の総本山であるアメリカでさえ、軍隊についてはトップダウン方式が採用されているぐらいである。また、他の民主主義を標榜する国家もこの例に漏れない。


しかし、討伐軍は違った。

通常のシャナ王国の編成は近衛軍が中核になり、それに領主軍が付き従う形をとっていた。そして、総大将には近衛軍司令官が任じられ、彼の命令は絶対であった。

もし、命令違反をすれば、領主でも厳罰が待っていた。


だが、今回は異例なことにフォルラン侯爵が総大将に任じられていたが、その下の指揮系統については曖昧なままだった。

近衛軍がいれば、その指揮に従わざるを得ないのだが、領主同士では利権や面子などが絡みあい、問題を複雑にしてしまっていた。


どの領主もより上の地位に就こうと、指揮権を求めて、フォルラン侯爵に直訴していたのである。

この時、カストール軍との戦力差は10倍であった。その為、勝利は確実だと、どの領主も思っていた。

そこで、誰よりも戦功を上げ、褒美に与ろうと、より上の指揮権を求め、領主達は群がったのだ。


この領主達の行動に頭を悩ませたフォルラン侯爵は意図的に指揮系統を曖昧にすることで、この問題に目を瞑った。つまり、フォルラン侯爵こそ、トップだが、その下の指揮系統については何も決めなかったのである。例えて言うなら、台形を無理矢理、ピラミッド型にしたようなものである。

こういった連合軍のような構成は一度不測の事態によって混乱すると収拾が難しかった。


そして、誰が見ても、その歪なピラミッド型の指揮系統はフォルラン侯爵が死んだことで、完全に崩壊した。もはや、領主達がバラバラに動き回っている状態だった。ある領主は退却を命じ、ある領主は応戦しようとする。まさしく、烏合の衆という言葉を読んで字のごとく、表現した。ドーバー伯爵の命令は空しく響くだけだった。



慌てふためく討伐軍の先陣をカズマ率いるカストール軍千人は散々に突き崩していた。

突如、現れたカストール軍の本隊と別動隊による伏兵により、討伐軍の総大将フォルラン侯爵は討ち死にしていた。

その情報が先陣に伝わると、もはや、誰一人として、踏み止まって戦おうとする者はいなかった。

その為、わずか千人という手勢ながら、カズマ達は討伐軍を散々に追い散らしていた。


「どっこらしょっと。これほど、策が上手くいくとは思わなかったでやんすね。」


バルカンは向かってきた敵兵を持っていた武器で苦もなく叩き殺した。

バルカンが持っている獲物は巨大な戦斧であった。

カズマはおろか、普通の騎士でも扱えないだろう戦斧をバルカンは軽々と振り回し、敵兵を鎧ごと叩き斬っていた。剛腕を誇るバルカンらしい戦い方は味方を鼓舞し、敵を恐怖へと陥れる。

バルカンの周りには叩き斬られた敵兵が何人も転がっていた。


その上、バルカンは敵兵を軽くあしらいながらも、しっかりとカズマの代わりにカストール軍千人の指揮を執ることも忘れなかった。

カズマは策を考え出すことは出来たが、兵を指揮する事は出来なかった。

しかし、カズマの下にはバルカンがいた。

バルカンは山賊稼業で兵の指揮はお手の物であり、自身も勇猛な戦士であった。

自然とカズマが策を考え、バルカンが兵を指揮するという構図になっていった。

そして、この構図は後にどんな敵でも苦しめることになる。


「そうだな。さすがはセシリアとヴァレンティナだ。ドンピシャのタイミングで討伐軍を襲ってくれたよ。最大の目標だった、フォルラン侯爵も討ち取ったようだしな。」


カズマも策が上手くいきホッとしていたが、そこら中に転がる死体を見る度に複雑そうな表情を浮かべていた。とはいえ、ローランド大返しの時は吐き気を堪えながら、かろうじて立っていた時に比べれば、格段にカズマは強くなっていた。


レイナール城でセシリアと過ごした一夜以来、カズマは大分吹っ切れるようになっていた。

いつ、カズマの心が壊れるか、心配していたバルカンは安堵していた。

カズマの心の力になってやれないことに不甲斐無く感じていた、バルカンはセシリアに感謝してもしきれなかった。


「それじゃ、討伐軍に止めをさすでやんすよ!全軍、突撃でやんす!」


二人が結ばれるか、まだバルカンには分からなかったが、とりあえず今は戦を勝利することに全力を注ぐことにした。

二人の未来の為にも・・・。



一方、二つの森からそれぞれ現れたカストール軍は本隊をセシリア、別動隊をヴァレンティナが率いていた。本隊を率いるセシリアは5千人。別動隊率いるヴァレンティナは4千人の兵を指揮していた。二人はそれぞれの軍勢を率いて、縦横無尽に討伐軍を蹂躙していった。


数では圧倒的に討伐軍が勝っていたのだが、左右から攻撃を受け、前方からもカズマの囮部隊が反転して、攻めかかっていた。その為、面白いように討伐軍の防衛ラインを切り刻み、討伐軍は散発的な抵抗をするのが精一杯であった。


