サシャという女
次の日アランは飛び起きた。
(なぜここに・・・?まさか!?)
すぐに身支度を整えて宿屋を飛び出し、街の門へと向かう。
道中、見覚えの無い出店や飾り付けを見かけるアラン。
「もうここまで来たのか・・・!」
自分が相手を知覚したように、相手も自分の存在に気づいているだろう。
だからこれはせめてもの抗いだ。逃げることも隠れることもせず、待ち構えていたかのように振舞おうと。
門の周囲には人が溢れかえっていた。小規模の街ではあるものの、密集すれば中々である。
すると門が開き、人々の目当てである団体が街へと入ってきた。
アランは比較的高い建物の上に飛び上がって、その一行を上から見据える。
煌びやかな装飾を施した馬車や騎士たちが入場するなか、とくに目立つ男が最初から自分のいる方を向きながら入ってきた。
「「久しぶりだな」」
声の届かない距離にいながら、アランと男は全く同じ言葉を口に出した。
声も顔も一緒の2人は、久々の再会を果たしたのだ。
勇者ジィファの凱旋パレードが、アランの滞在していた街まできたのだった。
〜〜〜
サシャの父でありこの街の領主は驚いていた。
ほんの数分前、いつものように冒険者の男がサシャ目当てに屋敷へ来て、これまたいつものように庭で談笑をしている。
そして今、目の前に冒険者の男と瓜二つの男が勇者と名乗り、王の遣いを多く引連れ豪勢な鎧に身を包み現れたのだ。
サシャの父だけではない、母や兄妹たち冒険者の男を知る全員が、目の前の光景に驚きを隠せずにいた。
「この度は凱旋の受け入れを許可いただき御礼申し上げる。勇者のジィファと申します」
にこやかに握手を求めるジィファの手を、未だ信じられないような顔で握り返す。
「あ、あのう、実は勇者殿と同じ顔の男が、ここ数日いらしておりましてな・・・」
名乗るのも忘れて、ただ疑問を解消すべく質問をしたサシャの父。
質問を受けたジィファは不躾な態度に怒るどころか、嬉しそうに答えた。
「えぇ、先ほど会いましたよ!双子の兄であり勇者のパートナーとして魔王討伐を共にしたアランに!」
そう言われた瞬間、サシャの父は今までアランにとった態度を思い出して白目を向き卒倒した。
家族たちや居合わせたジィファが慌てているなか、庭では思い詰めたようなアランといつも通りのサシャが話をしていた。
「アラン様の弟様は勇者だったのですね!ビックリしましたわ!」
「・・・まぁ、な」
屋敷の方を横目で見ながら、アランは空返事を返した。
今頃あの不躾な家族たちも、ジィファへゴマをすっていることだろう。娘を差し出す用意までしてるかもしれない。
「・・・アラン様は以前、勇者に憧れていたと仰っていました。今では憧れていないのですか?」
アランの雰囲気を感じ取ったのか、サシャが心配そうにそう聞く。
「・・・無理だって分かったんだ。もちろん戦って負けるとかそういうつもりは無い。でも最初に選ばれなかった方は、その後何をしたって無駄なんだと」
そうしてアランはまた落ちかけた。だが、
「でも、私はアラン様が選ばれなくてよかったです。こうして出会えたから」
下を向きかけたアランはサシャの方を見た。当のサシャは胸に手を当てて話し続ける。
「もしアラン様が勇者で凱旋をしていたら、私の目が見えてて別のところに嫁いでいたら、あの縁談が成功していたら・・・アラン様と出会えたのは、沢山の偶然があったからなのです。だから私は、アラン様が勇者じゃなくてよかったと思うのです」
『出来損ない』『選ばれなかった方』
勇者ありきの誹謗中傷を多く受けたアランにとって、サシャの言葉は初めてアランそのものを肯定するものだった。
そして、勇者の称号よりも何よりも、一番欲しかったものだったのだ。
「・・・俺もサシャの目が見えないことに感謝しなきゃな」
それは出会えたこと、そしてアランの頬を伝う雫を見られないこと。
「それに無駄なんかじゃありませんよ?初めて私の手をとってくれたとき、思いましたの」
それは馬車を降りるのを手伝ったとき。そのときのように、サシャはアランの手に自分の手を重ねる。
「ほら。たくさん頑張ったあなたの手は、こんなにもあたたかい」
そういって笑うサシャを見たとき、アランはサシャの手を引っ張って屋敷へと歩き出した。
扉を開けて中を進むと、ジィファたち王都の一行やサシャの家族たちがいる。
サシャの家族はアランの素性を知ったのか、怯えたようにこちらを見てきた。
「アラン!先ほど領主殿が倒れられてね・・・ん?そちらの女性は・・・」
「ジィファ、俺は彼女と結婚することにした」
突然の結婚宣言に、サシャの父に続いて数名が白目を向いて卒倒したのだった。
〜〜〜〜〜
あれから話は早かった。
勇者家系であるアランの結婚申し出を、サシャの家族たちは二つ返事で了承。
サシャも大いに喜んで、3日後である今日には2人は街を出ようとしていた。
ジィファたち一行は1日滞在して、すぐに別の街へと旅立った。
ジィファももちろん反対なんてしなかったが、唯一条件を提示してきた。
凱旋が終わるまで式は挙げないこと。
アランの結婚式には是が非でも出たいとのことだった。
そして今、アランとサシャは屋敷の前にいた。冷遇されてきたといえど家族、別れの挨拶をしているのだ。
途中サシャの父があの時のお礼を・・・と金銭を渡そうとしてきたが、アランはバッサリと断った。ジィファが現れて血筋が分かった瞬間に、都合の良いことだ。
そんな父親も、いざ娘が離れると思うところがあるのかサシャを呼び少し離れたところで会話をしていた。
それで全員と話し終えたようで、サシャとアランは馬車に乗り込み屋敷を離れ街を出たのだった。
窓の外を見ながら、少し複雑そうな顔をするサシャ。やはりいきなり離れてみて、寂しさもあるのだろうか。
「サシャ、急に決めて悪かったな。キミの笑顔を見たら、我慢できなくなって・・・」
アランが申し訳なさそうに言うと、サシャはクスクスと笑って手を握ってきた。
「いいえ、素敵なプロポーズでした。まるで昔話のお姫様になったみたいで、夢のようです」
屈託の無い顔で笑うサシャを見て、アランは自分の選択が間違っていなかったと思った。
気づけばアランの心の中から、「ジィファだったら」という感情は無くなっていた。




