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シャナ王国戦記譚  作者: 越前屋
第二章
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第二章 30話 ラファエル変心?

ランパール城の大広間には張り詰めた空気が漂っていた。

カズマがバトゥーリ収容所に収監されてから、初めての評定となった、この日、

集まった貴族達は普段とは違う国王の様子に顔を見合わせていた。

常に温和な表情を浮かべている国王が無表情だったのである。

普段は柔らかく微笑んでいる口が真一文字に結ばれ、優しさに満ちた目も閉じられていた。


評定が始まり、各部署の定例報告の最中も国王の様子は変わらずにいた。

しかし、定例報告がゼノン教の話に移ると、無表情だった顔には強い意思を宿らせた王者の顔に変わっていたことに何人かの貴族が気付いた。

そして、おもむろに玉座からラファエルが立ち上がったことで、この場に集まった全ての人間がラファエルの変化に気付いた。

ラファエル自身はそんなことを気にせず、貴族達を見渡しながら、話し始めた。


「諸君に伝えたい事がある。ゼノン教に災いをもたらす、カズマ及び、カズマに(くみ)する者達を処刑することをラファエルの名において、命じる。

この任をフォルラン侯爵に頼みたい。」


ラファエルがフォルラン侯爵を見据えた。


「承りました、陛下!これよりバトゥーリ収容所に出向き、カズマを処刑して参ります。また、カズマに与する者も捕らえ次第処刑いたします。」


墓場と称される場所に送り込んでも、死ぬ気配がないカズマに侯爵は苦々しく感じていた所に願ったり、叶ったりの国王の命令に喜び勇んで、国王の命令を引き受けた。


「ではフォルラン侯爵、頼んだよ。」

「お任せ下さい、陛下!それでは私はこれで!」


そう言い残すと、フォルラン侯爵は意気揚々と大広間を出て行った。

その姿を国王はいつまでもジッと見詰めていた。

その後は何も話さない主君の様子に自然と評定は解散の雰囲気になった。

一人、二人と大広間を後にしていき、後にはラファエル国王と終始無言を貫いたルーク騎士団長、フローレンス近衛騎士団長、グローブ宰相などが残っていた。


また、この日、シャナ王国全土に国王の命令で立て看板が出されていた。

その立て看板には『カズマをゼノン教に大いなる災厄をもたらす者として、処刑する。

また、カズマに与するバルカン、アイザック、ジャスティン、レスター、ダグラスの以下5名を見かけた者はすぐに近くの騎士に知らせよ。』という内容が書かれていた。

この為、貴族だけでなく、シャナ王国の全国民がラファエルの決意を知った。






話をラファエルがカズマを処刑することをフォルラン侯爵に命令することになった評定の2日前まで遡る。


グランバニア大陸全土に信徒を抱えるゼノン教は当然ながら、教会をグランバニア大陸全土に建てている。

その大きさは大小様々だが、最も大きな教会はやはり、都市ランスにある総本山だ。

規模としては「戦国の三雄」各国の国王が住む城と比べても遜色がない大きさである。

そこから、数段劣ってはいるが、王都に建てられたシャナ管区支部の教会、帝都に建てられたセントレイズ管区支部の教会、皇都に建てられたバーネット管区支部の教会は教皇に次ぐ地位の枢機卿がいる為、必然と教会の規模もその国の筆頭貴族の屋敷ぐらいの大きさになっている。


そのシャナ管区支部の教会ではバロモンド枢機卿が教皇からの使者を恭しく迎えていた。


「それで、スペンサー教皇は何と?」


赤い法衣に包まれた使者に問いかけた。


「バロモンド枢機卿がいつまでも手間取っていることに教皇様は深く失望しております。このままでは後任者を考えざるをえないと申しておいでです。」


「それに関しては私の不徳の致すところです。しかし、あまり、ラファエル国王を追い詰めますと、厄介なことになるかもしれません。」


あくまでも高圧的な使者にバロモンド枢機卿は平身低頭するしか無かった。

地位的にはバロモンド枢機卿が遥かに上なのだが、赤い法衣は教皇の使者であることを表しており、これを身につけている者の言葉は教皇と同じことなのだ。

さすがに野心家のバロモンド枢機卿としても、頭を下げざるを得ない相手だった。


「教皇様はあくまでも、カズマの処刑を求めておいでです。あくまでも、ラファエル王が庇うのならば、破門するのも止むを得ないとのことです。その為、私は教皇様から、破門状を預かっております。即刻、バロモンド枢機卿はラファエル王を破門にし、カズマを処刑せよとのことです。」


