手荒い歓迎
「くぁ・・・いい朝だ」
あくびをしながらスッキリした顔で、最後の火の番を務めたシルバが朝日を見つめている。
じつはそもそも、シルバは旅路を急ぐために野営を提案したのではない。
世捨て人であるシルバは、街や家屋の中で寝泊まりすることに慣れていない。
だが帝国に来てからというもの、寝泊まりするのは常に宿屋だった。
たまには大好きな自然の中で寝たいと考え、上手い理由をつけて野営を提案したのだ。
Sランク冒険者のそんなお茶目な自己中を、他の3人は知る由もなかった。
「んぅ、おはようございます」
次にユウが目覚め、パルファとベルベットも同様に起床した。
「全員よく寝れたようだな。なによりだ」
「えっ、と・・・はい、ありがとうございます?」
こころなしか機嫌がよさそうなシルバに少しビックリしつつ、ユウは身支度を始めた。
〜〜〜〜〜
「遂に、着きましたね・・・」
今ユウの視線の先には、王都に負けない大きさの都市がある。
シルバ提案の野営から一日半、もう一度の野営を挟んで一行は、帝都ノワールへとたどり着いた。
「さて。ユリウスの街では荒れたが、ここではどうだろうな」
「もう冒険者証を持っているので、身元については大丈夫では・・・?」
そういうパルファに対し、シルバは首を横に振る。
「いつの間にか勇者一行が帝都の中に入っていて、いきなり城へ現れた・・・なんて向こうさんも避けたいはずだろう。おそらくここの門兵には、俺たちの名前と顔がすでに伝わっているはずだ。なんなら気づかなかっただけで、尾行もあったかもな」
「っ!!・・・そういうことですか」
シルバの予想に、パルファが唇を噛む。思い出すのは帝国に来たばかりのときに受けた、無礼な言動と扱い。
本拠地である帝都なら、なおさら勇者一行に対して横柄な振る舞いが指示されているかもしれない。
「今回は牢屋に何泊かなー?」
ベルベットが頭の後ろに手を組んで、不吉なことを言いながら門へと先頭を歩いていく。
日が傾いてきたといってもまだまだ日中。帝都に入るための行列に並ぶユウは、もしこの大衆のなかで勇者一行だとバレたらどうなるかを考えていた。
頭によぎるのは、指される後ろ指と向けられる白い目。王国民だというだけで迫害を受けるなら、前にも後ろにも一般人がいるこの状況は、これからの門兵の対応によっては地獄と化す。
ユウは頭の中でさまざまなシミュレーションをして、自分たちの順番を待った。
そして遂に、列の先頭はユウ達一行となる。
「では次の者!身分証を提示してくれ」
その言葉に、4人は冒険者証を差し出す。
差し出された冒険者証を見た門兵の眉が僅かに動き、そして次はユウたちの顔を確認する。
次いでユウが予期したとおり、門兵は大きく口を開けて何かを叫ぼうとした。
(やっぱりか・・・!)
目の前の光景に身構えるユウ。だが門兵の口から放たれた言葉は、予想していたものと違った。
「おー!!なんだシルバじゃないか!久しぶりで分からなかったぞ」
「・・・あぁ、久しぶりだな」
シルバの肩をバシバシと叩き、嬉しそうに声をかける門兵。
「仲良くしてた宿屋の主人も会いたがってたぞ!せっかく帰ってきたんだから、『星の草原亭』まで顔出してやれよな。ヤクモに言われたから来たって、ちゃんと言えよ?」
「あぁ。せっかくだし泊まっていくかな」
そりゃあいい、と言ってシルバの言葉に対し快活に笑う門兵。
「おっと悪い悪い、通ってよし!」
思い出したかのように、門兵はユウ達一行を街へと入れた。
しばらく歩き、ユウは小声でシルバに尋ねた。
「シルバさん、先程の人と知り合いだったんですか?」
「いや、知らないな。俺は王国の生まれだし、この街に来たのも初めてだ」
「では、先程のは・・・」
シルバの発言に、次はパルファが口を開く。
「まぁあのノリは分からんが、ひとつ言えるとしたら」
シルバが突然立ち止まり、右の建物を見る。
「思っていたよりも、俺たちは歓迎されているみたいだ」
その建物には、『星の草原亭』と書かれた看板がぶら下がっていた。
〜〜〜〜〜
ユウ達一行は、今星の草原亭の一室に4人で待機している。
門兵に言われたとおり、宿屋の主人に向かって『ヤクモに言われたから来た』と伝えると、「部屋を準備するから少しここでくつろいでいてくれ」と言われたのだ。門兵と同じく仲良さげに。
「ここからいきなりハメられる・・・なんてことないよなぁ」
「ベルベットさん、どうして少し残念そうなんですか・・・」
ソファに体全体をもたれるベルベットは、手荒い歓迎を期待していたのに肩透かしを食らってつまらなそうだ。
シルバも先程部屋に入ってきたフードの人物を退屈そうにジッと見つめている。
パルファはこの状況にまだ油断できないのか、顔が強ばって緊張しているのが分かる。
(ここからどうなるんだろうなぁ・・・)
部屋にいる4人を見回して、ユウもボーッと思考に耽っていた。
ん?
「あれっ!?」
瞬間で意識が覚醒し、ユウは大きな声で驚いた。
「きゃっ!どうしたのよユウ、びっくりするじゃない」
「なんか面白いことでもあったー?」
パルファとベルベットがユウに声をかける。当のユウは、返事をせずにただ一点を指さした。
その先にはシルバが見つめるフードの人物がいる。
「ユウ、その方がどうした・・・と」
「・・・なるほどねぇ」
パルファとベルベットの2人は、今やっと先ほどのユウの思考に追いついた。
ーーーいつからそこにいた?
また視認した瞬間も、なにも不自然でないように感じた。
「ようやく気づいたか。わりかし最初から居たぞ」
シルバがそう言うと、フードの人物も口を開く。
「もうすぐここに私と同じく、少女がひとり突然現れる。先ほどのように大声を出さないように」
フードの人物は、透き通るような声でそう言った。声質的に女性だろう。
その直後フードの女性が言ったとおり、部屋には黒いドレスを着た少女が出現した。言葉のとおり紛れもなく、突然現れたのだ。
これにはシルバも少し驚いている。
「皆様初めまして、リサと申します。早速ですが、ノワール帝王の元までお連れします」
優雅に一礼し、こちらに手を差し伸べる少女。
その手にまず、フードの女性が手を乗せる。
そしてすぐさま、同じようにしろとこちらに促してきた。
思い思いに4人が手を乗せたとき、グルンと周囲の景色が反転する。
それから少しして、宿屋の主人が部屋に入り飲みかけのお茶や食べかけのお菓子を片付けて出ていく。
部屋にはすでに、誰もいなくなっていた。




