第二章 28話 メテオインパクト
「陛下はカズマを見捨てるのですか!
よりにもよって、バトゥーリの墓場に収監するなんて!!」
ランパール城の大広間に美女の大声が響いていた。
ガンドロフ将軍がセシリアの口を押さえていた手を退けると同時に、ラファエルに詰め寄っていた。
「セシー姉!首は止めて、首ワッ・・・・!!」
ラファエルは一生懸命、セシリアを宥めようとしたが、首を絞められた。
普段、カズマをお仕置する為に開発されたチョークスリーパーが的確にラファエルの気管を締め上げた。
徐々に青黒くなった主君の顔を見て、慌てて、フローレンス将軍がセシリアをラファエルから引き離した。
「セシリア殿、止めて下さい!」
もし、カズマがこの場面を見ていたら、日本の歴史的事件を思い起こしていたかもしれない。更にフローレンス将軍が「殿中ですぞ!」と叫んでいたら、まさしくピッタリの場面だろう。
「ゼェッ、ゼェッ、ハァ。・・・僕はカズマを見捨てるつもりはないよ。
カズマを収容所に行かせない。あれは時間稼ぎだよ。ルーク、そうだよね?」
セシリアの魔の手から逃れたラファエルは一息着くと、ルークに同意を求めたが・・・。
「いいえ、陛下。カズマにはバトゥーリ収容所に収監して貰います。」
「えっ・・・・!ルーク、何を言っているの?」
ルークのまさかの発言にラファエルは狼狽した。
「陛下、別に私はカズマ殿を見捨てるつもりはありません。カズマ殿を助ける為に必要なのです。」
ルークの顔には苦悩に満ちていた。
「それなら何故、カズマを生きては出られないと評判のバトゥーリに収監するのですか!」
普段の冷静なセシリアなら考えれば、分かる事が、冷静さを失った、今の彼女には思い浮かばないらしい。
「セシリア、そなたが激昂してどうするのじゃ?戦と同じですのぉ。
先に冷静さを失った者が負けるのじゃ。それではカズマを助ける事は出来ぬのぉ〜。」
歴戦の猛者であるガンドロフ将軍の言葉には重みがあった。
それまで、冷静さを失っていたセシリアが年長者の言葉に我に返った。
「・・・スミマセン。」
セシリアは深呼吸をして、自分を落ち着けると、恥じ入るように謝罪の言葉を口にした。
「いえ、私は気にしていません。
それでは話を戻しますが、私がカズマを収監すべきだと考える理由を説明いたします。
まず、今回の出来事。これはフォルラン侯爵が筋書きを考えたと思いますか?」
「それはありえませんわ〜。わてが財務卿時代に何度か一緒に仕事しましたけど、仕事は全部わてに丸投げですわ〜。目先の利に釣られる者の典型ですわ〜。」
ケイフォード時代にフォルラン侯爵が一応の上司だったグローブ宰相が否定する。
「そうです。恐らく、フォルラン侯爵の後ろには黒幕がいるはずです。」
ルークが断定するように言った。
「それは誰なのですか?」
セシリアは冷静さを取り戻してはいたが、カズマを陥れた犯人に殺意を込めて、聞いた。
「私が思うに、バロモンド枢機卿が筋書きを考えたと思われます。
また、その更に後ろにはスペンサー教皇が控えているでしょう。」
「その理由は何ですか?」
「スペンサー教皇の手紙です。戦国の三雄の一国を占める、シャナ王国の国王を破門にすると脅す内容でした。そんな重大な手紙が一朝一夕で出来るものではありません。しかし、クーダ医師の提案を認めたのはつい先日です。にも拘わらずそれを用意できた。これはゼノン教が裏で手を引いている証拠です。」
このルークの言葉に全員が頷いた。
「確かにそんな手紙をすぐに用意出来るはずもないな。しかし、何でカズマを目の敵に?特にゼノン教に不利益を被らせてはいないはずだが?」
フローレンス将軍の疑問にグローブ宰相が答えた。
「もしかしたら、わてが思うにカズマはんの髪と目が悪いのとちゃいまっか?
