第二章 33話 アニキ、お勤めご苦労様です。
「カズマ」 この三文字の言葉で俺は親、友人、先輩、後輩などに数えきれないほど呼ばれていた。しかし、同じ「カズマ」でも声に込められた感情はその時々により、違っていた。怒っている時もあるし、喜んでいる時もある。同じ人でも状況によって、様々な「カズマ」を呼ばれていた。それならば、俺の耳に聞こえてきた「カズマ」にはどういった感情が込められているのだろう?
親しみか?安堵か?喜びか?
どれも合っているようで、どれも違う気もする。
ただ、何故か、俺はその「カズマ」という言葉にゆったりと寛いだ気分になった。
大抵の場合、彼女から「カズマ」と呼ばれた次の瞬間には体に衝撃が走るのだが、それを心待ちにしている自分がいる。
彼女から呼ばれる「カズマ」という言葉に現実も悪くないと何故か思ってしまった。
◆
かすかに聞こえた「カズマ?」という、ここで聞こえるはずのない天敵の言葉にカズマは目を開けた。
身を起こしながら、聞こえて来たと思う方向に顔を向けてみると、いつの間にか囚人居住区に入り込んだ近衛騎士にしては品の無い集団の一人に久方ぶりに見る天敵を見つけた。
そのセシリアはカズマだと確認するや、顔を真赤にしながら、猛然とこちらに歩いていた。
カズマとセシリアの間を遮るようにして立っていた、囚人達はその光景を見て、無言で歩く、セシリアに気圧されたのか、囚人達は次々と両脇に飛び退いた。
いつの間にか、セシリアの前はモーゼの奇跡のように人海が真っ二つに割れ、カズマまでの道が一直線に出来上がっていた。
カズマとの間に障害物が無くなった事をセシリアは確認すると、出来上がったばかりの道を走り出した。その姿は獲物を見つけ、追いかける豹のようだった。
「・・・ふぅ。さよなら、俺の楽園生活。」
カズマはそう呟くと、この後に起こるであろう、久方ぶりの衝撃に備えた。
一瞬後、セシリアの飛び蹴りがデッキチェアに直撃した。
その衝撃に耐えきれず、デッキチェアは横倒しに倒れ、乗っていたカズマも転げ落ちた。
「私が心配している時に、カズマは収容所をバカンスのように楽しんでいるのですか!」
あまりにも予想通りのセシリアの行動に全身に痛みを感じたが、自然とカズマの顔には笑みがこぼれていた。
事情を知らない者が見れば、美女にどつかれて、喜んでいる残念な趣味の持ち主にしか見えないだろうが・・・。
「全く、もう・・・・。カズマ、それでは早く収容所を出ますよ。」
「はいよ、それで状況は?」
カズマは大きく手を伸ばして、軽くストレッチをしながら、立ち上がった。
「兄貴がバカンスしている間に、状況が悪化したでやんす。あと2日ぐらいで兄貴の首は・・・。」
いつの間にか、カズマとセシリアの主従漫才の特等席で見ていたバルカンが今の情況を動作一つで簡単に説明してくれた。
右手で首をかき切る動作で・・・。
「つまり、早く逃げないと、二度と首を寝違えることの出来ない体になるわけだ?」
バルカンの説明でカズマは大体の状況は理解できた。
『恐らく、お人好しのラファエルは最後まで抵抗していたが、どうにもならなくなり、バルカンを派遣したのだろう。』
「そうでやんす。ちなみにその後は王都の城門前に作られた特設ステージで晒し首になるでやんす。」
「それはぞっとする未来だな。俺は人見知りだから、人前で晒されるのは出来れば遠慮したいな。」
バルカンとカズマのあまりにもいつも通りの掛け合いにセシリアは心配したのが、馬鹿らしくなっていた。
「ハイハイ、話はここまでにしますよ。いつ、侯爵が来るか分からないのですから。」
「「はいよ(でやんす)。」」
授業中にお喋りをしていた学生に注意する先生のようにセシリアが二人の会話に口を挟むと、不良学生二人は素直に従った。
実際、いつ来るか分からない侯爵のことを考えたら、一刻も早く移動するのが正解だった。
「それでどこに逃げる?」
「それはシャナ王国の南方面が良いじゃないでやんすか?山が深いでやんすし、住んでいる人も多くないでやんすから、見つかる事はないと思うでやんす。」
シャナ王国の王都ランパールから南はほとんど、人の手が入っていない地域が広がっている。この地域に平地の部分などが全くなく、山と木々で構成された樹海である。歴代の王も労力を費やして、開拓するほど、この地域に利便性など見いだせず、野放し状態であった。こんな所に足を踏み入れる者は猟師か自殺志願者、もしくは国から追われている、ならず者といったところだ。
「了解、了解。それじゃ、すぐに脱獄するとしよう。」
話が決まると、カズマ達の行動は早かった。早速、残っていても同じ斬首予定仲間のクーダを誘うと、一緒に行動する事を一も二も三もなく決めた。
収容所内ではやる事が無くて、暇になっていたクーダは動乱の中心にいるカズマ達といれば、面白そうだと考えていたからだ。
ただ、クーダ医師がいなくなると、前と同じ衛生環境になる為、クーダの一番弟子になっていたダリウスは泣く泣く残る事になった。ちなみにその光景を映像化すれば、映画一本撮れる程のワンシーンだった。
それはともかく、カズマ達は囚人達に見送られ、再び地獄から現世に舞い戻ることになった。
谷底から検問所に向かう道すがら、カズマはバルカンから更に詳しい近況報告を受けていた。検問所の門を通り過ぎる頃には、すっかり状況を把握していた。
「それにしても・・・。ちょっと、ゼノン教を甘く見ていたな。」
