第二章 34話 カズマ逃亡記
その国、緑豊かな森と山を統べるシャナ王国。
隣国との長き戦乱の果てに一人の鬼才を生む。
いかなる謀も彼の黒き瞳の前では児戯に等しく、
いかなる危機も彼の黒き瞳にかかれば、無意味な物に成り果てる。
そのさま、万物を見渡すことの出来る神の目が如く。
彼の者を人々称して曰く、「シャナの千里眼」と・・・・。
◆
王都から街道は旅人や商人の馬車が引っ切り無しに通っていく。
街道は特に舗装されてはいなかったが、馬車が通るには十分な道幅があった。
道の両側には等間隔に植えられた木々が生い茂っており、木の下で休む旅人には程良い涼しさを与えてくれる。
しかし、この日は別の理由で旅人達は木の下に居た。突如として、街道を百数十騎の騎兵が現れた為だ。それを見た旅人達は慌てて、木の下に避難せざるを得なかった。
旅人達が避難するのを待っていたかのように街道を30騎ほどの白い鎧を身に纏った騎兵が次々と駆け抜けていった。それから、少し間を置いて、どこかの領主の騎兵が100騎ほど追撃していた。
「一体、何事だ?」
彼らの目には不思議な事に近衛騎士団らしき騎兵が追いかけているように見え、旅人達はそれぞれ首を捻りながら、長閑に先程見た光景について、隣の者と話していた。
しかし、残念ながら、彼らの疑問を関係者が悠長に答えている暇などなく、続々と通り過ぎて行った。後には多数の馬によって、立てられた土埃のみが残されていた。
◆
その土煙を上げているうちの一人である若い男が馬にしがみ付きながら、愚痴っていた。
「はぁ~。のんびりと理想の生活をしていたと思ったら、いつの間に逃走犯か・・・。それにしても、仕事から逃げる為に覚えた乗馬がこんなところで役に立つとは・・・。」
騎兵に追いかけられているとは思えない程、緊張感のない若い男に山賊の一人が思わず突っ込みを入れていた。
「カズマ兄貴~~。愚痴っている暇があったら、何とかして下さいよ!」
「分かっているよ。ジャスティン、何とかならないか?」
傍らにいたジャスティンと呼ばれた、世界で一番不幸な目にあっていると全身で表現している男は自然な動作で追いかけてくる騎兵に弓を構えると、よどみなく矢を放った。
狙い誤らず、矢は騎兵の一人に当たり、何か絶叫を発しながら、落馬していった。
その哀れなる兵士は後ろを走る騎兵をも巻き込み、更に何人か落馬したが、大部分の騎兵仲間の仇を討たんと怒りに燃えながら、更に追いかけていた。
「・・・・・・今ので、最後。」
ジャスティンは一言呟くと、矢が無くなった愛用の弓を背中に片付けた。
「とりあえず、逃げられるところまで逃げるか。」
カズマと呼ばれた若い男は肩を竦めると、とりあえず捕まらないように馬の足を速めた。
それに続き、周りの山賊達も馬の足を速めていった。
そして、少し後を追いかけている騎兵達も逃がしてなるものかと、馬の腹を蹴ると猛然と追いかけた。
カズマ達が追われることになった出来事をつい数時間前まで遡る。
◆
フォルラン侯爵の命により、300騎程度の騎兵がバトゥーリ収容所に向かっていた。
この動きにカズマ達は気付いていなかったが、幸いな事にダグラスが目撃をし、いち早く、カズマ達の耳元に情報が入った。この情報にカズマ達は軽い、恐慌状態に陥ったが、さすがに山賊時代、散々騎士達と遣り合っていたバルカンは場慣れしていた。
「騎兵が来るのに、まだ時間が少しあるでやんす。各自、己の荷物を確認次第、南の街道へ移動するでやんす。」
バルカンの言葉に恐慌状態だった元山賊達は見る間に立ち直っていった。
長らく、山賊の頭だったバルカンは経験上、混乱した集団をすぐに立ち直らせるには何か命令を集団に与える事を知っていた。人間の特性上、考えさせる時間を与えずに何か行動をさせれば、自然と落ち着いていくのだ。
元山賊達も自分の為すべき、行動を思い出すと、その後の行動は迅速だった。食糧や薬、武器、軍資金などの必要最小限の荷物を確認していった。
しかし、皆がそれぞれ、己の仕事を全うしようと、行動している最中、カズマは目を瞑り考えていた。
・・・・・このまま、徒歩で南へ逃げても逃げきれない。馬の足と人間の足で競争して、勝てると思うほど、楽観的にはなれなかった。つまり、このまま何も考えずに南へ逃げても、いずれ、騎兵に捕捉され、殲滅されることだろう。どうしても、何か策が必要だった。
そう思い、何か逃げ切る為の道具はないかと見渡したカズマはある物を見て、初歩的な事に気が付いた。
「そうか、何も取るべき道は一つだけじゃない!!」
カズマの視線を辿ると、その先にはバーネット皇国へと繋がる、東の街道があった。その街道の存在に気付いた瞬間、カズマの思考回路が急速に回転し始めた。
そして、その回転が止まった時、カズマは不敵な表情を浮かべていた。
