第二章 40話 討伐軍出撃前夜
その日、フローレンスの屋敷では珍客を迎えていた。その珍客は品の良さそうな貴族の若夫婦でフローレンスとは旧知の仲で久々に会いに来たと要件を伝えた。
メイドからその事を聞いたフローレンスが出迎えてみると、確かに旧知の知り合いだった。ただ、初めて会った時と服装は大分変ってはいたが・・・。フローレンスは顔を顰め、一言「今日も不幸な一日になりそうだ。」と呟くと、彼らをランパール城へと案内した。
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ランパール城の王専用執務室でラファエルはカズマ逃亡の報告をルークから聞いていた。
「どうやら、カズマとその仲間はフォルランの手の者から無事、逃げのびたようです。現在はカストール家のレイナール城に身を寄せている模様です。」
「まさか、フォルランがそこまで、手が早いとはね・・・。見くびっていたかな?」
カズマ達が無事だと聞き、フゥ~と安堵の溜息をついていた。
「・・・・しかし、厄介なことになりました。このままですと、我々は立場上、カストール家に討伐軍を送らざるを得ません。」
「それは困るね・・・。ルーク何か考えはある?」
ラファエルは王としての立場で考えれば、カズマ達を見捨てるのが、最も安易でなおかつ確実な解決法だったが、彼はそれを出来る程冷酷でもなかった。かつて、カズマから「右の頬を打たれたら、左の頬を黙って差し出す、お人好し」と評されたほどだった。もし、ラファエルが新興宗教の教祖になれば、ゼノン教を凌ぐ、一大宗教を作り出したかも知れない。ともあれ、そんな手のかかる君主を敬愛しているルークは自分の考えを述べた。
「私が思うに、カズマ殿には何か考えがあるのかもしれません。身を隠すのではなく、あえて、カストール家に留まる理由が・・・。そう遠からず、カズマ殿が何らかの行動を起こすのではないかと思われます。それを見極めてからでも遅くはありません。」
「なるほどね。」
うんうんとラファエルが頷いた瞬間、執務室のドアをフローレンスが開けた。
「陛下、失礼します。本日は珍客をお連れいたしました。」
執務室に入り、主君にフローレンスは一礼すると、貴族の若夫婦を中に招き入れた。ルークはその二人を見た瞬間、カズマが既に行動を起こしている事に気付いた。
「アイザック殿、ダグラス殿、お久しぶりですね。」
ルークは貴族の若夫婦に声をかけた。
「いや~、貴族の変装は肩が凝りますね。やっぱり、俺は平民のほうが性に合うな。」
「ウフフフ、でも中々、板についていましたわ。あ・な・た?」
「・・・やめてくれ、俺が好きなのは綺麗な女だ。断じて、綺麗に見える男じゃない!」
貴族の若夫婦を演じていた旦那役のダグラスはあっというまに貴族から粗野な山賊へと変わった。元々、ダグラスの顔立ち自体は整っているので澄ましていれば、貴族にも見えるのだが、口を開くと、全く貴族には見えなかった。
一方のアイザックは品のある貴族の妻役を完璧に演じていた。ルークもフローレンスもダグラスは何とか本人だと分かったが、アイザックに関しては目を凝らして見て、やっと本人だと分かるほどだった。
「それで、カズマ様からお願いがございますの。」
「カズマは何だって?」
ラファエルがダグラスとアイザックの聞いたところによると、カズマはフォルラン侯爵を総大将に命じ、ゼノン教とフォルラン候に与する貴族を全員、討伐軍に参加するよう、命じて欲しいらしい。
「でも、フォルランが総大将だと、手加減が出来ないよ。カズマ達を全力で攻撃するけど?」
首を傾げたラファエルにルークがある程度、納得した顔で話を補足した。
「陛下、それだけカズマ殿には必勝の策があるということでしょう。・・・ただ、仮にカズマ殿がフォルランに勝っても、我々は第二の討伐軍を送る事になりますが。そこら辺、何かカズマ殿は言っておられませんでしたか?」
