第二章 35話 成金趣味の街道
王都からバーネット皇国へと抜ける東の街道を30人は超える、集団が走り抜けていた。
その集団の中にいるひと際、筋骨隆々の逞しい男が面倒臭そうに足を動かしている若い男に話しかけていた。
「何で東の街道だと追っ手が少なくなると分かるでやんすか?」
バルカンは疑問に思っていた事をカズマに聞いていた。
「簡単な話だよ。俺達が逃げる道は東か南しかない。そして、どちらが最も逃げやすいかを少し考えたら、断然南だからだよ。バルカンも言っていた通り、南は人が少なくて、国の目が届かない地域だ。一方の東は人の数も多く、国の目が届きやすい。どんな馬鹿な指揮官でも南へ逃げると考えるでしょ?」
「確かに、そうでやんすね。」
カズマの説明にバルカンは成程と頷いた。
「とすると、南へより多くの兵を割くことになる。必然的に東へ送る兵は少なくなる。そうすると、相手の兵力が300人だから、南には200人前後。東へは100人前後を振り分けるだろうね。」
「そこまで、分かるものでやんすか?」
「相手の指揮官も馬鹿じゃないからね。俺達の情報を得ようとするだろ?すると、看守と所長の証言から俺達の人数が30人を少し超える程度だと知っているはずだ。とすると、南と東にはそれ以上の兵力を送らなければいけない。万が一、俺達が東に逃げていても捕まえる事の出来る兵力となると、100人ぐらいがちょうど良いはずだからね。」
言われてみれば、その通りだとバルカンは頷いたが、その後はどうするのかが気になった。
「でも、100人に減ったとは言え、それでも、オイラ達の約3倍でやんすよ?しかもあっちは騎馬でオイラ達は徒歩でやんす。追いつかれるのは時間の問題でやんす。」
バルカンが懸念しているのは追いつかれることもだが、騎兵と戦える状況にないこともある。もともと、騎兵と歩兵では前者が戦うのに有利である。騎兵は馬の上から攻撃できるという、高さのアドバンテージもさることながら、最も強みを発揮するのはその突進力である。何百キロという巨体に突進されれば、100キロにも満たない人間では跳ね飛ばされるという運命しかない。そんな騎兵と歩兵が戦うには基本的に集団戦法で対処するしかない。
最も一般的なのが集団で槍を針鼠のように構える槍衾を形成することだが、バルカン達は逃げるのに、かさ張る槍は持っていなかった。また、収容所という屋内で使うには使い勝手が悪い事も考えて、剣のみを装備していたのが裏目に出てしまっていた。このままだと、追いつかれれば、待っているのは一方的な掃討戦だろう。
「それも考えてある。この辺でいいか。バルカン、ラファエルから軍資金をたんまり貰っただろ?」
「村を丸ごと隠れ家として、買収してもお釣りがくるほどの逃亡資金を貰っているでやんすが?」
バルカン達が王都から収容所へ向かう事になった日、ラファエルから、大量の金貨を渡されていた。その量は一瞬、バルカン達がこのまま雲隠れしようかと真剣に考える程に・・・。
「よしよし、十分、十分。その逃亡資金を全部、街道にバラまくぞ。最近の猟犬は餌を前に果たして「待て」が出来るかな?」
「・・・・無理でやんすね。悟りを啓いた僧侶でも引っ掛かりそうなのに、本能に従って生きている獣じゃ、無理でやんすね。」
「だろ?それじゃ、バラ撒くぞ。」
何だか、勿体ないなと思いながらも、命には代えられないバルカン達は黙々と金貨を惜しみなく、街道にばら撒いた。その作業が一段落すると、大陸一、豪華な街道が出来あがった。
「まっ、こんなものか。大陸一金のかかった街道の完成だ。」
「・・・・・随分と成金趣味の街道になったわね。」
これなら、結構な時間稼ぎになるとカズマが考えていた横でセシリアは率直な評価を与えていた。もし、セシリアが日本を統一した猿が作った茶室を見る機会があったら、同じ評価を与えたことだろう。
「それじゃ、ボチボチ行くか?」
「そうでやんすね。」
カズマ達が去った後には光り輝く黄金の道だけが残された。
◆
千騎将に命じられ、東の街道へ部下100人の騎兵とともに向かうことになった百騎将は部下の前で不満をぶちまけていた。
「全く、何故、私が東の街道へと行かねばならないのだ。折角の千騎将に昇進するチャンスが・・・。」
