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三姉妹と借り

「私はハイロではない。というより、ハイロなんて人物は存在していない」

ハイロは驚く一同に対して、リブラの街で話したときとは違う女性の声でそう告げる。


「私はずっと、入国したあなた達を見てきた」

そう言うハイロの姿が一瞬ボヤけて、今度はユリウスの街でユウ達を取り囲んだ兵士になる。


「もし、偏見によって帝国民と触れ合わない者だったら、救える命を無視するような者だったら、カリセリア様には会わせなかった」

商人、ゴロツキ、宿屋の主人など、その姿はどんどんと変化していき、最後に1人の女性になった。


「・・・紹介しよう。帝国をはじめ、人の世の治安を守る者。今代【兇手】であるアリスだ」

見覚えのある女性は、女帝からそう紹介されて一礼をする。

ユリウスの街からセイムスの街まで一緒だった薬師アリスこそが兇手だったのだ。


「アリスさん・・・では、貴方の素性や過去は・・・」

何が本当で何が嘘なのか。わからないなかでパルファはアリスへと問いかける。

「いいえ、過去も素性も本当。父は戦争で死んだし、普段の仕事は薬師よ」

だが意外なことに、アリスは話したことに嘘はないと言った。


「勇者と違い兇手は、裏からこの世を平和に導く存在。だから表舞台で目立つことは許されない。表の世界で自然に動くために、『序列の低い宮廷仕えの薬師アリス』という身分があるの」

アリスはそう言って、パンを小さく齧った。


その冷淡かつ落ち着いた姿は、1日弱を共に過ごした女性と同一人物だとは思えないほどかけ離れていた。

いつの間にか空間に溶け込んでいたり、先ほどのように姿を変えたり、この兇手という存在には掴みどころの無さを感じる。


「ちなみに、あなた達のことは王国でも何度か視察していた。先のクーデターの時も、ね」

そう言うアリスに、ユウは最悪なケースを想像する。


兇手という存在は、悪人を徹底して粛清する。

そして先の一件で、問われるべき罪に問われなかった者が1人いる。

ユウの家に住むメリィのことだ。


もしアリスが、あの事件の全貌を知っていたとしたら。また、イメージした者を好きな場所に具現化できる能力を危険だと判断したら。

兇手がメリィを手にかけることは、ありえないことではなかった。


パルファも同じことを思っているのか、焦燥感が消えているユウに比べて、明らかに焦った顔をしている。

だがそんな心配とは裏腹に、女帝は笑いながら口を開く。


「安心しろ。アランの娘のことは全て知っているが、どうにもせん。というよりする筋合いがないのだ。王国と皇国には借りがあるのでな」

「借り・・・ですか?」

女帝の言葉にパルファが返す。どうにもしないという言葉から、平静さも戻ってきたようだ。


「はい、借りとは私のことですね。改めまして、リサと申します」

女帝よりも速く言葉を発して、リサはユウ達に一礼をした。


「これは私の妹でな。ちなみにアリスもだが。そして今言ったとおり、我が妹の存在こそが借りなのだ」

「妹・・・?まさか、そんな」

女帝の言葉に、パルファだけが察したように狼狽える。


「ねーねー、分かるように言ってくれないかなー?」

「おっと、さすがにヒントが少なすぎたか。まぁ説明は、お前に任せようぞ」

フルーツを口に運びながら、パルファへと丸投げする女帝。


「・・・国王と勇者、帝王と兇手、そして教皇と聖女。それらは交わってはいけないと、古くから決まっているの」

「スキルの関係、もしくは狙われた際のリスクの分散。それか、そもそも血筋を辿れば同じだからって感じかな?」

ベルベットの推察に、パルファは無言で頷く。


「でも、歴史上唯一その暗黙の掟が破られたことがあった。それが先代の帝王様よ」

「へぇ・・・ってことは」

ベルベットの呟きに、ユウは改めて3人の女性を見る。

たしかに、3人とも容姿はどことなく似ており、連れ立って歩いていたら姉妹に見えるだろう。


「左様。我が父であり先代の帝王は、兇手であった女性に恋をした。そして2人は結婚をして、3人の子を産んだ」

女帝はスっと、自分の胸に手を置く。


「長女であり王族のスキルを発現させた妾、次女であり兇手のスキルを発現させたアリス。そして三女にしてどちらでもないスキルを発現させたリサだ」

胸の上に置いた手は、説明と共に姉妹たちに向けられる。


「それが、どうして借りに・・・?」

「そこで先ほどの問題に戻るのだ。本来帝王と兇手が結ばれることはあってはならんこと。王国と皇国は、結ばれた挙句3人も子を作った帝王と兇手を非難した」


「そして父と母は、秩序を守らなかった責任を取って、通常よりも早く退位することを両国に約束した。だがまだ、3人の忌み子という問題が残っていた」

ここまで聞いた時、ユウは先の結末を察した。

それを確認するかのように、女帝は話し続ける。


「まぁ産まれてしまったものはしょうがないとして、治世のスキルを持つ妾は帝王を継ぎ、暗殺系スキルを持つアリスは兇手を継いだ。だが世継ぎでもなく、転移という物騒なスキルを持つリサに関しては、各国の貴族達が処分しろと嘆願してきたのだ」


転移はたしかに強力なスキルだ。どれだけ兵を集めても、どれだけ鍛えても、寝室に転移されて喉を裂かれればそれで終わる。そんな存在が隣国に居るというのは、他国からしたら恐ろしくてこの上ないだろう。


「そして各国の総意として、帝国にてリサを処刑することとなった。立ち会いはネグザリウス国王と、エリオール教皇だ」

「はい。私が子供の頃そのように聞きました」

女帝の言葉をパルファが裏付ける。


「そして処刑当日。最後まで処刑に抗い戦争も考えていた妾とアリスに、国王と教皇は賛同の意を示した。子に罪は無い、と」

「三国のトップ同士が口裏を合わせて、処刑したことにしたんだね」

ベルベットの言葉に、女帝がフッと笑いながら頷く。


「その恩があるのだから、メリィという少女を始末しようとは思わない」

平和を乱さない限りね、とアリスが言う。

リサもメリィも危険な能力だが、お互い目を瞑ろうということなのだろう。


「ついでに説明するとだな、幼くして帝位を継いだ妾や兇手を継いだアリスには、幼き頃から今もなお鬱陶しいお目付け役がいるのだ」

ぶすっとしながら女帝はため息をつく。その女帝の空になったワイングラスに、1人の老紳士が静かにワインを注ぎにくる。



そしてその老紳士は、ワインを注ぎ終わると女帝の首にナイフを突き立てた。

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