彼氏が実は…ってお話
私はレリアナと申します。ザンクトゥアーリウム男爵家のしがないメイドをしています。同じくザンクトゥアーリウム男爵家にお仕えする庭師の恋人がいます。恋人はリチャードという青年で、月を溶かしたような金の髪に夜の空のような濃い青の瞳を持ち、とても端正な顔立ちをしています。自慢の恋人です。彼とは身体の関係こそまだありませんがラブラブカップルだと自負しています。だから、侍女長の命令が余計に残酷に聞こえました。
「坊ちゃんが明日、閨房術を身につけることになっています」
「は、はい。侍女長」
「ですので、貴女は明日の夕刻に坊ちゃんの部屋へ行きなさい」
「…え」
「坊ちゃんは貴女をご指名なのです」
「え、ちょっと待ってください!私、まだそういう経験も無くて、だから!」
「坊ちゃんが初めての相手でよかったですね」
「よくないです!恋人がいるんです!」
「それがなんです?」
「…っ!」
侍女長の冷たい瞳が私を刺す。
「拒否権などしがないメイドにあるとでも?それともこの仕事を辞めますか?」
「…」
故郷に残してきた家族の顔が浮かぶ。…ここでメイドを辞めるわけにはいかない。例え、ずっと離れの仕事をしていて坊ちゃんとまともに会ったことさえないとしても、坊ちゃんに指名されてしまえばそこまでだ。断れない。
「指南役は高級娼館の男娼です。技術は確かでしょうから、心配は要りませんよ」
侍女長が固まってしまった私の肩を軽く叩き、抱きしめてくれた。侍女長はさっきの凍るような瞳に温度を取り戻していた。今は私のことを労ってくれている。侍女長はずっとここで働いているから、忠誠心が高い。でも、一方で私達使用人のこともちゃんと考えてくれている。彼氏がいる私のことを侍女長が心配しないはずがない。今回のことは、侍女長としてもどうしようもないことなのだろう。
「侍女長…ありがとうございます。私、頑張ります…」
「…落ち着いた頃に夕飯を持ってきてあげます。部屋で休んでいなさい。明日と明後日は閨房術のお相手役以外の仕事は休みにしておきますから、恋人に説明しておきなさい」
「はい…」
これはもう、どうしようもないことなんだ。
ー…
「だから夕刻までに僕に抱かれたいって?」
「うん…私、どうしてもリチャード以外なんて嫌。でも拒めない。だから、せめて初めてはリチャードがいいの」
そう追いすがる私をどう思ったのか、リチャードは眉を寄せて深いため息を吐いた。
「まさか本当に気付いていないとは。僕はてっきり気付いていて駆け引きを楽しんでいるものだとばかり…」
「…やっぱり嫌?だめ?」
「…。嫌じゃない。けど、優しく抱いてやりたいから夕刻まで待ちなさい」
「それじゃあ間に合わないの!」
「間に合うさ。よく思い返してごらん。この男爵家の跡取りはどんな容姿をしている?」
「え…?私、会ったこともないから…」
「噂くらいは聞いているだろう?思い出せ」
「え、えっと…月を溶かしたような金の髪に夜の空のような濃い青の瞳で、とても端正な顔立ち…らしいけど…」
「で?今お前の目の前にいる男の容姿は?」
「えっと…え、まさか!」
「そうだよ。僕こそがリカルド・ザンクトゥアーリウム男爵令息。本当に気が付いていないとは思わなかった」
「え?え?え?」
「お前と出会った日はたまたま庶民の格好をして領内で遊び回った帰りだったんだ。ちょっと離れに用事があってそのままの格好でお前に出会った。そしてお前の美しさに一目惚れした。お前は僕を庭師と勝手に勘違いしていたから、そこに付け入って使用人仲間のように振舞って距離を着実に詰めて恋人になった。けど、恋人になってからは貧乏な庭師の振りもやめて普通にいつもの格好で会いに行くようになったし、気付いているかと思ってた」
「急に羽振りが良くなったと思ったらそういうこと…!?なんで教えてくれないの!?」
「だから、気付いていると思っていたんだ」
「でも…そんな…リチャード…じゃなくて、リカルド様が坊ちゃんなら、もうこの恋は実らないってことですか…?」
「?何故そうなる」
「だって…身分が違うし…」
「なあに、そんなことか。それなら大丈夫だ。僕がごり押ししておいた」
「え?」
「レリアナ以外の女と結婚させる気ならこの男爵家を潰すと父上達を脅しておいた」
「!?」
「だから、レリアナとの婚約話は着実に進んでいる。そうそう、レリアナの実家にも今日了承を得たから、早速明日には婚約を発表するぞ。いやぁ、男爵家でよかったなぁ。下手に爵位が高いとこういう時に養子だなんだと面倒くさいからな」
「え?え?」
「順番は前後したがな、レリアナ。愛している。僕と結婚してくれ」
私の左手の薬指に指輪を嵌めるリカルド様。
「…っ!はい!」
彼氏が実は坊ちゃんでしたが、幸せになろうと思います。