「それがスペンサー教皇の意思ならば、否応もありません。直ちにラファエル王を破門することを伝え、新国王にカズマを処刑するように仕向けましょう。」


「うむ、ならばいいでしょう。それでは教皇にその事を伝えましょう。それと、教皇への報告書を書いて頂きたい。」

「分かりました。」


バロモンドは急いで、教皇への報告書を書くと、使者に渡した。


「それでは私はこれで失礼いたします。」


あくまでも、高圧的な態度を崩さない使者が部屋を出て行くのを確認してから、バロモンド枢機卿は溜息をついた。


「・・・まったく、スペンサーめ。切り札の使い方を知らないのですか。切り札はあくまでも、脅しで使うのが賢い使い方だというのに・・・・。」


眉間に手を当てて、溜息をついた。

バロモンド枢機卿の目算では破門という切り札でラファエル王がカズマを処刑するのに後少しのはずだったのである。野心家であるバロモンドの考えではカズマと国王の地位を天秤にかければ、後者を取るのは自明の理だった。バロモンドにとってはどう考えても、カズマを取る事はありえない選択なのだ。その為、バロモンドは脅しで済む話だと思っていた。


「やれやれ、これでシャナ王国のゼノン教への心証は最悪ですね。」


ラファエル王を嫌っている貴族はまだ多いが、実力者達が揃って、ラファエル王に忠誠を誓っているのである。バロモンドがどう考えても、その実力者達がゼノン教に好意的になるとは思えなかった。


「シャナ王国とゼノン教の全面対決する日が来るかもしれませんね。」


彼が最後に呟いた一言は誰にも聞こえる事なく、部屋の中に消えて行った。

しかし、その誰にも聞こえなかった声を神が聞き届けてしまったのか、その第一歩になる小さな出来事が王都の外で起きているとは、さすがのバロモンドでも気付かなかった。





ラファエルは己に重大な危機が迫っていることを知らず、夜遅くまで執務室で今後の事を側近達と話し合っていた。

ガンドロフ将軍は城外で兵の訓練を行っている為、ルーク、グローブ、フローレンスの面子が執務室にいた。


「セシー姉は呼ばなくて良かったのかな?」

「仕方がありますまい。セシリア殿は冷静さを装っていますが、いつ爆発するか分かりません。話の内容次第で何をするか・・・。」


眠気覚ましに飲んでいた、暖かいコーヒーの入ったカップを置き、国王がフローレンスに問いかけた。


「さすがにセシー姉があそこまで冷静さを失うとは思わなかったなぁ。ケイフォードと戦った時でも冷静沈着だったのに。それじゃ、一刻も早くセシリアが安心出来るように僕たちで頑張るとしますか。それで、カズマは相変わらず無事に収容所で過ごしている?」