「次は左方の敵を葬るぞ!第2連隊は左方の敵を攻撃!第1連隊、第3連隊は第2連隊の援護を!」


ヴァレンティナの副官であるカーラが矢継ぎ早に命令を下していた。ヴァレンティナは名目上、別動隊の指揮官だが、実際の指揮を執っているのはカーラだった。ヴァレンティナは指揮官としての経験が無いので、経験豊富な副官のカーラが自然に指揮を執る形になっていった。

その指揮は的確であり、最初はレヴァン家の者が指揮官になるのを嫌がったカストール軍の兵士達が現在では意気揚々と戦っていることからも並々ならぬ、手腕の持ち主である事が分かる。ヴァレンティナ率いる別動隊は次から次へと敵を葬り続けた。


一方のセシリア率いる本隊も別動隊に勝るとも劣らない戦いぶりを見せていた。


「全軍突撃よ!邪魔する敵を排除しなさい!」


セシリアの命令があるたびに討伐軍の兵士達は倒れていった。ヴァレンティナ率いる別動隊の戦いぶりは臨機応変に動きを変える水に例えるならば、セシリア率いる本隊は燃え盛る火のような戦いぶりだった。立ち塞がる敵を次から次へと燃やし尽くしていくような戦いぶりに討伐軍は恐れ慄いた。


「もう駄目だ・・・!逃げろ!」

「殺さないでくれ!」


ほどなく、カストール軍の三方向からの攻撃に討伐軍は完全に瓦解した。踏みとどまって、戦おうとする兵などおらず、我先にと退却を開始した。


カストール軍がそれを黙って、見逃すはずもなく・・・・。

「敵は総崩れです。第2、3、4連隊は追撃を開始!第1連隊は負傷兵の収容を!」

「討伐軍は退却に移った!全軍、追撃せよ!」


機を見るに敏な二人の指揮官は即座に追撃を命令した。もはや、カストール軍は逃げ惑うだけの討伐軍に一方的な攻撃を行った。さながら、討伐軍とカストール軍による、命がけの鬼ごっこだった。

ただ、この追撃戦にはカズマ率いる囮部隊は参加しなかった。兵士達の疲れを考慮したカズマが休ませていたからだ。ともあれ、カストール軍の死傷兵やそれを収容している1個  

連隊以外の約7500人は追撃を行い、多大な戦果を上げた。

この追撃は日が暮れて、これ以上の追撃は不可能だとセシリアが判断するまで、行われた。

こうして、ラングレーの戦いは終結した。




後に『ラングレーの戦い』と名付けられた討伐軍とカストール軍の間で行われた戦いは下馬評を大きく覆し、カストール軍の完勝で終わった。

カストール軍の被害は500人程の死傷者で済んだ。


だが、討伐軍の被害は甚大だった。

総大将フォルラン侯爵は戦死。他にも最後まで前線で踏ん張っていたドーバー伯爵や何人もの領主が戦死を遂げた。命からがらに逃げきった領主も五体満足の者はいなかった。

出陣当初、10万人を数えた討伐軍はラングレーの戦い後、集結して、撤退出来た兵は1万人程度であった。他の大多数の兵は逃げ散ってしまっていたのである。

歴史家達は実に3万人もの人命がこの戦いで喪われたと推測している。

これは軍事的には全滅と言ってもいい被害であった。


ちなみに意外と知られてはいないが、3割の兵力を失った場合、軍事的には全滅と判断される。

考えて見ても欲しい。死者を三割とした場合、ケガ人はそれ以上いることになる。

仮にケガ人も3割とした場合でも、死傷者を合わせれば、6割が戦闘不能になっていることになる。

また、ケガ人には人手がかかるものだ。ケガを治す為の人手は勿論、敵襲を警戒する為の警備兵も必要になってくる。こうなると、軍として、機能しなくなるのは必然であった。


それはともかく、「ラングレーの戦い」は後々まで人々に知られることになる。

また、軍事専門家達はラングレーの戦いでカズマが行った戦術を絶賛した。後世の士官学校では「ラングレーの戦い」を教材として、必ず使ったほどである。また、囮部隊が敵を隘路まで引き連れ、頃合を見て、反転。更に伏兵が襲うという戦術を「ツリノブセ」と命名するようになったという。


また、それ以外にもこの戦いはシャナ王国に大きな影響を与えることになる。

この戦い以後、シャナ王国内でのゼノン教の影響力は格段に下がった。また、国王を蔑ろにする貴族の勢力も筆頭であったフォルラン侯爵が戦死したことや大量の戦死者を出したことによる領主達の軍事力低下で往時の勢いは完全に無くなった。

もはや、ラファエル国王の足枷になる勢力は軒並み壊滅したと言ってもいいだろう。

ラファエルの足と地面とを縛りつけていた枷はカズマにより、木端微塵に破壊された。

まもなく、ラファエルは大空へと大きく羽ばたくことになる。


43話更新しました。

今回で戦闘シーンは終了です。


次回はカズマがアイザック達に頼んだ事が明らかになります。


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