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セリオスは宰相という名に相応しい深い藍色の豪奢な上着に、光沢のある山吹色のタイを身に付けていた。
トレードマークの背に翼が生えた獅子の刺繍がしてある帽子を被っているが夜会バージョンなのか装飾が多い。頭は重くないのだろうか。
そんなふうに見たままの感想を頭の中で呟いていたら、ごく自然にカレンはセリオスと目があった。
「こんばんは、カレン様」
「……はぁ」
わざわざ挨拶を2回繰り返すセリオスの真意はわからないし、なぜか彼は不機嫌な顔になっている。
セリオスの表情を見る限り人助けをしてくれたわけではなく、無理矢理割り込んででも物申したいことがあるようだ。
でも、カレンはセリオスから抗議を受けるいわれはない。
「何か言いたいことでもあるの?」
「ありますよ」
待ってましたと言わんばかりに強く頷いたセリオスは、カレンに詰め寄った。
「貴方様は、リュリュ殿をなんだと思っているんですか?」
「はぁ……?」
リュリュはカレンにとって、この世界でたった一人の味方だ。唯一信頼できる人だ。普段はとても優しく、ときに勇ましく凛々しい。同性として憧れる部分がたくさんある……が、そんな素直な気持ちをセリオスになんかに伝えたくない。
「それ、貴方に答えなきゃいけないことなの?」
カレンは、ぷいっとセリオスから顔を背ける。すぐに、にゅっと彼の人差し指が視界に写り込んだ。
「その態度はどうかと思いますよ、カレン様。見てください、あれをっ」
指し示された先に目を向ければ、貴族と思わしき青年二人から声を掛けられているリュリュがいた。
ダンスの誘いを受けたのか、それともただ世間話をしているのかわからないが、とにかくリュリュは困惑顔をしている。
セリオスが自分を責めたい理由はわかったけれど、彼から責められる筋合いはない。
「リュリュさんを夜会に参加させる許可はちゃんと得てます。文句があるなら、私じゃなくルシフォーネさんにどうぞ」
ルシフォーネの方が、セリオスより力関係が上だということをカレンは知っている。
振り返ってルシフォーネを見れば、女官長はいつでも受けて立ちますよと言いたげに、好戦的な視線をセリオスに向けている。
「ちっ、そういうことだけは気づいちゃうんですね」
「わかりやすいのよ、あなたが」
「……くそっ、気づいてほしいのはそこじゃないのに」
悔し気に呻くセリオスだが撤退することはしない。なおもリュリュを指差しながらカレンを非難する。
「あんな服装をさせて、こんな男たちの盛り場に一人でいさせるなんて、あなたは鬼畜ですか?リュリュ殿になにかあったら、どうするんですか?」
「……どうもこもうもないでしょ。だってリュリュさんだよ?」
そこら辺の男より剣に覚えのある彼女が、身の危険にさらされるなんて想像できない。セリオスだってわかっているはずだ。
なのに非難し続けるということは、思い当たる理由は一つしかない。
(まさか……いや、まさかね)
一度は否定したものの、カレンは自分の中で浮かんだ疑惑を完全に否定できなくてセリオスに声をかける。
「……ねえ」
「なんですか、カレン様」
「あのさぁ、違ってたら悪いんだけど」
「リュリュ殿をあんな有象無象の衆の中に放り込むことより悪いことなど──」
「あなた、まさかリュリュさんのことが好きなの?」
”まさか”という部分を強調してカレンが問えば、セリオスは軽く息を呑んだ。そして、口元を覆って俯いた。
「……そ、そうです。ずっとお慕いしているんです」
耳を澄まさなければ聞き取れないほどの小声で白状したセリオスの頬は、ほんのりと朱に染まっていた。
「……嘘」
「ここで嘘を吐く必要はないでしょう」
「だって、だって……前に地下の通路でリュリュさんのこと」
──腹ばいにして、痛めつけたくせに。
後半の言葉は声に出しては言ってないけれどニュアンスで理解したセリオスは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……あ、あれは」
「あれは?」
口ごもったセリオスに対し、意地の悪い気持ちでカレンは続きを促す。
そうすればセリオスから、鋭く睨みつけられてしまった。
「カレン様が悪いのです」
「なっ、なんでよ!?」
まさかの責任転嫁にカレンは、ここが夜会会場だというのを忘れ、大声を出してしまった。




