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重たいカーテンをくぐりぬけて廊下に出れば、既にリュリュが待機していた。
「リュリュさん、待っててくれたんだ。ありが──」
「カレン様、大丈夫でございますか!?」
カレンが安堵したのもつかの間、リュリュにガシッと両肩を掴まれてしまった。
遠目からでも体調を崩したのがわかったのだろう。悲愴な顔でリュリュに顔を覗き込まれたカレンは、目を逸らして曖昧な返事をする。
「あー……ちょっと、ね。うん、でも大丈夫」
セリオスがリュリュのことを好きだという告白を聞いた流れで、具合が悪くなったなど言えるわけがない。
カレンは痛めていない方の手でリュリュのドレスの裾を引いて、もう帰ろうと促した。
リュリュと並んで行きと同じ道を歩く。ダリアスは後ろを歩きながら護衛に徹している。傍にいてほしかった時は離席していたくせに。
何となく苛立ちを覚えてダリアスに文句の一つも言いたくなるけれど、そんなことよりリュリュに感謝の気持ちを伝えたい。
「……リュリュさん、あのね」
「何でしょう、カレンさま」
「今日ね、付き合ってくれてありがとう」
少し背が高いリュリュを見上げてカレンがぺこりと頭を下げれば、すぐにふふっと柔らかい笑みが降ってきた。
「リュリュはカレン様のお役に立てて嬉しいです」
誇らしそうに笑うリュリュは、普段と違って化粧もしているし髪型も華やかに結っている。
大人っぽくて、とても綺麗だ。こんな魅力的な姿を目にしたら、貴族男性は放っておくわけない。
カレンが見惚れているのに気づいているのか、リュリュははにかんだ表情を浮かべ……最後に顔をしかめて口を開いた。
「カレン様、今後夜会の時でも城内でも何かありましたらリュリュに言ってください。セリオスであろうがヴァーリであろうが、リュリュはいつでも殺す覚悟にございます」
「あー……うん。ありがとう」
頼もしすぎるリュリュに、カレンは若干引き気味だが、当の本人はどこまでも真剣だ。
カレンはこの帝国では二番目に尊い存在かもしれないが、ふたを開けてみれば、平凡な女子高生だ。そんな自分に、どうしてそこまで尽くしてくれるのだろう。
境遇が似ているから?同情してくれているから?得るものがあるから?
頭の隅に浮かんだ意地悪な感情を、カレンはそっと胸に隠して別のことを考える。
ついさっきセリオスは、リュリュのことを好きだと言った。もし自分がそのことをリュリュに伝えれば、彼の恋は秒で終わるだろう。
セリオスのことを毛嫌いしているリュリュは、片想いすら許さないかもしれない。
そうなるとセリオスは、いっそ早々に死んで、もふもふしている何かに生まれ変わった方が手っ取り早く好感度を上げることができると思う。
さっきセリオスから鬼気迫る表情でアドバイスを求められた時、そう言ってやれば良かったとカレンは強く後悔しながら左右の足を交互に動かす。
過去に参加した夜会での散々だったアレコレを思い出しては、それを踏み潰すように。
「カレン様、お戻りになりましたら、すぐにお湯の準備をしますね。お食事はいかがなさいますか?」
「んー……お風呂はすぐに入りたいけど、ご飯はいいや」
「さようですか。では、お茶を淹れましょう」
「ん、ありがとう」
リュリュと取り留めも無い会話をしながら、カレンは退席直前のアルビスの表情までも思い出してしまう。
(狐につままれたような顔をしていたな、アイツ)
余程驚いたのだろう。たかだか「おやすみ」と言っただけなのに。
アルビスがなんでそんな顔をしたのか、カレンはわからない。それくらいカレンは、アルビスのことを見ていなかった。
どんな時に苛立つのか、喜ぶのか。何をされたら嫌なのか、嬉しいのか。見当もつかないし、知りたいとも思わない。
「──恐れ入りますが、聖皇后陛下。わたくしはこれで失礼します」
背後からダリアスに声を掛けられ、カレンは自室が目の前だということに気付いた。
カレンとリュリュは同時に振り返って、ダリアスに声を掛ける。
「うん、おやすみなさい。ダリアスさん」
「おやすみなさいませ、お義父様」
ダリアスは微かに笑って慇懃に腰を折る。次いで、リュリュに歩み寄ると慈愛のこもった口調でこう言った。
「リュリュ、悪い虫は私が追っ払っておくから安心して寝なさい」
「……は?お義父様、何を藪から棒に」
「なんでもないさ。おやすみリュリュ。今日も良い夢を」
「は、はぁ……おやすみなさいませ」
事情を知らないリュリュはぽかんとしているが、カレンはダリアスが何を言いたいのかちゃんと気づいている
(私がセリオスに絡まれたこと知ってるんじゃん)
思わず睨んだカレンに、ダリアスはすまなさそうに眉を下げ背を向けた。




