第二章 27話 フォルラン侯爵の切り札
昔、俺の爺ちゃんが死んだ時に母親から「お爺ちゃんは天国に行ったのよ。」と
言われたことがある。
しかし、子供ながらに俺はこの言葉に疑問を持っていた。
「もし死んだとしたら、本当に天国か地獄へ行くのだろうか?」と。
その後、酒やタバコが出来る年齢を過ぎても、未だにこの疑問の答えは見つかっていない。
まぁ、死んだ人には聞こうにも、
聞くことが出来ないから、当然と言えば当然の結果なのだが。
これで小説やらアニメの世界の住人だったら、
霊やら妖怪などを見たり、話したりすることも出来たのだろうが、
俺にはどこかの探偵?みたいに手の形を拳銃の様にしても光の弾も出ないし、
髪の毛の一部が立っても妖怪を探知も出来ないノーマルヒューマンだ。
結局、ノーマルホモサピエンスである俺がこの疑問の答えを見つけるのは死ぬ時にしか分からないのだろう。
ただ、天国はともかく、地獄は死ななくても行く事が出来るのは異世界に来て、身をもって知ることにはなったが・・・。
国には少なからず、暗部の部分が存在する。当然、シャナ王国にも暗部は存在する。
それは王都から少し離れた場所に存在した。
正式名称は建てられた場所の地名から「バトゥーリ収容所」と単純に名付けられた。
だが、人々はそんな正式名称を呼ぶ者はおらず、「バトゥーリの墓場」と呼んでいた。
重い罪人は勿論、流行病に罹った病人を隔離する為に纏めて放り込まれている収容所は
劣悪な衛生環境は病原菌の巣窟であり、元気な若者でも一週間で病気になり、
一ヶ月と経たぬうちに死ぬと言われていた。
かろうじて、病気にならない者も死刑を宣告されたのに等しい収容所は次第に心を蝕まれ、自暴自棄になった囚人同士が争いの末、死ぬことも珍しくない。
まさしく、一人入れば、一つ墓場が出来ると言われた収容所は墓場としか表現できなかった。
もし、地底から地上に地獄が現れ、バトゥーリ収容所がそうだと言われても信じてしまうことだろう。
そして、その地獄の住人の一人に猫背気味の若者が加わることになった。
「ゲホッ、ゲホッ。」
健康な人からは発せられることのない、重く湿った咳があちらこちらから発せられていた。
カズマが収容所を見渡してみても、健康的な人間なんぞ殆どおらず、
視界に入る人間は病人ばっかりだった。
バトゥーリ収容所は山と山の間の谷底に作られた収容所は周りを急峻な崖に囲まれた天然の監獄である。
そして、その地獄から地上に戻る道は一つしかない。
だが、その道には監視塔や検問所があり、囚人達の脱獄を厳しく監視していた。
「最初は高校生、こっちに来たら村人A、次は賢者、最後に神に背いた大罪人か・・・。
我ながら、波乱万丈な人生だな。」
カズマは暗澹した声で呟き、数日前のことを思い出していた。
数日前にランパール城の大広間で行われた評定は途中までスムーズに進行していた。
そして、その日に予定されていた議論が全てを終えた時にそれまで大人しくしていたザーム・フォルラン侯爵はラファエルの前に出てきた。
「陛下、最後に一つ提案が御座います。是非、お聞き届け下さい。」
「フォルラン侯爵?・・・・それで提案と言うのは?」
ケイフォードがラファエルに負け、宰相の座を引きずり落とされたフォルラン侯爵だったが、表面上は大人しく過ごしていた。
ラファエルもフォルラン侯爵本人の能力はどうあれ、シャナ王国の名門ザーム家の影響力を考えて、しばらくの謹慎で彼を許すことにした。
そのフォルラン侯爵が今までの評定では今まで提案どころか発言もしていなかった。
そのフォルラン侯爵が急に提案してきたことにラファエルは嫌な予感を覚えたが、
評定の場では建前上では自由に発言が許されることになっていたことから提案を拒否することも出来ず、発言を許してしまった。
「では、申し上げます。陛下の隣にいるカズマと名乗る薄汚い異教徒のことです。
その者はゼノン神様の教えにある一節を破っております!
