10
かつて自分を殺そうとした暗殺者が、ここにいる。
去年の冬、療養で過ごしていた城の井戸に毒薬を投げ込み、多くの人を危険に晒した危険人物。過去に、たくさんの命を奪った殺人者で、一生獄中で過ごさなければいけない罪人。
そんな恐ろしい男の子が目の前にいても、カレンは恐怖に怯えることはない。聞きたいことは、いっぱいあるけれど。
「ねえ……直球で聞きたいことがあるんだけど」
「うんうん、なんでも聞いて」
ロタはにこにこと笑って何度も頷く。正体を明かしても、カレンに拒まれないことが、嬉しくてたまらないようだ。
対してカレンは、指先をもじもじと組み合わせている。
「あのね、あなたってさぁ」
「うん」
「あの人の……愛人なの?」
「は?……え?」
「だから、あの人の愛人になったから牢屋から出してもらえた……の?」
今のカレンは、アルビスのことを両刀使いのショタコン。救いようのないド変態だと本気で思っている。
夜な夜などんな酷い仕打ちをうけているのだろう。想像するだけで胸が苦しくなる。
何も知らなかったとはいえ、アルビスに愛人の元に行けと叫んでしまったことは謝って済むことではない。
一方ロタは「何か思っていたのと違う」的な感じで、とても苦い顔になる。
「ごめん、聖皇后さま。悪いけど僕、男に興味ないから」
素の口調でロタから返答を貰い、カレンは安堵の息を吐く。
「僕さぁ、自分の正体が聖皇后さまにバレたら、悲鳴を上げられるか出て行けって怒鳴られるか、もしくはリュリュさんに殺せって命じられるのかと思ったよ」
「はぁ?何で?」
確かに、こんな形で再会したことには驚いた。
でも、ずっと気になっていたし、もう一度会いたいって思っていたカレンは、きょとんと眼を丸くする。
「……私こそ、あなたに嫌われていると思っていた」
あの時、カレンはロタに死んでほしくなかった。
自分のことを殺そうとした相手とはいえ、ロタは最初から自分の言葉にちゃんと耳を傾けてくれた。どうしてこんな出会い方しかできなかったのだろうと酷く悔しい気持ちになった。
それに義理の弟になるはずだった冬馬と年齢が近いのもあり、他の人より庇いたい気持が強かった。だからカレンは、アルビスがロタを処刑しなかったことに感謝した。
でも、一生牢屋に閉じ込められることが、果たして幸せなのだろうか。
自由を奪われ、未来を奪われ、どこにも行くことができない檻の中で過ごす苦痛は、誰よりも知っている。
もちろんこれまで犯した罪は重く、無罪放免で外に出すことはできないのはわかっている。命を奪われ悲しんだ人がいる以上、そこまで特別扱いはしてはいけないのも。
それでも生きてほしいと願うのは、自分のエゴでしかないのかもしれないと、人知れず、ずっと悩んでいた。会うことが怖かった。
会った瞬間「いっそ殺してくれた方が良かった」と責められたら、返す言葉が見つからない。
そんな気持ちからずるずると時間だけが経過して、余計に会うことができなくなっていた。
なのにカレンを悩まし続けたロタは、久しぶりと言って嬉しそうに笑った。拒絶されるのを怖がってさえいる。
「なんかさぁ……聖皇后さまは、ちょっと変わっている人って思ってたけど、かなり変わっているんだねぇ」
「こらっ。口を慎みなさいっ」
「だって、何で僕が聖皇后さまを嫌っているなんて思うの?おかしいじゃん」
「おかしくはないでしょう」
「じゃあリュリュさん教えてよ」
「……カレン様のお気持ちを代弁するなんていうおこがましいことは、侍女であるわたくしにはできません」
「ふぅーん。リュリュさんも、わからないんだ」
「おだまりなさいっ」
必死に考え事をしているカレンをよそに、リュリュとロタは歳の離れた兄弟のように会話をしている。
微笑ましくて、ずっと聞いていたくなる掛け合いだ。でも、一つ気になることがある。
「……ねえ、リュリュさん」
「は、はい何でしょう」
ロタとの会話を一方的に終わらせたリュリュは、すぐにカレンの方を向く。
「リュリュさんって、この子と初対面じゃないんだよね?何度か会ってるの?」
純粋な気持ちで問えば、リュリュは心底申し訳ない顔をして頭を下げた。
「……はい。カレンさま黙っていたことを深くお詫び申し上げます」
「あー、そんなことは別にいいの。気にしないで。でも、なんで?いつから会ってたの?……教えてくれたら良かったのに」
最後は、拗ねた口調になってしまっていた。
ああ、矛盾したこと言っているなぁと気付いたカレンは、すぐに訂正しようとする。でも、それをロタが遮った。
「リュリュさんはね、王様に内緒にしろって言われてたから黙ってたんだ。あと、僕が今日付いてきたのも王様の指示なんだよ。ついでに言うと、僕が王様の側室になったのは、僕自身が望んだこと。王様はすごく嫌がったけど、リュリュさんが説得してくれたんだ」
「はぁ?な、な、なんで?」
不快な名前が出てきて、眉をしかめながら首を傾げたカレンに、ロタは苦笑しながら口を開く。
「そんなの、聖皇后さまが大事だからに決まってるじゃん」




