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夜会の翌日、カレンはルシフォーネから呼び出され、城内の一室にいた。
目の前に並べられているのは、派手な柄の花瓶を始め、敷物なのかドレスの生地なのかわからない織物の山。大小さまざまな瓶にはコルク栓がしてあるから酒なのだろう。
ピカピカに磨かれた銀食器と、未加工の宝石類も所狭しと並べられている。
「えっと……何?これ」
カレンは戸惑いながらルシフォーネに尋ねた。
「これらは神殿の守り人からカレン様へと、本日納められた品々でございます……さぁ、カレン様どうぞお掛けください」
長テーブルの前にある豪奢な椅子に腰かけたカレンに、ルシフォーネは神殿の紋章が刻まれているカードを手渡した。
内容は季節の挨拶から始まり、次に目録。最後に聖皇后を褒め称える文言で締めくくられていた。
聖皇后になってから、カレンはこういう類のカードを何度か受け取った。
ほとんど目を通さずにルシフォーネに返却していたけれど、今回は神殿という言葉に引っ掛かりを覚えて目を通すことにした。
黒目がちの瞳がカードに綴られている文字を追えば追うほど険しくなり、読み終えたと同時にぐしゃりと握り潰した。
「なによ……お金が無いって、散々言ってたくせに」
忌々し気に呟いたカレンを見ても、ルシフォーネは表情を変えない。
リュリュは心配そうな顔をしているが、事情を詳しく訊くことはしない。
「……ねぇ、ルシフォーネさん」
「なんでしょう、カレン様」
穏やかに応じたルシフォーネに、カレンは紙くずと化したカードをテーブルに叩きつけると、勢いよく人差し指を前に付き出した。
「これって貰って嬉しいものなの!?」
「はい?」
「いや、だからっ……こういうのって貰ったら喜ばないといけないの!?」
目の前に並べられたそれらは、高級品なのだろう。でもカレンの心はちっともときめかなかった。
贈り物に難癖付けるのは、非常識なのはわかっている。でもどんなに頑張っても、嬉しいという気持ちが出てこない。あるのは憤りと、純粋な怒りだけ。
なぜなら神殿からのカードには、要約すると「コレをあげるから、これからずっと神殿を支援してくれ」と書かれていたから。
カードの差出人はウッヴァだった。あのメタボは、夜会の時に一方的に喋り散らかした結果、カレンとのパイプを作ることができたと思い込んでいるのだ。
(ふざけるなっ)
これらは高値で売れる。そして売った金で、神殿の整備をするなり今後の活動資金にするなり好きにすればいい。
そもそも、こんな高価なものを翌日にポンっと差し出せるのなら、神殿が困窮しているというのは嘘に違いない。
そんな気持ちで、カレンはルシフォーネを見つめる。
「そうですねぇ……」
頬に手を当て一言紡いだ後、困惑しているようでルシフォーネはは何も言わない。普段の彼女なら、すぐ的確な答えを返してくれるのに。
じっと見つめるとしばしば。ルシフォーネは、コホンと咳払いをしてから口を開いた。
「カレン様、これはあくまでわたくしの個人的な意見でございますが……」
「うん」
「わたくしにとっては全て不要なものでございます」
言いにくそうではあったが、ルシフォーネはきちんとカレンと目を合わせて答えてくれた。
「だよね!」
ルシフォーネと共感できても心は弾まない。不満は消えるどころか、風船のように膨らんでいく。
ウッヴァはただ、自分が満足するものを贈りつけただけ。そこに相手への気遣いや配慮などない。自分の価値観だけを押しつけ、見返りを当然のように求めている。
(冗談じゃない。誰が受け取るものか!)
カレンは勢いよく立ち上がる。そしてルシフォーネに向かって口を開いた。
「これ賄賂だから全部要らないし、受け取らない今すぐ返品してください!」
「かしこまりました」
慇懃に腰を折ったルシフォーネは、カレンの判断に全面的に同意してくれたようだ。




