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「そうそうカレンさま、聞きましたよ。なんだかんだいって兄上と上手くやっておられるようですね。わたくしはとても嬉しいです」

「……」

（寝言は寝て言え。あと誰がそんな馬鹿なことをこの男に吹き込んだの?）

　セリオスの願望なのか妄想なのかわからない言葉を無視したカレンだが、次の言葉にはつい反応してしまった。

「挙式を終えてから、兄上をずっと独り占めしているとか。側室は毎晩寒々としているそうですね。メイドたちがうっとりとしながら語ってましたよ」

「……は？どういうこと」

　つまらないことを吹聴した犯人はわかったが、それどころではない。

　ひきつった顔をするカレンを、セリオスは照れているのだと解釈する。

　事情を良く知るリュリュは、これ以上喋るなと口を挟もうとした。けれど新婚夫婦イジりのスイッチが入ったセリオスのほうが、タッチの差で早かった。

「ですから、兄上は一度も側室に足を向けていないそうですよ。あなたしか眼中にないんですね。いやぁー朝から、こんな話をしたら」

「馬鹿言わないでよっ」

　噛みつくような一喝に、セリオスはようやっとカレンの浮かべている表情が照れ隠しではなく、本気の嫌悪だと気づく。

「……えっと、あの、その……違う……んですよ……ね？」

　取り返しのつかない発言をしてしまったセリオスは、もにょもにょと不明瞭な言葉を紡ぐ。

　けれど、彼は視線をさ迷わせたあと「ああ、そういえばっ」と、大袈裟に声を上げて駆け足で去っていった。この男、逃げることだけは、やたらめったら上手い。

　残されたカレンは、それは苦い表情になる。

「……話が違うじゃん」

　絞り出すように紡いだ言葉には、さまざまな感情が入り交じっていた。

　カレンとアルビスは、こんな条件付きで結婚した。

　夫婦となっても、子作りはしない。

　スキンシップは控えるどころか皆無で。

　戻るという言葉は使用禁止。

　跡継ぎは側室と拵(こしら)えて下さい。

　カレンが一方的に出した条件は、夫婦とは呼べないものばかり。でも夫であるアルビスは、この条件をすべて呑んだ。

　それほどまでにアルビスは、強くカレンを求めていた。けれども、それだけではない。

　アルビスはカレンが元の世界に戻ることが出来ぬよう、魂に楔を打った。

　具体的に言えば、カレンを肉体から切り離した状態で無理矢理抱いたのだ。

　しかも、この世界の人間と精神だけの空間で深く繋がれば、二度と元の世界に戻れなくなることを知らせぬまま。

　それを知ったカレンは激怒し、明確な殺意をアルビスに向けた。馬乗りになって首に手を回して、喉に指を食い込ませた。

　でもアルビスの息の根を止めることはしなかった。その代わり、カレンはこう断罪した。『一生、聖皇后に愛されることがなかった無様な聖皇帝でいろ』と。

　この結婚は、カレンにとって復讐でしかない。

　そんな経緯を持つカレンとしては、仲睦まじいなどという噂はとても不本意なことで、見逃すことができないもの。　

「……リュリュさん、ごめんなさい。ちょっと寄り道します」

「は、はい。かしこまりました」

　唸るようにそう言ったカレンに侍女は、複雑な顔をしながらも同意する。

　向かうところは噂を流したメイドのところ……ではなく、夫であるアルビスの執務室。たった今セリオスから聞いた話の真偽を確かめないといけない。

　正直なところ、自分からあそこに足を向けるのが嫌でしょうがない。けれど、今回ばかりはそうも言ってられない。　

　そして万が一、セリオスの話が本当なら厳重に注意しなければならない。つまらない噂を流すな。さっさと側室のところへ行け、と。

　カレンは憤慨しながら、大股で歩いていく。

「ほんとマジあり得ないっ」

　吐き捨てたそれは、誰にも聞かれることなくしんとした廊下に吸い込まれていった。

＊

　これは愛されることは望んでいないが、それでもただ一人を愛したいと願う聖皇帝と、同じく愛されることなど望んでおらず、ただひたすらに元の世界に帰りたいと模索し続ける聖皇后の歪な夫婦のおはなし。

　あるいは、罪人が本当の償いをするまでの物語。　