百騎将である彼は常々、百騎将よりも上の地位に就きたいと思っていた。シャナ王国では基本的に世襲制であり、どんなにボンクラであっても父親から受け継いだ地位には無条件で就く事が出来たが、逆に言えば、どんなに秀才であろうと、百騎将よりも上に昇進する事は無い。そんな世襲制の厚き壁を百騎将が乗り越えるには2つの方法しか無かった。
一つは豪勢な宿屋でフォルラン侯爵に山吹色のお菓子を贈り、
「お主も悪よのぉ~。」「いえいえ、ご領主様ほどでは。」
という遣り取りを行う方法だが、大量の山吹色をしたお菓子を用意出来ない百騎将には不可能な話であった。
残る二つ目は大きな手柄を立てることである。身分を決めるのは原則世襲制とは言え、大きな手柄を立てた場合には昇進もあった。そう、例えば、フォルラン侯爵の天敵である寝癖の付いた賢者を捕まえるとか・・・・。
その為、百騎将はカズマが脱獄したと聞いて、最初に「千騎将になる好機だ!」と思っていたが、千騎将からカズマが逃亡していると思われる南の街道ではなく、万が一の保険として、東の街道へ向かえと命じられ、現在の部下に不満をぶちまける状況になっていた。
そんな百騎将率いる分隊は南に猛然と向かっていった本隊に比べると、ゆっくりとした移動だったが、それでも徒歩と比べれば、圧倒的な速度で東の街道を移動していた。しばらく、馬を走らせていると、人によっては毒にも眼福にもなる光景が百騎将の目に映った。
「何だ、この金貨は!これだけあれば、千騎将も夢ではないぞ!」
百騎将は馬から転げ落ちるように飛び降りると、軍服についているポケットというポケットに金貨を詰め込み始めた。そんな上官に続けと部下達も次々と馬を降りるや、金貨を拾い集めた。たちまち、あたりには目に¥マークを浮かべた兵士で一杯になった。
しかし、そんな兵士の中で百騎将の副官は多少、冷静に物事を見られる性質だったらしく、上官に進言した。
「百騎将、よろしいのですか?賊どもの時間稼ぎかもしれませんが。」
「かまわん。どうせ、相手は徒歩だ。騎兵から逃げられるわけがあるまい。無駄な足掻きよ。それよりも、この金貨は重要な証拠だ!全てを集める必要があるわ!」
面倒臭そうに副官からの問いに答えながらも、手を休め事は無く、次々と袋に金貨を詰める作業を行っていた。
そんな上官の姿を見た副官は首を「やれやれ」と左右に振ると、金貨を拾う兵士の輪の中に加わった。一応は副官としての役割を果たし、例え、カズマを逃がしても、責任の所在は進言を受け入れなかった上官になるだろうと考えた。元々、強く主張する気のなかった副官はこれで心置きなく、金貨を拾えると他の兵士と一緒に金貨を拾う作業に加わった。もはや、いるのは金貨に群がる兵士だけになった。約四半刻も時が経つと、さすがに大量にあった金貨も少なくなったが、それをもぎ取ろうと、バーゲン時に服を取り合うオバちゃんの如く、味方同士による、血で血を洗う喧嘩が勃発した。それを制止すべき兵も喧嘩に加わり、負傷者が加速度的に増える結果となった。
結局、部隊が部隊として、機能するのに、それから更に時間が経った後だった。この騒動で重軽傷者20名以上を出し、そのうち、5名が動けなくなるほどの重傷を負った。幸いなことに死者は出なかったが、重傷者の処置に百騎将は困った。
さすがに重傷者を連れていくことは出来ず、かといって、そのまま置き去りにすることも出来なかった百騎将は比較的、軽傷だった兵から10名ほどを選び、重傷者の看病をするように命じると、カズマの追撃任務に戻った。
こうして、100名いた部隊は85名になり、カズマ達は貴重な時間稼ぎとともに追撃部隊の兵力を減らすことにも成功した。
◆
一方のカズマ達は百騎将麾下の騎兵が追撃任務に戻ってから、しばらく経った頃、窮地に陥っていた。
カズマ達は東の街道を追撃部隊から逃れる途中だったが、街道の真ん中で立ち止まらざるをえない状況に追い込まれていた。何故なら、前方に正体不明の騎馬隊が現れたからだ。
最初は小さい土煙が舞い上がっていたのが、遠方からでも分かったが、それが徐々に大きな土煙へと変わっていった。それは何十騎という馬が走る事によってのみ、可能となる土煙であった。
