安心と狸寝入り
~~~アルside~~~
「東の村でスタンピードが起こったそうだ。」
「冒険者の少年が大怪我を負ったらしい。」
「少年というのはあのユウくんのようだ。ユウくんは左腕を・・・」
アルを含む小隊は数日前からとある任務に出ており、王都へはつい3日前に帰還したばかりだった。
帰還したアルの耳に届いた知らせは最悪なものだった。
もう遅いと分かっていても、単独で村の方角へ出立しようとするほど取り乱した。
女性騎士に宥められて無暗な行動をすることこそ抑えられたが、帰還してから3日間ロクに睡眠や食事をとれずにいたのだった。
団長であるノーツはやはり人格者で、しっかりしろと叱責をするわけでもなく「長期任務で疲れただろう、休暇をとれ。」とだけ言ってアルを休ませている。
そして今日も騎士団詰所の敷地内で、アルはただじっと座っていた。何度目か分からない「どうしてあの子が」という思いが脳内を駆け巡っては、何もできず答えも出ずに消えていく。
先行して帰ってきた騎士たちによると、残りの一行はユウの具合が回復してから帰ってくるらしい。今朝門へ行って門番に聞いたとき、まだ一行は帰還していなかった。
(もう少ししたらもう一度門へ行ってみよう。)
そんなことを考えた時、アルのことを横から何かが包み込んだ。
「アルさん・・・ごめんなさい。今、戻りました・・・」
右側だけの強い感触とその声は、アルがここ数日思い続けていた相手のものだった。
~~~~~
騎士団の女子寮、本来男子禁制であるこの区画の一室に、一組の男女がいた。
女性は安心したように寝ていて、起きている男性は女性に手を強く握られて離れられずにいた。まぁそもそも、離れる意志など無いのだろうが・・・。
再会を果たしたとき、アルは張りつめていた糸が切れたように泣いた。
そして傍にいれなかったことへの謝罪、無理をしたことに対する叱責、勇敢な行動への賛辞、この世の不条理への文句・・・さまざまな想いがあふれ出し、それを脈絡もなく全てユウにぶつけた。
ユウもそれを受け止め、全てを吐き出したときに今度は逆にアルから抱きしめられた。
そのまま耳元で「おかえりなさい」と言ってアルは寝てしまい、近くにいた女性騎士や寮監の付き添いの元アルの部屋へと運んだのだった。
本来アルと同室の女性騎士が看るべきなのだが、その女性騎士はユウに「お願いね」と言って出ていってしまった。
こうして寝ているアルの寝顔を眺めて、もうすぐ2時間ほどだ。
(本当に、悲しませちゃったな・・・)
そうしてユウは握ったアルの手を親指で撫でる。少しくすぐったかったのか、アルは手を抱きかかえるようにして自分の胸元に持っていった。
ユウはアルにも全てを説明した。
だが、今度また同じことが起こった時も、自分は同じ事をするだろう。ということだけは伝えることができなかった。
だが口に出さずともアルも分かっているだろう。お互いにそんなことを考えたくは無いのだ。
そうしていると、コンコンとノックの音がして部屋の扉が開く。入ってきたのは先ほど言葉を交わした、アルと同室の女性騎士だった。
「あらあら、まさかまだ起きないのね。」
アルよりも年上だろう少しおっとりとした茶髪の女性騎士は、アルのベッドまで近づき小さい声で「あら」と言った。そしてユウへと向かって話し始める。
「もうすぐ夕方だし、さすがにそろそろ殿方がここにいるのは怒られちゃいそうね。あなたも疲れているだろうし、そろそろ戻って休むといいわ。」
「あ・・・そうですね。すみません、こんな時間まで。」
そういってユウは指を器用に使い、つないだ手を解いた。
手を解く瞬間に力が強くなった気がしたが・・・まぁ、それも当然か。
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「では、お邪魔しました。アルさんをお願いします。」
「えぇ、あなたも来てくれてありがとう。気を付けて帰ってね。」
そういって騎士の女性は扉を閉めて、同室の女性が寝ているベッドへと近づいていく。
「アルってば、寝たふりが下手ねぇ。」
そう話しかけると、寝ていた女性―――アルはゆっくりと目を開けた。
「言わないでくれてありがとね。・・・でももう少し一緒に居たかったなぁ。」
そうしてアルは上半身を起こし、ベッドの上から話しかけてくる。
「でもいい時間っていうのは本当だからね。それにきっと彼、アルが起きていること気づいていたわよ?」
「・・・・・へ?」
「あなたは目を瞑っていたから分からなかったでしょうけど、父親が娘を見つめるような優しい目で見ていたもの。あ!ねぇねぇ!寝ている間にチューとかされなかった?」
きゃあきゃあと同居人の女性はガールズトークに花を咲かせようとしていたが、アルは狸寝入りがばれていたという衝撃からしばらく立ち直ることができなかった。




