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時刻は深夜。リュリュの主であるカレンは、テーブルで必死に何かを書きなぐっていたが、コトリと糸が切れたように眠りに落ちた。
「……カレン様」
ペンを握ったままテーブルに突っ伏して寝息を立てているカレンに近付くと、リュリュはそっと主に声を掛ける。
だが返って来たのは、規則正しい寝息だけ。
深い眠りに落ちてしまったカレンを、力持ちのリュリュはベッドに運ぶことができる。
けれどカレンは、過去のトラウマから身体に触れられるのを極端に嫌う。
万が一、運んでいる途中に起きたとしても、露骨に悲鳴を上げたり、暴れたりはしないだろう。けれど、顔色を無くし身体が強張る主をリュリュは見たくない。
とはいえ、このまま寝かせておけば、翌日、身体が悲鳴をあげるだろう。
リュリュはしばらくの間、悩んだが結局ベッドに運ぶことを選んだ。
「カレン様、失礼し……っ!?」
カレンの手からペンを引き抜き、音を立てないよう気を付けながら持ち上げようとした瞬間、人の気配を感じて振り返る。
視線の先には、アルビスがいた。
「こんなところで寝てしまったのか?」
テーブルに突っ伏して寝息を立てているカレンを見るや否や、渋面を作りながら近付くアルビスだけれど、決して触れようとはしない。
触れたくないわけではない。触れてはいけないと自制しているのだ。たとえ相手に意識が無くても。そして気が狂うほど彼女に触れたくて堪らなくても。
「すぐに寝室にお運びします」
皇帝陛下の視線を受けただけで委縮する者がほとんどだが、リュリュは凛とした態度を崩さず、カレンを横抱きにする。
幸いカレンは「ん……」と小さく声を上げただけで、目を覚ますことはなかった。
主を抱き上げて寝室に向かうリュリュの後を、アルビスは追う。
そしてベッドに寝かされたカレンの枕元に立つと、じっと見下ろした。その横顔は切なげで、何かを乞うているかのようで、それでいて満ち足りたものでもあった。
傍にいるリュリュは、目付きこそ険しいけれど無言のままでいる。
「……そう睨むな。アレとの約束を破るつもりはない」
視線に耐え切れなくなったアルビスは苦笑すると、寝室を後にした。
けれどカレンの私室から出ることはしない。リュリュが寝室の扉を閉めたと同時に、彼はパチンと指を鳴らす。
すぐさま周囲の音が消えた。防音魔法を施したのだ。
「神殿の虫どもがカレンに悪さをしたと聞いた」
「はい。訪問した孤児院で待ち伏せをしてカレン様を強制的に神殿にお連れしようと……ですが」
「小僧がしゃしゃり出たということが」
「はい」
「その流れでカレンが小僧の正体を知ったと」
「……わたくしの勝手な判断でございます。申し訳ございません」
全ての音を遮る結界の中にいるのだから、どれだけ大声を出しても周囲に聞かれることは無い。
なのに敢えて静かな口調で語るアルビスに、リュリュは青ざめながら腰を折る。
リュリュは、アオイの正体をカレンに明かしてはいけないと、アルビスから厳命されていた。それを破ったのは、覚悟を持ってのこと。
結果としてカレンは喜んだけれど、それは結果論でしかなく、命令を破ったことには変わらない。
アルビスは冷徹な皇帝だ。逆らう者には容赦はしない。カレンに関わることなら尚更に。
今回の処罰は、良くて独房。最悪、王城から追放されることになるだろう。
リュリュはカレンのためだけの侍女だ。主の為ならどんな罰も甘んじて受ける。しかし主と引き離されてしまうのだけは、跪いてでも止めてほしい。
そんな気持ちはしっかり顔に出ていたのだろう。アルビスは目を細めてリュリュを見ると、ふっと表情を和らげた。
「そんな顔をするな。お前を追放などしようものなら、あれに益々嫌われてしまう」
「……ありがたきお言葉に深く感謝いたします」
「で、これはなんだ?」
”これ”と言ってテーブルに手を伸ばしたアルビスは一枚の紙を持ち上げた。
「それは……」
目ざとく見付けられてしまったことを悔やむ代わりに、リュリュは視線を泳がせた。
もちろんついさっきまでカレンが必死にペンを走らせていた計画書を、リュリュは説明できないわけじゃない。
主が最も嫌う男に、無断で説明したくないだけだ。けれども──
「カレンにはお前が必要だ。そして……これは、知らぬとは言わせない」
言外に包み隠さず語ることを条件に、咎めないと命じられたたリュリュは、しばらく悩んだあと、ポツリポツリと語りだした。