「・・・・・兄貴、どうやら別のお客さんがお出ましのようでやんす。オイラ達がお客さんのおもてなしをしている間に兄貴とセシリアは逃げるでやんす。」
そう言うと、バルカンは傍らにいたカズマとセシリアを見た。その目には覚悟を持った者のみに許される、光が宿っていた。まだ、その集団が敵か味方かも分からなかったが、教団や国から名指しで敵と認定されたカズマ達を助ける勢力がいる可能性は少ないとバルカンは判断した。おそらく、近くの領主か騎士団がフォルラン侯爵の援軍に来たのだろうと思ったバルカンは己の最後の仕事をすることにした。
・・・すなわち、命の続く限り戦うことである。
「野郎ども、ジックリと丁寧に嫌という程の接客をするでやんすよ?全軍突撃用意でやんす!」
バルカンの言葉に元山賊達は一人残らず、覚悟を決めていった。彼らがカズマの為に何故命を捨てる覚悟を出来るのか?それは単純明快な理由であった。すなわち「仇には仇を、恩には恩を返す。」という論理である。
かつて、カズマによって、村人から殺される運命だった所を救われ、更にはもう望めないと思われていた、平穏な暮らしを手に入れる事が出来た。カズマがその後すぐに村から出て行ってしまった為に感謝の言葉をカズマに伝える事が出来なかったが、平穏に過ごす一日、一日を感謝しながら過ごした。
それから、しばらくして「カズマを助ける為に力を貸して欲しいでやんす。」というバルカンの言葉に彼らはそれまでの感謝の気持ちを行動で応えた。
今の商売道具である鍬を置き、家の隅に埃を被って、置かれていた、かつての商売道具であった剣を再び手に取った。すなわち、命を助けられた借りと平穏に過ごすことが出来た感謝の気持ちを返す為に・・・・。
しかし、カズマは逃げようとせずにジッと前方の集団を見つめていた。別にカズマは諦めたわけでも元山賊達と一緒に玉砕しようとも思っていなかった。
さすがにある程度、カズマも焦燥感に囚われてはいたが、この場を切り抜けることも出来るだろうとも思っていた。
どうやら、バルカンはフォルラン侯爵が呼んだ援軍だと思っているが、カズマの考えは違った。何故なら、幾らなんでも敵の動きが早すぎるからである。まだ、カズマが脱獄してから半日も経っていない。
現代と違って、遠くの出来事を知るにはある程度時間がかかるのである。この時代の通信手段は伝令兵が早馬で伝えるか、一定間隔に作られた烽火台が煙を上げ、伝言ゲームのように伝えていくかである。そんな手段しかないのに、こうもタイミング良く、援軍が出現することは出来るはずがなかった。
カズマの考えでは偶々、山賊などの警戒任務に当たっていた騎士団か、それとも他の用事でたまたま東の街道を通っている領主の兵といったところだろうと当りをつけていた。
それなら、カズマは対処のしようがあると考えた。幸いなことにバルカン達が着ている鎧は王直属の近衛騎士団のモノである。近衛騎士団は王直属の精鋭部隊である。彼らの行動規範はただ一つ、王の益になることだけだ。つまり、彼らの行動は王の望みと同義なのである。そんな近衛騎士団を誰何することは王の望みを邪魔する事になり、王からお咎めを受ける可能性すらある。その為、領主でも誰何するには躊躇われるのに、その部下が誰何するには二の足、三の足を踏むことだろう。
止めにはまだ、セシリアが侯爵の地位を捨てたばかりなことも幸いする。情報が伝わるにはいくらかの時間が必要となる。王都でもまだ知らない者がいるはずなのに、いわんや、他の都市では知っている者は皆無だろう。
つまり、その情報を知らない者からすれば、セシリアはいまだに歴とした侯爵である。そんな存在がいるとなれば、万の足、億の足を踏む事になるだろう。あとはカズマが口八丁で丸めこむだけである。カズマはそう思い、正体不明の集団が近付くのを待った。
そして、その集団の先頭に見覚えのある女性の姿が見えると同時にカズマは自分の思惑が徒労に終わった事を悟った。
「どうやら、物好きにも俺たちと一緒に接客の手伝いをしてくれるみたいだね。」
カズマの言葉とともに元山賊達は歓声を上げた。
35話目となります。
次で逃亡編が一区切りする予定です。
それでは、また次回~。
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