聖書には全ての人類を造り出したのはゼノン神であると書かれております。
そのゼノン神様が造り出した崇高な人体を治療と称し、傷つける事を提案したカズマと医者のクーダは万死に値しましょう!
陛下におかれましては即刻、カズマとクーダを打ち首にするように提案いたします!」
フォルラン侯爵が提案すると同時にゼノン教と繋がりがあると思われた貴族達が同調した。
「まさしく、その通り!即刻、打ち首にせよ!!」
「そもそも、素性も明らかでない者がこの場にいることもおかしいわっ!!」
「ゼノン教に仇為す異教徒に死を!」
大広間にいた貴族の大多数がフォルラン侯爵に同調していた。
「一同静まれ、静まれ!!」
国の重鎮たるガンドロフ将軍、フローレンス近衛騎士団長が声を張り上げて、
一応の静けさを取り戻した。
ある程度、静かになった事を確認すると、ラファエルはとりあえず、側近達と考える時間を作ることにした。
「フォルラン侯爵の提案は分かったよ。しかし、ゼノン教の教皇がどう考えているのかも聞かなければならない。カズマとクーダの処遇はそれから考えるとしよう。」
ラファエルは下手に提案を拒否すると、シャナ王国に内乱が再び起こる可能性も考え、
時間稼ぎの為の提案をしたが・・・。
「それなら問題ありません!ここにスペンサー教皇からの手紙が御座います!
この手紙にはカズマとクーダを異教徒と見なし、打ち首にするように求めています!
また、これが認められない場合、陛下を破門とすると言っております。
陛下、ご決断下さい!」
フォルラン侯爵が懐から上等な封筒に入った紙を取り出すと、高々と手紙を掲げた。
その手紙には教皇の印鑑とフォルラン侯爵の提案した内容が書かれていた。
破門という言葉を聞くと同時にラファエルは顔を青ざめた。
また、どんな戦場でも剛毅な態度を崩さないガンドロフ将軍までもが顔を青ざめていた。
破門を言い渡された王が国を治めることなど出来ないからだ。
日本で言えば、天皇から朝敵の烙印を押されるようなものである。
その結果は明治維新での徳川幕府軍が証明している。
破門のことを考えれば、カズマ達を打ち首にすべきだが、ラファエルにそんな事が出来るはずもなかった。
どうしたら良いか、思考停止したラファエルにルークが助け舟をすかさず出した。
「お待ち下さい。カズマが陛下を即位させた第一の功労者なのは万人が認める所であります。その功績に免じて、バトゥーリ収容所に収監することにしてはいかがでしょうか?」
ルークの提案はラファエルにとってはアメリカ海軍1個艦隊分の助け舟に感じた。
「ルークの提案を受ける事にする。カズマとクーダはバトゥーリ収容所に収監する。」
「ちょっ・・・!」
ラファエルがカズマを庇うと思っていたセシリアには、まさかカズマをバトゥーリの墓場と称される場所に収監する命令を出すと思ってはいなかった。
慌てて、抗議しようと口を開きかけた所をガンドロフ将軍に手で口を押さえられた。
「・・・・分かりました。カズマとクーダが収容所に収監することに同意しましょう。」
フォルラン侯爵も少し考えたが、ラファエルの顔を見て、
ここが妥協点と感じたのか同意した。
「・・・それでは衛兵はカズマとクーダを捕らえなさい・・・。」
カズマを助ける為と言え、
カズマを捕らえることに抵抗感があったラファエルの声は震えていた。
「「はっ!!」」
衛兵は国王に敬礼するや事の成り行きを見守っていたカズマを手早く縄で縛ると、大広間から連れ出されていった。
「これにて、評定を終える。」
ラファエルの声を絞り出したような言葉と同時にフォルラン侯爵とそれに同調した貴族達も出て行った。
それに同調せずに中立の立場にいた貴族達も互いの顔を見ながら、ゆっくりと大広間を出て行った。
後に残されたのはラファエル、ガンドロフ、フローレンス、グローブ、ルーク、セシリア、バルカンだけであった。
お待たせいたしました。27話目をお送りいたします。
今回でカズマにはしばらく収容所に入って貰う事になり、カズマはどうなるどうなる?的な展開となります。
次回はこの評定の舞台裏やセシリア達がカズマを助け出すためにあれやこれや行動する予定です。
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