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復讐の為だけに聖皇后となりましたが……何か?  作者: 当麻月菜
自ら誘拐されてあげましたが……何か?

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5

(使命とか、笑えるんですけど)


 カレンは、この世界に来たいと望んだわけでもなければ、神様に頼まれたからでもない。アルビスに誘拐されたのだ。


 それなのにウッヴァは、使命とやらを押し付けてくる。もう怒りを通り越して笑い声すら上げたくなる。


 いっそ壊れたように笑えば良かったのに、口から出たのは疲れ切った溜息だった。ウッヴァの顔が、ものの見事に引き攣った。


「恐れながら聖皇后陛下、お話を聞いておられましたでしょうか?」

「さぁ、どうかな。それよりちょっと痩せたら?太り過ぎは身体に悪いよ、おじさん」

「……な!」


 にこっと笑って首を傾げてみせれば、ウッヴァの顔は醜く歪み、背後に立つリュリュとアオイが、同時に噴き出した。


「せ、聖皇后陛下……お戯れはおやめください」


 精一杯感情を押し殺して、彼なりに聖職者らしい表情を作っているようだが、見事に失敗している。


(それにしても、もっと噛みついてくるかと思ったけど、これは意外だな)


 食に対する我慢はできなくても、辛抱強い一面もあるらしい。 


 そんな新たな発見があっても、どうでもいい。こっちは、まともな会話をしようなんて、これっぽっちも思っていない。


 だって目の前にいるウッヴァは、カレンに「私は右も左もわからない聖皇后です」という顔をして、無知でいて欲しいだけなのだ。そんなの冗談じゃない。


 無知なら無知なりに、もがいていなければ、いいようにされてしまう。自分の意思など無視される。いや、はなから自分に意思など持っていないと決めつけられてしまう。


 それがどれだけ尊厳を傷付けるのかこの人はわかっているのだろうか。


 これまで何度も味わってきた屈辱を思い出し、カレンはドレスの裾を握りしめる。


「ねえ、さっきから使命、使命って、うるさいんだけど、それって私に何の関係があるの?」


 最後は、いっそ無邪気といえるほど、思いっきり笑ってやった。


 まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。ウッヴァのたるんだ頬が、小刻みに震えている。


「か……関係ございます。聖皇后陛下は神殿を救うために、この地に降り立ったのですから」

「そんなわけないじゃーん」

「なぜそのようなことを……神の御心を無視されるおつもりですか?」

「私、神様の声なんて聞いてないから知らない。私は自分で見たものだけしか信じないもん」

「ならば、わたくしめが神に代わって説きましょう。聖皇后陛下の使命を。ご安心ください。わかりやすく教えて差し上げますから」 


 これまで見た限り、ウッヴァは己の私利私欲のためなら、どんな人間にも媚びへつらう、プライドのない男だ。


 そしてこの男は自分をとことん舐めている。尻尾を振る演技さえしていれば、どうにか懐柔できると今でも信じて疑わない。


(くだらない。誰がコイツの思うようにさせるもんか)


「あのさぁ信仰心が薄れるのは何か理由があるんでしょ。栄えたり、廃れたりって、自然の摂理なんだから仕方ないじゃない。悪あがきはやめなよ。あと、人を都合よく使うのやめてくれない?」

「……な、なんと……そんな」


 傷ついた顔をするウッヴァを、カレンは冷めた目で見る。


 言い過ぎたことは、自覚している。でも、それだけ。おじさんと呼ぶべき男が泣きそうな顔をしているのに、まるで心が動かされない。罪悪感なんてこれっぽっちも湧いてこない。


 みんなみんな、都合のいい理由ばっかりを押し付けてくるのだから、こっちだって自分勝手にしたっていいじゃんと、そんな気持ちにすらなってくる。


 元の世界で、カレンは良い子だった。シングルマザーの環境で非行に走ることもなければ、陰湿な苛めに加わることもしなかった。成績もそこそこで、なんだかんだと面倒見が良くて、友達もたくさんいた。


 なのに、どうしてこの世界に来てから、嫌なことばかりしちゃうのだろう。


 醜く変わっていく自分を、一体誰のせいにすればいいのかわからない。変わりたくて、変わったわけじゃないのに。


「もう二度と私の前に現れないで。気持ち悪いことするのはやめて」

「何をおっしゃっているのかわかりません。恐れながら私共は、己の使命を全うしているだけ。神に誓って、恥ずべき行為はしておりません」

「はっ」


 盗人猛々しいとはまさにこのこと。カレンは鼻で笑う。そうしてまた、意地が悪くなった自分に嫌気がさす。


 でも仕方がない。良い子でいれたのは、元の世界が自分にとって優しい世界だったからだ。


 なら優しくない世界で、良い子であり続ける必要なんてない。


「ウザいんだけど、おじさん。私は行きたい場所だけに行くし、やりたいことだけをやるの。ここは私の行きたい場所じゃない。おじさん達を支援するのもやりたくないこと。だから私の邪魔をしないで。もしこれ以上、好き勝手なことをするなら、私にも考えがあるわ」


 挑むよう睨む自分は、ウッヴァが望む理想像──大切に守られ、無知も幼さも魅力として扱われる、可憐な聖皇后とは正反対に見えているだろう。


「あとさぁ、そこまで教会を見下すことができるんだったら、いっそ優しくしてあげたら?可哀相な捨て猫に餌をあげる感じで。そうすれば、世間体も良くなって神殿の株も上がるじゃん。大好きな寄付金とか名誉とかも一緒に付いてくるだろうし」


 だから私のことは放っておいて。最後にそう吐き捨てて、カレンは胸に流れた髪を背中に払った。


 宗教も、政治もさっぱりわかっていないくせに、何を偉そうに。そう笑われると思いきや、ウッヴァはギュッと両手を組んで項垂れた。


「……そんなことができるのなら、もうとっくにしてますよ」


 その声はとても弱々しくまるで別人のようだった。

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