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幸せ

サシャのいたところより幾分か王都に近い街で、アランたちは暮らし始めた。

この街の領主はアランだ。魔王討伐の報酬として、アランには莫大な資産と平和で安定した領地が与えられたのだ。


「では、私はこれで失礼いたします。今後ともよろしくお願い致します」

「わざわざご足労いただき申し訳ない。せっかくだから今なにか手土産を持ってこよう、しばし待ってくれ」


今日は新しく領主に任命され、実際に生活を始めたアランの元に、この街に元々いた貴族の1人が挨拶に来ている。

冒険者のころに手に入れたドラゴンの皮でも持たせてやるかと思い、倉庫から持ち出してきたアラン。

先程までいた部屋に入ろうとすると、中からヒソヒソと声が聞こえた。


「出来損ない夫婦が・・・この街を繁栄させたのは私たち貴族だというのに新参者め・・・」

連れてきた部下に愚痴をこぼしているのだろう。さっきの柔らかく低姿勢な態度が嘘のような言葉をつらつらと並べていた。


アランは一呼吸おいて中へと入った。貴族は口を開けた状態のまま固まっており、慌ててお茶を飲んで誤魔化す。

「遅くなってすまない。これはレッドドラゴンの皮だ。寒い時期に切るコートにでも使ってくれ」

「あっ!あああありがとうございます!いやぁ、素晴らしい品をいただけて・・・」


目を泳がせながらお礼を言う貴族を、扉の方へと促す。

門まで見送ったとき、アランは最後に口を開いた。

「最後にひとつ、俺の妻は耳がいいんだ。・・・万が一私の屋敷の近くや、あろうことか内部で俺たち夫婦の陰口などを叩く輩がいたら、俺はそいつらをそうするつもりだ」

そういってアランは、先ほど渡したレッドドラゴンの皮を指さした。

鋭利でよく切れるナイフによって剥がされた皮を。


貴族とその部下たちは顔を青白くさせて、馬車を走らせ逃げるように帰っていった。

屋敷に戻ったアランは応接間の片付けを使用人に指示して、その隣の部屋をノックする。


どうぞと返事がきたのを確認して、アランは部屋の中へ帰った。

「もう皆様帰られたのですか?」

「あぁ、レッドドラゴンの皮を早く加工したいのか急いで帰っていったよ」


そこにはソファに座って編み物をするサシャがいた。サシャの隣にアランは座る。

「そうなのですね。アラン様のことだから、てっきり脅したのかと思いました」

「・・・やっぱり聞こえてたか。あいつら・・・」


書斎は応接間の隣なので危惧していたが、やはりサシャにやつらの汚い言葉が聞こえてしまっていた。

今からでも行って全焼させてやろうかと考えていると、サシャがアランの肩に頭を乗っけてきた。

「出来損ない同士だそうです。私はこんなに幸せなのに、アラン様はこんなに素敵なのに、おかしな人達ですね」


満足そうに言うサシャに毒気を抜かれて、アランは微笑みその頭を撫でた。

自分たちの幸せは始まったばかりなのだ。勇者でも、勇者に選ばれなかった男でもない。アランの人生は、ここからようやく始まる。


〜〜〜


3年後(17年前)


結婚式や新婚生活を経て、今日また2人の生活に彩りが加わる。

「おぎゃあああ!おぎゃあああ!」

「よく頑張ったなサシャ!元気な女の子だ!」

そう言ってアランは、産まれたばかりの我が子をサシャの傍らに優しく置く。


「はぁ・・・はぁ・・・可愛い私たちの子、メリィ」

頬を擦り寄せるようにして、サシャはメリィにくっつきその体温を感じた。

2人の幸せは留まることを知らない。






はずだった。


〜〜〜


さらに3年後(14年前)


「先生、メリィの具合は・・・?」

「いつも通り、体調の悪化です。安静にするしか・・・」

メリィの身体は生まれつき弱い。2週間に1度は高熱を出すなど、外遊びもままならないほどだった。


だがアランにはまだ聞くべきことがある。

「では・・・サシャは・・・」

「・・・アランさん、気をしっかりと持ってください。サシャさんは〜〜〜」


病院の帰り道、アランは打ちひしがれたような顔をして馬車に乗っていた。

アランをよく知る者ならば驚くだろう。豪胆で気丈なアランの、この弱りきった姿に。


サシャは病気だった。

薬もなく治療法もない、いわゆる不治の病。

ついにはベッドの上から出られなくなったサシャの、余命を今日聞いてきたのだ。


「1ヶ月、か」

虚ろな目で窓の外を眺めるアランは、自分の膝に頭を乗せて眠る我が子の髪を撫でた。

この子が生まれて身体が弱いと分かったとき、どこかの誰かが言い出した。


『出来損ないが出来損ないを産んだ』


噂を耳にしたアランは激昂し、言い出し広めた相手を探し出して殺そうとした。

だがそんなアランを、サシャは悲しそうに止めた。

そして眠る我が子にごめんねと、謝ったのだ。


あの光景がアランには忘れられない。

お腹を痛めた母親にとって、我が子を貶されることがどれだけ辛いだろうか。


持たなかったことがそんなに悪いことなのか、見下されなければいけないことなのか、放っておいてくれないのか。

思い返しているうちに、アランは自宅へと帰ってきた。


帰るなり、すぐさまサシャの部屋へ行くアラン。背中にはメリィをおんぶしている。

ノックをすると、弱々しい返事が聞こえた。この声を聞く度、胸が締め付けられるように痛くなる。


「おかえりなさい。アラン様、メリィはどうでした?」

「ただいまサシャ。メリィは安静にしていれば大丈夫だそうだ。ほら、今もスヤスヤ寝ているよ」

そういってメリィの顔をサシャに近づける。自分も辛いのに、いつだってサシャはメリィやアランを気にする。


「・・・なにか悲しいことでもありましたか?」

サシャがアランへ声をかけた。アランは迷いながらも、今日医者に言われたことをサシャに伝えた。

サシャは落ち着いて聞いて、ゆっくりと口を開く。


「本当はもっともっと2人と生きたいですけど、アラン様と出会えて、メリィを産むことができて、私はとても幸せでした。アラン様、愛しております」

「・・・サシャ、俺も愛している。ずっと」

2人が話していると、メリィが目を擦りながら起き上がった。


「・・・うぅ・・・おかあさま?」

「ふふふっ、メリィいらっしゃい。あなたのことも愛しているわ」

そういって優しく寝ぼけ眼のメリィを抱き寄せるサシャ。


ここから1ヶ月、アランは勇者のパートナーや冒険者としての仕事を全て断り、残り僅かな家族の時間を過ごした。

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