9★
愛人たちが整列したのを見届けて、ヴァーリはアルビスの背後に立つ。彼はカレンがセリオスに詰め寄られている間に側室3人を迎えに行っていたのだ。
任務が終わったヴァーリは、シダナに何事もなかったか確認しようとしたけれど、その前にアルビスが口を開いた。
「ヴァーリ、ラーラと下で踊ってこい」
「え?なんで……ですか?」
きょとんと不可解な顔をするヴァーリとは対照的に、ラーラはぱぁっと花が咲いたような笑みを浮かべた。綺麗に巻かれた紫色の髪が一段と輝きを増す。
ラーラはカレンがこの世界に召喚される前から皇后候補として王城で暮らす女性。カレンの言葉を借りるなら木曜担当である。
そんなラーラと踊れと命じられたヴァーリは、意味が分からないと首を傾げる。彼には鈍感という評価も付け加えるべきだ。
「いいから早く行け」
説明するなど野暮でしかない。アルビス強い口調で命ずると、顎をダンスホールに向ける。
「わ、わかりました」
ヴァーリは釈然とさないまま、ラーラに手を差し伸べ下座に向かう。
「リビ、お前はルシフォーネと話しでもしていろ」
「かしこまりましたわ。陛下」
推定火曜担当の側室を愛称で呼ぶアルビスだけれど、その表情はとても淡々としていた。
2名の側室が消え、アルビスの前に残ったのは一人。曜日担当不明の少女。
この少女はアルビスが聖皇帝となってから側室となった。2名の側室に比べダントツに幼いが、その歳に似合わず肝が据わっているようで、冷徹な聖皇帝を前にしても怯える様子は無い。
声を掛けられるのは、自分が最後であることを理解しているようで、腰を落とした姿勢のまま微笑みを浮かべ続けている。
「しばらくカレンの傍に居ろ」
「あら……わたくしが?あの……本当によろしいのでしょうか?」
口元に手を当て目を丸くする少女に、アルビスの眉間に皺が寄った。
「仕方がない。至る所に護りを張り巡らせても、結局アレは怪我を負う。それに神殿の連中の動きが、何やらきな臭い」
「……まぁ、それは怖いこと」
口調だけは怯えているが、実際のところ少女は苦笑を浮かべている。相当神経が太いようだ。
「それとしばらくと言ったが、期間はカレン次第だ。一度でも嫌と言われたなら、二度と傍には置かない。心しろ」
「ええ。もちろんでございますわ」
少女はアルビスの厳しい言葉を受けても、ふわりと笑うだけ。
それから妖精と見紛うような可愛らしい顔を、少しだけ意地の悪いものに変えた。
「任せて、王様」
ふわっと笑った少女は、可憐な仕草で更に腰を落としてから「では、これで」と言って立ち上がる。
「……人前でそれを言うなよ」
「ふふっ、もちろんですわ」
ぞっとするようなアルビスの視線を受けても、少女は小さく笑って受け流すだけだった。
「──陛下、本当によろしいのでしょうか?」
全ての側室が消えた後、シダナはアルビスにそっと問いかけた。
「……ああ。ヴァーリは完璧に嫌われているし、ダリアスは少々カレンに対して配慮に欠けるところがある。リュリュは良く立ち回ってくれているが、残念ながら護衛としては力不足だ。他に適任がいない」
「さようですね」
シダナはすぐさま頷いた。いや、そうせざるを得なかった。
ただ懸念が払拭したわけではない。不安は決定するより、今の方が大きい。
「案ずるな」
シダナの心を読んだかのように、アルビスは片方の口の端を持ち上げた。そして自身の胸を軽くたたく。
「アイツには枷をつけてある。……まぁ、カレンにそれを伝えたらまた激怒されるかもしれないがな」
「さようですね」
シダナは今回も即座に頷いた。
あの少女の心臓は、アルビスの手の中にある。失態を犯せば、すぐさま心臓を握りつぶされることを少女はわかっている。
わかった上でカレンの側にいることを選んだのだ。