バルカンの近況報告を聞き終えると、カズマは宗教について、深く考えさせられた。
カズマ家はどちらかと言えば、代々伝わる先祖の墓の影響で一応は浄土宗の信者ということになるが、現代の大多数の日本人と一緒でクリスマスなどを楽しむ無神論者の家だった。それゆえ、人々の生活にゼノン教がどのぐらい浸透しているのかを見誤った。
実際、カズマの命がまだあるのは運が良かったとしか言いようがなかった。
これが合理的な君主だったら、さっさと見捨てるだろうし、惰弱な君主も神を恐れて、処刑していたことだろう。
たまたまラファエルが超超超々々々・・・・・・・・・・が千個程つくほどのお人好しでなければ、今頃、カズマは遠い異国の地で骸をさらしていたことだろう。
「やれやれ、今なら魔女とも友達になれそうな気がする。同じ魔女裁判経験者同士だし。いや、俺の場合は魔男裁判か?」
「・・・・間男裁判?兄貴、浮気でもしました? セシリア姐御に殺されますよ。」
収容所から外に出られる門に向かう途中、カズマの一人言を目ざとく聞きつけたダグラスの突っ込みにカズマはどこから突っ込んでいいか迷った。
すぐ近くにいたセシリアは明らかにダグラスの言葉が聞こえたはずだが、下手に突っ込みを入れて、墓穴を掘る事を恐れたのか、聞こえないふりをしていた。
しかし、一所懸命にセシリアは素知らぬ顔をしているが、顔と首が赤く染まっていることに気付いていなかった。
そうこうしているうちにカズマ一行は門に到着した。
「それでは所長さん、ここまでエスコート有難うございました。とても楽しかったですわ。それでは私どもはそろそろお暇させて頂きます。」
セシリアは優雅なお辞儀を所長にしていた。
一瞬、自分が舞踏会にいると勘違いさせるほどの所作は男女とわず、見惚れてしまうに違いないが、さすがに良いようにやられた所長は仏頂面を崩さなかった。
「私は、もう二度と収容所でエスコートするのは御免ですな。今度、エスコートするなら舞踏会に限らせて頂きます。」
そう言い残すと、所長は収容所へ踵を返した。
「おし、それじゃ、門を開けるでやんすよ。」
バルカンの号令の下、山賊数人がかりで門を開け始めた。
門がゆっくりと開き始めると、徐々に緑豊かな景色が見え始めた。
門が完全に開くと、カズマ達は外へ出た。
カズマは久々に見る緑豊かな景色に目を細めた。
同時にカズマはバルカンのような強面の男達に出迎えられている現状が可笑しくなった。
どうも、刑務所からお勤めを終えた、ヤクザの兄貴みたいに感じたからだ。
「何か、自然の空気が上手いな。セシリア、バルカン、それから皆に礼を言うよ。」
「オイラ達は借りを返しただけでやんす。」
「私はカズマの副官だから当然のことです。」
「カズマ兄貴には世話になったからな。」
「・・・・・・当然。」
「カズマの傍にいたら、退屈しないしね~。」
「ヒッヒッヒッ、人体実験のサンプルは多いほどいいしな。」
それぞれが口々に個性的な返事をカズマに返した。
そんな仲間に囲まれ、カズマは日本にいた時は感じなかった充実感をこの世界で感じた。
しかし、同時に強烈な不安をカズマは感じた。
カズマは次第に自分がこの世界に愛着が湧き始めているのを感じ取っていた。
そんな考えを振り払おうと、カズマは首を左右に振り、今後の予定を考えた。
「そうそう、アイザックとダグラス。ちょっと、王都で一仕事頼まれてくれないか?」
「いいけど、何をすればいい?」
「なになに?何か面白い事か?」
首を傾げるダグラスと期待に満ちたアイザックをカズマは手で招き寄せた。
「ちょっと、二人とも耳を借して?」
カズマは二人だけに聞こえるようにヒソヒソと話し始めた。
しばらくして、カズマが話し終えると、二人は納得した。
「なるほど、了解、了解!任せてくれ。」
「ウフフフッ、腕が鳴るわね。」
良い笑顔を浮かべた二人にカズマも良い笑顔で応えた。
「あぁ、二人に任せた。俺はやられたら、精神崩壊起きるまでやり返す主義だからな。」
「・・・・俺は今、心の底からカズマ兄貴の敵に同情しているよ。」
カズマの言葉に何かを感じとったダグラスは身を震わせた。
「それじゃ、私達はこれから別行動を取るわね。ほら、ダグラス、行くわよ?」
アイザックは震えているダグラスの首を掴むと、王都へと繋がる街道を二人で進み始めた。
「それじゃ、俺達はこっちの道を行くか?」
カズマ達がシャナ王国の南へと向かう街道へと足を向けようとした時、王都へと向かったはずのダグラスが慌てて、駆け戻ってくるのが見えた。
「何か、忘れ物でやんすか?」
この時は呑気に構えていたカズマ達だが、ダグラスの第一声に腰を抜かすことになる。
「タタタタタタッ大変だっ!すぐ近くまで、フォルランの騎兵どもが来ている!」
ダグラスの言葉にカズマ達は一斉に青ざめた。
この時、王都から収容所へ向かう街道を300騎の騎兵が主君の命を受け、収容所へと向かっていた。
というわけで33話をお送りいたします。
やっと、収容所編が終わった・・・。
それにしても、「小説を読もう」がリニューアルオープンしたものの
未だに機能を使いこなせない・・・・。orz
早く慣れないと・・・。
次回はカズマが逃亡中。それと、そろそろ卒論を書かないと、ヤバゲな感じになりつつあるので、少々遅れるかもしれません。と言っても、そこまで遅れるつもりはありませんが。次回も宜しくお願い致します。
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