第二章 39話 カズマの悩み
その夜、レイナール城でカズマが宛がわれた部屋にセシリアは向かっていた。軍需物資の大体の量を算出したので、カズマのところへ報告しに出向くところだった。セシリアがカズマの部屋の前に着くと、いつも通り、バルカンが立ち塞がっていた。
「おや、仕事の報告でやんすか?」
「そうなのだけど。もう、カズマは寝ているわよね?」
軽くセシリアはバルカンに会釈し、ついでにカズマが起きているかどうかを聞いてみた。とはいっても、カズマが三度の飯よりも好きな睡眠をしてないはずがないとセシリアは思ったのだが・・。
「いや、起きているでやんすよ。」
「・・・えっ?打ちどころが悪かったかしら。」
バルカンの言葉にセシリアは耳を疑うと同時にお昼に仕事をサボって寝ていたカズマに強烈な天誅を喰らわせたのがいけなかったのかと思い、オロオロと動揺を始めた。その光景を微笑ましく見ていた、バルカンは強面の顔を綻ばせた。
「どうやら、いつもの発作みたいでやんす。次は今まで以上に大きい戦になりそうでやんす。・・・それだけ死人が増えると言う事でやんすからね・・・。」
「あぁ、そういうことね・・・。」
普段はちゃらんぽらんな面しか人には見せないが、カズマの本心はかなり繊細なことをセシリアは知っていた。
「それじゃ、報告は後にしたほうが良さそうね。」
セシリアが踵を返そうとすると、バルカンが呼び止めた。
「いや、セシリアなら、もう入っても大丈夫だと思うでやんす。」
「・・・・・・・でも?」
それでもセシリアは躊躇したが、バルカンが更に彼女の背中を後押ししていく。
「男は人には見せたくない表情があるでやんすが、それは心を許してない相手だけでやんす。今のセシリアなら、カズマは信頼しているでやんす。」
「そうかしら?本当に私はカズマに信頼されている?」
「何を言うでやんすか。兄貴がセシリアの為に力を貸すことを誓うと言い放つぐらいでやんすよ?オイラから見たら、プロポーズと紙一重の誓いでやんす。」
「プププププップロポーズ!?」
バルカンの言葉にセシリアは顔を真っ赤にさせ、アウアウと口を動かしていた。
「それじゃ、1名様ごあんな~いでやんす!」
バルカンはまだ動揺しているセシリアの背中を今度は物理的に部屋の中へ押し込んだ。バルカンはセシリアを部屋に押し入れると、ドアを閉めた。その後、バルカンは何事も無かったかのように警護を再開した。ただ、その強面の顔には成長した我が子を見たかのように、満足げな表情を浮かべていた。
◆
セシリアが部屋の中に入ると、カズマはベッドの上に腰かけていた。
「あれ、何か用か?これからめくるめく夢へ旅行に出かけるつもりだから、手短に頼むよ。」
カズマはセシリアが入って来た事に気付くと、冗談混じりの言葉で誤魔化そうとしたが、セシリアはカズマの目が赤くなっている事に気付いていた。
「嘘言っても駄目よ、私もバルカンも知っているわ。悩んでいるのでしょ?」
それでも、何とかカズマは取り繕うとしたが、セシリアには隠しきれないと悟り、ポツリポツリと語り出した。
「上手く隠していたつもりだったのだけどな・・・。セシリアの言う通りだ。皆の前だと不安にさせてはいけないと思って、隠していたよ。・・・俺の故郷では戦なんて、遠い昔の出来事でね。こっちで言う、劇や芝居、書物かな。そういったモノでしか、戦を知る事が出来ない世界でさ。俺は単純に英雄や軍師みたいになってみたいとか思っていたわけだよ。正直、こっちの世界に来た時、不安もあったが、喜びの部分もあった。俺にも歴史の教科書に載るような英雄になれる機会が来たとね。ちょうど、シャナ王国は不穏な空気が流れ始めていたという噂も聞いたし、どっちかの陣営に仕えて、縦横無尽に策を張り巡らしてやろうと思っていた。それで、時期が来たら、俺のいた世界へと帰るつもりだった。ところが、良い気になって、山賊退治をした時に気付かされた。」
そこで言葉を切ると、カズマは沈痛な表情をより濃くしたが、再び話し始めた。
「人が何人も死ぬとね。勿論、知っていたよ?俺の策で何人も死ぬことは・・・。でも、悪さをする山賊なら、死んでもいいかと馬鹿な俺は勝手に自分の中で正当化していたわけだ。死んだ山賊の死に顔を見るまでな・・・。その死んだ山賊の虚ろな瞳が俺に語りかけていたよ、死にたくないってね。山賊だし、自業自得と言えば、自業自得かもしれない。でも、俺の背筋は凍りついたよ。その後も何十年も続くかもしれない一人の未来を俺が強制的に閉ざしたとね。まぁ、そう考えたら、何もかもが怖くなってしまったわけだ。さっさと仕官して、英雄になって、俺の元いた世界に帰るプランは頓挫。オルデン村で寝て過ごしながら、地道に帰る手段を探すプランに変更したというわけさ。ざまぁねぇだろ?セシリアの力になるとか言いながら、本当は策を考えるのが恐いなんて・・・。」