「それなら、心配いらないよ。詳しくは言えないが、カズマ兄貴に抜かりはないぜ。」
「俺らにも、話せぬ事か?秘密を漏らす者はここにはおらん。」
フローレンスがダグラスを問い詰めようとしたが、ラファエルはあっさりと認めた。
「うん、分かった。カズマ達に全て任せる。」
「陛下、宜しいのですか?」
「カズマが大丈夫と言うなら、大丈夫だしね。それに僕のお腹はどうやら、一物を隠せるほど大きくないらしい。知っていると、どうも顔に出そうになるんだよね。それなら、いっそ知らないほうが都合いいからね。」
ラファエルは最後に冗談めかして、フローレンスに言った。
「それが、陛下の望みなら、私は何も言いません。」
ヤレヤレと首を振り、フローレンスは引き下がった。
「それじゃ、僕はカズマから頼まれたことをするとしようか。ルーク、フローレンス!すぐに評定を開く。貴族達を集めてくれ。」
「「畏まりました。」」
ルークとフローレンスはラファエルの命を全うすべく、執務室を出ていった。
それをラファエルは見届けると、ダグラスとアイザックのほうに向きなおった。
「それじゃ、ダグラスとアイザックも頼んだよ?」
「「任せとけ(下さい)」」
ラファエルの頼みに二人の息の合った声が執務室に響いていた。
その後、ラファエルが緊急招集した貴族の前でカズマがカストール家に匿われたことを告げ、討伐軍を送ると宣言した。
その総大将にはフォルラン侯爵が任命され、その他にも多数の貴族が参戦することを王直々に命じた。そして、参戦を命じられた貴族達はフォルラン侯爵やゼノン教に与していることが明白な者達だけだった。
その事に気付いたヴァレンティナの兄アルバート侯爵は屋敷に戻ると「あぁ見えて、陛下も中々の曲者だな。これ幸いとフォルランとゼノン教の勢力を削ぐつもりらしい。」と呟いていたという。
◆
その夜、王による緊急に開かれた評定に参加したフォルラン侯爵は満足げな表情を浮かべながら、信頼している家臣の前で豪奢なソファーに腰かけていた。
「総大将か・・・。我が輩に相応しい役職だな。これで害虫を処刑すれば、カストール家は我がモノだな。まぁ、セシリア次第では残してやらんでもないが。」
グフフフッと奇妙な笑いを洩らし、口元をだらしなく歪めていた。しばらく、不気味に笑った後、傍らにいた家臣に命令を下した。
「おい、ザーム家の総力を結集させろ!それと、討伐軍に参戦する貴族達には持てる兵力全てを連れて来いと言え!それから、カストール家には降伏を促す使者を送れ!反逆者カズマとその一党を引き渡し、セシリアを我が嫁にすることを条件にカストール家の存続を許すと言え!」
「畏まりました。」
家臣は慇懃に頷くと、部屋を出ていった。ザーム家の家風は当主に絶対服従が原則であり、フォルランは取り分け、この家風の信奉者であった。自分にとって耳が痛いことを言う家臣は嫌い、自分に絶対服従をする家臣を重用した結果、フォルランの下に残った家臣はイエスマンだけとなってしまっていた。これがシャナ王国名門筆頭のザーム家が凋落する要因の一つとなることをフォルランは最後まで理解する事が出来なかった。
◆
・・・・・・二週間後。
カストール家から降伏を拒否する返答が届き、討伐軍が進軍を開始した。
フォルランを総大将とし、その下にはフォルランやゼノン教に与する領主達が付き従った。その数、約10万人の大軍勢であった。これはシャナ王国全軍の約3分の1に相当する数であり、セントレイズ帝国軍との戦い以外では過去に例がない動員数である。いかにゼノン教とフォルラン侯爵のシャナ王国内での影響力が凄まじいことを物語っていた。
これを迎え撃つ、カストール家の兵力は約1万人。
誰の目から見ても絶望的な戦いが始まった。
・・・・・・そう、千里眼を除いて。
40話をお届けいたしました。
久々のラファエル達でした。
次回はカズマ達が出撃する予定です。
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