「ダグラスとアイザックは予定通り、王都へ。他の人は全員、東の街道へ!」
「兄貴、良いでやんすか?南方面が一番、国の目が届かないでやんすよ?」
突然のカズマの方針転換に驚いたバルカンが念のために聞き返すと、カズマは自信たっぷりに頷いた。
「確かにその通りだけど、南方面じゃ、騎兵から逃げ切れない。だが、東方面なら逃げ切る策がある。時間もないし、説明は移動しながら、話すから!」
そんなカズマの様子を見ていたバルカンは一旦、息を吐くと、再び、元山賊達に指示を出した。
「全員、聞いたでやんすね?アイザック、ダグラスは王都に別行動。他は駆け足で東の街道へ!」
「「了解」」
バルカンの言葉を聞くと同時にアイザックとダグラスは再び王都へ、他の元山賊達は東の街道へと駈け出した。
そんな元山賊達と一緒に駈け出したカズマはバルカンに声を掛けた。
「それにしても、自分で言うのも何だけど、よく信じてくれたね?」
「何を言っているでやんすか?ここに集まったメンバーは全員兄貴を信じきっている者だけでやんすよ?兄貴以外なら信じられない言葉でも、兄貴の言葉だったら、信じる連中だけでやんす。例え、兄貴がドラゴンを見たといっても、全員、信じるでやんすよ?」
バルカンの言葉にカズマは胸の奥で暖かいものを感じた。
「だからオイラ達は兄貴に賭けるでやんすよ。」
「・・・分かった。なら、俺に有り金を(※1)オールインしとけ、損はさせねぇから。」
何だか照れ臭くなったカズマはしばらく無言で東の街道へと向かっていた。
◆
その頃、バトゥーリ収容所へと向かう300騎の騎兵は道を急いでいた。彼らはカズマの脱走の動きを警戒したフォルラン侯爵が急いで派遣した先遣部隊・・・・では勿論ない。
彼らの目的はフォルラン侯爵をバトゥーリ収容所に迎える為の準備を整えることだ。
フォルラン侯爵の口に合う料理を作る材料の確保、侯爵に相応しい寝所、侯爵の夜伽を務めるに相応しい美女の手配etc・・・・。更には目障りだったカズマを簡単に殺すのは勿体ないと考えていた侯爵は処刑場を作り、衆人環視の下に惨たらしく処刑する為に磔やら、市中引き回しの刑やらを実行しようと、諸々の準備をも命じていた。
つまり、簡単な話、彼らは現代日本でいう雑用係やパシリと呼ばれる種族に極めて近い存在であった。むしろ、雑用係、パシリと呼ばれた人の前世は彼らなのかも知れない。
そんな彼らはフォルラン侯爵が着くまでにやる仕事は山ほどあった。その為に騎馬を与えられているといっても過言ではない。
フォルラン侯爵の考えでは例え、戦場においても貴族は貴族に相応しい環境を整える必要があると認識していた。その為、他の貴族の手勢にはない役割を与えられた部隊が存在することになった。
ともあれ、300騎からなる騎兵はバトゥーリ収容所に無事に着いた。
しかし、収容所の前でいくら「開門!」と叫んでも門が開かない事に不審に思った指揮官は部下に突入を命じた。
そして、突入する部下に続き、指揮官も収容所に入った。
突入した部下は一室、一室、丹念に調べ、ついにある倉庫のような部屋で縛られている看守達を解いている所長を発見した。
そこで、所長から詳しい話しを聞いた指揮官はすぐさま、カズマ追撃部隊を出す事を決めた。賊は約30~50名ほどと言う事が分かった。一方のフォルラン侯爵の騎兵は300騎もいるので十分、捕縛することは可能だと判断した。
「千騎将殿、編成はいかがいたしますか?」
「そうだな・・・。」
今回、フォルラン侯爵の命を受けた千騎将は部下に10人の百騎将がいたが、そのうち3人の百騎将を伴っていた。この百騎将はそれぞれ100人を率いていた。合計300人の騎兵を南と東の街道のどちらに振り分けるか、少し迷ったが・・・。
「よし、南の街道には百騎将を二人連れて行く。俺はその部隊について行くが、お前は念のため、東の街道に行け。」
千騎将は手早く3人の百騎将に命令すると、すぐさま収容所の外にでた。そして、千騎将は二人の百騎将を連れ、200人の騎兵と共に南の街道へ。残す百騎将の一人は百人の騎兵と共に東の街道へと向かっていった。
そして、この東に向かう百人がカズマの命運を左右する事になるとはこの時の千騎将が知るよしもなかった。
※1 オールイン=ギャンブル用語の一つで自分の持っている金を全て賭けることを言います。
これで34話目となります。思ったよりも、卒論が順調で早めに更新出来たものの・・。どうも、キリが悪い終わりに。本当でしたら、もうちょっと先まで書きたかったのですが。あれよあれよと書いているうちに長文になり・・・。泣く泣く、ここで話を区切ることになりました。感じ的には前編ですね。次回には逃亡編が一区切り出来るものと妄想しています。
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