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「──なるほど。アレの考えることは面白い。だが……」
リュリュが語り終えた後、アルビスは愉快そうに喉を鳴らす。しかし、すぐに渋面になった。
「小僧のやつ、一番大事な報告を怠るなど随分な真似をするな」
「私も同感でございます」
即座に頷いたリュリュは、ここには居ないアオイに向けて「面倒事を押し付けて!」と心の中で悪態を吐く。
ロタ改めアオイは、アルビスの配下にある。だから夜分に彼がここに来たのは、アオイから今日の報告を受けてのことだろう。
アルビスがカレンのことを案じて、こっそり様子を探りに来た気持ちは理解できる。アオイが、逐一報告をしなければならない立場にあることも。
けれども、報告するなら全部しろよと思ってしまうのも、致し方ない。
そんな気持ちを隠さず苦々しい顔になったリュリュに、アルビスは質問を重ねる。
「ところでアレは、甘い物を作ると張り切ってるようだが……大丈夫なのか?」
「わかりません。けれど快方に向かっていることは、確かでございます」
「そうか」
一度は安堵の息を吐いたアルビスだが、やり切れない思いを抱えて寝室に目を向ける。
扉一枚を挟んだ向こうに、愛おしい妻がいる。その妻は、現在、甘味が麻痺していることをアルビスは知っている。リュリュからの報告を受けて。
カレンは必死に隠しているようだが、ずっと傍で仕えていれば、主の不調などすぐに気付く。
それとなく水をむけても曖昧な返答しかしないのは、治療を受けたくないからだろう。
理由は聞くまでもない。治療を受けるとなった際には、原因となった出来事を医師に語らなくてはならないから。
あの日の出来事を語るなど、カレンにとって二度、心を殺されるようなもの。跪いてどれだけ頭を下げても、断固拒否されるのは目に見えている。
だからリュリュは、苦肉の策で内密にアルビスを頼った。包み隠さず症状を伝え、どうにか味覚を取り戻してあげたいと救いを求めた。
その時のアルビスの顔をリュリュは一生忘れないだろう。死人のように青ざめたアルビスは、項垂れ暫く言葉を失っていた。
数日後、魔法で調合した薬がリュリュの手元に届いた。その薬をリュリュはカレンの飲み物にこっそり混ぜて出している。
憎む相手が作った薬ということを隠して投薬していることに罪悪感はあるが、このことは一生カレンには伝えない所存だ。
「薬を……もう少し強めのものにしよう。明日の朝までには、届けさせる」
長い沈黙の後、アルビスが発した言葉は、バザーの協力を認めるものだった。
「かしこまりました。陛下、ありがとう存じます」
「礼には及ばない。ただアレは少々……いやかなり熱中しだすと周りが見えなくなる。だから身体を労わるようお前が気を付けてくれ」
「かしこまりました」
アルビスの余計な言葉に、お前に言われなくてもそうすると言いたげに、リュリュの頬がひくりと動く。
薬の件も、バザー参加の許可も有難い。とはいえ長居をしてもらいたい相手ではない。カレンは眠りが浅く、いつ起きてくるかもわからない。
リュリュが慎重に言葉を選びながら遠回しに退出を促せば、アルビスは苦笑して手に持っていたカレンの企画書をテーブルに戻した。
「……神殿の件は、こちらも我慢の限界だ。そろそろ動くことにする」
アオイがカレンに伝えた通り、アルビスは愛する女性の障害にならぬよう神殿の出過ぎた行動に目を瞑っていた。
しかし己の目の届かないところで、何度も不快な思いをするのは、これ以上耐え切れない。
アルビスは皇帝だ。法も秩序も、変える力がある。
「もし神殿側が門を閉じるなら、こちらは力でこじ開けるとしよう」
無言のまま不安げな表情を浮かべるリュリュに、アルビスは冷たく言い捨てる。次いで寝室へと視線を向けた。
どんな強固な門でも皇帝の力を持ってすれば、容易く破ることができる。だが彼女が眠る寝室の扉だけは開くことができない。そう決めたのは己自身だ。
ただ焦がれる想いはどうしようもなく、胸のざわめきを抑えることができない。
「……こんな想いを抱くなど、罪でしかないのにな」
どうあっても、カレンが気持ちを向けてくれる可能性はない。永遠の別れも近い。
それなのに心臓が暴れる音が心地良い。切なさに喜びを感じてしまう。
(ああ。彼女の力になりたい)
たとえ自己満足だと罵られようが、手を差し伸べたくなる欲求は止められない。
「急ぎ、カレン専用の調理場を作ってやらなければ……」
すぐさまリュリュが呆れ顔になったのを見て、アルビスは逃げるように姿を消した。




