打つ手なし
(・・・何かがいる!)
防犯ブザーが浮く場所へ、ユウはナイフを叩き込んだ。だがその手は下手人がいるであろう空中を通り抜ける。
そうしているうちに、チャールズの生気が完全に消え失せた。
自分が護衛していながらなんてザマだ。そう思いながらユウは、何もいない空間に向けて目を凝らす。
(・・・見えた!)
変換スキルの賜物である右目が、見えない犯人の姿をうっすらとだが捉えた。
男で剣を腰に指して、今は自分に背を向けている。
「くっ・・・」
だが、ユウに出来たのはそこまでだった。
先ほど攻撃が通り抜けたように、ユウはこの手の相手に対して有効打を一切持っていない。
そう、今回の事件の犯人は、強度AAまで上り詰めたユウをもってして相性の悪い敵だったのだ。
そうしてユウが攻めあぐねている間に、目の前の男はスっと姿を眩ませた。
〜〜〜〜〜
翌日、ジィファの屋敷には5人の男女が集まっていた。
ここの家主であるジィファと、その娘パルファ。
その2人のパートナーであるアランとユウ。
そして国内を守護する第2騎士団の団長ノーツ。
この5人に共通していることは2つある。ひとつめは、全員が先日行った貴族の護衛に関係していること。
そしてもうひとつは、全員が護衛していた貴族を殺害されたこと。
昨日起こった殺人は、ユウのいた場所だけでは無かったのだ。ここにきて初めて、一夜で複数人が殺害されたのだ。
とくにアルも在籍する第2騎士団は、分担して多くの貴族達の屋敷を護衛していた。
その全ての護衛先で、ことごとく殺人は行われたのだ。
よって実際の被害者の数は、ここにいる人数の数倍にのぼる。
「剣を携えた男か・・・」
ジィファがユウの証言を聞いて呟く。そう、さらに驚くべきは、ユウ以外犯人の姿を視認できなかったこと。
ユウと同じように、アランやジィファは貴族の命が潰えることを察知して、部屋の中に踏み入ったらしい。
だがユウ以外は犯人の姿を視認できなかった。それどころかまだいるはずの犯人の気配も感じられなかったそうだ。
「まだこっちを攻撃してきてくれたら、危険を察知してなんとなく分かるんだがな」
アランがそう言うように、今回護衛にあたっていた者は全員無傷で済んでいた。
どの現場でも共通して、当主のみにしか被害が出ていないのだ。
「今回の件で、汚職や違法行為をしていた貴族は消え失せました。一部からは、今回の犯人を称えるような声もあがっています」
ノーツ団長は複雑な面持ちで述べる。
「実際、今後貴族が犯罪に手を出すことも減るだろうしな」
不謹慎だが的を得たアランの発言に、一同は沈黙した。
「・・・どんな結果であれ、殺人は許されません。式典は3日後に控えています。どうにか犯人を捕まえなければ・・・」
次狙われるのは王だ。あの脅迫状のとおりなら、次の標的は国王ラグナルカ・ネグザリウスその人なのだ。
パルファは途中まで言葉にしつつも、王が狙われるなんて言動を口に出し切れなかった。
「だが現王は善良なる王だ。今回の被害者たちのように悪事を働いていないし、圧政も敷かなければ虐殺もしない善王だぞ。それなのに何故狙われるのだ・・・」
ジィファが窓から見える王城を眺めて言う。
(犯人の目的は・・・)
国を綺麗にしたいなら悪徳貴族だけ殺せばいい。
国が欲しいなら王だけ殺せばいい。
今回の犯人は何がしたいのか?一同は重要なその部分が、理解できなかった。
「・・・とにかく、逆にあとは王さえ守護すればよくなったとも考えられる。バラモス団長を初めとする第1騎士団が総動員で王の周囲を固めているが、本日より我々もそこに加わる」
ジィファは続ける。
「1日に1件という思い込みが覆されたのだ。今後は固定概念を捨てて、日中から万全の警備を行おう。式典当日までとおして行うため、各自急いで支度を行い王城に向かうぞ」
その言葉を皮切りに、それぞれが立ち上がり動き出した。
(まずはリリアさんに話をして、それから・・・)
ユウも今後の流れを考えながら部屋を出て、玄関へと向かう。その途中、背後から視線を感じ振り返ると、メリィが見送りに来ていた。
「こんにちはメリィ、昨日はありがとう」
「ユウ、どういたしまして。昨日は、大変だったみたいだね」
メリィの労いの言葉に、ユウは苦笑いで返す。
「せっかくメリィが差し入れを持ってきてくれたのにね・・・でもこの目で視認できることは分かったから、王様は絶対に守るよ」
「そっか・・・でも、ユウも気を付けて、危なくなったら、自分を優先してね」
「ありがとう、メリィも安静にね」
昨日会った時よりメリィの顔色が悪い。外出して自分のところに来たせいで、具合が悪くなったのかもしれない。
ユウがそう言うとメリィはコクリと頷いて、自分の部屋へと戻っていった。




