第二章 24話 二人だけの舞踏会
セシリアに城の中庭へ連れて来られた俺は何だか落ち着かなかった。
先程の騒動で忘れていたが、
夜の中庭は月の光りで花を淡く浮かび上がらせ、幻想的な風景を醸し出し、
セシリアを妖精のように見えてしまう。
この時間は皆、舞踏会に参加しているせいか、中庭には俺達しかいなかった。
「そうそう、感想を聞いていなかったけど、カズマ、どうかしら?」
ドレスの裾を摘まんで、その場を華麗にクルリと回った。
「まぁ、似合うんじゃないかなぁ〜?」
顎をポリポリと指で掻きながら、目線は空中を彷徨っているのが自分でも分かった。
どうも、調子が狂うな。
P子のファッションチェック以上の毒舌が出来るはずなのだが、
舌が凍りついたかのように全く動かすことが出来ないとは。
毎日、見慣れているセシリアの姿のはずなのに・・・。
普段は軍服に身を包んでいるので、あまり異性として意識していなかったが、
改めて見ると、美人である事を強制的に認識させられる。
「もうちょっと、気の利いたことを言って欲しいわね。」
そう言いながら、俺の心を見透かしたように嬉しそうに眺めていた。
「それにしても、残念だったわ。カズマの踊りの成果を見たかったのに。
そうだ、ここでも音楽が聞こえるし、踊りましょう?」
セシリアは俺の手を取ると、流れてくる音楽に合わせて踊り始めた。
月のスポットライトに照らされながら、
中庭のステージを独占し、踊る二人だけのダンス。
考えてみれば、異性と踊るのはセシリアとの練習を別として初めてだった。
高校時代のフォークダンスは男子生徒が多いという悲劇を招いた苦い思い出だった。
男子と女子の数が一緒ではない場合の唯一の対処法。
それは余った男子生徒を女子生徒としてカウントするという非人道的対処法だった。
その後、壮絶な男子諸君によるじゃんけん大会に
敗れた男性諸君の面々に俺も含まれていたのだ。
なので、踊った相手は全てむさ苦しい男どもだけという、
永遠に封印されるべき、過去の思い出しかない。
ともあれ、ゆったりとした音楽はダンス初心者の俺でも、
何とか合わせられるテンポだったのは良かった。
ダンスの練習をしたとはいえ、付け焼き刃程度なので、
足を踏まないように意識が向きがちになってしまう。
「相変わらず下手ね?」
それに気づいたセシリアに駄目出しを受けた。
「何を言うか、足を踏まないまでに上達したぞ?」
情けない自慢に諦めたのか、受け身で踊っていたセシリアがリードを始めた。
「ほら、私がリードしますから、もっと強く私に掴まって下さい。」
俺の手を自分の腰に強く掴まらせ、セシリアがリードしていく。
先程に比べれば、大分ダンスらしくなったとは思う。
それにしても、ダンスに意識を向けないと、自分が何かとんでもない事を仕出かしそうだ。
俺が手を置いてある、セシリアの柳腰は女性としての優美なラインを視覚だけでなく、
感触でも味わう事が出来る。
他にも、身体が密着しているので、彼女の身体の柔らかさや
時折、耳にかかる彼女の息遣いも俺の理性を降参寸前にまで追い込んでくれる。
まるで、豊臣秀吉に水攻め、兵糧攻めされている城主の気分だ。
そんな、いつもとは違う拷問をセシリアから受けながら、
二人だけの舞踏会は音楽が止むまで続いた。
ちょうど俺とセシリアが踊りを止めた頃。
王都ランパールの貴族の屋敷が立ち並ぶ一角にある、
レヴァン侯爵家の屋敷ではヴァレンティナは兄であるアルバート侯爵と一緒にいた。
「それで、カズマとやらはどうだった?」
アルバートの顔の造形は整っている部類に入るだろう。
切れ長の目には冷徹な光を湛え、
動作もキビキビしており、どこかケイフォードを彷彿させる雰囲気がある。
彼は表立ってはケイフォードに味方をしなかったが、
裏では色々手を回して、ケイフォードが動きやすい環境を整えていた。
実はケイフォードとはラファエルの追放される前から秘密裏に会い、
味方をする事になっていた。
ただ、レヴァン家はどちらかと言えば、新興の家柄である。
歴史と家格ではザーム家には及ばなかった。
その為、将来的には宰相に据えることを考えてはいたが、
完全に実権を握るまで、お飾りにザーム家当主のフォルラン侯爵を据えていた。
ケイフォードは周りに流されない冷静な判断、