国王の不安をグローブ宰相が振り払った。


「それなら、問題ないと看守から報告が上がってきていまんねん。むしろ、仕事から解放されて、バカンスをしておるような様子や。」

「さすがはカズマだね。墓場をリゾートに変えるなんて。僕も王様の仕事から解放されたいし、一度行ってみようかな?」

「さすがに国王が収容所に入るのは体面的なこともありますから、お止め下さい。」


国王の言葉に苦笑いしながら、ルークが窘める。


「まぁ、それはともかく、ゼノン教との交渉は上手くいっている?」

「それが芳しくオマヘン。なんぼ援助すると言っても、聞く耳を持ってくれまへん。カズマが託宣で出た人物とはちゃうことを証明出来ればええーのやけど・・・。」


宰相が首を振って、結果を伝える。


「どうしたものかな〜。まぁ、とりあえず、カズマは無事そうだしね。しばらく、バカンスを味わっていて貰うかな。」

「それがそうも言っていられません。カズマが死ぬ事を期待していたゼノン教がこのまま、見守ってくれるとは思えません。必ず、何らかの行動に出ると思います。」


ルークの言葉にラファエル達は打開策を考え始めた。

執務室で会話が止まり、ラファエルの前に置かれていたコーヒーが冷めた頃、執務室の扉を誰かが叩く音がした。


「どうぞ、中に入って。」


ラファエルが中に入るよう促すと、カズマの忠実な部下であるバルカンが入って来た。


「失礼するでやんす。陛下達に緊急の話があるでやんす。とりあえず、この手紙を読んで欲しいでやんす。」


バルカンは執務室に入ると、一直線にラファエルに歩み寄ると、右手に握っていた紙をラファエルに手渡した。ラファエルはバルカンの必死な顔に首を傾げたが、受け取った手紙を読み始めた。だが、少し読んだだけでラファエルの顔が青ざめ始めた。


「陛下、いかがなさいました?」

「読んでみれば、分かるよ・・・。」


ラファエルは読んでいた手紙をルークに手渡した。渡された手紙をルークが広げて、読み始めると、内容が気になったのか、ルークの顔の左右から、フローレンスとグローブが覗きこんだ。しばらく読み進めると、3人とも一気に青ざめた。


「陛下を破門とは・・・・。バルカン殿、この手紙をどこで?」

「ゼノン教シャナ管区支部の教会から出てきた偉そうな生臭坊主を王都の外までつけて、山賊のフリをして襲ったでやんす。その時の生臭坊主の持ち物にあったでやんす。」


「その坊主、もしかして、赤い服を着けていなかったか?」

「してたでやんすよ。」

「間違いない、そいつは教皇の使者だ。それにしても、厄介なことになったものだ。」


この場で一番不幸慣れしているフローレンスが先に立ち直った。


「近日中にバロモンドが陛下の破門を伝えるでしょうね。そうすれば、シャナ王国中が知る事になります。もはや、陛下は退位するしかなくなるでしょう。

・・・陛下、カズマを処刑しますか?」


もし、バルカンが殺意を込めた視線で人を殺せたら、ルークは即死していたに違いない。


「・・・・・・・カズマを処刑しない。例え、僕が破門にされて、国王の地位を失っても。ここでカズマを処刑する決断をするぐらいなら、ケイフォードと争いはしなかったよ。皆、いままで有難う。駄目な上司だったけど、君達には感謝しているよ。」


既に王様を退位する気満々(?)のラファエルにルーク達はいつの間にか暖かな笑みを浮かべていた。


「陛下、我々にご命令下さい。カズマの処刑を阻止し、ゼノン教と戦えと。」

「私は敬虔な信者ですが、私が信じるのは神だけであり、教皇の言葉を信じません。それに教皇が喧嘩を売りつけてきたのです。ならば、その喧嘩、買ってやりましょう!」

「わてが信じる神は儲けさせてくれはる神だけや。損させる神なら、二束三文で信仰心を売ってやるわい。」


それぞれが不敵な笑みを浮かべて、ラファエルの考えに賛意を示した。

後世でもラファエル王が人々に愛され続ける存在になっているのは彼の不思議な仁徳によるものだろう。彼の甘く、優しい性格は指揮官としては無能なのは衆目が一致することだった。しかし、指揮官として、無能でも君主としても無能とは限らない。

この王は自分が支えないと駄目だと臣下が感じるからだ。

ある意味、ラファエル国王は子供のような存在だ。男も女も小さい子供には無条件で手を貸したくなるのと同じ理屈でラファエル王にも自然と手を貸したくなるのかもしれない。


「みんな、有難う。・・・カズマの処刑を阻止し、ゼノン教と戦うことを王として命じる。何か方策はある?」


いつの間にか目から流れた液体をラファエルは袖で拭うと、信頼できる臣下に方策を聞いた。


「残念ながら、教皇の要求を退けるのは難しいと思われます。下手に撥ねつけると、陛下が破門にされ、退位するだけです。その後に傀儡の王がカズマを処刑することでしょう。ここは従ったフリをしましょう。」


