ハイド
降り立ったタキシードの男を見たとき、全身の毛が逆立つのを感じた。
恐怖心や危機感はもうない。これはただの『直感』だ。
ゆっくりとした時間が流れる中で、タキシードの男はゆっくりと口を開いた。
「お二人からしたら初めましてですね。私はこのダンジョンのボスであるハイドと申します」
目の前にいる人間とかけ離れた存在感の男は人間らしく、いや普通の人間よりも礼節を弁えた流麗なお辞儀をこちらにする。
顔を上げたときに、その風貌を改めて確認する。塗りつぶされたような黒髪は女性のショートカットくらいの長さで切りそろえられている。それに対して肌は青白いという範疇を超えた白さで、なによりも異彩を放つのがその瞳。白目の部分は真黒く染まり、黒目の部分は真紅に染まっている。
「お二人からしたらとは、どういうことかしら?」
プレッシャーに耐えながら、パルファがそう問いかける。ハイドという男はそれにたいし用意していたかのように答える。
「私はお二人がここに現れたときから、ずっとお二人を見ておりました。苦難を乗り越える強さを持ち、私のスキルを看破して先に進む姿を見て確信したものです。あぁ、この方々ならば私を自由にしてくれるだろうと・・・」
話し始めたハイドは、最初こそ感動に打ち震えるように話していた。だが終盤になると、今度はワナワナと怒りを感じているようなそぶりを見せる。
「自由にだと?」
「えぇ!えぇ!!せっかく空間を捻じ曲げてすぐ外に出られるよう一階層に潜んでいたのです!なのにあなた方は当初の期待を裏切るようにノロノロと攻略して・・・魔物の解体まですると仰るものですから、お二人が居なくなった隙に消し飛ばして差し上げましたよ!」
激高したハイドは続ける。
「今日だって・・・!一階層に移動して抜け殻となった部屋に無防備にダンジョンコアを置いておいたのに・・・!壊さずに戻ってくるとは何事でしょう・・・!!」
そういって今まで以上の強いプレッシャーを放つハイド。
感覚が少なく強度AAとなったユウでさえ怯むほどだ、強度Bのパルファはさらに身体に受ける影響が大きいだろう。
「ちょっと待て!外に出るとかダンジョンコアを壊さずにとか、いったいどういうことだ!!」
ユウがハイドに向かって言うと、先ほどまでのプレッシャーが嘘のように収まった。
「・・・なるほど、これは失礼致しました。私としたことが自己中心的になるあまり、お二人の目線を考えておりませんでしたね」
はっと何かに気が付いたようなハイドは、一転して穏やかな口調でユウとパルファに語りかける。
「ダンジョンコアが破壊されるとですね、一瞬ですがダンジョンと外界の境界が弱まるのですよ。私であればその一瞬を見計らって、外の自由な世界に出られるのです」
心の底からの笑顔でハイドは言う。
「その一瞬を逃さないためにも、少し無理をして空間を捻じ曲げて一階層に来ていたのです。おかげで元居たボス部屋はとても質素になってしまいましたし、私の前に出る予定だった魔物も一階層に引き連れてきてしまいましたが・・・」
そこまで言い終えたハイドは、真剣な面持ちでユウとパルファに向き合う。
「さぁ、ここまで説明したのです。今すぐダンジョンコアを破壊してきてはくれませんか?私をダンジョンボスという呪われた運命から解放し、自由な世界へ飛び立つ手助けをしてくださいませ。もちろん、手助け頂いたお二人のお命は保証いたします。」
そういって優雅に礼をするハイド。
(正直これと戦わずに済むならありがたい、けど・・・)
ユウが逡巡していると、パルファがハイドに問いかけた。
「あなたは外の世界に出て、何がしたいの?」
そのパルファの問いを前向きな返答の一端だと受け取ったのか、ハイドはとてもにこやかに答える。
「よくぞ聞いてくださいました!まずは小規模の村や町で遊ぼうと考えております。住民の四肢をもいで飾りつけをしたり流れる血で湖を作ったり・・・したいことは尽きません!あぁ、もちろん恩人であるお二人に関係がある場所は避けますので、よろしければ仰ってくださいな」
・・・無邪気にうっとりとしながら残酷な未来予想図を述べるこの男をみて、自分もパルファも結論が出た。
剣を抜いて構えを取ると、ハイドもがっくりと肩を落としてから強烈な殺気を放つ。
「しょうがないですねぇ・・・ではあなた方を殺して、次が来るのを待つとしましょう。正直に申しますと先ほどの譲歩も面倒でしたから」
そういって黒く大きい翼を背中から、死を感じさせる鋭利な角を頭部から出現させたハイド。
ユウは右目で禍々しいその姿を捉えて、今まで以上の強敵であることを確認した
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種族名:アークデーモンロード
個体名:ハイド
強度:S
【固有スキル】
常闇
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