カズマは話しながらも小刻みに体を震わせていた。そんな、赤子のように震えるカズマの横にセシリアは座ると、優しく頭に手を置き、自分のところに頭を倒させた。すると、セシリアの膝にカズマの頭が乗った。それは膝枕と言われる、体勢だった。そして、その姿はまるで母が我が子にするようであった・・・。
セシリアは今になって、やっと分かった。カズマが最初、ラファエルの誘いを断ったのは策を考える事に臆病になっていたのだ。そんな臆病になっていたカズマがラファエルの理想を聞き、勇気を出して、策を考える気になったのだろう。己の弱い心を押し隠し・・・・。
「私はカズマを情けないとは思わないわ。もう、カズマは私の力になっているもの。知っている?どれだけ、私が嬉しかったと思う?他の貴族に負けまいと常に肩肘を張っていた私が誰かに頼れるという安心感をカズマが与えてくれたのよ?全部、カズマのお陰よ。」
セシリアは自分の感謝の気持ちをカズマに伝え、優しく彼の頭を撫でた。我が子をあやす母のように・・・。
「・・・そうか。それが聞けて、救われた気がするよ。それにしても、レイナール城に来て、一番上の立場になってから、今まで気付かなかったラファエルの凄さを感じるよ。ローランド大返し作戦は俺が策を考え出したけど、それを採用することを決断したのはラファエルだ。少なからず、誰かが死ぬ事を分かった上でラファエルは決断することが出来た。」
今なら、カズマは自信を持って断言できる。決断の重さを・・・。策は成功しようが、失敗しようが、死ぬ人の数は変わらない。敵が多く死ぬか、味方が多く死ぬかの違いでしかない。策を決断すれば、その瞬間に数百、数千、数万の命が失われることが確定するのだ。策を考え出すのは間接的に人を殺すことだが、策を実行する決断をすることは直接的に人を殺すぐらい、違うことだった。それを乗り越える事が出来たラファエルはカズマよりも心が強いとレイナードル城に来て、決断する立場になったカズマは思わされた。
「・・・・ゴメンね。私達が何とかしなければいけないのに、カズマにばかり頼って。」
本来ならば、シャナ王国の人間が解決しなければ、いけないことを部外者であるカズマに知らず知らずのうちに頼ってしまったことにセシリアは後悔した。その後悔の念はいつの間にか、セシリアの目に形として、現れた。涙となって・・・。
その涙はセシリアの頬を伝わり、カズマの顔へと流れ落ちていった。
「いや、謝ることは無いよ。どうせ、誰かが決断しなければならないことだし。それが今回、俺にたまたま順番が回って来たということだよ。それにお姫様を守る為なら、泥をいくらでも被るよ。」
カズマはそう言うと、膝枕されながら、セシリアの目に溜まっていた涙を右手で拭ってあげた。
「それに俺はセシリア達に感謝もしているよ。騒がしくも充実した毎日だったからね。それの代償だよ。」
「・・・・・有難う。」
万感の思いを込めて、セシリアは呟くと、カズマの顔を愛おしそうに撫で始めた。それにカズマは気持ちよさそうに目を閉じると、セシリアのなすがままになっていた。
しばらくすると、カズマは安らかな寝顔を浮かべ始めた。今まで、眠れなかったのが嘘のように。
「・・・好きよ、カズマ。」
小さく呟いたセシリアの言葉は夢へと旅立っていたカズマには聞こえなかった。
その夜、セシリアがカズマの部屋を出るのは深夜を過ぎた頃だった。
1日早めに更新です。
まぁ、予定はあくまでも予定ですしね。
予定は変わるものなのです。
(基本的に私は余裕をみた予定を立てているので、早まることが・・・)
で、まぁ、今回はカズマの悩みについての話でした。
3年間自宅警備員をしていた理由を自分なりに書けたかと思います。
要約すると、カズマは厨二病患者だったということですね。
それでは、このへんで。
一応の更新予定日は越前屋の活動報告にちょいちょい載せるので、
参考にして下さい。
感想、誤字、脱字、評価 お待ちしております。
それと久尚様、誤字報告有難うございました。orz