シャナ王国の初代ヨシトゥーネ国王と同じでっしゃろ?」
「しかし、それだけで目の敵にするものなの?」
「これは昔の商人仲間に聞いた話なんやけど、何でもゼノン教に災いをもたらす者が出たと託宣に出てもうたらしいんですわ。それから、グランバニア大陸には黒目と黒髪の人間は珍しいですねん。カズマと初代ヨシトゥーネ国王と重ね合わせたかもしれまへん。ともあれ、まさか、カズマはんに目を付けるとは思いもせんで言うのが遅れて、申し訳ありまへん。」
グローブ財務卿の謝罪にルークがフォローした。
「仕方がありません、誰もこんな展開になるとは思いませんでしたし。
それよりもゼノン教が敵に回ったら、誰が敵なのか分からないランパール城は危険です。しかし、バトゥーリ収容所ならば、ゼノン教の息のかかった者の侵入が防げます。
また、収容所内で流行っている病気のことですが、名医のクーダ殿も一緒に同伴させられます。裏から手を回して、クーダ殿に薬類などを届ければ、ランパール城よりも安全な場所になると思います。」
「ルークの考えは分かったよ。・・・・・・カズマの扱いはルークの言った通りにしよう。その間にカズマがゼノン教に敵対しないことをスペンサー教皇に説得するとしよう。」
ラファエルの判断にルーク達は敬礼することで、承諾の意思を表した。
しかし、今まで会議の流れを見守っていたバルカンが口を開いた。
「陛下達の考えは分かったでやんす。でも、もし兄貴を見捨てたり、死んだりしたら、おいら含め、兄貴に救われた山賊が敵に回ることを覚悟して貰うでやんすよ。これで失礼するでやんす。」
バルカンはそうラファエルに伝えると、大広間を出て行った。その態度は国王に対して、不敬の何物でもなかった。だが、何者にも媚びず、カズマに忠誠を誓う後ろ姿は颯爽としていた。その姿を見た、ラファエル含め、誰も咎めようと思う者はなく、いつまでもバルカンが出て行った出入口を眺めていた。
同時刻、レヴァン家において。
アルバート侯爵はワイングラスを片手に深々とイスに腰を下ろしながら、妹のヴァレンティナと話していた。
「やれやれ、こうなってはカズマの後ろ盾になる話はなしだな。まぁ、橋渡しする前にこうなって良かったがね。橋渡しした後に収容所に収監されていたら、目も当てられん状態になっていたしな。」
アルバート侯爵が上等なワインを一口飲み、優雅に味を楽しんでいると、それまでアルバートの話を面白そうに聞いていたヴァレンティナが口を開いた。
「お兄様、そう思うのは早計だと思うわ。」
「ふむ。何でだね?」
「だって、今が恩を売るチャンスじゃないかしら?その後にラファエル陛下が難局を乗り切ったら、レヴァン家もラファエル陛下の側近の仲間入りだわ。そうなれば、レヴァン家は飛躍するわよ。」
目を細めて、アルバートを見る姿はチェシャ猫のように見える。
「たしかにそうなれば、レヴァン家が今より飛躍する事は間違いないが、今の情勢はフォルラン侯爵が圧倒的に優勢ではないか。どうやら、ゼノン教を味方につけているようだしな。」
あくまでもラファエルに懐疑的なアルバートにヴァレンティナが駄目押しをする。
「あら、お兄様。たしか、そのセリフはケイフォード殿下とラファエル陛下が争っていた時も同じ事を言いましたわよ?」
「やれやれ、お前は私の古傷をいつ突くか、分からんから始末に負えん。それではラファエル陛下が難局を乗り切ると思う理由は何だ?」
数々の社交界で浮名を流した所為か、自分よりも遥かに男の価値を見極めることに長けている妹にアルバートは聞いてみた。