「具体的にはどうするの?」

「まずは次の評定でカズマを処刑するようにフォルラン侯爵あたりに命じて下さい。」

「・・・カズマを処刑するように?」


国王の命令とは矛盾するルークの提案にラファエルは首を傾げた。


「そうです。陛下がカズマに処刑を命じたとなれば、陛下を破門にする理由が失われます。その間にカズマを収容所から脱獄して、逃亡し、処刑出来なかったとしても陛下の責任にはなりますまい?責任は処刑する事が出来なかったフォルラン侯爵が取って下さるでしょう?」


ルークのニッコリとした笑みに執務室の人間は例外なく恐れ慄いた。この日、ラファエルはルークがいざとなれば、人に笑いかけながら、背中に刃物を隠し持った右手で刺せる事に今更ながらに気が付いた。

後に舞踏会に参加した一人が「一番敵に回したくない存在は?」と質問したことがあった。聞いていた人々は「ギルバート」と答えるものだと思っていたが、ラファエルは真顔で「ルーク」と答える事になる。



「・・・・・それで、カズマを脱獄させた後は?」


気を取り直したラファエルはルークに聞いた。


「方法はいくらでもあります。カズマと年格好の似た若者の死体を探して、ゼノン教に差し上げましょう。ただ、黒髪黒目にするのは難しいですから、焼死体にするなどの偽装が必要ですが。そして、頃合を見計らって、カズマには仮面を付けてもらえば、再登用しても分かりますまい。」


「おいおい、幾らなんでも仮面だとバレないか?」

「顔に火傷を負ったとか理由は適当にでっち上げれば、何とかなるでしょう。

他にも、そうですねぇ。教皇と敵対するゼノン教の幹部を支援して、スペンサー教皇には退いて貰うのもいいと思いますが?」


「成程ね。とりあえずは時間稼ぎするのが大事なのね。そうすると、カズマを脱獄するのは絶対条件だけど、どうやって、カズマを脱獄させる?」


「やはり、バルカン殿に動いて貰うのが一番なのですが・・・。」


ルークの口調が途端に歯切れが悪くなった。それはバルカン達の危険性を考えてのことだった。心情的には脱獄したカズマ達を擁護したいが、表立って、擁護することが出来ないのだ。捕まれば、カズマ共々処刑されかねない危険な役目をバルカンに頼もうとしていることに罪悪感が湧いたからである。


「おいらは構わないでやんす。おいらの命は兄貴に一度救われたでやんす。だから、おいらの命は兄貴の為に使えるなら本望でやんす。」


バルカンはルークの罪悪感を振り払う、力強い声で脱獄の片棒を担ぐことを決意した。


「バルカン、済まない。」


ラファエルは万感を込めた謝罪をバルカンにした。


「陛下がカズマの味方なら謝る必要はないでやんす。謝る時はカズマの敵になった時にして欲しいでやんす。それよりも、カズマを脱獄させるのは今すぐでも良いやんすか?」


カズマを一刻でも早く墓場の中から地上に引き上げたいバルカンは国王に聞いた。


「いえ、それでは早すぎます。陛下がカズマを処刑することを命じた後でなければ、陛下が脱獄を指示したと疑われる可能性があります。あくまでも、陛下がカズマの処刑命じたと聞いたカズマに味方する勢力がカズマの脱獄を手伝ったという筋書きでなければ。

次の評定が2日後ですから、その評定後にカズマを脱獄させて下さい。」


ルークの言葉にバルカンはなるほどと頷いた。

その後もカズマの脱獄の手順や脱獄後のことを明け方になるまで、執務室で熱心に話し合われた。そして、あまりにも集中しすぎたのか、執務室の外でひっそりと人が佇んでいた事に誰も気がつかなかった。


お待たせいたしました。これで30話目となります。

まさか、ラファエルが?という思わせぶりな話ですが、結局、ラファエルはラファエルなんですけどね。


次回はカズマのプリズンブレイク編です。


それと、明日からちょっと旅に出ます。日程は4泊5日の予定ですので、もしかしたら、更新が多少遅くなるかもしれませんがご了承下さい。(旅先でも書くつもりですが)

それではまた、次回の更新時に!


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