時に必要なら酷薄な判断を取れる性格と家格を考慮して
一番相応しいと感じていた。
彼らの計画としては新国王として、即位した後は
当時宰相だったフォルランを罪に着せて処刑するつもりだった。
幸いにも、叩けば生ゴミが大量に出る程、
汚職の塊だったので着せる名分には事欠かない。
そして、ザーム家を取り潰して、
一部の領地は宰相としての箔を付ける目的で
アルバート侯爵に受け継がれるはずだった。
これによりレヴァン家がシャナ王国で台頭するはずだった。
ここで、ケイフォードとアルバート家の予定が狂う出来事があった。
シャナ王国国王の座争いにケイフォードがラファエルに負けてしまったことだ。
これでレヴァン家を引き上げるはずだったケイフォードは死亡。
レヴァン家の宰相と領地の話はどこかに吹き飛んでしまった。
幸いにも、秘密裏の話だったので、ラファエル国王に知られることは無かったが、
レヴァン家の隆盛も幻となった。
しかし、己の力でレヴァン家を大きくしたいと思っている
アルバート侯爵は諦めなかった。
彼が次に目を付けたのはカズマだった。
ラファエル国王の家臣でガンドロフ、
セシリアは既に家格も歴史もある名門の家だったので、
今更、彼らに味方すると話しても、他の貴族と同じ扱いしかされないだろう。
人という生き物は苦しい時に味方になった者には感謝し、好印象を持つが、
圧倒的に優勢になった時に、味方をしても特に印象には残らないものだ。
引っくり返された今となっては、
ガンドロフ、セシリアに味方をする話は逸したと判断するしかない。
ルークも家格自体はレヴァン家に劣る家の出だが、
ルークの場合、騎士団長をつつがなく務めているのが問題だった。
騎士団はシャナ王国に多数存在する。
有事の際は近衛軍に次いで、
戦力となる騎士団は他の騎士団を競争相手として、
戦功を争うことになるので、騎士団同士の仲は必然的に悪い。
しかし、ルークの場合は温和な人当たりの所為か、彼を嫌う騎士団長はいない。
また、ローランド要塞でセントレイズ帝国軍を何度も撃退している実績もあり、
騎士団長達に尊敬されているのである。
敵味方関係なく優れた武人ならば、武人にとっては、
尊敬の対象になる土壌がこの時代にはあった。
その為、ある意味そこら辺の貴族よりも力のある騎士団が
軒並みルークに肩入れしている状況では彼も候補から外さざるを得ない。
そして、ラファエル国王の側近の中で残ったのがカズマである。
彼については謎だらけの存在で、
オルデン村出身ということで、調べさせたが、何も分からなかった。
生年月日、生い立ち、両親なども含めて、基本的な情報が何も分からないのである。
しかし、彼がラファエル国王を勝利に導いたことは
調査した話から総合して間違いないことである。
フローレンス将軍を無視して、
王都を急襲することを思い付く智謀にはアルバート侯爵は戦慄を覚えていた。
また、ラファエル国王もカズマを深く信頼していることは
誰の目から見ても一目瞭然であった。
その他にも、カストール家当主のセシリアが
副官だけでなく、親しくしていることも分かっている。
将来的にはカストール家に入り婿になる可能性もある。
今のうちに橋渡しをしても損は無いと考えた。
そして、アルバート侯爵は後ろ盾がいない今が好機だと判断した。
その為、美貌で知られた妹のヴァレンティナをカズマに近づかせたのである。
「そうね?智謀に関してはよく分からなかったわ。
ただ切れ者特有の雰囲気は無かったわね。」
「そうか。 あの智謀の持ち主だ、隠し持っているかもしれん。
今のうちにカズマを籠絡しといてくれ。」
「分かったわ。まぁ、お兄様から命令されなくても、近づくわ。
何だか私、カズマに興味を持ったもの。」
クスッと笑いながら、ヴァレンティナは妖艶に微笑んでいた。
こうして、舞踏会の陰では、それぞれの思惑を抱えつつ夜は更けていった。
はい、24話目となります!
ちなみに説明が足りなかったようですが、レヴァンが家の名前となり、ヴァレンティナが名前ですのでお間違いなく。
今回は舞踏会後編的な話となります。
次回では舞踏会を別視点で語られる予定です。
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