「だって、お兄様?あんな醜い白肉饅頭がラファエル陛下を倒せると思いまして?文武両道のケイフォード殿下ですら、負けましたのに?」
「白肉饅頭は酷いな。まぁ、言い得て妙だがね。」
妹の酷評に思わず、アルバートは苦笑してしまった。
「だって、パーティー会場であの顔を見ると、どこの養豚場に迷ったのかと思いますもの。」
その時の事を思い出しているのか、ヴァレンティナの表情は高級フランス料理の中に虫を見つけたかのようである。
「やれやれ、名門ザーム家の当主もヴァレンティナにかかっては形無しだな。
わかった、お前の判断を我が家の方針としよう。」
「お兄様、有難うございます。それではカズマの籠絡は続けますわね?絶対にカズマは私のモノにするわ。カストール家の小娘には負けませんわ。」
そう息巻いている妹の姿はアルバートには肉食獣が獲物を見定めて、藪に隠れている姿に見えた。
更にその頃、白饅頭(フォルラン侯爵)はバロモンド枢機卿と屋敷で会っていた。
ルークの推論通り、今回の筋書きを書いたのはバロモンドだった。
ラファエルに不満を持っており、ある程度の影響力を保持しつつ、カズマを敵視している人物を選定した結果、フォルラン侯爵を選んだ。
ゼノン教はお金をちらつかせつつ、カズマを排除出来ると言葉巧みにフォルラン侯爵をその気にさせた。バロモンドは策を弄したばかりなので、ラファエルに気付かれる可能性も考えて、あまりフォルラン侯爵に会うつもりはなかった。
だが、フォルラン侯爵がカズマを収容所に収監するだけで引き下がったのを聞いて、慌てて面会を申し込んだのだ。
「フォルラン殿。何故、カズマをバトゥーリ収容所に収監することで妥協したのですか?スペンサー教皇はカズマの殺害を依頼したはずですが?」
「バロモンド枢機卿、それなら心配はいらん。バトゥーリ収容所は墓場とも称される場所だ。一度あそこに収監されれば、生きては出られん。心配には及ばんよ。
それよりも、報酬はキッチリ頂けるのでしょうな?」
バロモンド枢機卿にはフォルラン侯爵の顔いっぱいには物欲と書かれているように見えた。
「我がゼノン教に協力してくだされば、ザーム家に援助をいくらでもいたしましょう。」
「本当ですな?ワッハッハッ!これでセシリアに取り付いた害虫を駆除出来るわ、金が入るわ、一石二鳥ですな!」
フォルラン侯爵はセシリアとのこれからの事を考えているのか、その顔はだらしなく、緩みきっていた。
その姿を見ていたバロモンド枢機卿はフォルラン侯爵に気付かれないように頭を抱えていた。
『この馬鹿饅頭!折角の私の策を・・・!確実にカズマの息の根を止める事が肝要なのに。やはり、仕上げは私がしないといけませんね。』
バロモンド枢機卿は馬鹿饅頭を見ながら、新たなる決意を固めていた。
この日、フォルラン侯爵が投じた一石は恐竜を絶滅に追い込んだ、巨大な隕石級であった。
その巨大な波紋は恐竜と同じく、シャナ王国を滅亡へと誘うものなのか?
それとも、哺乳類が隆盛するキッカケになったのと同じく、シャナ王国が隆盛することになるのか?
この時の誰にもまだ分からないことだった。
お待たせいたしました。思ったよりも早めに28話目をお届けする事が出来ました。これも読者の皆様のお陰かと思います。最近、更新を楽しみにしているなどの感想が多数寄せられ、シミジミ有り難く思っています。
さて、今回はカズマを収容所に収監する事に関しての各キャラクターの思惑を書きました。上手く書けたかどうかわかりませんが、楽しんで頂けたら幸いです。
次回はカズマが収容所で・・・?
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