死を運ぶ声
ザン!!
先ほどまで何もいなかった空間に、ありえない密度の魔物が現れたことで、パルファの反応が一瞬遅れた。
ユウはパルファと魔物の間に割り込み、魔物を切り伏せる。
強化された視力で暗視もできるユウは、魔物に囲まれたことをいち早く察知した。魔物からもこちらの姿は見えていなかったが、パルファの光源によって視認され戦闘になったわけだ。
だがユウが特殊なだけで、暗闇を照らすというのは万人が共通して行うだろう。これはその行動を見越した罠だったのだ。
「パルファ!しっかり!」
「っ!ごめんなさい!」
パルファもすぐに自分を取り戻し、2人は背中を合わせて周囲の魔物たちを相手取る。
ある距離までは魔物が見えず居らず、ある程度踏み入ると突如として出現するとは・・・
(モンスタールームって言うんだっけ?それにしても・・・)
ダンジョンに入った最初の部屋がこれか。しかも暗闇。しかも魔物は高ランク。
ここは間違いなく、パルファが入る前に言っていた意地の悪いダンジョンだといえる。
だが幸い、パルファの強度も組んでいたときから上がっており、今では強度Bだ。2人はお互い背中を任せあって、魔物たちを徐々に切り伏せていく。
ガキン!!
だが、魔物の中に何体かユウの攻撃ですらしのいでみせる個体がいた。
ナタのような獲物を持つ筋骨隆々な牛の魔物ーーミノタウロスだ。Aランクであるミノタウロスは、今まで戦ったどの魔物よりも強くなったユウを苦戦させた。
「くっ!」
後ろからパルファが苦しい声を出す。どうやら背後の戦いも厳しいらしい。
何度か撃ち合った後にミノタウロスを撃破するユウ。だが、崩れ落ちた体のその向こうには、2体のミノタウロスの姿が見えた。
「はぁ、まったく嫌になっちゃうな」
「本当に。チラホラ上位種も混ざっているようだし、キツいわね」
チラリとパルファの方を見やる。パルファの方にいた厄介な敵は、首無しの騎士ーーデュラハンだった。この暗闇の中で、パルファとユウはお互いAランクの魔物を相手取っていたのだ。
(ツイていたな・・・)
そんな劣悪な環境下で、恐怖心や焦燥感を失っているユウはそう感じた。地獄に仏とはこのことだろう。
もし配置が逆であった場合、アンデッド種であるデュラハンはユウの力任せの剣では倒せない。
またミノタウロスの強撃も、パルファでは受け流すのに限界が来るだろう。
だがツイていたのは、あくまで地獄の中での話。未だ敵は大量だ。最初からここまで熾烈な戦いから始まるとは思っていなかった。
ユウの眼前には鼻息荒いミノタウロスがこちらを威嚇しているし、パルファの側にもまだデュラハンが一体残っている。
(数が減って魔物も動きやすくなってきた・・・このままここにいると囲まれて潰される)
魔物に物量で押し切られることを危惧したユウは、パルファに移動を提案する。
「パルファ、ここから少し移動しよう。場所が開けすぎてて不利だ。」
「そうね。分かったわ」
2人は徐々に徐々に、入ってきた扉がある壁に移動をする。
だがそんな中で、教会の椅子の影に不自然な物を見つける。
(な、んだ・・・あれ・・・?)
そこにはポツンと、ひとつの宝箱が鎮座していた。
その宝箱からは周囲のどの魔物よりも色濃い死の気配を感じる。
通り過ぎる刹那、ユウが右目を凝らしてその情報を見る。
2人の間にある光源が宝箱を照らし、パルファがその恐ろしい存在に気づく。
そのタイミングは全く同じだったが、対処するにはユウが左手を失った時から手遅れだった。
(そんなっ)
(まさか!)
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種族名:パンドラボックス
強度:S
【スキル】
魍魎の声
〈一定の強度・ランク以下の生命を即死させる叫び〉
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それはすでに口をゆっくりと開けている最中だった。宝箱が開くだけ、それなのにどうしようもなく禍々しい光景に、釘付けとなる魔物と人間。
ユウは歯を食いしばった。片腕では耳を塞げないし、強度Aの自分なら助かるだろう、と。
(パルファが耳を塞いで僕も耐えれば、なんとか・・・)
そんなユウの意思に反して、ユウの両耳をパルファの両手がそっと包んだ。
「パルファ!?なにを」
言い終わる前に、死の叫び声が周囲を包み込んだ。
そしてユウは自分の甘い考えを理解する。
耳を塞いだ強度Aのユウでさえ、卒倒しそうになるほどの恐ろしい絶叫だったのだ。
崩れ落ちていく周囲の魔物たち。パルファもゆっくりと床に落ちていき、途中でわずかに口が動いた。
(あとは、お願いね。)
死の絶叫が少しずつ弱まる。そう言い残した目の前の勇者は、ゆっくりと下に倒れ込んだ。
そして声がなり止むほんの直前、絶叫が効かなかった首無し騎士の一撃が、ユウの左脇腹を捉えたのだった。




